それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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学園都市編

94話 生徒会役員

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 ドラゴンを倒さない限り、この状況から抜け出す事は出来ないだろう。
 しかし、ドラゴンの放った火の玉に対抗するため、全ての魔力を使って水の玉を発動してしまった副会長の体力は残り僅かになっている。
 魔力も尽きた状況の中で、たった一人で100レベルを超えるドラゴンを倒す事は出来ないだろう。
 絶対絶命である事を悟った副会長は早々にドラゴンの討伐を諦めてしまっていた。

「なりたかったな……銀騎士団調査隊」
 小さな頃からの夢だった、銀騎士団の調査隊入り。
 その夢を叶えるために、同じく銀騎士団特攻隊に入隊する事が将来の目標である会長と共に学園に入学した。
 学園で出会って仲良くなったアヤネも含めて三人でパーティを組み、ゴブリン狩りのクエストをこなすために洞窟内へ足を踏み入れたのだけれども洞窟の奥へ足を踏み入れるには、まだ実力不足だった事を今更ながらに痛感する。
 目蓋を閉じたまま、ドラゴンからの攻撃を待っていた副会長が時間が経っても襲っては来ない強い衝撃に疑問を抱いて、閉じていた目蓋を開く。

「ん?」
 地面に向けていた視線を顔を上げる事によりドラゴンに移した副会長は、全く予想していなかった光景を視界を目の当たりにする。
 驚きと共に大きく目を見開いた。

「まさか、食べられたのではなくて自らドラゴンの体内へ?」
 副会長は、狐耳付きケープを身に纏った少年が自らドラゴンの口の中へ飛び込んだ事実を知る事になる。

 魔法が使えない今、自らドラゴンの口の中に飛び込む事により、その体内から攻撃を行おうと考えていたヒビキは、ドラゴンの口内に入り込むと口蓋こうがいに向かって剣を突き立てていた。
 大きく口を開き暴れ出したドラゴンの行動により、口内で振り回されているヒビキの姿が副会長の視界に入り込む。
 剣はしっかりとドラゴンの口蓋に突き刺さっていた。
 何とか足を踏ん張り、踏みとどまろうとしていたヒビキが剣をしっかりと両手で握りしめている。
 右から左へドラゴンが勢いよく首を振った事により、足を滑らしたヒビキが剣を支えにして体のバランスを取ろうとした。
 しかし、ドラゴンの口蓋からスポッと音を立てて突き刺さっていた剣が外れると、支えを失ったヒビキの体は大きく仰け反った。
 足を引き体のバランスをとる間もなく背中から倒れこんだヒビキが背中を打ち付けた事により激しく咳き込みだす。
 仰向けだった体をゴロンと回転させる事により、うつ伏せになり両手と両膝をついて立ち上がろうとしたヒビキが剣を手にしたままでは立ち上がる事は難しいと判断したのか、剣を手放してしまう。
 
 立ち上がってすぐに剣を手に取ろうと考えていたのだろう。
 ゆっくりと立ち上がったヒビキの姿勢は見事に中腰だ。
 へっぴり腰ではあるけれども、何とか立ち上がる事に成功したヒビキが手放してしまった剣を手に取ろうとした。
 しかし、ヒビキの指先が剣に触れるよりも先に、左から右へ首を振ったドラゴンの行動により、前のめりとなったヒビキが姿勢を正しきれずに足をつまずかせて体を転がす事になる。
 瞬く間に剣の元から離れる事になってしまったヒビキは、ぐるぐると目を回していた。
 ドラゴンの口の中に足を踏み入れたのは今回が始めての経験だったため、暴れ出したドラゴンに振り回される形となってしまったヒビキは口内へ足を踏み入れた事を後悔する。

 何とか剣をつかみ取りたい。
 距離が離れている事は分かっているものの、剣に向かって腕を伸ばす。
 しかし、距離が離れすぎているため伸ばした腕は空を切る。
 少しでも剣に近づこうとして、四つん這いになり立ち上がろうと試みたヒビキが、すぐにドラゴンが首を左右に振って暴れだしたため立ち上がる事が出来ずに、でんぐり返しを行う事になる。

 ドラゴンに与えたダメージが少なかったのか。
 本来ならヒットポイントを全て削るとドラゴンの体は砂となって消えて行くのだけれども、首を左右に振って暴れまわるだけで、消える気配のないドラゴンに対して不安を覚えたヒビキの眉尻が下がる。
 ほんの一瞬、このままドラゴンの体内から抜け出す事が出来ないのではないのだろうかと恐ろしい考えが浮かぶ。
 しかし、膝を折り崩れ落ちるようにして倒れこもうとしていたドラゴンが砂となって消え始めたため、ドラゴンの体内から抜け出す事に成功したヒビキが安堵する。

 空中で体を一回転。
 両手を掲げたまま地面に着地をすると、姿勢を正して頭上を見上げる。
 降下しているであろう剣を探し始めると、すぐに刃を下へ向けて地面に叩きつけられようとしている剣を視界に捉える事に成功したヒビキが全速力で走り出した。
 ヒビキの行動は副会長を酷く驚かせた。
 予想外の展開を目の当たりにした副会長が息をのむ。

「ちょ、待ってください。そのまま剣の下へ入り込めば剣が体に突き刺さってしまうから!」
 急降下する剣の真下へ体を移動させたヒビキの危険な行動に驚き、声を荒らげた副会長が地面に右手を付き膝を立てて、その場に立ち上がる。
 しかし、今から少年の元へ向かっても間に合わない。
 きっと、彼の元へたどり着く前に少年に剣が突き刺さってしまうだろう。
 少年は剣を受け止める事に夢中になっている。
 剣が体に突き刺さり、その場に頽れる少年の姿が目に浮かぶ。
 危なっかしい行動をとる少年を見ている事が出来なくなった副会長が、少年に向けていた視線を逸らして目蓋を閉じた。
 しかし、やはり少年の事が気になるようで、うっすらと目蓋を開いた副会長がチラッと横目で少年を確認する。
 剣の先端が少年の顔すれすれまで迫っていた。
 一歩足を右へ動かす事により、体を右へ移動したヒビキが、剣の刃を避けると左足を引く事により剣から距離を取り、右腕を伸ばして柄を手に取り受け止めた。

 副会長が息をのむ。
 手首を動かしながらクルンと剣を一回転させると、傷がついていないか確認するヒビキは副会長の視線が向けられていることに気づいてはいない。

「100レベルのドラゴンを、たった一人で倒してしまうのか。一体、何者なんだ? しかも、ドラゴンを倒したにも拘わらずレベルアップをしないなんて」
 呆然とする副会長が剣を、まじまじと眺めている少年に視線を向けたまま考えを口にする。
 しかし、副会長の声はヒビキの耳まで届いていないため返事はない。
 まじまじと剣を眺めて傷がついていない事を確認したヒビキが安堵する。
 剣を鞘に納めて一歩足を引き身を翻す。
 黒を基調とした制服を身に着けている生徒はSクラスである証。
 関わり合いになると後々、面倒な事になるだろうと判断をしたヒビキが周囲に屯っているゴブリンの気をわざと引くようにして、右足を軸にしてくるんと一回転。
 ケープの裾が上下に靡く。
 ヒビキの思惑通り興味を抱き後を追うゴブリンを引き連れて、この場から立ち去ろうとした。

 しかし、体を一回転させた事により、視界に入り込んだ人物に気を取られたヒビキは横たわったまま反応を示さないアヤネに釘付けとなる。
 慌てて行き先を変更すると一直線に妹の元へ向かって駆け出した。
 迫り来るゴブリンを倒しつつ、横たわったまま身動きを取らない妹の元へたどり着くと、膝をつきアヤネの肩に手を添える。

「どうしてアヤネが洞窟内に? どうしよう。全く反応が無い」
 激しく肩を揺さぶってみるものの反応を示さない。
 頬に指先を何度も当ててみるけれど、指先一つ動かさないアヤネを心配したヒビキが副会長に視線を向ける。

「アヤネの身に何が?」
 眉尻を下げてはいるものの、フードを深く被るヒビキの表情を副会長が確認する事は出来なかった。
 戸惑ってはいるものの淡々とした口調だったため、副会長はヒビキが妹が死んでしまうのではないのかという恐怖心に支配されている事に気付いていない。

「彼女はドラゴンの尾に弾かれる事によって地面に叩きつけられたんだ。咄嗟に防壁を張り巡らせていたから大丈夫だとは思うけど。何故、彼女の名前を君が知っているんだ? 衣服で姿を確認する事が出来ないのだけど種族は人間だよな?」
 疑問に思った事を全て口にした副会長の問いかけに対して、首を縦に振り頷いたヒビキが安堵する。

「何故アヤネの事を知っているのかと言う質問には答えられないけど、俺の種族は人間だよ」
 副会長の問いかけに対して兄妹だと答える事は出来なくて、アヤネと同じように地面に横たわり全く反応を示さないでいる生徒に視線を向けると口ごもってしまう。

「あぁ。会長は、防壁を張り巡らせる前に尾にはじかれて地面に叩きつけられたからな。もしかしたら頭を強く打ち付けているかもしれない」
 ヒビキの視線を追った副会長が、防壁を張る前に尾に弾き飛ばされて地面に叩きつけられた会長に気づき慌てて歩み寄る。

「頭を打ち付けているかもしれないって、致命傷を受けていなければいいけど」
 会長の元へたどり着いた副会長が、地面に膝を突いて会長の傷の具合を確認する。
 不安そうに眉尻を下げたヒビキが、ぽつりと言葉を漏らす。

「頭は打ち付けていないのかな。血は出ていないようだし」
 眉間にしわをよせて険しい表情を浮かべる副会長が、ぽつりと考えを漏らす。

「念のため回復魔法をかけておくか」
 独り言を呟くと回復魔法を唱えるために会長の腹部に右手を押し当てようとした。
 しかし、回復魔法の呪文を唱えるために魔力を纏おうとして気がついた。
 水の玉を発動するために全ての魔力を使ってしまった後だったんだと、気づいた副会長が無言のまま小さなため息を吐き出した。
 一体いつの間に意識が戻ったのだろう。

「魔力が底をついているのか」
 額に腕を当てると、ぽつりと言葉を漏らした会長が痛みに苛まれて歯を食いしばりながら一呼吸おいてから、無言のまま目蓋を閉じてしまった副会長に声をかける。

「意識が戻ったのですね」
 会長の声を聞き安堵したのだろう。
 眉間に寄せていたしわを取り外した副会長の表情に笑みが戻る。
 安堵する副会長の口調や表情が見事に変わってしまったため、険しい表情を浮かべていたヒビキが唖然とする。

「ん……」
 会長の意識の覚醒と共に、仰向けに横たわったまま意識を失っていたアヤネが目を覚ます。
 ゆっくりと目蓋を開いたアヤネが、副会長に視線を向けたまま唖然としているヒビキの姿を確認する。
 数秒間の沈黙後、一気に頭を覚醒させたアヤネが勢いよく上半身を起こした。
 寝起きのため寝ぼけているのだろうか。
 アヤネがヒビキに対して何を思ったのか分からない。
 ヒビキの頬にアヤネが手の平を打ち付けたため渇いた音がする。

「痛っ」
 何故アヤネに頬を叩かれたのか、意味が分からずに目蓋を伏せたヒビキが痛む頬に手を添える。
 眉尻を下げて、ほんのりと赤みがかった頬を抑えたまま微かに目蓋を開いたヒビキの顔を覗き込むようにして身を寄せているアヤネは何やら思う事があるようで首を傾げている。

「あの人であるわけなわけないか」
 まじまじとヒビキの顔を確認した後に、ぽつりと呟かれた言葉に疑問を抱いたヒビキが唇を半開きにしたまま首を傾ける。

「ごめんなさい。貴方の顔が私の苦手な人の顔と重なって見えてしまって、寝起きで頭も覚醒する前だったから夢と現実が曖昧になってしまって、私を暗殺するために寝ている私の部屋に忍び込んできたんだって思ってしまったの。手加減する事なく頬を叩いちゃったけど、痛い思いをさせるつもりは無かったの。君が私の兄に、あまりにも似ていたから驚いてしまって。本当にご免なさい」
 何故、頬を力任せに叩かれたのか意味も分からずに戸惑っているヒビキに対して、アヤネは深々と頭を下げて謝罪をした。

「アヤネさんが毎日のように自慢しているお兄さんの事でですか? しかし、アヤネさんと仲の良いお兄さんが暗殺を企むような事はしないですよね?」
 突然のアヤネの行動に驚きはしたものの、すぐに少年に向かって深々と頭を下げるアヤネを眺めていた副会長が苦笑する。

「私が普段、自慢しているのはタツウミお兄ちゃんだよ。 優しくて綺麗で強いタツウミお兄ちゃんは一番上の兄。タツウミお兄ちゃんの他に二番目の兄がいるんだけどね、その人が私は苦手なのよ。二番目の兄も私の事を嫌っているだろうから、お互い様なんだろうけどね」
 眉間にしわを寄せて渋い顔をするアヤネの言葉を傍で聞いていたヒビキの表情が曇る。
 しかし、狐耳付きのフードを深々と被っているためアヤネも副会長もヒビキの表情が曇った事に気づいていない。

「二番目のお兄さんがいるんだね。一番上のお兄さんの話は毎日のように聞かされていたけれど、二番目のお兄さんの事は初耳。どんな人なの?」
 笑みを表情に張り付けたまま会話を続ける副会長の問いかけに対してアヤネが考える素振りを見せた。

「どんな人なのかな。私にも分からない。声をかけた事も無いし、あの人から声をかけてきてくれる事も無かったから。正直なところ話しかけても返事を貰う事は出来ないと思う。あの人が人と会話をしている所を見たことが無いから人に対して興味がないんだと思う。無関心なのかな。私の事を妹だと認識しているかどうか分からないし、つまらない人なんだと思う」
 城にアヤネがいる間、確かに言葉を交わした事は無かった。
 それは視線が、そもそも合わなかったから声をかけづらかっただけであって、決して無関心だったってわけでは無い。

 アヤネの本心を耳にしてしまったヒビキが肩を落としたまま、ゆっくりと立ち上がる。
 座ったままのアヤネに向かって頭を下げると、角度的にヒビキの表情がアヤネに見えてしまって居た堪れない気持ちになってしまったヒビキは後退する。

「待って! 君の事じゃないの。確かに顔は似てるけど」
 全く予想していなかったヒビキの表情を視界に入れる事になり、慌てて腕を伸ばしたアヤネがヒビキの身に着けているケープの裾に手をかけようとした。
 何を言うわけでもなく素早く身を翻したヒビキはフードを手に取り、深々と下げて逃げるようにして走り出す。

「どうしたのですか?」
 いきなり走り出した少年と、それを追いかけようとして急いで立ち上がったアヤネに驚き、意味が分からないと首を傾げた副会長が唖然とする。

「私にも分からない。なんか、すごく落ち込んだ顔をしていたから、私が何か気に障る事を言ってしまったのかもしれないと思ったのだけど」
 棍棒を振り上げて迫り来るゴブリンを軽々と飛び越えたヒビキの背中は、たちまち小さくなる。
 瞬く間に走り去って行った少年を眺めていたアヤネが眉尻を下げる。

「二番目のお兄さんの事は苦手と言っていたけど、もしかして、今の少年が二番目のお兄さんだったって事は無いのですか?」
 なぜ少年が落ち込んでしまったのか、理由が分からずに戸惑っているアヤネに副会長が問いかける。

「ありえないよ。もしも、あの子があの人であるなら記憶喪失か、それとも操られているか。とりあえず追いかけて話を聞いてみる」
 ありえないとアヤネは、はっきりと二番目の兄では無いと言い切った。
 走り去った少年を心配して追いかけるためにアヤネは全速力で走り出した。
 大人しく走り去るアヤネを見送っていた副会長が、ふと少年の言葉を思い起こして口を開く。

「そう言えば彼はアヤネさんの名前を元から知っているようでしたよ。ドラゴンを、たった一人で倒してしまいましたし、彼は何者なのでしょうね」
 走り去ったヒビキとアヤネの背中を大人しく見送っていた副会長が、ぽつりと呟いた。

「は……」
 唖然とする会長が、ゆっくりと腰を上げる。
 ドラゴンから受けた攻撃の強い衝撃で全身が軋み、激しい痛みに苛まれていたはずなのに、副会長の言葉を耳にして好奇心が勝ったのだろうか。
 まるで、痛みが吹き飛んでしまったように一瞬の沈黙後、勢いよく背後を振り向いた会長が走り去ったヒビキを追いかけるために全速力で駆け出した。

「さて、私も後を追いかけますか」
 洞窟内に取り残された副会長が、走り出した会長を唖然としたまま眺めていた。
 しかし、ふと我に返って苦笑する。
 すぐに表情に浮かべていた笑みを取り外すと表情を引き締める。
 険しい表情を浮かべて全速力で走り出した副会長は、洞窟内から抜け出す頃には残された体力を全て使いきってしまうだろうなと考えていた。
 地を蹴りつけるとゴブリンの頭上を一気に飛び越える。

 見た目は慎重に先の事まで考えて行動をする人物のように見えるけれども、実際の副会長は後先の事は考えずに惜しみなく魔力や体力を使いきる考えるよりも先に体が動く人。
 自ら真っ先に敵に突っ込んでいくような性格の人である。
 しかし、仲間と共に行動をしている間は猫をかぶっているため、副会長が魔力を空にする何て真似をしたのは今回が初めての事だった。
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