それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

101話 生徒会長

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 目の前に迫った女子生徒を走る勢いを緩めること無く右へ足を踏み出す事により避ける。
 勢いを止めることなく階段の手すりに足をかけると飛び上がった会長が瞬く間に二階へ移動した。
 二階廊下を真っすぐ突き進むと南校舎から北校舎へ足を踏み入れる事になる。
 北校舎は生徒会室や理事長室があり、再び階段を上り4階へ到達後に廊下を真っすぐ突き進むと、やがてきらびやかな装飾品で華やかに飾り付けられた巨大な扉が姿を見せる。
 金色に輝くドアノブはダミー。
 指先で触れると張り巡らされている結界に手を弾かれる。

 ダミーを避けて扉の右下に設置された小さな凹みに指先を添えると、ガチャと音を立てて鍵が解除された。
 ゆっくりと扉が開き始め、父に聞かされていた手順を守り扉を開いた会長が半開きとなった扉を開くためにドアノブに手をかける。
 しっかりしているように見えて実は、おっちょこちょいな性格をしている会長が強力な結界により、勢い良く手を弾かれる事となり指先を胸元に押し付ける。
 眉間にしわを寄せて無言のまま放心状態に陥ってしまう。

「最後まで気を抜かない事。いつも言っていますが、痛い目を見る事になりますよ」
 僅かに開いた扉の隙間から、ひょっこりと顔を覗かせて会長の行動を眺めていた理事長が苦笑する。

「本当に、その通りだ」
 眉尻を下げて、しびれる指先に視線を向けた会長は、またやってしまったと小さなため息を吐き出した。
 和やかな雰囲気である。
 黒を基調とした室内は夕暮れ時と言う事もあり、ほんのりと薄暗く中央に設置されたソファーに腰を下ろした会長が足を組む。

「私の前では演技は解いても良いですよ。男らしく振舞うのは生徒達や教員の前だけで十分です」
 続けて腕を組もうとした会長に理事長が慌てて声をかける。

「え?」
 無意識のうちに腕を組もうとしていた会長が、ぽつりと声を漏らして唖然とする。

「入学当初は男子生徒として学園生活を送る事を嫌がっていましたが、今では身についてしまったようですね」
 会長の反応を眺めていた理事長が肩を小刻みに震わせる。

「慣れって怖い……」
 ぽつりと本音を口にした会長は普段、低い声のトーンで話をする。
 しかし、理事長から演技を解いても良いと許可を得たため、声のトーンを元に戻す。
 透き通るようなソプラノ声である。

「本当ですね」
 中学卒業までは女子として学校生活を送っていた会長は腰まである金色の長いストレートの髪の毛が印象的な女子生徒だった。
 性格は大人しく人前で話をする事を苦手とする。
 友達も悲しい事にいなかったため、クラスメート達からは無口だと思われていた。

 人見知りで初対面の相手には自ら話しかけることの出来ない会長が何故、男子生徒と偽って学校に通っているのか。
 原因は会長の父親である理事長にあった。
 将来の夢を銀騎士団へ入隊し、大勢の国民をモンスター達から守るために戦うことを決意した会長は、武術や魔術を身に付けるために父親が経営する学園へ編入することを決める。

 しかし、銀騎士団特攻隊に加入をすると強制的に沢山のモンスターと退治する事になる。
 隊員達の命の保証はない。
 モンスターを倒さなければ自分がやられてしまう世界の中で生き抜くには強さが必要になる。
 理事長は我が子が銀騎士団へ入隊することを反対した。
 危険すぎると全力で娘の銀騎士団特攻隊入りを阻止するために頭を働かせる。

 しかし、騎士団へ入隊する事を会長は諦めなかった。
 お小遣いを溜め込んで剣を購入した。
 学園に入学する事を認めてくれなければ勝手にモンスターへ挑むよと、剣を片手に父親を脅した会長は渋々とではあるけれども学園に入学する許可を得る事に成功する。
 騎士団へ入隊するためには実技試験と筆記試験の合格と共に身元の証明と身内を同伴して一度、国王の元を訪ねなければならない。
 その同伴するための条件として理事長は会長に、ある条件を出した。
 それは、高校では女だと気づかれる事なく学校生活を送り気づかれることなく卒業すること。

 まぁ、無理だろうと勝手に決めつけた理事長は会長が途中で騎士団になることを断念するだろうと考えた。

 しかし、理事長の思惑は見事に外れることになる。
 もともと人見知りが激しくクラスメートの前で話す事を苦手としていた会長は、全校集会の度にステージ上に立ち司会進行は副会長が進めてくれるためマイクを前にして話すことは無いけれども、生徒達の前で佇んでいることが出来るようになった。
 僅かに表情が強ばるため生徒達からは機嫌が悪いのだろうかと勘違いされているけれども赤面する事はなくなった。

 行動を共にする仲間だって出来たため、高校に入ってからは一人で行動をする事は極端に少なくなった会長は、しかし初対面の相手の前だと黙りこんでしまう。

 今回100レベルのドラゴンから助け出してくれたヒビキの事が気になってはいるけれども、自分から声をかけることが出来そうにないと考えた会長は、父に助けを求めて理事長室に足を踏み入れた。

「洞窟内で100レベルのドラゴンと鉢合わせした時に助けてくれた子がいるんだけど、その子が校内にいたんだ。名前はヒビキっていうらしいんだけど、気になるのに話しかけられなくてさ。ヒビキ君は私の事など気にもとめていないようだから声をかけてきてくれそうにもないし、何か話をする切っ掛けのようなものが欲しいな」
 父である理事長にアヤヒナが考えを伝えると、理事長は予想外の態度を示す。

「間抜け面」
 あんぐりと口を開いたまま佇む父の姿を見る日が来るとは思ってもいなかった。
 全く予想もしていなかった父の反応を見てクスッと笑った会長が、呆ける父の顔を指差した。

「そうですか。ヒビキ君がアヤヒナを救ってくれたのですね。アヤヒナが人に興味を示す事は珍しい事ですし、分かりました。私自身ヒビキ君と話したのは今日が初めてですが、我が子ですとアヤヒナをヒビキ君に紹介してみましょうか。ドラゴンから救ってもらったお礼も言わなくてはなりませんね」
 やがて、父の表情に笑みが浮かぶ。

「ありがとう。仕事中にごめん。紹介はお父さんの手が空いてからでいいから校内放送ででも呼び出してくれれば、すぐにでも理事長室に足を運ぶから」
 宜しくと言葉を続けた会長がソファーにかけていた腰をあげる。

「分かりました。また後程」
 出入り口に向けて足を進める会長に向かって理事長が穏やかな笑みを浮かべて声をかける。

 理事長から一歩足を踏み出すと、穏やかだった会長の表情が強ばった。
 一見すると怒っているようにも見える。
 副会長やアヤネと夕食を共にする約束をしていたため向かう先は食堂。
 北校舎から南校舎へ向けて全速力で駆け抜ける。
 南校舎では食事を終えた多くの生徒達が寮へ向かって足を進めている最中だった。
 普段は足早に移動する事はあっても、全速力で校内を駆け抜けるなんて事は無かった会長を物珍しそうに眺める生徒達の姿がある。

 友人と互いに顔を見合わせる生徒達の表情は、きょとんとしており唇を半開きにしたまま瞬きを繰り返す女子生徒が、瞬く間に通過していった会長を目で追った。
 勢いよく背後を振り向くと、会長の姿を捉えようとする。

 しかし、既に会長の姿は無く
「どうしたのだろう」
 女子生徒が互いに顔を見合わせた。

「本当にどうしたのかな。会長が慌ただしく校内を駆け回る姿を始めてみた」
 Sクラスの生徒なのだろう。
 黒を基調とした制服に身を包み込む女子生徒が同意する。

「寮へ向かう方向とは真逆だから、目的地は食堂かな。どうする? 今食堂から戻ってきたばかりだけど、会長が気になるし後を追いかけてみる?」
「うん。追いかけてみよう!」
一瞬で走り去ってしまった会長の行く先を食堂だと勝手に判断をした女子生徒達が駆け出した。
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