それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

90話 黒幕の存在

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 骨を強引に折られる痛みに耐えきれず、アイリスの腕に爪を立てて何とか引きはがそうとする国王の姿を作り出す。
 残りの力を振り絞って行った抵抗も空しく、ゴキッと大きな音が周囲に鳴り響くと強い衝撃と激痛に見舞われているのだろう。
 アイリスの腕にまとわりついていた国王の腕が滑り落ちる。
 姿勢を保っていられなくなった国王の体がくの字に曲がると妖精達と対峙していた銀騎士達が国王を応援するようにして大声を上げ始めた。

「国王!」
「気をしっかり持ってください!」
「今向かいますから」
「意識をしっかり持ってくださいよ」
 妖精達が放った攻撃を受けながら、視線を国王から逸らすこと無く声をかけ続ける銀騎士達の姿を眺めていたユキヒラが口を開く。

「国王って人々から嫌われているって聞いていたけど、実際は随分と好かれているんだねぇ」
 険しい表情を浮かべる騎士達を、ニヤニヤと締まらない表情を浮かべながら眺めるユキヒラがヒビキに声をかける。

「うん」
 心ここにあらず。
 アイリスに襲われている国王が幻術魔法で作られたものだとは知らないヒビキが、ぽつりと声を漏らす。
 このまま大人しく見守っててもいいものだろうか。
 骨を折る何てやり過ぎではないのか。

 妖精王はヒビキと国王が親子関係である事を知っている。
 孫にあたるアイリスに国王暗殺の指示を出すだろうかとヒビキは疑問を抱いていた。
 目の前で国王に襲いかかるアイリスの考えが分からない。
 このまま大人しく状況を見守ったままで良いのだろかと考えるヒビキは身動きを取ることが出来ずにいる。
 無抵抗となった国王の首にアイリスが細く白い腕を巻き付けた。
 魔力を放出しているだけの力は既に残されてはいなかった。
 国王が手にしていた氷の剣が大きく揺らめいたと思った途端、パリンと音を立てて砕け散る。
 首を絞められていることにより呼吸困難に陥っているのだろう。
 意識が朦朧とする国王を作り出す。
 妖精の力は成人した男性を片手で軽々と持ち上げてしまうほどに強く、抵抗する術を失った国王が全く反応を示さなくなってしまったため、空を見上げていたヒビキが無意識のうちに一歩、足を踏み出した。

 右手を国王の頭の上に移動する。
 指先を添えたアイリスが目蓋を閉じると、目映く光る緑色の光が白く細い指先に集まる。
 光はアイリスの指先から国王の体内に入り込んでいく。
 莫大な量の魔力を注ぎ始めたアイリスの行動により、彼女の狙いを悟ったヒビキが二歩目を踏み出した。
 緑色に光る魔力は国王の体内に入ると、緑から黄金色へ変化する。
 このまま大量の魔力を強制的に国王の体に流し込めば、やがて人の体はおびただしい魔力量に耐えきれずに爆発するだろう。

「ちょっと待って。もしかして国王の体を吹き飛ばそうと考えている? 駄目だよ。国王が意識を失っているのなら丁度いい。国王の体を操る事が可能になるかもしれないから、一度その体を僕に預けてよ」
 アイリスの行動をニヤニヤとした笑みを浮かべながら眺めていたユキヒラの表情が瞬く間に変化する。
 浮かべていた笑みを取り外すと、今にも国王の体を吹き飛ばそうとしているアイリスに声をかけた。
 ユキヒラが待ったをかけたため、アイリスが国王に対する攻撃を止めるものと考えたヒビキが安堵する。
 安堵したのもつかの間だった、頷き国王の幻術から手を放そうとしたアイリスの表情が曇ると同時に国王の体が淡い光を放ちだす。

 僅かに開いていた唇から血が流れ出す。
 国王の体がギシギシと不気味な音を立てる。
 渋い表情を浮かべるアイリスが国王の額に手を添えて、入れてしまった魔力を抜こうとするけれども時すでに遅かった。
 肉が強引に裂ける音や骨の砕ける音と共に大量の血しぶきが空を真っ赤に染める。
 人の形を失った肉片は一直線に地上へ降り注ぐ。
 内臓までその形を失い人にトラウマを与えるような悲惨な光景が一瞬にして出来上がってしまった。

「ごめんなさい」
 全身を血の色で染めたアイリスが眉尻を下げる。
 待ったをかけたユキヒラの言葉に従わずに国王の体を爆破させてしまった事をアイリスは、顔面蒼白になりながら謝罪する。

「まぁ、声をかけるのが遅かったねぇ」
 アイリスを責める事無く、声をかけるのが遅かった事を嘆いたユキヒラが小さなため息を吐き出した。
 ユキヒラの目には国王は死滅。王を失った国民が降り注ぐ血しぶきに驚き、悲鳴を上げながら街の中を逃げ惑っているように映っているだろう。
 銀騎士達の怒号が飛び交い、ヒビキが唇を噛み締めて目蓋を伏せる。
  
 チクチクとした痛みに気づいていないのか、唇が切れるほど噛み締めたため真っ赤な血がにじむ。
 目蓋を閉じると浮かぶ父の姿は真面目な顔をして銀騎士達に、ユキヒラを捕らえるようにと指示を出す。
 目蓋を開けば、実は先程の光景は幻でしたと現実に引き戻されて、元気な父の姿が視界に入り込むかもしれない。
 期待を込めてゆっくりと目蓋を開く。
 視線を下げて地面に散らばっている肉片に視線を移したヒビキの顔から瞬く間に血の気が引く。
 口元に手を添えて、その場にしゃがみこんでしまったヒビキは身動きを取ることが出来ない。
 父の肉片を見て吐き気を催しては駄目だと抗うヒビキは強いストレスと不安に苛まれて顔を上げる事が出来ずにいる。
 健全な父の姿を思い浮かべて吐き気を必死に堪えるヒビキの元に全速力で駆け寄る人物がいた。

 
「父上の敵!」
 白いフード付きのローブを深々と身に纏った青年が大声を張り上げる。
 乱れた呼吸を気にする事も無く手にしていた剣を空に浮かぶアイリスに向かって投げつけた青年は、空に向けていた視線を下ろしてしゃがみこんでいるヒビキの背中に手を添える。

「大丈夫? 吐きそう?」
 ヒビキの隣に腰を下ろすと俯くヒビキに問いかけた。

 一方いっぽうで空に向けて放った剣はアイリスの元へ届く事無く上空で一回転すると刃を下にする形で急降下を始める。
 俯いているヒビキやタツウミは剣が自分達に向かって一直線に落下している事に気づいていない。
 少しずつ勢いを増す剣の向かう先には、しゃがみこんでいるヒビキの姿があり、タツウミに返事をしようとして俯かせていた顔を上げたヒビキの頬すれすれを剣は通過した。深々と地面に突き刺さる。

 唖然とするヒビキの視線が剣に向く。

 左右対称に描かれた紋様。その中央に描かれた白い竜は兄タツウミが愛用している剣に描かれているものであり、俯かせていた顔を上げて背後を振り向いたヒビキが、ぽつりと声を漏らす。

「兄上?」
 白い肌を隠すようにして深々と被ったフードには金色の刺繍が施されている。
 フードから覗く白銀色の髪の毛はヒビキの肩にかかる程の長さ。
 真っ赤な瞳が印象的な青年は小さく頷いた。

「そうだよ」
 まさか、兄タツウミとのファーストコンタクトが戦いの真っ最中になるとは思ってもいなかったヒビキの表情が曇る。

 護衛もつけずに城から抜け出すなんて。
 目の前に現れたタツウミに動揺を隠せずにいたヒビキが息を呑む。

 タツウミの背中に向かって、掲げた剣を今にも振り下ろそうとしているユキヒラの姿が視界に入り込んだ。
 危機的な状況に対して素早く反応を示したヒビキが、地面に右手を付く事により身体のバランスをとる。
 タツウミと向かい合うために素早く体の向きを変えて、その場に素早く立ち上がる。
 ヒビキの突然の行動に驚き、腰を上げて立ち上がろうとしたタツウミは未だにユキヒラの存在に気付いていない。
 躊躇う事無くタツウミの腹部を勢いよく蹴り付けたヒビキが、カウンター攻撃を仕掛ける。
 真っ赤な炎を纏った剣を出現させて、右手で剣を握りしめる。
 一歩足を引き、握りしめている剣をユキヒラが振り下ろした剣に勢いよく打ち付けた。

 鉄と鉄がぶつかり合う音が鳴り響く。

 しかし、中途半端な姿勢のまま振り下ろされた剣を受けてしまったヒビキは、踏みとどまる事が出来ずに弾き飛ばされる。
 地面に強く体を打ち付けてもなお勢いは止まること無くヒビキの体を転がした。  
 
「君が蹴りつけた青年は、見るも無惨な姿になってしまった国王を見て父上の敵と口にしたよね。その青年の事を君は兄上と呼んだ。一体、どういうことなのかな?」
 言葉を続けたユキヒラはヒビキとタツウミの会話を全て聞いていた。
 思わぬ形で事実を知る事になったユキヒラの表情は険しい。

「子供は三人って聞いていたんだよね。男の子が二人と女の子が一人。あの青年を兄と呼ぶなら君が第二王子って事になるのだけど」
 淡々とした口調だった。

「君も国王や魔王と同じで、僕を裏切るつもりで近づいてきたんだ?」
 ヒビキがユキヒラと行動を共にする事になったのは、ユキヒラがヒビキを連れ去り側においていたからである。
 その事をすっかりと忘れてしまっているユキヒラは、激しく動揺をしているのだろう。
 険しい表情を浮かべながらヒビキの首筋に剣を突きつけた。

「国王と君が、そっくりだなとは思っていたんだよね。でも、君は僕の問いかけに対して似ているかなと首を傾げたよね。その言葉を信じたのにさぁ」
 仰向けに横たわったまま身動きを取れずに苦しむヒビキを何とか助け出そうと考えているタツウミが、ユキヒラの集中がヒビキに向いていることを確認すると足音を立てる事なく全速力で走りだす。

 助走をつけると手にしていた剣をユキヒラ目掛けて横一線に薙ぎ払う。
 しかし、強く踏み込んでしまったため地面と靴の擦れる音がして直前で気づかれた。
 タツウミの剣を大きく仰け反ることにより避けたユキヒラが反撃に出る。
 右足を軸にして体を回転させたユキヒラがタツウミの手にしていた剣に、自分が手にしている剣を打ち付ける。
 鉄と鉄がぶつかる音が鳴り響き、タツウミの表情が強ばった。
 両手でしっかりと握りしめていたはずなのに、気づけば剣を弾かれてしまっていた。手ぶらになってしまったタツウミが右腕を伸ばす。
 頭の中で武器の出現を唱えると、白い炎を纏った剣が姿を現した。
 


 何故タツウミが城の中から出てきたのか。
 全く予想していなかった人物の登場小屋の中で状況を見守っていた国王が慌て出す。

「まずい。剣を手にしたと言うことは本格的にユキヒラに挑むつもりだ。タツウミを狩りに誘うどころか、剣を教えた事も無いのに無謀だ」
 護衛をつけていないところを見ると、城をこっそりと抜け出してきたのだろう。

「ユキヒラは暗黒騎士団No.2であるアリアスが魔界で死滅したと思っているから、アリアスに戦場に出向いてタツウミを連れ戻して欲しいと頼むわけにもいかないからな。私が戦場に乗り込むか」
 うん、それがいいと考えを口にした国王が壁に立て掛けていた剣を手に取ると身を翻す。

「お待ち下さい」
 小屋を抜け出そうとした国王に慌てて鬼灯が声をかけるのと、アリアスが国王の腕を手に取ったのは同じタイミングだった。
 アリアスが国王の腕を引き寄せる。

「あなたこそ体が爆発、敵の目の前で木っ端微塵に吹き飛んだではありませんか。今出て行くのは危険です」
 鬼灯と同じようなことを考えていたアリアスが険しい表情を浮かべている。

「危険ですと言っても貴方は聞かないだろうから、せめて姿を変えてからタツウミ様の元へ向かってください」
 しかし、国王は行くなと忠告をしても強引に小屋を抜け出すだろう。
 ため息を吐き出しながら国王の腕から手を離したアリアスが苦笑する。

「あぁ。そのつもりだ」
 即答だった。
 満面の笑みを浮かべた国王が頷くと、ドアノブに手をかけて勢いよく扉を開く。

 小屋から足を踏み出すと、そこは戦場と化していた。
 銀騎士団特攻隊の唱えた呪文により火の玉が空一面を覆いつくしている。
 妖精達で形成されている第一部隊と第四部隊が地上へ向けて弓を構えている。
 いつ放っても可笑しくはない状況だ。

 ヒビキが操作をミスしたのだろう。
 頬すれすれを一瞬にして通過していった炎の塊に恐怖心を覚えた国王が息を呑む。
 まさかヒビキの放った炎の塊に驚かされる事になるとは、考えてもいなかった国王が体を震え上がらせる。

 右手を掲げて指をパチンと鳴らした国王の姿が瞬く間に変化する。
 降り注ぐ火の玉を避けるようにして全力で駆け出した。

 右へ体を一回転すると、右肩すれすれを火の玉が通過する。
 足めがけて真っすぐ向かって来る火の玉を飛び越えたユタカが着地をすると共に足を躓かせた。
 前方転回を行う事により一度崩れてしまった姿勢を立て直したユタカが左へ体を回転させる。
 ユタカの左肩すれすれを火の玉が通過した。
 次から次へと降り注ぐ火の玉は銀騎士団特攻隊が好んで使う術であり、大勢の騎士が力を出し合って発動しているため威力がある。
 触れると肌は焼け爛れるだろう。

 無数に降り注ぐ火の玉から逃れるようにして、前のめりになると低姿勢で走り出す。
 右へ足を踏み出して勢いのまま側方に両手を突き出す。
 地面を蹴って両手を地面につき、真っ逆さまの姿勢から手で地面を押すと瞬く間に視界が回転する。

 側転したユタカの腹すれすれを火の玉が通過して、地面に激しく打ち付けられた。
 強い衝撃は地面を粉々に砕き、その欠片が四方八方に飛び散ると地面に足をつき着地をしたユタカが勢いを殺す事無く地面を蹴りつける。

 角度は四十五度がいいと言われているけれども実際は角度など考えている余裕も無くて、両手を掲げて腕を耳につけると背中を仰け反らせた。
 地面に両手をつくと、足先は勝手に地面についた手を中心にして体が回転する。
 回転に身を任せていれば自然と地面についていた手は地面から離れて行き、気づけばバク転を終えたユタカは素早く身を翻して、ヒビキが発動した炎の雷を避ける。

  
 ユタカと同じようにヒビキの放った炎の雷を避ける事に成功していたユキヒラが、すぐ側まで来ていたサヤに攻撃の指示を出す。
 国王が死滅した瞬間を目の前で見てしまったヒビキを心配したサヤが近くにいた妖精に頼みこむ事により城を抜け出していた。
 しかし、ヒビキを心配して戦場へやって来たサヤの思いとは裏腹にユキヒラが攻撃の指示を出したため勝手に体が動き、サヤの意思とは関係なく落雷が放たれる。

 狐面を身に着けている事により人より早く身動きを取る事の出来るヒビキは難なく落雷を避ける事に成功した。
 しかし、ヒビキとは違ってタツウミは移動速度を上げる魔法は持ってはいない。タツウミが空を見上げた時には、既に光は目の前に迫っている状況だった。
 タツウミが逃げ遅れている事にヒビキが気づいたけれども時既に遅い。
 小屋から駆け付けたユタカがタツウミの元へたどり着き、逃げ遅れていた体を勢いよく突き飛ばした瞬間を目の当たりにする事になる。

 ヒビキの視線の先で勢い良く突き飛ばされたタツウミが体を転がす。
 同時にサヤの放った攻撃魔法、落雷を受けたユタカが地面に倒れこんだ。



「えっと、何してんの?」
 突然戦場に現れたユタカが第一王子を突き飛ばして、代わりに落雷を受ける様子を見ていたユキヒラが呟いた。
 
 ユキヒラとヒビキの戦いの中に飛び込んだ人物を確認した銀騎士団が頭を抱え込んで大きなため息を吐き出す中で、自分の身代わりになって地面に倒れ伏した青年を心配したタツウミがユタカの元に駆け寄ると、倒れこんだまま身動きを取らないユタカの体を揺らす。

「どうしよう。全身ボロボロだよ。誰か回復魔法を使うことの出来る人はいませんか?」
 落雷を受けた事により服が破けて所々、大きな穴が開いてしまったのだと思い込んだのだろう。
 タツウミが周囲に助けを求めて大声を上げる。

「本当に、何してんの?」
 落雷を受けて倒れこんでから全く反応を示さないユタカに、もう一度ユキヒラが問いかけた。
 ユキヒラの集中がユタカに向いている事に気づいたヒビキが床に下ろしかけていた腰を上げると、足音を立てる事無くユキヒラの背後に回る。
 素早く真っ赤な炎を纏った剣を構えると、ユキヒラの首筋に突き付ける。
 同時にユキヒラの腕を背後で一つにまとめて片手で抑え込んだ事により、ユキヒラの身動きを封じる事に成功する。
 ヒビキが剣を手にしている腕を引くとユキヒラの首が落ちる事になるだろう。

「ちょっとでも身動きを取ると首が落ちるから」
 淡々とした口調で言葉を続けたヒビキの眉間にしわがよる。
 まさか、背後を取られる事になるとは思ってもいなかったユキヒラの表情が曇る。
 身動きを取るなとは言われたけれども、喋るなとは言われていない。
 口を開いたユキヒラがヒビキに問いかけた。

「剣を引いて僕の首を落とす気でいるの? それとも単なる脅し?」
 ヒビキの気持ち一つで命を繋ぐことになるか、それともここで終える事になるか決まる。

「言っておくけどさぁ、僕が死ぬと僕の術で動き回っているサヤの命もここで終わる事になるんだよ。それでもいいの?」
 言葉を選びながらヒビキに声をかけたユキヒラが首を傾げる。
 おっとりとした口調だった。

「え……」
 ユキヒラの命が尽きると言う事は、ユキヒラの術で操っているサヤの命も尽きると言う事。
 サヤの命とユキヒラの命がつながっている事を考えていなかったヒビキが戸惑いを見せる。
 ぽつりと声を漏らすと、その僅かな動揺を見逃さなかったユキヒラがヒビキの手にしている剣の柄を握りしめた。

 ヒビキの魔力によって形作られている剣は他人が触れると、触れた者の手は焼き爛れてしまう。
 以前ヒビキの武器を奪おうとして火傷を負った経験をしているにも拘わらず、ヒビキの手にしていた剣の柄を握りしめて武器を強引に奪い取ったユキヒラが反撃に出る。

 ヒビキの腕を手に取ると背後に回り込み、今度はユキヒラがヒビキの体を拘束する。
 真っ赤な炎を纏った剣が消滅すると共に、日ごろから自分が愛用している剣を手にしたユキヒラが刃をヒビキの首に添える。

「形勢逆転だね」
 満面の笑みを浮かべるユキヒラはヒビキが抵抗を示す前に首を落としてしまおうと考えたようで、ためらう事無く剣を引こうとした。

 剣を引けばヒビキの首と胴体が離れる事になる。
 ヒビキがユキヒラに捕らえられる所を目の当たりにしたタツウミが、白い炎を纏った剣を握りしめて構えをとる。
 タツウミがユキヒラに向かって剣を構えたのと同時に、床に伏せていたユタカが地面に片手をつき、その場に立ち上がる。
 懐にしまっていた短刀を手に取るとヒビキの元へ駆け寄ろうとした。
 
 しかし、タツウミやユタカがヒビキの元へたどり着くよりも早く、ユキヒラが腕を引いた事によりヒビキの首の皮が破けて開いた傷口から血があふれだす。
 肉を切り裂くと、真っ赤な血が首を伝って地面に落ちて行く。
 心臓が脈を打つたびに激しい痛みがヒビキを襲う。
 しかし、痛みに耐えつつ緩まったユキヒラの手を引きはがして一歩足を踏み出す事により拘束から逃れたヒビキが唇を噛みしめる。
 ユキヒラと向き合うために、右足を軸にして体を半回転させたヒビキの目に、全く予想していなかった光景が映り込んだ。

 ユキヒラの背中から侵入。腹部を突き破るようにして貫通している剣は普段ユタカが持ち歩いているものだった。
 先代の国王の形見であり、ナナヤの術によって元通りに修復された剣が真っ赤に染まっている。

 目蓋を閉じたままの状態で一気に突いたのだろう。
 小刻みに体を震わせているサヤが、ゆっくりと目蓋を開くと目に溜まっていた大粒の涙が頬を伝う。



 激しく咳き込んだユキヒラが血を吐き出した。
 力なく地面に両膝を突くと激しい寒さに襲われているのだろう。
 小刻みに体を震わせているユキヒラの唇は真っ青だ。

「いつ僕の魔力操作が解けたの? 僕がヒビキの正体を耳にして動揺してしまった時? 結局、君達も僕を裏切るつもりでいたんだね」
 剣が胴体を貫通しているのにも拘わらず、考えを口にする事の出来たユキヒラの視線がユタカや、サヤや、妖精達に向く。
 ヒビキの首筋にユキヒラが剣を突き付けた途端、妖精達はユキヒラに向かって弓を構えていた。
 ユタカが懐から短刀を取り出す姿を横目に見ていたユキヒラが肩を落とす。
 血を吐き出しながらも愕然とするユキヒラが考えを口にする。袖を持ち上げると口から流れ出る血をぬぐい取った。

「先に裏切り行為を働いたのはユキヒラだよ。ボスモンスター討伐隊として共に戦っていた俺やサヤを裏切ったのはユキヒラだからね」
 淡々とした口調だった。

「え?」
 ヒビキの言葉を理解する事が出来ずに首を傾げたユキヒラが声を漏らす。

「ボスモンスター討伐隊は壊滅してしまったけど、ドラゴンの攻撃を受けて崖から転落した俺は偶然、崖を通りかかった魔族によって助け出されていたんだ。ユキヒラは俺とボスモンスター討伐隊隊長を務めていた狐面を同一人物とは結び付けていないかもしれないけどさ」
 肩にかけていた鞄の中からボスモンスター討伐隊の紋様が描かれた黒いマントを取り出したヒビキが、マントをじっくりと眺める。
 仲間と共にデザインを考えたマントである。
 肩を落としたヒビキが眉尻を下げるのと同時に、手にしたマントをユキヒラの目の前につきだした。

「第二王子は僕たち平民を同じ人間だとは思わない傲慢かつ冷酷な人、現国王と性格は同じだと聞いていたのだけれども聞いていた話と違う」
 息も絶え絶えに言葉を続けたユキヒラの口から血が流れ出ているため、その体を真っ赤に染める。

「僕たち平民を同じ人間だと思わない傲慢かつ冷酷な第二王子が国を統べる未来が訪れると人間界は滅ぶと先生は言っていたけど、差別所か共にボスモンスターを倒すために戦っていたんじゃん」
 目蓋を閉じたユキヒラの体が前のめりになると、両手を地面につく事により何とか体を支える。

「先生とは?」
 今にも力尽きそうなユキヒラの目の前に腰を下ろして、疑問に思った事を口にしたヒビキが首を傾ける。

「北に学園都市があるんだけど、学園で光魔法を使った授業を教えていたシエル先生」
 囁くように言葉を続けたユキヒラの呼吸が随分と浅くなってきた。

「君はその学園の……?」
 ヒビキの隣に腰を下ろしたタツウミが問いかける。

「学園で教師をしていたんだよ。闇属性の魔法を教えていた」
 鼻から流れ出る血を拭ったユキヒラが答える。

「闇属性魔法を教えていたって、もしかして1年Sクラスの担任だった?」
 タツウミはどうやらユキヒラの事を知っていたようで目を見開き問いかける。

「そう……だけど」
 目蓋を閉じたまま小声で答えたユキヒラが肩で呼吸を繰り返す。

「その学園に妹が通っているんだけど、妹から届く手紙に書かれていたよ。誰に対しても優しかった先生がある日、失踪したってね。闇属性を扱う中性的な顔立ちの先生。性別はどっちか分からないと綴られていたよ。妹の担任だったんだね。どうして優しい先生がボスモンスター討伐隊を壊滅に追い込んだり森で鉢合わせしただけの銀騎士団調査隊を死に追いやったんだろうね? 一体、シエル先生から何を聞かされたんだろうね?」
 唖然とするヒビキがタツウミを凝視する。

 てっきり父や銀騎士達から腫れ物をさわるような扱いを受けている兄は、世間で起こっている出来事は聞かされていないだろうと考えていたヒビキが戸惑いを隠せずにいる。
 兄の問いかけに対して、ユキヒラからの返事がない事を疑問に思ったヒビキがユキヒラに視線を向ける。

「まぁ、もう君の口から答えは聞けないから直接、学園都市に行って確かめるしかないか」
 タツウミが淡々とした口調で言葉を繋ぐ。
 ヒビキの視線の先では、地面に膝をついたサヤが息絶えたユキヒラの体を支えていた。



「ごめんなさい。ヒビキ君の首を落とされると思った瞬間、考えるよりも先に体が動いていたの」
 ユキヒラが息絶えた事により、サヤの体も時期に朽ちる事になるだろう。
 ユキヒラに剣を突き立ててしまった事を謝ったサヤに対してヒビキは眉尻を下げる。

「有難う。あのままユキヒラに剣を引かれ続けていたら今頃、俺の首と胴体は離れ離れになっていたと思う」
 眉尻を下げているヒビキの顔色は悪い。
 首から大量の血を流していたため血が足りていないのだろう。

「サヤにずっと伝えたいと思っていた事があったんだ。ユキヒラが側にいたから、ずっと言えなかったんだけどサヤの兄、鬼灯も俺と同じで生き延びているよ。魔界でドラゴンと戦っていた時に俺の隣にいた黒いローブを纏った魔術師の青年の事を覚えてる?」
 ヒビキが続けた言葉に、サヤの表情が瞬く間に明るくなる。

「ヒビキ君がボスモンスター討伐隊を務めていた狐面と同一人物だったって事にも驚いたけど。お兄ちゃん、逃げ伸びていたんだ。本当に良かった」
 兄が生きていた事実を知り、驚きと共に安堵したサヤが、すぐに眉尻を下げて涙を流す。
 顔を両手で覆い隠す。

「会いたかったな」
 本音を漏らしたサヤは一目でいいから、元気な兄の姿を見たいと願う。

「ユキヒラが死滅した事が鬼灯にも伝わっているから、小屋を抜け出してこっちに向かって来てるよ。だから、すぐに会えるよ!」
 サヤの独り言に答えたのはユタカだった。
 もうすぐ鬼灯がやってくると言う言葉に喜びを感じたのか、笑顔を見せたサヤの頬を涙が伝う。

「だから意識を保たなきゃだめだよ」
 ユタカの言葉を耳にして頷いたサヤが指先で涙を拭う。
 ドラゴンに踏み潰される直前、サヤが目にした兄は険しい表情を浮かべていた。
 最後に一度だけでいいから笑顔の兄を見たいと願うサヤが目蓋を閉じる。



 ユタカの言葉通り、鬼灯はユキヒラが死滅した知らせを聞いて、すぐに小屋を抜け出していた。
 走る鬼灯の後を追うアリアスが激しく息を乱している。
 全力疾走を行う鬼灯の移動速度は早く、途中で追う事やめたアリアスが大きなため息を吐き出した。

 最後に一言だけでもいい。
 サヤと言葉を交わしたいと考える鬼灯が妖精達の間をすり抜けて倒れた木々や崩壊した建物を飛び越える。
 
「サヤ!」
 ヒビキやユタカの姿を視界に入れると、彼らの視線の先にいるであろうサヤの名前を呼ぶ。
 座り込んでいるヒビキの肩に手を押し当てると体重をかけて身を乗り出した鬼灯がサヤの姿を確認しようと試みる。
 しかし、鬼灯の願いもむなしくヒビキやユタカの前にはサヤの姿は無くユキヒラの骸だけが残されていた。
 膝をつき大きなため息を吐き出した鬼灯が力尽きたように地べたに座り込む。

 目蓋を閉じて乱れた呼吸を整えようとする鬼灯の姿から、全速力で街中を駆け抜けてきたんだろうなと考えたヒビキが、鞄の中から飲み物を取り出すと鬼灯の前に差し出した。

「ありがとう」
 飲み物を瞬く間に飲み干した鬼灯が、息も絶え絶えになりながらヒビキに礼を言う。

「うん」
 ぽつりと返事をしたヒビキは、サヤと共に行動している時にサヤから預かった髪どめを取りだした。

「サヤがお兄ちゃんから貰ったんだって嬉しそうに話してくれたよ。二つ貰ったうちの一つはサヤが大切にするから、もう一つをお兄ちゃんのお墓に供えて欲しいと言って託されたんだ」
 はいと差し出された髪どめを見つめてから、ヒビキが手にしている髪どめを両手で、しっかりと受けとり握りしめた鬼灯が苦笑する。

「俺の事をお兄ちゃんと呼んでいたのか。生前のサヤは俺のことを鬼灯と呼んでいたからな」
 一度でいいから聞きたかったなと考えを口にした鬼灯が髪どめを懐にしまう。

「お友達? 紹介してよ」
 ヒビキの隣に腰を下ろした鬼灯を指差して問いかけたタツウミが首をかしげる。
 鬼灯とは反対側に腰を下ろすとヒビキの肩に手をかけた。

「うん。ボスモンスター討伐隊として共に戦っていたホヅキだよ。皆は鬼灯と呼んでる」
 ホヅキと呼ばれた鬼灯が驚いたように目を見開いた。
 しかし、すぐに鬼灯の表情に笑みが浮かぶ。
「俺の名前をサヤに聞いたのか」
 鬼灯の問いかけに対してヒビキが頷いた。

 ふと、俯かせていた顔をあげたヒビキがあることに気がついた。
 床一面に飛び散っていた肉片と、大量に付着していた血痕が消えている。

「あれ?」
 周囲を見渡してみるけれども、どこにも肉片は見当たらない。

 ヒビキの反応を眺めていたタツウミも突然、消えた肉片に気付き周囲を見渡す素振りを見せる。
「父上が消えた」
 唖然とする。



「国王は生きていますよ。国王暗殺をたくらむ人物が城の中にいると仮定して鬼灯君に国王の死を演出して貰ったので今頃、姿を変えて状況を見守っているでしょうね」
 城の中に突き立てられた木の枝に体を預けている状態で意識を取り戻した妖精王が、ヒビキやユタカの元へたどり着いた時には全てが終わった後だった。
 小刻みに体を震わせると緑色の髪の毛が、ゆらゆらと揺れ動く。
 ユタカのすぐ隣に移動。足を止めた妖精王が黒幕が身内じゃなくて良かったですねと小声で呟いた。



「姿を変えて?」
 妖精王の言葉を耳にしたヒビキが首を傾げて周囲を見渡している。
 どうやら父である国王を探すつもりでいるらしい。
 国王は生きていると妖精王は言ったけれども、実際に自分の目で見て確かめたい。
 姿形を変えていたとしても、すぐに国王の姿を見つけ出す事が出来ると考えていた。
 しかし、周囲を見渡してみるものの国王らしき人物は見当たらない。
 もしかしたら近くにはいないのかもしれないと考えるヒビキが、ゆっくりと立ち上がると小さなため息を吐き出した。

「血を流しすぎた」
 立ち上がってすぐに、目眩に襲われて頭を抱えたヒビキの体が大きく傾いた。
 姿勢を正そうと試みるものの、踏み止まることが出来ずに体は仰け反ってしまう。
「何をしているの。座っていなきゃだめだよ」
 素早くヒビキの背中に手を回して支えたタツウミが口を開く。

「顔が真っ青だな。ランテの元へ運ぶぞ。このまま血を流し続けていたらヒビキの命が危ないからな」
 タツウミと向かい合う形でヒビキの傍らに腰を下ろした魔王が考えを口にする。

「自分で歩くか? それとも抱えようか?」
 意識が朦朧としているヒビキに問いかける。

「自分で歩く」
 即答だった。強がって見たものの魔王の手を借りて、その場に立ち上がろうとしたヒビキが膝を折る。

 その場に倒れ込もうとしたヒビキの体を魔王が咄嗟に支える。
「大丈夫か?」
 問いかけてみるものの、ヒビキからの返事はない。

「意識を失ったのか」
 白を基調としたドレスから、白い狐耳付きのケープに服装が変化したヒビキを軽々と肩に担いだ魔王が身を翻す。
 飛行術を発動すると共に、空高く飛び上がった魔王がランテの元へ向け飛行を始める。
 魔王の後を鬼灯と妖精王が追いかけて、地上に残されたタツウミの元へ父親であるユタカが歩み寄る。
 ヒビキが意識を失った事により服装が変わったような気がした。
 見間違えだろうかと考えているタツウミが空を見上げたまま放心状態に陥っている。
 ヒビキが狐耳フード付きのケープを身に付けるはずが無いか、見間違えだろうと結論を出したタツウミの脳裏に表情の乏しい口数の少ないクールなイメージを人に与える弟の姿が過る。






カクヨムにて矛盾の訂正と、見つけた誤字の修正を行いました。アルファポリスも少しずつ矛盾の訂正と誤字脱字の修正を行っていきます。現在、カクヨムが狐面の記憶編の投稿を行っており、最も更新が進んでおります。

下部のフリースペースにカクヨムのURLを張り付けております。
ご迷惑をお掛けして、すみません。
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