それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

文字の大きさ
上 下
97 / 148
学園都市編

96話 鬼灯の災難

しおりを挟む
 狐耳付きフードの隙間から、チラリと姿を覗かせている髪の毛は人間界を統べる王様と同じクリーム色。
 横たわる少年の顔は狐面が覆っているため確認する事が出来ないけれども、きっと王とよく似た顔をしているだろう。
 瞳は薄い水色であれば国王の息子で間違いない。
 少年の容姿を予想した理事長が若かりし頃のユタカの姿を思い起こして小刻みに肩を震わせる。
 寝返りをうつ事によって上半身を起こしたヒビキが、フードに手をかけると後頭部に腕を回して紐を引く。
 狐面に手を添えて取り外すとヒビキの容姿は理事長の予想を見事に裏切ったのだろう。
 大きく肩を揺らした理事長が、あんぐりと口を開きヒビキを指さした。

「ユタカに、そっくりではありませんか」
 ぽかーんとした表情を浮かべる理事長は若かりし頃のユタカを思い浮かべていた。
 しかし、目の前の少年は現国王の容姿とそっくりだった。
 髪型と身に纏う雰囲気を国王に似せれば瓜二つとなるだろう。

「ユタカが成長していないのか、それとも君の成長が早いのか」
 戸惑う理事長が今のヒビキと同じ年齢。16歳だった頃のユタカの姿を思い起こす。

 今は学園の理事長を務めている青年が銀騎士団特攻隊隊長として王に仕えていたのはユタカが13歳から17歳になるまでの間。
 ある出来事が切っ掛けとなって、ユタカを守る事が出来なかった理事長は銀騎士団をやめる事を自ら申し出た。
 過去の出来事を思い起こした理事長が表情を曇らせる。

「ユタカとの久々の再会だった事もあって舞い上がっていたため気づく事が出来なかったのですが髪型は違えども容姿は、あの頃のままの様な気がしますね」
 考えを口にしていた理事長が途中で口ごもってしまう。

「てっきりユタカは立ち直っているものだとばかり思っていたのですが、やはり精神的な負担が大きかったのでしようね」
 険しい表情を浮かべた理事長の言葉の意味が理解できずに唖然とするヒビキが首を傾げる。

「近いうちに、もう一度ユタカに会わなければなりませんね」
 一人で考えを口にして結論を出した理事長の表情に笑みが戻る。
 無意識に考えている事が全て口に出てしまったのか、それともユタカの精神面が不安定である事を息子であるヒビキに敢えて知らせたかったのか理事長の考えは分からない。
 しかし、父の精神に大きな負担が掛かるような出来事が過去に起こった事実を覚えておく事に決めたヒビキは眉尻を下げる。

「さて、ギルドカードの更新を怠っていたヒビキ君にはFクラスに編入を行ってもらう事になります。学園内での装備や武具の購入は全てギルドカードをパネルにかざす事により行う事が出来ます。寮の扉を開く鍵の役割を果たすのもギルドカードなので、カードは絶対に無くさないようにしてくださいね」
 懐に手を添えたヒビキが小さく頷いた。

「中にはカードを奪い取ろうとする生徒もいますので、気を付けて下さいね。盗難を防ぐためにカードに防壁や結界を常に張り巡らせている生徒もいます。ヒビキ君は魔法や術を上手いこと発動する事が出来ない状況にいるのはユタカから聞いていますのでカードを無くした、または奪われた場合は私が詮索魔法を発動して探し出しますので、すぐに理事長室に来てくださいね」
 ヒビキが床に両手を添えると理事長に向かって深々と頭を下げる。

「お世話になります」
 クリーム色の髪の毛がヒビキの顔を覆い隠しているため、その表情を確認する事は出来ない。
 まさか、頭を下げられる何て考えてもいなかった理事長がヒビキの肩に手を添える。

「顔を上げてください。もう一つ伝えなければならない事がありました。学園内には時折1レベルから50レベルのモンスターが出現します。倒す事が出来ないと判断した場合すぐに、その場から逃げ出してください。ヒビキ君が病み上がりである事はユタカから聞いています。決して無茶をしないようにしてくださいね。約束ですよ」
 言葉を続けた理事長が腰を上げると一歩足を引く。
 小さなため息を吐き出すと共に、何だか疲れ切った様子の理事長が足をソファーの角に打ち付ける事により鈍い音がする。

「わっ、ちょっ」
 手をじたばたと動かして何とか姿勢を整えようとした理事長が、仰向けにソファーの上に倒れこむ。
 ソファーの上に倒れこんだため衝撃が和らいだ事に対して安堵したのだろう。
 息を吐き出した理事長が肘をつき、ゆっくりと上半身を起こす。
 
「大丈夫ですか?」
 口元を手で覆い隠すヒビキは驚いたのだろう。
 目を見開いたまま恐る恐る声をかける少年の姿を見て、理事長は眉尻を下げて苦笑する。

「驚かせてしまいましたね。ごめんなさい。大丈夫です。どうやら洞窟内へクエストを遂行しに行った生徒が傷を負って戻って来たようです。一人は完全に意識を失っている状況ですね。すみませんが、私は生徒達の回復を行うために正門に向かいます。ヒビキ君は、このまま寮へ向かってください」
 学園を包み込むようにして詮索魔法の発動を行っていた理事長が、一早く学校敷地内に足を踏み入れた生徒達に気がついた。

「詳しくは寮同室者に聞いてくださいね」
 ソファーから腰を上げて部屋の出入り口に向かって足を進める理事長の足取りは急ぎ足だった。

「寮は南側。窓から見える煉瓦造りの建物です」
 ドアノブに手をかけると、背後を振り向いた理事長が窓の外を指さした。
 寮の位置を説明すると共に室内から足を踏み出した理事長が身を翻す。

「何かあったら必ず私を頼って来るのですよ。くれぐれも無茶はしないようにしてくださいね」
 扉の隙間から顔を覗かせて再び念を押すようにしてヒビキに無茶をしないようにと伝えた理事長がパタパタと足音を立てながら走り去る。
 唖然としていたヒビキは無言のまま、返事をする事もなく慌ただしく走り去る理事長を見送た。
 室内に取り残されたヒビキが口元に手を添えて考える素振りを見せる。
 すぐに考えは纏まったようで一人で納得したヒビキは小さく頷いた。

「あぁ。詮索魔法を発動していたから集中力が散漫になっていたのか」
 理事長が集中力散漫だった理由に気づくと小刻みに肩を震わせる。
 ゆっくりと腰を上げて立ち上がると狐面を取り付けるために後頭部に腕を回す。
 紐をしっかりと結ぶと綺麗に修復された窓を開き窓枠に足を掛けた。
 狐耳付きのフードを深々とかぶり直すと窓の外へ体を移動させたヒビキが窓を閉める。
 窓枠から手を放す事により重力に従って降下を始めたヒビキの体は空中で一回転する。
 姿勢を整えるために続けて両手を大きく広げた所で、4階の窓から飛び降りるヒビキの姿を視界に入れてしまったのだろう。
 生徒達の甲高い悲鳴が上がる。

「無茶をしないでくださいと言ったばかりですが」
 正門玄関へ移動していた理事長が生徒達の視線を追いかけて急降下するヒビキの姿を視界に入れる。
 思わず本音を口にした。

「彼にとっては、4階の窓から飛び降りる事は無茶とは言わないのでしょうか」
 ため息を吐き出すと共にヒビキから視線を逸らした理事長が副会長に魔力を分け与える。
 生徒達の心配をよそに、近くの木の枝に足を掛けたヒビキは反動を利用して後方宙返りを行うと正門に足をかける。
 正門を蹴りつける事により、空中に飛び上がったヒビキが木の枝に足をかけると後方宙返りを行って更に高く空中に飛び上がる。
 素早く木の枝に着地をしてから、目の前に広がる大きな建物を視界に入れたヒビキが今更ながら重要な事に気が付いた。

「俺の部屋は何処?」
 寮の位置は聞いたものの、どの部屋を訪ねれば良いのか聞き損ねていた事に気づいたヒビキが声を漏らす。
 再び理事長の元へ向かうために身を翻そうとする。
 寮に背を向けて、理事長のいる学校正門へ向かおうとした所で背後の窓が開く音がした。

「おい、何処へ行くんだよ」
 窓から身を乗り出してヒビキのケープの裾をつかみ取った生徒が、今にも木の枝から飛び下りようするヒビキに声をかける。
 中性的な声を耳にして背後を振り向いたヒビキが目を見開いた。
 毛先の跳ね上がった真っ赤な髪。
 真っ赤な瞳を持つ鬼灯を指さして首を傾げたヒビキが疑問を抱いて問いかける。

「縮んだ?」
 唖然とするヒビキの視線の先には予想外の人物の姿があった。
 髪型や瞳の色や顔立ちは鬼灯であるけれども目の前で、窓から身を乗り出している人物はどう見たって10代。

「縮んだ。じゃなくて若返ったと言ってくれ。魔力を上手く使えないヒビキの護衛として学園都市に向かう事に決まったんだけどさ、満面の笑みを浮かべた妖精界の王様に術を掛けられて気がついたら若返っていた。あの人は絶対に敵に回してはいけない相手だな。扱う事の出きる術の底が見えない」
 眉間にしわを寄せる鬼灯を呆然と眺めていたヒビキが狐面に手をかけると紐を引き取り外す。
 窓枠に足をかけて室内に足を踏み入れると狐面を手にしたヒビキの表情は唖然としたまま。
 窓を閉めて鬼灯に視線を向けたヒビキが一瞬の沈黙後、吹き出した。
 激しく咳き込むヒビキが小刻みに肩を震わせる。

「目線の高さが俺よりも下とか。いくつ?」
 眉尻を下げて何とか笑みを引っ込めようと試みたヒビキが鬼灯の腹部を指先で突っついた。

「12歳? それとも13歳かな?」
 自らの腹部に右腕を回して肩を震わせるヒビキが口元に手を添える。

「ごめん。聞き方を間違えた。何年生? クラスは?」
 乱れた呼吸を整えるために床に膝をつき息苦しそうにしているヒビキが深呼吸をする。
 鬼灯の学年とクラスを問いかけた。

「1年Sクラス。ヒビキの一つ下の学年になる」
 ヒビキにつられるようにして床に腰を下ろした鬼灯が胡坐をかく。

「15歳にしては小さ……痛い」
 鬼灯の姿を呆然と眺めたヒビキが思わず本音を漏らそうとしたところで、鬼灯はヒビキの横腹に人差し指を突き刺した。
「まだ成長期が来る前だからな。俺の成長期は17になってからだ」
 笑い過ぎて疲れ切っているのだろう、眉尻を下げたヒビキが苦笑する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...