それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

87話 人間界

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 考えている暇など無かった。
 ユキヒラの指示により国王の寝室から城の外へ窓枠に足をかけて続々と抜け出していく妖精達が城を取り囲み始めると、国王が右往左往する。
 城壁にへばりついてみたものの国王の姿は妖精達から丸見えである。
 続けて窓枠に足をかけて外へと飛び出した妖精達が街へ向けて飛行し始めると国王の眉間にしわがよる。
 国民の避難が終わっていればよいけれども、たった数分で国民の避難が完了しているとは思えない。
 きっと、銀騎士は国民の避難誘導をすると共に妖精達と共に戦うことになるだろう。
 
 窓の外を眺めていた国王が視線を上げると、羽を時おりはばたかせながら体を浮かす妖精と視線が見事に目が合った。
 確か第一部隊隊長を務めている青年だったか。
 見た目や声を聞いただけでは性別を判断することは出来ない中性的な顔立ちの青年の隣には、幾重にも張り巡らされた結界に身を預けている少年の姿がある。

「国王の体を包み込むようにして私達の主が施した防御魔法が施されております」
 頭を下げてお辞儀をした少年に向かって、王冠を取り外した国王が深々と頭を下げる。

「覚えていますか? 私達が妖精界から魔界へ向かって飛行していた時に出会った、随分とみすぼらしい格好をした青年のことを」

「あぁ。私が真剣になって敵か味方か見定めている最中に、呑気に私の性別を見定めていた青年だろ?」
 第一部隊隊長を務める妖精は空で出会ったユタカを覚えていた。少年の問いかけに対して即答する。

「はい。あの時出会った青年と私達の目の前に佇んでいる国王は、どうやら同一人物のようです」
 目の前に佇む国王が、空で出会った青年と同一人物だと告げた少年の言葉はどうやら酷く兄を驚かせた。
「誠か?」
 少年の言葉は信憑性が高い。
 しかし、少年の言葉をすんなりと受け入れることの出来なかった兄が首を傾げて問いかける。
 目蓋をこすり国王を凝視する兄の問いかけに対して少年は迷うこと無く即答する。

「はい」
 少年は真剣な眼差しを浮かべて頷いた。
 窓を隔てた向こう側で会話をする妖精達の声は国王の耳まで届いていなかった。
 しかし、視線が交わっているにもかかわらず妖精達が自分の居場所をユキヒラに伝えようとはしないため、何やら顎に指先を添えて考えるそぶりを見せた国王が顔を俯かせる。



「それにしても驚いたなぁ。まさか、魔界から人間界へ瞬く間に移動する事が出来てしまうとはね」
 ユキヒラがサヤと共に城内を移動する。
 戸惑い混乱しているナナヤを国王の寝室に置き去りにして、国王と踊り子の姿を探すユキヒラは着々と国王の元に近づいている。
 背後は巨大な窓が設置されているため外から丸見えの状態である。
 城の壁にへばりつき突き出た柱に身を隠しているものの、ユキヒラが寝室を抜け出して右へ足を進めると、やがて身を隠しているとはいえ国王の姿が視界に入り込む事になる。
 しかし、ユキヒラが左へ向かって足を進めてしまうと、左側には魔王や妖精王の居る謁見の間がある。
 どちらにしても国王にとっては良い状況では無い。

「考えている場合ではないか」
 小声で独り言を口にした国王が、ため息を吐き出した。共に指をならす。
 巨大な窓が間隔を上げて並ぶ城の一部分は外から丸見えの状態である。
 城を囲むようにして待機している妖精達には国王とユキヒラの姿が、しっかりと見えている。
 二人がばったりと出会いそうになっている状況の中で国王は、どのような行動を取るのか見守っている妖精達が息をのむ。

 中指を素早く親指のつけねに打ち付けるとパチンと音がなる。
 音と共に国王の体を包み込んでいた魔力が消滅する。
 真っ赤なドレスや黒色の羽織が消える。
 整ったストレートの髪の毛を乱すために両手でわしゃわしゃと髪を撫でた国王の姿が、みすぼらしいものへ変化すると心底驚いたのだろう。
 手にしていた武器を危うく落としかけた妖精達が唖然とする姿があった。
 仲間と互いに顔を見合わせる。

 
 
 国王の寝室を抜け出して右へ足を進めるユキヒラは、ユタカと見事に鉢合わせする。
「わっ」
 目の前を通過しようとしたユキヒラを視界に入れるなり、胸元を押さえ声を上げたユタカが一歩足を引こうとして後頭部を壁に打ち付ける。

「驚かさないでよ!」
 一人で勝手に驚き後頭部を打ち付けておきながら、ユキヒラを指差し文句を言うユタカの姿を窓の外から眺めていた妖精達が、仲間と共に顔を見合わせると途端に両手を合わせて爆笑する。
 普段は滅多に喜怒哀楽を表情に表すことの無い妖精達が、けたけたと声を上げて笑う珍しい光景が城の外には広がっていた。

「後頭部を打ち付けたのは自業自得だよね。君さぁ、ガーゴイルに追われていたよね。逃げ切れないだろうと予想していたんだけどガーゴイルはどうなったのさ。何で人間界の城の中にいるのさぁ?」
 冷静に返したユキヒラが疑問を抱いて問いかける。
 
「がむしゃらに逃げ回っていたから僕にもよく分からないよ。気がついたらガーゴイルの姿は無くて、地上に向かって落下するナナヤの姿が視界に入り込んだから追いかけて手を掴んだんだけど魔王城の屋根を突き破って城内へ落下しちゃってね。そこで魔族と鉢合わせだよ。驚いて城の中を逃げ回っていたら勢い余って黒く渦巻くゲートのようなものの中に入り込んじゃって気がついた時には既に、お城の中にいたんだよ」
 ペラペラと嘘を口にするユタカが袖を持ち上げて目元に添えると、ほろほろと泣き真似をする。

「あぁ、そう言えば魔王城の天井に大きな穴が開いてたね。君の仕業だったのか。先頭を飛行していたのは誰なのさ。君の身につけていたローブを纏っていたよねぇ?」

「知らないよ。神殿を破壊してガーゴイルを埋めることに成功、命からがら神殿から抜け出したところまでは良かったんだけど、妖精王が張り巡らせた結界を指先を添えるだけで解除しちゃうほど強力な魔力を持つ妖精が現れたんだ。僕の身につけていた服を気に入ったのかな、妖精に身ぐるみをはがされたんだ。強引に衣服を奪われた所で難を逃れていたんだろうね。ガーゴイルが地上に現れたんだよ。咄嗟に空へ飛び上がりガーゴイルから逃げ回っているうちに、その妖精とも離ればなれになったよ」
 涙を拭う素振りを見せるユタカの嘘偽りだらけの言葉をユキヒラは、すんなりと受け入れた。

「ボロボロの身なりをしているのに、高価な飛行術を購入しているし剣を振るう事しか出来ないと思っていれば神殿を破壊しているし君は一体、何者なんだろうねぇ?」
 ユタカに対して興味を抱いていたのだろう。
 ユキヒラの問いかけに対してユタカは肩を震わせる。

「飛行術を購入したからお金がないんだよ。神殿を破壊するのは一定間隔をあけて佇んでいた柱を狙えば簡単だよ」
 実際は神殿を破壊するつもりなど全く無かった。
 しかし、結果的に神殿を破壊する形になってしまったユタカは自ら望んで神殿を破壊したと偽りを告げる。



「ちょっと待って。足音が近づいて来てる」
 慌ただしい足音が近づいている事に、いち早く気がついたのはユタカだった。

「逃げなければならないね。どうしよう」
 周囲を見渡して右往左往するユタカが独り言を口にすると、足音の聞こえる方向とは真逆へ素早く身を翻す。
 今すぐユキヒラを連れて、この場から逃れなければならないと判断をしたユタカは慌ただしい足音と共に全速力で走り出した。

 ユキヒラやサヤが後に続いているだろうと考えていた。

 ユタカは玄関ホールへ向かって城内を全速力で駆け抜ける。しかし、ユタカの予想通りに事は運ばなかった。
 ユキヒラは窓を開き窓の外で待機する妖精に身を預けていた。
 同じように肩に担いでいたヒビキを妖精に預けたサヤは女性エルフに頼み込んで体を支えて貰う。
 ナナヤは国王の寝室から一歩も外に出ること無く、物陰に潜んでいた。


 一方のユタカは玄関ホールに足を踏み入れていた。
「一先ず城内から抜け出さなければならないね。入り口が見えてきたよ!」
 玄関ホールを抜けた先に見える城の出入り口を指差すと、笑顔で背後を振り向いた。
 窓一つない室内に人の気配はない。
 一人嬉しそうに大きな声で独り言を口にして勢いよく背後を振り向いたユタカの表情から、みるみるうちに笑顔が消える。

「え……」
 瞬きを繰り返して、足を動かしたまま僅かに首を傾げると周囲を見渡した。



「嘘でしょう! 誰も付いてきてないじゃん」
 ここに来て一人で慌てふためき城内を駆け回っていた事に気づいたユタカが、恥ずかしくていたたまれない気持ちになる。
 
「穴があったら入りたいんだけど」
 頭を抱え込んだユタカが大声を上げる。
 走る勢いを緩めること無く、右足を軸にして体を半回転させたユタカが指をパチンと鳴らす。
 ユタカの身なりが瞬く間に変化した。
 足首まである真っ赤なドレスがユタカの体を包み込むと、黒色の羽織が出現する。
 乱れていた髪を手櫛で整える。前髪を耳にかけたところで黄金色に輝く王冠が出現した。
 足を止めること無く走ってきた廊下を全速力で後戻りする国王が、銀騎士とユキヒラが鉢合わせしていないことを祈る。
 険しい表情を浮かべる国王と、銀騎士団騎馬隊が合流した頃。



「ユタカ君は一人で走っていっちゃったね。大丈夫かな」
 サヤとユキヒラは安全な場所へ避難したため、銀騎士達が目の前を足早に通過する姿を見送っていたサヤが呟いた。
 銀騎士達が向かった方向に走り去ったユタカを心配する。
 騎士と鉢合わせすることにならなければいいけれど。

「放っておいても大丈夫だと思うよ。もしも、騎士と出会ったとしても喚き散らしながら逃げ回っている姿が想像できるしぃ」
 対するユキヒラは、けたけたと笑い声を上げている。

「俺は剣を構えたまま一歩、二歩と後退りして壁に後頭部を打ち付けているユタカの姿が思い浮かんだんだけど」
 ユタカの正体は叔父か、いとこか身内であると考えていたヒビキは騎士達の足音に驚き逃げ出したユタカに対して疑問を抱いていた。
 もしも、身内であるのなら銀騎士と城の中で鉢合わせする事を恐れて逃げ出す必要は無かったと思うのだけれども。

「意識が戻ったのね。良かった」
 笑顔を浮かべたサヤが意識を取り戻したヒビキに視線を向ける。
 ヒビキは銀騎士団と鉢合わせをしたユタカが、どのような行動を取るのか予想して考えを口にした直後に、体を支えてくれている女性エルフの存在に気がついて何度も頭を下げて礼を言う。
 
「ご迷惑をお掛けしました。国王や魔王を逃してしまって、ごめんなさい」
 続けて妖精から視線をはずしたヒビキが、ユキヒラやサヤに向かって深々と頭を下げる。

「一筋縄では行かない事は分かっていたからねぇ。国王が味方になるって言って僕の元へ来たときに、意識を奪い術をかけて操ってしまえば良かったんだけどね。まさか、裏切りに合うとは思いもしなかったよ。強引に術を施して操ってしまえば良かったと激しく後悔してる」

「俺達が踊り子達のダンスを見て油断しているところを一網打尽にしようとしていたんだろうね。ユキヒラが魔王の放った拘束魔法から逃れたことで予定が狂ったから妖精王を人質にとったのか」

 もとより化け物じみた能力を持つ国王と、種族は魔族である踊り子をヒビキ一人で取り押さえる事が出来るとは考えてもいなかった。
 ユキヒラの表情は険しいものの、国王を捕らえられなかったヒビキを責めているわけでは無く、ユキヒラの口調は穏やかなものだった。

 
 
 ヒビキが意識を取り戻して数分が経過した頃。
 咄嗟に寝室に逃げ込んだものの周囲に仲間の姿は無く一人、心細い思いをしていたナナヤが身じろぎをする。
 ゆっくりと腰を上げて立ち上がると、足音を立てないように何とも不格好のまま抜き足差し足忍び足で前進する。
 金色の装飾品が飾り付けられた見るからに高級そうな扉に触れようと両手を伸ばしたナナヤは、ドアノブに指先が触れる直前に身動きを止めた。
 ナナヤの身に付けている黒色の燕尾服は高級品ではあるものの、目の前に佇んでいる金色の装飾品が飾り付けられた扉に比べると安物であり、燕尾服で手の汗を拭ったナナヤが再びドアノブに手を伸ばす。

 力を込めなければ、びくともしない扉に苦戦しつつも何とか扉を開く事に成功したナナヤが扉と壁の僅かに開いた隙間から顔を覗かせた。
 城の中を騎士達が慌ただしく駆け回っていた。
 騎士達の足音が国王の寝室に近づくにつれて身の危険を感じたナナヤは、覗かせていた顔を引っ込めて地べたにひれ伏して身を隠す。
 状況も分からないまま、気づいた時には城の中にいた。
 もしも、見つかれば不法侵入として捕まるだろうかと不安を抱くナナヤは顔面蒼白である。

 

 騎士達の足音が遠ざかっていく事を確認したナナヤは、伏せていた体を起こして再び金色の装飾品が取り付けられた重い扉を僅かに開いて顔を覗かせる。
 人の気配は無かったため、てっきり周囲に人の姿は無いものだと思っていた。
 宝石や金の装飾品がついた服を身に付けて、白いファーの付いた真っ赤なマントを羽織る男性の姿を視界に入れて、ナナヤは声にならない悲鳴を上げる。
 高さが7センチほどある銀色の靴を見事に履きこなして足早に目的地に向かう男性から目を離す事が出来ない。

「国王は妖精の森で命をおとしたはずだがね」
 ガクガクと膝を小刻みに震わせて、恐怖心に支配されるナナヤの視線の先には大勢の銀騎士を従えている国王の姿があった。

「怪我人は謁見の間へ。騎馬隊は大広間へ」
 人差し指を広間へ向けた国王が騎士団に指示を出すと、騎馬隊なのだろう。
 隊員が踵を返す。
 目的地を変更して足早に国王の元を立ち去った。

 視線の先にいる国王は幻か、それとも影武者か。
 ほんの一瞬、幻を見ているのではないのかという疑問がナナヤの脳裏に浮かんだ。
 しかし、目の前を通過していった国王が幽霊であれば銀騎士に指示を出す所か、騎士が目で捉える事は出来ないはず。

 妖精の森で見かけた国王が影武者だった可能性も否定する事は出来ないが、妖精の森で出会った国王は氷属性の魔法を駆使してガーゴイルと戦っていた。
 影武者は姿を真似るだけで、その者の持つ魔法の属性を真似する事は出来ない。
 そう考えると目の前にいる国王が影武者である可能性が高い。

 国王から視線を外すことが出来ないまま深く考え込んでいたナナヤの目の前を、足音を立てる事なく一瞬にして通り過ぎて行った男性が国王を呼び止めた。
 激しく戸惑っている男性騎士には扉から顔を覗かせているナナヤの姿は入り込むこと無く、城内を全速力で駆け抜けていたため荒い呼吸を繰り返している。

「何事か?」
 乱れた呼吸を繰り返している騎士の様子から、緊急事態である事が安易に推測する事が出来る。
 慌てる男性に国王は淡々とした口調で問いかけた。

 前髪を指先を使って右へ流す。額を伝う汗を腕で拭う。
 騎馬隊の男性の視線の先には眉間にしわを寄せる国王の姿があった。表情から推測すると、今の国王の機嫌は最悪。

 今すぐにでも、この場から立ち去りたいと逃げ腰になっている。
 しかし、踵を返して国王の前から立ち去る事など実際には出来ないため男性騎士は、へっぴり腰のまま国王に事情を説明する。

「回復魔法を扱う事の出来るランテが魔界から応援に来てくれたのですが、ランテを加えても大勢の怪我人に対して回復が間に合っていないようです。暗黒騎士団と妖精王に仕える妖精部隊隊員は手加減というものを知らないのでしょうか? 怪我人が続出しています」
 男性は怪我人の回復が間に合っていない事を伝える。

「アリアス・ランテが来ているのか。彼女は大怪我を負ったヒビキを手厚く介抱してしてくれたからな」
 国王は気づいていながら、敢えて寝室から顔を覗かせるナナヤの姿を視界に入れないように心掛けてナナヤの目の前を通過する。

 ナナヤは何故、国王の口からヒビキの名前が出たのか疑問を抱いていた。
 国王の言葉の意味を理解する事が出来ずに首をかしげている。
 騎馬隊に所属する男性が、国王の表情から国王の機嫌は最悪であると推測していれば、独り言のように考えを口にした国王の声は随分と穏やかなものだった。
 
 魔界の住人アリアス・ランテと仲の良い銀騎士団特攻隊隊長を務める金髪の女性が、国王暗殺を企てる人物が人間界へ足を踏み入れる事になれば怪我人が続出するだろうと考えたため、転移魔法を使って事前に回復魔法を得意とするランテを魔界から強引に呼び寄せていた。

 アリアス・ランテはヒビキの命の恩人である。

 ドラゴン討伐に失敗すると共に、ドラゴンの攻撃を受けて意識を失ったままの状態で崖から転落したヒビキをアリアス・ランテは拾い上げると魔界へ持ち帰った。
 ヒビキが回復をするまでのあいだ看病をしてくれた人物であり、その場で素早く身を翻すとユタカは謁見の間へ向かって足を進める。
 
「機嫌が悪いわけではないのか?」
 国王の後ろ姿を眺めていた男性が僅かに首を傾けると、素直な考えを口にした。
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