それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

88話 疑問

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 国王が騎士との会話を終えて謁見の間へ向かって足を進め始めた頃。
 騎馬隊の男性が言うように、謁見の間は致命傷ではないものの、戦いによって負傷した大勢の妖精や、騎士達や、魔王城からゲートを抜けて人間界へ足を踏み入れた暗黒騎士団隊員達で賑わっていた。
 玉座まで伸びる真っ赤な絨毯の上を、右へ左へ移動して怪我人に回復魔法を施しているランテの魔力は残り僅かになっていた。

 部屋の中央には透明なケースが設置されている。
 ケースの中央には幹が真っ二つに切断されている木が強引に突き立てられており、枝にもたれかかるようにして横たわるリンスールの姿があった。

 妖精は木の枝に腰を掛けて眠るものと考えた魔王は、良かれと思って城の庭に佇んでいた木をへし折り城内へ持ち込んだ。
 木を立てるために城の床に穴を上げて魔王は迷うこと無く木を突き刺した。
 そのため室内は異様な光景が広がっているのだが、敢えて誰も異様な光景に対して突っ込みを入れようとはしない。
 
「私の回復は後回しで構わないので、主の回復をお願いします」
 アリアス・ランテの魔力量も残り僅かとなり回復する事の出来る怪我人の人数が、そろそろ限られてくる。
 目に大粒の涙をためた少女の前に膝をつき回復を行ってもいいかしらと首を傾げて声をかけたランテに対して、少女は自分の事よりも妖精王の回復を先に行って欲しいと深々と頭を下げる。
 頭を深く下げた事により大粒の涙が頬を伝い床へ滴り落ちる。
 あどけない顔立ちの少女に懇願されてランテは苦笑した。

「彼は眠っているだけよ。安心して」
 柔らかそうな髪に触れるようにして頭に手を置くと、ぐずっている少女の頭をなでる。
 想像通り少女の髪の毛は柔らかく手触りがいい。
 ランテが笑いかけると、今にも泣きだしそうだった少女の表情が一変した。
 妖精王が眠っているだけだと知り、安心したのだろう。
 笑顔を浮かべた少女の頭をなでながら回復魔法を唱えたランテが、少女の体を黒い膜で包みこんだ。
 続けて少女の隣に腰を下ろしていた男性に視線を向けると、回復魔法をかけるために声をかけようとしたランテの背後で勢い良く扉が開かれた。
 音に驚いた妖精が勢い良く上半身を起こす。
 音のした方へ視線を向けたランテが大きく目を見開いた。



「回復が間に合っていないと聞いたが?」
 魔力を使い続けているランテは汗だくだった。

「えぇ。まだ半数しか回復魔法をかけることが出来ていないのよ」
 驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻したランテが国王に向かって手招きをする。
 回復を待つ妖精や騎士は大勢いる。
 暗黒騎士団は回復を目的として人間界へ足を踏み入れたわけではなくて、どうやら全く加減をする事なく攻撃魔法や物理的な攻撃を放った妖精に対して文句を言いにきたようだ。
 怪我をして床に寝転がっている妖精がお互い様と口にすると室内に複数の笑い声が上がる。
 確かにお互い様だなと言葉を続けた暗黒騎士団隊長を務めるギフリードは、立ち上がることすら出来ないほどの傷を負って横たわる妖精に視線を向けて苦笑する。

「では、残りの半数は私が」
 黒い膜に包みこまれて、ふわふわと体を浮かしている妖精が半数。
 残りの半数の回復を行うことを伝えた国王が室内に足を踏み入れると瞬く間に妖精が腰をあげて逃げ出すようにして室内を駆け回る。

「何故逃げる」
 謁見の間出入り口から遠く離れた玉座まで、素早く移動した妖精が壁に張り付き怯える姿を目の当たりにした国王が、ぽつりと小声で考えを口にする。

 小さなため息を吐き出して視線を上げた国王が黒い膜に包み込まれている妖精を観察する。
 書物でしか読んだことが無い魔界の住人だけが扱う事の出来る闇属性の最高級回復魔法を扱うランテは一度に複数の怪我人を回復する。
 魔族の扱う回復魔法は怪我人を治癒する能力だけでは無くて、土や砂利で汚れた体を清潔にする効果が備わる黒い膜に怪我人を包みこんでいくと書物には書き記されていた。
 魔族の回復魔法とやらに興味はあったものの種族が違うため、生きているうちに見る機会は無いだろうと諦めていた。
 それが、まさか目の前で見る事が出来るとは思ってもいなかった。

 一人の妖精の前に膝をつき、回復魔法をかけるために右手を伸ばした国王は強引に、逃げる妖精に回復魔法を施そうとした。
 回復魔法を扱うには、まず対象となる人物に触れなければならない。
 しかし、顔面蒼白になりながら頭を左右に振った妖精は怯えているのか、それとも触れられたくはないのか差し出した手から逃れるようにして後退する。
 少女の目には大粒の涙が溜まっていた。
 目蓋を閉じれば、すぐにでも頬を伝って地面に落ちるであろう。
 今にも溢れ出しそうな涙をこらえる少女の反応を見て、私に回復されるのは泣くほど嫌なのかと考えたユタカはショックを受ける。

「私に回復を施されるのは嫌か?」
 涙をこらえようとする妖精を目の前にして、ユタカは困ったように眉尻を下げる。
 
 傷つけてしまった。
 国王の表情を見て自分の取ってしまった態度により、傷つけてしまった事を察した少女が握り拳を作ると豪快に涙をぬぐって見せた。
 冷酷無情と人々に言われ恐れられている国王は傷つき悲しむ感情を持っている事を知る。
 中には事実もあるだろうけれども、人の噂話など宛てになら無い。

「ごめんなさい。嫌じゃないです」
 人々の間で真しやかに囁かれている噂話を信じ込んで、勝手に国王の人となりを予想していたエルフの少女は反省する。
 首を左右に振ると、中途半端に伸ばされていた国王の手に両手を添える。
 人間界では妖精王が悪役として絵本に記されているけれども、妖精界では人間達が悪役として描かれている書物が多かった。
 国王は人間界を牛耳るラスボス的存在。 
 しかし、実物を目の前にして少女は考えを改める。

 許可を得る事が出来たため遠慮はしない。
 少女の頭に手を下ろした国王が回復魔法を唱える。
 一瞬の出来事だった。
 少女の全身が黄金色に輝いたと思った途端、痛々しいほど切り傷を負っていた少女の体が元通りに戻る。
 
「は?」
 少女の隣に腰を下ろしていた青年が、あんぐりと口を開くと間の抜けた声を出す。
「早っ」

「一瞬かよ」

 壁にへばりついて国王から逃れようとしていた妖精達が口々に感想を述べる。

「俺にも頼む!」
 国王と少女のやり取りを間近で眺めていた青年が、国王のすぐ隣に移動すると危険な人物では無いことが分かって警戒心を解く。
 国王は回復を施してくれるだろうかと不安を抱きつつ声をかける。

「私の傷の回復も頼んでいいかな?」
 妖艶な魅力の妖精の性別は見た目からは判断がつかない。
 壁に腰を預けている妖精の問いかけに対して国王は頷くと体の向きを変えて妖精、二人の額に指先を添えて回復魔法を施した。

 

「国王が直々に怪我人の回復を行っているのか」
 右手、左手と同時に妖精の回復を行った国王の元へ漆黒の髪を靡かせながら歩み寄る人物がいた。
 紫色のベリーダンス衣装に身を包みこんでいる女性は、何のためらいも無く国王の肩に手を置くと小刻みに肩を震わせる。
 
「回復は私達が変わろう。国王の暗殺を企む連中と銀騎士団特攻隊が現在、広間にて交戦している事を伝えに来たんだ」
 広間にてユキヒラ達と交戦する銀騎士団の代わりに、踊り子に扮する魔王が城内で騎士達が危機的な状況に陥っている事を伝える。

「ユキヒラは大広間に向かっていたのか。騎士を広間へ向かわせたのは間違いだったな。知らせてくれて有り難う」
 魔王から報告を受けた後、国王は魔王に向かって深々と頭を下げる。
 広間に向かって足を進めるために素早く身を翻した。
 銀騎士達は踊り子に扮した女性に深々と頭を避げる国王の姿を目の当たりにして、あんぐりと口を開き間の抜けた顔をする。
 仲間の騎士と互いに顔を見合わせた。
 
 パタンと音を立てて扉が閉まると同時に国王の体が前のめりになる。
 瞬きをしている間の出来事だった。
 国王の右手が床に触れた途端、真っ赤なマントが激しく靡く。
 国王は全速力で城内を駆け抜けていた。

 足早に城内を歩くことはあっても走る姿を一度も目にしたことのなかった使用人が一瞬にして通りすぎていった人物を目でとらえきれずに首を傾ける。
 背後を振り向いては見るものの、既に人の姿は無く戸惑っている使用人は赤いマントが見えたような気がしたと考える。
 使用人の脳裏には常日頃から赤いマントを身に付けて城内を優雅に歩き回る国王の姿が浮かんでいた。
 しかし、首を左右に動かした使用人は、きっと幻でも見たのだろうと考えを改めた。

「国王が形振り構わず、がに股で右手と右足が同時に前に出ている事にも気づかずに駆け抜けていくことなんて考えられないもの」
 クスクスと肩を震わせる使用人が体の向きを変えて、ゆっくりと城の中を移動する。
 使用人に全力疾走を見られていた事に気付くことなく城の中を素早く移動した国王は大広間に到着。
 立ち止まろうと試みたものの、走る勢いを抑えることが出来ずに豪華な扉を蹴り飛ばすような形で室内にたどり着く。
 破壊された大広間の扉は大きな音を立てる。
 国王は室内にいた銀騎士を酷く驚かせた。
 危うく扉に激しく顔面を打ち着けるところだった。
 咄嗟に足が出たから良いものの、顔面を打ち付けていたら室内に飛び込んだ頃には顔面を両手で押さえてゴロゴロと転げ回る姿を晒すことになっただろう。

 内心では顔面強打を間逃れて本当に良かったと冷や汗を流す国王は、城に許可も無く乗り込んだユキヒラやヒビキに対して威圧的な態度を取る。
 武器を手にするユキヒラに対抗するようにして頭の中で武器の出現を唱えると右手の平と左手の平、それぞれの手の平に添うようにして二本の氷の剣が出現した。

「国王よくも裏切ってくれたねぇ」
 現れた剣を手に取った国王に視線を向けたユキヒラが考えを口にしたものの、国王は表情を全く変えることなくヒビキに向かって剣を構える。
 剣を囲むようにして無数の氷の粒が渦巻いていた。
 刃先から柄へ向かってぐるぐると回る氷の粒は水色の光を放ち室内を照らす。
 氷と氷がぶつかり合って音を出すと、音に警戒するヒビキが後ずさる。
 国王の足元に現れた水色の魔法陣は彼の体を身軽にする。
 敏捷性を高める効果があった。
 
 剣を手に取って構えを取る国王はヒビキと戦うつもりでいた。しかし、ヒビキは威圧的な父の姿を前にして激しく動揺しているため身動きを取ることが出来ずにいる。

「やっちゃっていいよぉ」
 国王によくも裏切ったねと声をかけたにも拘わらず、返事を貰うことが出来なかったため気分を害したユキヒラが、武器の出現も唱えていない手ぶらなヒビキの背中を力強く押す。
 一歩、二歩と覚束ない足取りで前進したヒビキが姿勢を崩している間に右足を軸にして体を回転させた国王が、右手に構える剣を下から上に振り上げた。
 すると、ヒビキの足元に水色の巨大な魔法陣が出現する。
 

「ヒビキ君、呆然としていないで避けて!」
 魔法陣の出現と共にサヤが大声を張り上げる。
 ユキヒラがヒビキの腕を掴みとると、水色に輝く魔法陣の中から引きずりだした。

「本当に何してんの? 早く武器を出現させなよ!」
 武器を出現させるわけでもなく、ただ大人しく魔法陣の中で佇んでいたヒビキに対してユキヒラが声を荒らげる。

 ヒビキが素早く魔法陣の中から逃げ出すことを前提に考えて、呪文を唱えていた国王は全く魔法陣の中から抜け出そうとはしなかったヒビキの予想外の態度に驚き激しく動揺する。
 表情には表さないようにしているものの剣の形が激しく歪むと、銀騎士団の一部が国王の動揺に気がついた。



「あの化け物じみた……ってか、もう化け物だよね。人間ばなれした術を扱ってるのだから化け物でいいか。まさか、化け物を目の前にして怯えてんの?」
 ユキヒラの視線はヒビキに向いているため、国王の動揺には気づいていない。
 ヒビキもユキヒラに説教を受け目線を足元に向けているため国王の姿は視界には無く、化け物と四度も連呼されてしまった国王の武器が大きく歪むと音もなく消えてしまった事に気付くことが出来ずにいた。

「しっかりしてよ」
 ヒビキの胸ぐらをつかみ一歩足を踏み出したユキヒラが頬を膨らませる。

「うん、ごめん。恐怖で体が思うように動かなくて」
 国王を化け物扱いしたユキヒラの言葉を訂正すること無く、ユキヒラの考えに同意するようにして恐怖心から体が思うように動かなかったことを伝えると、国王の眉間にしわがよる。

 ユキヒラが一歩足を踏み出したことにより、ヒビキとの距離が縮む。
 唐突に距離を詰められる事によって驚いたヒビキは無意識のうちに数歩足を引いてしまう。
 背後を確認する事なく足を引いたヒビキは、大広間に設置されている巨大な窓が開いている事に気付く事が出来なかった。
 妖精達が街へ飛び立つ時に窓を開き、全開にしたまま城内から飛び出したため窓は開いたままの状態になっていた。
 ヒビキの胸ぐらをつかんでいたユキヒラを巻き込むような形で、開いていた窓から城の外へ体を移したヒビキが国王に視線を向ける。
 無表情のまま窓を抜け地上へ向かって頭から一直線に転落する我が子を眺めていた国王が一歩、二歩と前進する。

 窓枠に両手を添えると身をのりだして覗きこもうとした。
 頭から地上に向かって落下するヒビキを心配している国王は周りが見えなくなっている。
 随分と無理な姿勢を取っている事に気付いているのだろうか。
 今に手を滑らせて国王も転落してしまうのでは無いだろうかと不安を抱いた人物が腕を伸ばす。
 表情を変えることなく、しかし内心は激しく混乱中の国王はつま先立をする。
 国王の前進を阻むために服をつかみとって、強引に引き寄せる人物がいた。

「落ち着いて。あなたの息子は飛行術を使えるでしょう。きっと今頃ユキヒラを抱えて飛行しているわよ」
 くねくねと体を動かす青年が、我を忘れている国王に声をかける。暗黒騎士団の調査員を務める青年である。

「あぁ、そうだな。ヒビキは飛行術を使えるのだったな。いきなり窓から身を乗り出すから驚いてしまって」
 困ったように眉尻を下げた国王が本音を漏らす。

「きっと、城内で貴方と戦う事になれば城を破壊しかねないと思ったのでしょうね」
 憶測ではあるけれども、ヒビキの考えを予想した調査員が苦笑する。
 単にヒビキは背後の窓が開いている事に気付かなかっただけなのだが、調査員はヒビキには考えがあり窓から身を乗り出したのだと仮定した。



「ねぇ、どう言うこと?」
 国王と調査員の会話を耳にして、一人この場に取り残されていたサヤが眉間にしわを寄せる。
 恐ろしい人物と噂されている国王の前から、どうやって逃げ出そうかと考えていたサヤが疑問を抱いて自ら、国王の元へ歩みよった。
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