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ヒビキの奪還編
78話 魔界か人間界か
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ふと何か思う所があったのか、急に笑顔を引っ込めたユタカが調査員の横腹を肘で突いた。
「結界解除の魔法を使えるのなら、魔王や妖精王を囲んでいる光の柱に対して使ってみれば良かったじゃん」
ガーゴイルを封じるために張り巡らせた強力な結界を破壊する事の出来る人物は、結界を張り巡らせた張本人である妖精王だけだと思っていた。
本来なら簡単に解除する事など出来はしない強力な結界を意図も容易く解除してしまったため、ユタカは調査員に視線を向けて素直な考えを口にする。
「真っ先に試してみたわよ。でも、解除する事は出来なかったのよね」
普段身に着けている甲冑をヒビキに破壊されること無く今もまだ装着していたのなら、ユタカの肘つきでダメージを受けることは無かっただろう。
しかし現在、軽装である調査員の横腹にユタカは自分が思っている以上の力を込めて打撃を与えてしまっていた。
打撃を受けた横腹に両手を押し当てて、俯く調査員のフードをユタカは指先で掴むと勢い良くめくり上げる。
「ごめんね。痛かった?」
調査員の顔を覗きこんだユタカが悪びれた様子も見せずにペロッと舌を出す。
「普段やらない事をすると人に迷惑をかけることになるね。もうしないよ」
フードをめくり調査員の顔に視線を移すと、調査員は両手で顔を覆い隠す素振りを見せる。
本当に顔を見られる事が嫌なんだなと苦笑するユタカは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
もうしないよと言葉を続けたユタカに対して調査員は首を横に振る。
「別に肘つきをするのは構わないけれど、力加減を覚えましょうか」
調査員は顔を見られたくは無い一心でユタカが、めくりあげたフードを指先でつまむと元の位置に戻す。
「あなたに出会うことが出来たら聞かなければならないと思っていたことがあったのよね。参考にさせてもらおうと思っていたのだけど貴方は、どのようにして封印から抜け出すことが出来たのかしら?」
国王と出会う事が出来た時に真っ先に聞こうと思っていた。
魔王や妖精王と共に封印の魔法を受けたはずの国王が、どのようにして強力な封印から逃れる事が出来たのか。
国王の話を聞き参考にする事で、魔王の封印を解く事が出来はしないだろうかと考えた調査員の表情は真剣そのものだった。
「えっと、どのように話したら良いのか。身体中に激痛が走って意識を奪われた所までは覚えているのだけれど、次に気づいた時には、光輝く柱の中に閉じ込められて宙に浮いていたんだよね」
参考にさせてもらうと言った調査員には悪いけど、ユタカにも自分が誰の術を受けたのか。
なぜ光輝く柱の中に閉じ込められたのか理由が分からなかった。
そして、唐突に意識が戻り柱の中から抜け出した時、自分の身の回りに何が起こったのか分からないまま尻を地面に打ち付けていたのだけれども。
「光の柱は簡単に破壊する事が出来たの? 内側からだと簡単に破壊する事が出来るのかしら」
「それに関しては、僕と良く似た波長を持つ人物の介入があったと思うよ。結界を解除する魔法を手に纏わせて柱に触れてみたけれども柱は、ぴくりともしなかった。握りこぶしをつくって叩いてみたけれど反応は無かった。けれど、一部分だけ目映い光を放つ部分があったんだよね。駄目元ではあったけど触れてみたら、あっと驚いている間の出来事だったけど一気に大量の魔力が体に流れ込んできたんだよね。頭の中が真っ白になって、気づいた時には床に腰を打ち付けていた。自分でも何が起こったのか分かっていないんだ。参考になるような話をする事が出来なくて、ごめんね」
苦笑するユタカが首を傾けると調査員は大きく頷いた。
「とても参考になったわよ。妖精王や魔王と良く似た波長を持つ人物を探してみようじゃないの。そうと決まれば、先ずは魔界へ向かうわよ!」
フードを深く頭に被せて、満面の笑みを浮かべた調査員の表情はユタカには見えてはいない。
しかし、声のトーンから笑顔であることを予想したユタカが困ったように苦笑する。
魔界へ向かって調査員は一体、何をするつもりなのだろう。
「話が飛躍しているから理解が追い付かないのだがね」
大人しくユタカと調査員の話しに耳を傾けていたナナヤが、頭を働かせてみたものの大きく飛躍した話を理解する事は出来ずに断念する。
「ギフリード様から既に情報を貰っているのだけど、国王の暗殺を企んでいるユキヒラって子が魔界へ向かっているんでしょう? その団体よりも先に魔界へ到着して鉢合わせしないようにしましょう。貴方は身を隠しなさい」
魔族と妖精達の戦いに巻き込まれる前に、国王は魔界と人間界を繋ぐゲートに足を踏み入れてほしい。
「そのためには休まずに、ここから魔界まで最速で飛ばなければならないわね」
考えを口にした調査員の言葉を、そのまま実行するには相当な体力と魔力が必要になる。
「僕は君と違って人間だよ。休まずに魔界へ向かって飛び続けるなんて出来っこないよ。それに、人間界の問題に魔界を巻き込んでしまったのに、僕だけが人間界に逃げるなんておかしいでしょう」
魔族や妖精とは違って人の体は脆く儚い。
妖精の森から魔界まで休むことなく飛行し続けるのは、きっと無理だろう。
それに、もともとは国王暗殺を企んでいるユキヒラが魔界や妖精王を巻き込もうとしているわけであって、国王である自分だけ安全な場所にいるわけにはいかない。
「ただの人であるのなら出来ないでしょうね。けれど、あなたなら出来るでしょう?」
あなたなら出来るでしょうと言葉を続けた調査員にユタカは首を左右にふる。
自分だけ人間界に逃げることは出来ないと言ったユタカの言葉を見事にスルーした。
調査員はもしもユタカが人間界へと通じるゲートに足を踏み入れる気がなければ、強引に押してでも人間界へ返してしまおうと考えていた。
「まぁ、やる前から出来ないって言ってちゃ駄目だね。やってみるけど、僕の力を過信しないでね」
正直なところ妖精の森から魔界まで休むことなく飛行し続ける自信はない。
しかし、やるまえから出来ないと決めつけていたら駄目だよねと考えなおしたユタカが苦笑する。
ユタカがやってみると前向きになって返事をしたから調査員は嬉しそうに身を翻す。
「そうと決まれば、魔界へ向かいましょう」
ユタカの気が変わる前に早く魔界へ向かいましょうと、言葉を続けた調査員が先頭を行く。
調査員と話している間にもユキヒラは仲間と共に魔界へ向かって足を進めている。
急かす調査員の言葉に大人しく耳を傾けていたガーゴイルが突然、ユタカにとっては予想外の行動を起こす。
「まさか、わしの住みかを破壊しておいて逃げるつもりではないだろうのぉ?」
ユタカの体に腕を巻き付けて逃れる事が出来ないように、身体を拘束をしたガーゴイルの少し怒っているような態度に恐怖心を抱いたユタカの表情が強ばった。
ガーゴイルの生息域であった神殿を破壊しておきながら何のお咎めもなしだと油断していれば、やはりこのまま逃げ出す事は許されなかったようで、怒気を含んだ声を出したガーゴイルによってユタカの行く手は阻まれる。
緊迫した雰囲気が漂う中でナナヤは考えていた。
神殿を破壊したのは国王であってユタカではない。
怒るのなら逃げ遅れて泉の底に沈んでいる国王を怒るべきだ。
「神殿を破壊したのは国王であって、その国王は泉の底に沈んでいるのだがね」
怒る相手が違うのではないのかと言葉を続けようとしたナナヤにガーゴイルの視線が向く。
「はい、すみませんでした」
ナナヤがガーゴイルの威圧感に耐えきれずに深々と頭を下げる。
強引に体を浮かされてしまっては地に足がついていないため、上手いこと体に力を込めることが出来ない。
ガーゴイルの腕の中から抜け出したとしても、逃げきる事は出来ないだろう。
「ごめん。代りに別の生息域を紹介するからさ!」
両手をぱちんと合わせたユタカが目蓋を閉じる。
合わせた両手の中指に額を押し付けて謝るユタカの態度を見て怒りがおさまったのか、それとも別の生息域を紹介すると言ったユタカの言葉を素直に受け入れたのか。
「ほぉ」
ぽつりと声を漏らしたガーゴイルがユタカの体を解放する。
「まさか、妖精界から連れ出すつもりじゃないわよね? 何処へ連れてくつもりよ」
巨体を持つガーゴイルを一体、何処へ連れ出すつもりなのかユタカの予想外の言葉に、いち早く反応を示したのは調査員だった。
「何処って、ガーゴイルの種族は魔物じゃん! もちろん魔界へ連れて行くつもりだよ」
「巨体を持つガーゴイルを魔界に連れていったら混乱を招くことになるわよ。ただでさえ今から魔族と妖精で争うことになるのに、人間界に連れていきなさいよ」
当然のように答えたユタカを指差して、調査員が眉間にしわを寄せる。
「人間界に連れ帰ったら国民の反感をかうじゃん。嫌だよ。嫌われるようなことはしたくないもん」
眉尻をさげて国民に嫌われたくないと言ったユタカに対して調査員は、はっきりと事実を口にする。
「既に国民には苦手意識を持たれてるでしょう。種族が違うから考え方も違うのかしら? 私からすると、苦手意識を持たれている事と嫌われている事は同じなのよね。と言うことで、ほら行くわよ」
調査員は苦手意識を持たれている事と嫌われている事は同じ事だと、きっぱりと言い切った。
「今の言葉は心にグサッと来た」
愕然とするユタカの目の前を横切ると、ガーゴイルの目の前へ移動をした調査員が赤紫色の巨体を指差した。
「行くわよ」
淡々とした口調で呟くと調査員の体が宙に浮かぶ。
「どうしょう。人間界へ連れて行くといっても、おすすめする事の出来る生息域なんてないのだけれど」
頭を悩ませるユタカが調査員の後に続き空へ飛び上がる。
「連れていって欲しいのだがね」
調査員の後に続き体を宙に浮かしたユタカを横目に見ていたナナヤが慌ててガーゴイルの腕を叩く。
飛行術を使えない自分も連れていって欲しいと頭を下げた。
「お主は飛べぬのか」
飛べることが当たり前だと考えているのか、ガーゴイルの問いかけに対してナナヤは何度も頷いた。
「普通は飛べないものだかね」
即答だった。
空高く飛び上がったユタカが調査員の後を追う。
ユタカの後を追うガーゴイルはナナヤ体を鷲掴みにする。
魔力を惜しみ無く使って飛行するユタカの魔力が尽きるのが先か、それともユタカが魔界へ到着をするのが先か。
凄まじい勢いで空を移動するユタカ達を地上から眺めている人物がいた。
「は?」
思わぬ光景を目の当たりにして思わず声を漏らしたユキヒラが間の抜けた声を出す。
その視線の先には調査員の後を追うユタカと、ユタカの後を追うガーゴイルの姿がある。
「どうなっているのかな。彼は確かユタカと言ったよね。明らかにガーゴイルに追われてるよねってか、飛行術を使える何て聞いてなかったんだけど。それに先頭を飛んでるのは一体、誰なのかな。え、泉を囲むようにして結界を張り巡らせたよね? 訳が分からないのだけど」
混乱をしているユキヒラの口調は淡々としたものだった。
「ガーゴイルが鷲掴みにしているのはナナヤさんかな」
立ち止まり上空を見上げたサヤが、ぽつりと呟く。
その視線の先にはガーゴイルに鷲掴みされた状態で、じたばたと手足を動かすナナヤの姿があった。
ユキヒラとサヤの視線が、自分達と同じように唖然とするリンスールへ向く。
「ねぇ、君の矢の力でユタカを撃ち落とす事は出来ないの?」
ユキヒラの問いかけに対して、リンスールは半開きにしていた口を閉じると深呼吸をする。
「出来ますよ。しかし、良いのですか? 彼を撃ち落とすとガーゴイルも降りてきてしまうと思うのですが」
落ち着きを取り戻したようで、首を傾けるとユキヒラに問いかけた。
ユタカを矢を使って撃ち落とすことは出来る。
しかし、ユタカを追うガーゴイルまで地上に降りてきてしまってもいいのだろうかと、考えを口にしたリンスールの言葉を耳にしてユキヒラの顔から血の気が引く。
「それもそうだね。このまま見送ろうかぁ」
ユキヒラは考えを一新した。
ユキヒラやサヤから少し離れた位置に佇んでいるヒビキの視界には、ガーゴイルに捕まっているものの手足をじたばたと動かせるほど元気なナナヤの姿があった。
少し視線をずらしてみると、妖精の森でローブを購入して着替えたはずなのに何故か、みすぼらしい装いに戻ってしまったユタカの姿がある。
飛行術を発動して全速力で空中を移動するユタカの種族は人間とはいえ、ガーゴイルに負けず劣らず化け物じみた能力を発揮する。
神殿の中に置き去りにしたユタカやナナヤの事が気になっていたヒビキは、二人の無事な姿を見て安堵する。
状況はどうであれユタカとナナヤは生きていた。
安心して気を抜いてしまったヒビキが、呆然とユタカやガーゴイルの行く先に視線を向けた所で、ある事に気がついた。
「ユタカとガーゴイルは、どこに向かっている?」
ガーゴイルの行く先にある魔界や人間界が脳裏をよぎる。 1800レベルのガーゴイルが街へ降り立てば、住人は戸惑いパニックに陥るだろう。
先の事を予想して街の中を逃げ惑う国民の姿を想像したヒビキの顔から血の気が引く。
ガーゴイルの向かう先に視線を向けたヒビキがリンスールに問いかけるように、出来れば悪い考えを否定してほしくて大声を上げた。
「結界解除の魔法を使えるのなら、魔王や妖精王を囲んでいる光の柱に対して使ってみれば良かったじゃん」
ガーゴイルを封じるために張り巡らせた強力な結界を破壊する事の出来る人物は、結界を張り巡らせた張本人である妖精王だけだと思っていた。
本来なら簡単に解除する事など出来はしない強力な結界を意図も容易く解除してしまったため、ユタカは調査員に視線を向けて素直な考えを口にする。
「真っ先に試してみたわよ。でも、解除する事は出来なかったのよね」
普段身に着けている甲冑をヒビキに破壊されること無く今もまだ装着していたのなら、ユタカの肘つきでダメージを受けることは無かっただろう。
しかし現在、軽装である調査員の横腹にユタカは自分が思っている以上の力を込めて打撃を与えてしまっていた。
打撃を受けた横腹に両手を押し当てて、俯く調査員のフードをユタカは指先で掴むと勢い良くめくり上げる。
「ごめんね。痛かった?」
調査員の顔を覗きこんだユタカが悪びれた様子も見せずにペロッと舌を出す。
「普段やらない事をすると人に迷惑をかけることになるね。もうしないよ」
フードをめくり調査員の顔に視線を移すと、調査員は両手で顔を覆い隠す素振りを見せる。
本当に顔を見られる事が嫌なんだなと苦笑するユタカは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
もうしないよと言葉を続けたユタカに対して調査員は首を横に振る。
「別に肘つきをするのは構わないけれど、力加減を覚えましょうか」
調査員は顔を見られたくは無い一心でユタカが、めくりあげたフードを指先でつまむと元の位置に戻す。
「あなたに出会うことが出来たら聞かなければならないと思っていたことがあったのよね。参考にさせてもらおうと思っていたのだけど貴方は、どのようにして封印から抜け出すことが出来たのかしら?」
国王と出会う事が出来た時に真っ先に聞こうと思っていた。
魔王や妖精王と共に封印の魔法を受けたはずの国王が、どのようにして強力な封印から逃れる事が出来たのか。
国王の話を聞き参考にする事で、魔王の封印を解く事が出来はしないだろうかと考えた調査員の表情は真剣そのものだった。
「えっと、どのように話したら良いのか。身体中に激痛が走って意識を奪われた所までは覚えているのだけれど、次に気づいた時には、光輝く柱の中に閉じ込められて宙に浮いていたんだよね」
参考にさせてもらうと言った調査員には悪いけど、ユタカにも自分が誰の術を受けたのか。
なぜ光輝く柱の中に閉じ込められたのか理由が分からなかった。
そして、唐突に意識が戻り柱の中から抜け出した時、自分の身の回りに何が起こったのか分からないまま尻を地面に打ち付けていたのだけれども。
「光の柱は簡単に破壊する事が出来たの? 内側からだと簡単に破壊する事が出来るのかしら」
「それに関しては、僕と良く似た波長を持つ人物の介入があったと思うよ。結界を解除する魔法を手に纏わせて柱に触れてみたけれども柱は、ぴくりともしなかった。握りこぶしをつくって叩いてみたけれど反応は無かった。けれど、一部分だけ目映い光を放つ部分があったんだよね。駄目元ではあったけど触れてみたら、あっと驚いている間の出来事だったけど一気に大量の魔力が体に流れ込んできたんだよね。頭の中が真っ白になって、気づいた時には床に腰を打ち付けていた。自分でも何が起こったのか分かっていないんだ。参考になるような話をする事が出来なくて、ごめんね」
苦笑するユタカが首を傾けると調査員は大きく頷いた。
「とても参考になったわよ。妖精王や魔王と良く似た波長を持つ人物を探してみようじゃないの。そうと決まれば、先ずは魔界へ向かうわよ!」
フードを深く頭に被せて、満面の笑みを浮かべた調査員の表情はユタカには見えてはいない。
しかし、声のトーンから笑顔であることを予想したユタカが困ったように苦笑する。
魔界へ向かって調査員は一体、何をするつもりなのだろう。
「話が飛躍しているから理解が追い付かないのだがね」
大人しくユタカと調査員の話しに耳を傾けていたナナヤが、頭を働かせてみたものの大きく飛躍した話を理解する事は出来ずに断念する。
「ギフリード様から既に情報を貰っているのだけど、国王の暗殺を企んでいるユキヒラって子が魔界へ向かっているんでしょう? その団体よりも先に魔界へ到着して鉢合わせしないようにしましょう。貴方は身を隠しなさい」
魔族と妖精達の戦いに巻き込まれる前に、国王は魔界と人間界を繋ぐゲートに足を踏み入れてほしい。
「そのためには休まずに、ここから魔界まで最速で飛ばなければならないわね」
考えを口にした調査員の言葉を、そのまま実行するには相当な体力と魔力が必要になる。
「僕は君と違って人間だよ。休まずに魔界へ向かって飛び続けるなんて出来っこないよ。それに、人間界の問題に魔界を巻き込んでしまったのに、僕だけが人間界に逃げるなんておかしいでしょう」
魔族や妖精とは違って人の体は脆く儚い。
妖精の森から魔界まで休むことなく飛行し続けるのは、きっと無理だろう。
それに、もともとは国王暗殺を企んでいるユキヒラが魔界や妖精王を巻き込もうとしているわけであって、国王である自分だけ安全な場所にいるわけにはいかない。
「ただの人であるのなら出来ないでしょうね。けれど、あなたなら出来るでしょう?」
あなたなら出来るでしょうと言葉を続けた調査員にユタカは首を左右にふる。
自分だけ人間界に逃げることは出来ないと言ったユタカの言葉を見事にスルーした。
調査員はもしもユタカが人間界へと通じるゲートに足を踏み入れる気がなければ、強引に押してでも人間界へ返してしまおうと考えていた。
「まぁ、やる前から出来ないって言ってちゃ駄目だね。やってみるけど、僕の力を過信しないでね」
正直なところ妖精の森から魔界まで休むことなく飛行し続ける自信はない。
しかし、やるまえから出来ないと決めつけていたら駄目だよねと考えなおしたユタカが苦笑する。
ユタカがやってみると前向きになって返事をしたから調査員は嬉しそうに身を翻す。
「そうと決まれば、魔界へ向かいましょう」
ユタカの気が変わる前に早く魔界へ向かいましょうと、言葉を続けた調査員が先頭を行く。
調査員と話している間にもユキヒラは仲間と共に魔界へ向かって足を進めている。
急かす調査員の言葉に大人しく耳を傾けていたガーゴイルが突然、ユタカにとっては予想外の行動を起こす。
「まさか、わしの住みかを破壊しておいて逃げるつもりではないだろうのぉ?」
ユタカの体に腕を巻き付けて逃れる事が出来ないように、身体を拘束をしたガーゴイルの少し怒っているような態度に恐怖心を抱いたユタカの表情が強ばった。
ガーゴイルの生息域であった神殿を破壊しておきながら何のお咎めもなしだと油断していれば、やはりこのまま逃げ出す事は許されなかったようで、怒気を含んだ声を出したガーゴイルによってユタカの行く手は阻まれる。
緊迫した雰囲気が漂う中でナナヤは考えていた。
神殿を破壊したのは国王であってユタカではない。
怒るのなら逃げ遅れて泉の底に沈んでいる国王を怒るべきだ。
「神殿を破壊したのは国王であって、その国王は泉の底に沈んでいるのだがね」
怒る相手が違うのではないのかと言葉を続けようとしたナナヤにガーゴイルの視線が向く。
「はい、すみませんでした」
ナナヤがガーゴイルの威圧感に耐えきれずに深々と頭を下げる。
強引に体を浮かされてしまっては地に足がついていないため、上手いこと体に力を込めることが出来ない。
ガーゴイルの腕の中から抜け出したとしても、逃げきる事は出来ないだろう。
「ごめん。代りに別の生息域を紹介するからさ!」
両手をぱちんと合わせたユタカが目蓋を閉じる。
合わせた両手の中指に額を押し付けて謝るユタカの態度を見て怒りがおさまったのか、それとも別の生息域を紹介すると言ったユタカの言葉を素直に受け入れたのか。
「ほぉ」
ぽつりと声を漏らしたガーゴイルがユタカの体を解放する。
「まさか、妖精界から連れ出すつもりじゃないわよね? 何処へ連れてくつもりよ」
巨体を持つガーゴイルを一体、何処へ連れ出すつもりなのかユタカの予想外の言葉に、いち早く反応を示したのは調査員だった。
「何処って、ガーゴイルの種族は魔物じゃん! もちろん魔界へ連れて行くつもりだよ」
「巨体を持つガーゴイルを魔界に連れていったら混乱を招くことになるわよ。ただでさえ今から魔族と妖精で争うことになるのに、人間界に連れていきなさいよ」
当然のように答えたユタカを指差して、調査員が眉間にしわを寄せる。
「人間界に連れ帰ったら国民の反感をかうじゃん。嫌だよ。嫌われるようなことはしたくないもん」
眉尻をさげて国民に嫌われたくないと言ったユタカに対して調査員は、はっきりと事実を口にする。
「既に国民には苦手意識を持たれてるでしょう。種族が違うから考え方も違うのかしら? 私からすると、苦手意識を持たれている事と嫌われている事は同じなのよね。と言うことで、ほら行くわよ」
調査員は苦手意識を持たれている事と嫌われている事は同じ事だと、きっぱりと言い切った。
「今の言葉は心にグサッと来た」
愕然とするユタカの目の前を横切ると、ガーゴイルの目の前へ移動をした調査員が赤紫色の巨体を指差した。
「行くわよ」
淡々とした口調で呟くと調査員の体が宙に浮かぶ。
「どうしょう。人間界へ連れて行くといっても、おすすめする事の出来る生息域なんてないのだけれど」
頭を悩ませるユタカが調査員の後に続き空へ飛び上がる。
「連れていって欲しいのだがね」
調査員の後に続き体を宙に浮かしたユタカを横目に見ていたナナヤが慌ててガーゴイルの腕を叩く。
飛行術を使えない自分も連れていって欲しいと頭を下げた。
「お主は飛べぬのか」
飛べることが当たり前だと考えているのか、ガーゴイルの問いかけに対してナナヤは何度も頷いた。
「普通は飛べないものだかね」
即答だった。
空高く飛び上がったユタカが調査員の後を追う。
ユタカの後を追うガーゴイルはナナヤ体を鷲掴みにする。
魔力を惜しみ無く使って飛行するユタカの魔力が尽きるのが先か、それともユタカが魔界へ到着をするのが先か。
凄まじい勢いで空を移動するユタカ達を地上から眺めている人物がいた。
「は?」
思わぬ光景を目の当たりにして思わず声を漏らしたユキヒラが間の抜けた声を出す。
その視線の先には調査員の後を追うユタカと、ユタカの後を追うガーゴイルの姿がある。
「どうなっているのかな。彼は確かユタカと言ったよね。明らかにガーゴイルに追われてるよねってか、飛行術を使える何て聞いてなかったんだけど。それに先頭を飛んでるのは一体、誰なのかな。え、泉を囲むようにして結界を張り巡らせたよね? 訳が分からないのだけど」
混乱をしているユキヒラの口調は淡々としたものだった。
「ガーゴイルが鷲掴みにしているのはナナヤさんかな」
立ち止まり上空を見上げたサヤが、ぽつりと呟く。
その視線の先にはガーゴイルに鷲掴みされた状態で、じたばたと手足を動かすナナヤの姿があった。
ユキヒラとサヤの視線が、自分達と同じように唖然とするリンスールへ向く。
「ねぇ、君の矢の力でユタカを撃ち落とす事は出来ないの?」
ユキヒラの問いかけに対して、リンスールは半開きにしていた口を閉じると深呼吸をする。
「出来ますよ。しかし、良いのですか? 彼を撃ち落とすとガーゴイルも降りてきてしまうと思うのですが」
落ち着きを取り戻したようで、首を傾けるとユキヒラに問いかけた。
ユタカを矢を使って撃ち落とすことは出来る。
しかし、ユタカを追うガーゴイルまで地上に降りてきてしまってもいいのだろうかと、考えを口にしたリンスールの言葉を耳にしてユキヒラの顔から血の気が引く。
「それもそうだね。このまま見送ろうかぁ」
ユキヒラは考えを一新した。
ユキヒラやサヤから少し離れた位置に佇んでいるヒビキの視界には、ガーゴイルに捕まっているものの手足をじたばたと動かせるほど元気なナナヤの姿があった。
少し視線をずらしてみると、妖精の森でローブを購入して着替えたはずなのに何故か、みすぼらしい装いに戻ってしまったユタカの姿がある。
飛行術を発動して全速力で空中を移動するユタカの種族は人間とはいえ、ガーゴイルに負けず劣らず化け物じみた能力を発揮する。
神殿の中に置き去りにしたユタカやナナヤの事が気になっていたヒビキは、二人の無事な姿を見て安堵する。
状況はどうであれユタカとナナヤは生きていた。
安心して気を抜いてしまったヒビキが、呆然とユタカやガーゴイルの行く先に視線を向けた所で、ある事に気がついた。
「ユタカとガーゴイルは、どこに向かっている?」
ガーゴイルの行く先にある魔界や人間界が脳裏をよぎる。 1800レベルのガーゴイルが街へ降り立てば、住人は戸惑いパニックに陥るだろう。
先の事を予想して街の中を逃げ惑う国民の姿を想像したヒビキの顔から血の気が引く。
ガーゴイルの向かう先に視線を向けたヒビキがリンスールに問いかけるように、出来れば悪い考えを否定してほしくて大声を上げた。
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アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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