それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

100話 アヤネとヒビキ

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 洞窟内で出会った少年は狐耳付きのフードを深々と被っていた。
 顔が見えたのは少しの間だけ。
 クリーム色の髪の毛と水色の瞳を持つ少年だった。

 てっきり洞窟内で見かけた少年だと思って声をかけてみたものの、表情を強ばらせたまま佇む少年の反応は薄い。

「違った?」
 間違いは無いと思って呼び止めてみたものの、もしかして人違いだったのだろうかと急に不安になったアヤネがヒビキの腕から手を離す。 

「副会長から聞いたのだけど、ドラゴンを倒してくれたんだよね?」
 右腕を中途半端な高さでとどめて悩むアヤネは、声をかけてしまったため今さら身を翻すことも出来ずにたじろぐ。
 眉尻を下げて小刻みに体を振るわせるアヤネの顔は羞恥心から頬が真っ赤に染まっている。

「ありがとう。お陰で命拾いしたわ」
 目を泳がせて言葉を続けるアヤネは明らかに動揺している。
 表情豊かなアヤネを呆然と眺めていたヒビキが吹き出した。
 アヤネが中腰になりながら一歩、二歩と足を引いて中腰のまま今にも逃げ出しそうな勢いだったため、アヤネの腕をとり声を出すわけでもなく小刻みに肩を振るわせて笑う。
 目にたまった涙を指先でぬぐいつつ、数分後に落ち着きを取り戻したヒビキが苦笑する。

「不安にさせてしまったようだね。ごめんね」
 アヤネの予想外の反応を間近で見て堪えきれずに笑ってしまったヒビキは、乱れてしまった呼吸を整えようと試みる。

 中腰になりながらもヒビキに声をかけ続けたアヤネは、返事を貰って安堵する。
 満面の笑みを浮かべて、ヒビキに対して好印象を与えようと試みる。
 血の繋がった兄妹でありながら、アヤネと話をするどころか視線を合わす事も無かったため、妹の意外な一面に驚かされる。
 家でのアヤネの様子から勝手にアヤネの性格を予想していた。
 冷たい人物であると想像していたんだけど、一瞬にして妹に対するイメージが覆される事になる。
 アヤネに対して好印象を与えようとしているのはヒビキも同じため、ヒビキもアヤネも互いに爽やかな笑顔を浮かべている。

「私はアヤネって言います。貴方のお名前は?」
 アヤネは一度ヒビキとのファーストコンタクトを失敗して逃げられてしまった経験をしているため、先に名前を聞いてしまおうと試みる。

「俺はヒビキと言います。明日から一緒に学園に通うことになるので宜しくね」
 白峰と名乗ってしまうと王族の関係者かと問いかけられてしまうため、アヤネもヒビキも互いに苗字を口にしない。

「宜しくね。ヒビキ君は編入生なのね。学年とクラスを教えて欲しいな」
 ヒビキの名前を耳にして何度も頭の中で繰り返すアヤネは、学年とクラスを問いかける。
 100レベルのドラゴンを、たった一人で倒してしまったヒビキに対して興味津々である。

「教室は2年Fクラスだよ」
 Fクラスは1レベルから10レベルの生徒達が集められている。妹の前で格好を付けようとするヒビキは、爽やかな男前を演じようとしているけど緊張から足が小刻みに震えてしまっている。

「100レベルのドラゴンを軽々と倒す事が出来るのにFクラスなの? もしかして、カードの更新を怠っていた?」
 大声で話しをする内容では無いと判断をしたアヤネは、ヒビキの耳元に唇を寄せて小さな声で問いかける。
 随分と距離が近い。
 アヤネに汗臭いと思われてしまったらどうしようと不安を抱くヒビキは、どうやってアヤネと距離を取ろうか考える。
 大きく足を引いて勢い良く後退をしてしまうと、アヤネに不安を抱かせてしまう事になるだろう。

「そう。カードの更新を行わなくても高レベルのモンスターと鉢合わせする事になれば、強制的に戦う事になるからカードの更新を行わなくても問題はなかったんだ。レベルは上がるしスキルも取得することが出来るからね」
 結局のところ足を大きく引く事も出来ずにアヤネと至近距離で話を続けるヒビキは、汗臭くはないだろうかと不安を抱いたまま爽やかな笑顔を浮かべてアヤネの問いかけに対して返事をする。

「確かにそうだけど学園内にはFクラスだからと言って生徒を見下すような発言や態度を取る生徒も少なくは無いの。カードの更新はギルドに申請しておいた方がいいと思う」
 カードの申請を行うには都市中央の街に赴かなければならない。
 都市中央の街から洞窟を抜けて学園都市に今朝方、足を踏み入れたばかりのヒビキは苦笑する。
 学園都市の中にあるギルドでカードの更新を行うことが出来れば良かったけど、学園都市のギルドは小さい。

「学園都市内にあるギルドはクエストの受注専用だから、都市中央のギルドに立ち寄る機会があったらカードの更新を行うよ。心配してくれて有り難う」
 そろそろ笑顔を作る事が苦痛になってきた。
 滅多に表情を変える事の無いヒビキは顔の筋肉がつりそうと考える。
 アヤネには頼りがいのある優しくて男前な兄というイメージを植え付けたい。
 編入性であるヒビキと二番目の兄を同一人物だとは思ってもいないアヤネに身元が知られた時に少しでも警戒心を解いて貰えるように、苦手意識を減らして貰えるようにと考える。

「都市中央のギルドに足を運ぶ時は私も誘って欲しいな。一緒にパーティを組んでモンスター狩りをしましょう」
 笑顔が引き連りそう。
 どのようにしてアヤネとの会話を終わらせて格好良く立ち去ろうかと考えていたヒビキは、アヤネからの思わぬ誘いを受けて表情を引き締める。

「俺で良ければ、一緒にパーティを組んで狩りを行いながら隣街の都市中央に向かおう」
 凛々しい顔をしてアヤネの誘いを迷う事も無く受け入れたヒビキは隣に佇む鬼灯が、にやにやと締まりの無い顔をしている事に気づいているのだろうか。

「その時は鬼灯も一緒な」
 締まりの無い顔をする鬼灯の反応を横目に見ていたヒビキは、このままだと鬼灯に茶化される事になりそうだと判断する。
 然り気無く鬼灯をアヤネの誘いに巻き込む事により鬼灯の予想を否定しようと試みた。

「鬼灯君も一緒にパーティを組んでくれるのなら心強いわね。Sクラスに振り分けられた鬼灯君の実力も見てみたいなと思っていたのよ。楽しみにしているわね」
 Sクラスに割り振られたため知らない間に期待が高まっていた。
 上がってしまったハードルを下げるために鬼灯は頭を働かせる。
 
「俺はヒビキとは違ってボスモンスターを一人で倒した経験は無いし、強力な魔法を扱えるわけでもない。きっと、共に狩りを行ったとしても、この程度かと残念に思うだろうな。それでも良ければ一緒にパーティを組んでモンスター狩りをしよう。俺はヒビキと同室だから連絡を取りたい時は部屋を訪ねてくれると助かるかな」
 爽やかな笑みを浮かべる鬼灯は随分と早口だった。
 
「絶対に訪ねる。会長や副会長の予定が空いていれば、会長や副会長もパーティに誘ってもいいかな?」
 アヤネの問いかけに対して、ヒビキは洞窟内で見かけた黒色の制服を身に付けている生徒の姿を思い浮かべる。

「会長や副会長を誘うのは構わないよ。俺だけ白色の制服だから悪目立ちしてしまいそうな気もするな」
 黒色の制服を身に付けた生徒の中に一人だけ白色の制服を身に付けた生徒がいれば、寄生して経験値を得ているんだなと思われたとしても仕方がない。
 思わず本音が出てしまったヒビキが苦笑する。

「それはカードの更新を怠っていた自分の責任だよな。好奇な目で冒険者や学園の生徒達から見られるヒビキの姿を楽しみにしてる」
 小刻みに肩を振るわせる鬼灯は、はっきりと考えを口にする。
 会長も副会長もヒビキ君に対して興味を抱いているのよ。
 冒険者や学園の生徒達もヒビキ君の実力を見れば考えを改める事になると思うと言葉を続けるアヤネは、ヒビキに対して一体どのようなイメージを抱いているのだろうか。
 随分と期待が高まっているような気がする。

 鬼灯と同じようにハードルを事前に下げておいた方が良いのだろうかと考えるヒビキは頭を悩ませていた。
 アヤネの前では頼りになるお兄さんを演じたいなと考えるヒビキは、上手い具合に期待を裏切る事は出来ないだろうかと考えてはみたものの、結局よい案は浮かばずに苦笑する。

「立ち話をしていたから、どんどん生徒達が様子を見に集まってきてしまったね。通路の真ん中で話し込んでいるのも通行の妨げになってしまうから一旦、解散しようか」
 そろそろ、本当に顔の筋肉がつりそうである。
 気を抜けば瞬く間に顔が強ばってしまう。
 限界を感じたヒビキは強引な理由をつけてアヤネとの会話を切り上げようと試みる。

「知らない間に周囲に人が集まっていたのね。急に引き留めてしまってご免なさい。後日、鬼灯君とヒビキ君の寮を訪ねるわね」
 ヒビキに対して好印象を与えようとするアヤネも、ずっと気を張り詰めていた。
 ヒビキと笑顔のまま別れたところまでは良かった。
 ヒビキの姿が見えなくなった途端に放心状態に陥ってしまったアヤネの顔を覗きこみ、その額を指先で突っついた会長の行動によってアヤネは我に返る。
 頬を膨らませて会長を睨み付けた所で、思い出したように口を開く。

「会長を睨み付けている場合じゃなかった」
 額を指先で突っつかれて文句を口にしようとしたアヤネの脳裏に、ふと制服を身に付けるヒビキの姿が浮かぶ。
 合流した会長や、副会長や、アヤネを遠巻きに眺める生徒達がざわめき立つ。

「ねぇ、聞いてよ。洞窟内で私達を助けてくれた子がいたのよ」
 会長と副会長の腕を掴み取り、勢いよく引き寄せたアヤネの表情に笑みが浮かぶ。

 先程までヒビキが佇んでいた場所を指差して、アヤネは嬉しそうに命の恩人が校内にいたことを告げる。
 アヤネの言葉を耳にして、真っ先に反応を示したのは穏やかな笑みを表情に張り付けたまま佇んでいる副会長だった。

「確か編入生は2年Fクラスの生徒だったはず。洞窟内でドラゴンを軽々と倒してしまった実力から考えると彼がFクラスに振り分けられる事はあり得ませんね。在校生に彼のように目立つ生徒はいなかったと思うのですが、名前やクラスを聞きましたか?」
 副会長は表情に張り付けていた笑みを取り外して真顔になる。
 考えていることを全て口に出して問いかける副会長は、洞窟内で見かけた100レベルのドラゴンを軽々と倒してしまったヒビキに対して興味津々だった。
 アヤネの腕をつかみとり、強引に引き寄せると顔を寄せて小さな声で問いかける。

「もしかして、ずっと澄ました顔をしていたけど実は副会長も100レベルのドラゴンを難なく倒してしまったヒビキ君の事が、とても気になっていたの?」
 突然の副会長の態度の変化に驚き、唖然とするアヤネが咄嗟に足を引く。
 後退しようと試みるものの副会長に腕を掴み取られているため阻まれる形となる。

「当然ですよ。私達は100レベルのドラゴンを、たった一人で倒してしまうほどの実力を持つ人物を逃したのですよ」
 珍しく興奮している副会長の勢いに押されて一歩、二歩と足を引いたアヤネの顔から笑みが消える。

「名前もクラスも、しっかりと聞いたよ。名前はヒビキ君。白色の制服を身に付けていたよ。2年Fクラスに明日から通うんだって言ってたよ。鬼灯君と同室者だと言っていたよ」
 随分と早い口調だった。
 普段、話し相手に体を寄せて話をするアヤネは、身を寄せられる事には慣れていなかった。

「100レベルのドラゴンを、たった一人で倒す事の出来る実力を持ちながらSクラスに割り振られなかったと言うことは、カードの更新を怠っていたと言うことになりますね」
 考えを口にした副会長が眉を寄せる。
 彼の実力が知りたいですねと言葉を続けた副会長は満面の笑みを浮かべていた。
 鬼灯と同じ寮部屋。Fクラスに振り分けられた生徒が何故ドラゴンを一人で倒す事が出来るほどの強さを持っているのか知りたいな。出身を聞くことは出来ないだろうかと、さまざまな考えを巡らせる会長の脳裏に理事長の姿が過る。
 ゆっくりと足を引き素早く身を翻した会長に、アヤネも副会長も気づかない。
 会長の目的地は理事長室である。
 副会長やアヤネの元を離れて、父親の元へ向かって全速力で駆け出した。 
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