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ヒビキの奪還編
77話 調査員と
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詮索魔法を発動していたにも拘わらず結界を隔てた向こう側にある巨大な魔力に、すっかり気をとられていた。喧嘩していたはずの妖精達の気配が動き出していた事に気づかないなんて。
唐突に背後から髪を鷲掴みにされ力任せに引き寄せられた事により危うく意識を飛ばしかけた。
しかし、背中を強く地面に打ち付けたことにより痛みで飛ばしかけた意識は瞬く間に覚醒する。
自分の身に危険が迫っている事に気づくのが遅かった。
上から体重をかけられて押さえ込まれてしまっては、力の差が対して変わらないエルフの青年を腹部の上から退かすことは出来ない。
力では敵わないと早々に諦めて、青年の腕を掴むと引き寄せて噛みつこうとした。
「うぉ、あぶねぇ」
大きく口を開いた調査員に疑問を抱き、視線の先を目で追ったエルフの青年が慌てて腕を引く。
「油断も隙もねぇな」
ため息を吐き出すと共に調査員の腹部に膝を乗せて体重をかけたエルフの青年は、抵抗する調査員の意識を奪うことを優先的に考えた。
腹の上に容赦なく体重をかけられて、調査員は痛みに顔を歪める。
握り拳をつくってエルフの青年の頬に叩きつけようとした。
しかし、拳は空を切る。
徐々に抵抗する力が弱まりつつあった調査員の、首にエルフの青年は手を添える。
「加減が難しいな」
殺してしまっては妖精と魔族のハーフをとらえても価値が無くなってしまうため、ぽつりと本音を漏らしたエルフの青年が少しずつ指先に力を込める。
呼吸が出来きずに身動ぐ調査員が、誰でもいいからと助けを求めて腕を伸ばす。
余裕綽々たる態度で調査員を眺めていたガーゴイルが、にやりと笑みを浮かべる。
「ほぉ、わしに助けを求めるか」
助けを求めて来た調査員の予想外の行動を目にすると、クパッと口を開きガーゴイルは嬉しそうに腹を抱えて笑いだす。
調査員の視線の先を目で追ったエルフの青年が、結界を隔てた向こう側に腰を下ろす高レベルのモンスターの存在に気づくと、声にならない悲鳴をあげる。
「だが、残念じゃったのぉ。結界が張り巡らされてるから助けることは出来ぬのぉ」
ユタカの体を握りしめたままの状態で、結界の側まで足を進めていたガーゴイルは、エルフの青年の反応を気にとめることなく首を左右に動かした。
調査員の首に手をかけたまま腰を浮かし、この場から今すぐにでも逃げだせる姿勢をとったエルフの青年が冷静になって考える。
「結界によって封じられてるのか」
淡々とした口調で呟くと、視線をガーゴイルから調査員に移した青年が安堵する。
結界に封じられているのであれば、ガーゴイルは手を出してはこれないだろう。この場から逃げ出す必要はないと考えたエルフの青年が指先に力を込め始めると調査員の顔から血の気が引く。
「残念じゃったのぉ。妖精と魔族のハーフは諦めなければならぬのぉ」
妖精と魔族のハーフを仲間に引き入れてからギルドへ赴き、売り飛ばそうと考えていたナナヤに向けて諦めるように促したガーゴイルにナナヤは目元に右手を添えて、ほろほろと泣き真似をする。
「仕方ないのだがね。妖精に喧嘩を売るような真似はしたくはないし」
あっさりと希少価値のあるハーフの青年を諦めた。
「命あっての物種だからのぉ。命があれば後々、好機がやってくるかもしれぬ」
良い判断じゃと言葉を続けたガーゴイルがナナヤからエルフの青年に視線を向けた途端。
「退いて。私が上に乗るから、あなたは足を封じて」
なかなか調査員の意識を奪うことが出来ずに、少しずつ腕に疲れを感じ始めていたエルフの青年の元に仲間の女性エルフがたどり着く。
「分かった。後は任せる」
女性エルフの指示にしたがって素早く腰を上げたエルフの青年が、調査員の拘束を解いた。
しかし、ぐったりとしたままの状態で仰向けに横たわり荒い呼吸を繰り返す調査員は、酸欠状態に陥っているため立ち上がる所か寝返りをうつことすらも出来ない。
エルフの青年と入れ替わるようにして、女性エルフが調査員の腹の上に腰を下ろす。
二人係で体を押さえ込まれてしまっては、調査員に勝機はない。
杖を掲げて何やら魔法を発動しようとする女性エルフの姿を視界に入れて、身の危険を感じた調査員は抵抗を試みる。
女性エルフの緑色の長い髪の毛に向かって手を伸ばす。
女性エルフの髪を掴んで力任せに腹部の上から引きずり下ろそうとした。
しかし、調査員の腕は女性エルフの髪を掴むことが出来ずに空を切る。
空を切った手は、女性が手の甲で払うことにより地面に打ち付けられる。
このまま捕らえられて見ず知らずの者に売り飛ばされるくらいなら、舌を噛んだ方がましか。
それとも、助けてくれる人物が現れることに期待するか。
自分の力で敵の拘束を解き、逃れるのは無理だろうと諦めた調査員が二つの選択肢で頭を悩ませる。
駄目元ではあるけれども、調査員は伸ばした指先に結界を解除するための魔力をこめる。
期待をこめて指先を結界に押しつけた。
結界は何の反応も示さない。
期待を込めてはみたものの、やはり強力な魔力を持つ者の張り巡らせた結界は、そう簡単には壊れない。
希望も見事に砕かれて愕然とする調査員の姿を、密かに眺めている人物がいた。
「意識を取り戻したなら、そう言えばいいものを。具合でも悪いのか?」
指先をピクリと動かしたことにより、ユタカの意識が戻った事に気づいたガーゴイルが声をかける。
「ん、平気」
寝ぼけまなこでガーゴイルに返事をしたユタカが、ペシペシと体を拘束する手を叩く。
ユタカの頼みをきき入れて、ユタカの体を拘束していた手を退かしたガーゴイルの行動により、寝ぼけているユタカは着地に失敗して尻餅をつく。
尻を打ちつけてもなお寝ぼけまなこで両手を掲げ伸びをしたユタカが大きな欠伸をする。
欠伸をする際に一度、閉じた目蓋を開く。
仰向けに横たわる調査員を視界に入れると、まじまじと顔を見つめて見つめて呟いた。
「へぇ、妖精と魔族のハーフとは、まさか短い人生の中で目にすることが出来るとは思ってもいなかった」
力なく横たわる調査員の姿を見て、すぐさま妖精と魔族のハーフだと気づいたユタカが苦笑する。
「金のない者達に捕らえられそうになっているのか。自分の人生も好きに生きることが出来ないとは、せめて良い飼い主に買われるといいな」
まるで他人事のように呟き、ゆっくりと腰を上げて立ち上がったユタカに対して調査員は口を開く。
「助けて」
調査員はユタカに助けを求めて腕を伸ばす。
「残念だけど、僕と君の間には強力な結界が張り巡らされているからね。手をとってあげたいのは、やまやまだけど……」
ほら、僕の伸ばした手は結界に阻まれてしまうでしょうと言葉を続けようとしたユタカが息を飲む出来事が起こった。
結界解除の魔法を発動していた調査員の指先が結界に触れたままの状態になっていた。
その事に気づくことの出来なかったユタカの指先が結界に触れる。
違和感に気づいた時には時既に遅く、魔力の半分を調査員に奪われてしまう。
ユタカの顔から血の気が引き、調査員の表情が一変した。
「魔力を分けてくれて有り難う」
崩れるようにして、その場に膝をついたユタカに調査員は満面の笑みを浮かべて礼を言う。
何とか両手を地につくことによって倒れそうになる体を支えたユタカは顔面蒼白のまま。
愕然とするユタカの、すぐ隣で女性エルフと男性エルフの拘束を力ずくで解いた調査員が上半身を起こす。
何やら両手を広げて呪文を唱えた調査員の体が青白い光に包みこまれると強力な結界に両手を押し当てる。
調査員の発動した複雑な術式は成功する。妖精王の張り巡らせた結界を囲むようにして巨大な魔方陣が出来上がると、パキッと音を立てて結界にヒビが入る。
「ほぉ、力付くで結界を破壊するとはのぉ」
「感心してる場合じゃないよ。妖精王が張り巡らせた結界を破壊する程の力を持ってるんだよ。敵か味方かも分からないのに」
話している間にも結界に無数の亀裂が入り、あっと思った時にはパリンと音を立てて結界は粉々に砕け散った。
ユタカが呑気に感心するガーゴイルの膝をペシペシと叩く。
突然の結界の破壊と共に、結界の中に閉じ込められていたガーゴイルが解放されたため、女性エルフと男性エルフは命が惜しい希少価値がある青年は諦めようと二人の意見が一致すると同時に、この場から逃げ出した。
形勢逆転である。
詮索魔法の発動を続けていた調査員が、目の前で力なく頽れた人物が国王であると確信する。
まずは容姿を隠すことを優先的に考えた調査員が国王をとらえることよりも先に、ユタカが身に纏っている膝下まである長い赤と黒を基調としたフード付きのローブを奪い取った。
続けてグレーのニッカポッカパンツに人差し指を向けると、調査員の言いたい事を素早く理解したユタカがニッカポッカパンツを渋々と手渡した。
ボサボサの髪の毛にボロボロの布切れを纏い、壊れた靴を身に着けるユタカは元の姿に戻ってしまう。
「もう、何も渡せるものはないからね」
ピシッと調査員を指差して、これ以上渡せるものは無いことを伝える。
先代の国王の形見である剣を奪われる位なら、目の前の青年と戦ってもいいと考えるユタカが警戒心をむき出しにする。
ユタカは目の前にいる人物が暗黒騎士団の調査員である事に気づいてはいなかった。
ユタカの衣服を奪いとり、身につけた調査員は深々とフードを頭に被せると両手を掲げて伸びをした。
「そう警戒心をむき出しにしないでよ。もう何も奪い取ったりはしないわよ」
深呼吸をすると、敵か味方かも分からない相手に対して今にも武器を抜きそうな雰囲気を醸し出すユタカに声をかける。
「私の事、覚えてないかしら? 魔界でドラゴンと対峙した時に主に上空から見守っていたのだけど会話をしたわけじゃないから覚えていないかしら?」
口元に手を添えて苦笑する調査員。その口調からユタカは、ある人物を思い浮かべる。
「覚えてる。確か、黒いマントを羽織ってたよね? がっちりとした体型だと思ってたんだけど」
調査員を指差して大きく頷くユタカの脳裏に浮かぶ人物はがっちりとした体型の、2メートルを越す巨体を持つ人物だった。
「え? どこに置いてきたの?」
真顔で首を傾げるユタカに対して疑問を抱いた調査員が、きょとんとする。
「へ? 何を?」
調査員は意味が分からずに聞き返す。
「え? 筋肉をだよ」
首を傾けて言葉を続けたユタカに対して、ぽかーんとした表情を浮かべた調査員が瞬きを繰り返す。
困ったように眉尻を下げてガーゴイルに視線を向けた調査員の反応を見ていたユタカが突然、腹を抱えて笑いだした。
「冗談だよ。人間界にもローブの下に甲冑を身に付けて、がたいを良く見せている者は多くいるからね。妖精界には怪物のような強い力を持つモンスターが多くいるようだし、攻撃を受けて甲冑を破壊されてしまったんでしょう?」
脳裏に巨大な化け物を思い浮かべながら問い掛ける国王に対して、調査員は何度も頷きながら口を開く。
「炎属性の魔法を受けたのよね。意識を奪われて、次に気づいた時にはマントも甲冑も使い物にならない状態だったのよね」
調査員が脳裏にヒビキの姿を思い起こしながらグスッと泣き真似をする。
調査員の思い浮かべる人物がヒビキである事など、全く考えていないユタカはガーゴイルのような高いレベルを持つボスモンスターが他にも妖精界には存在しているのだと予想した。
「知り合いかね?」
見た所妖精と魔族のハーフである青年とユタカは顔見知りのようで大人しく会話を耳にしていたナナヤが問いかける。
「うん。彼は魔王に仕える暗黒騎士団の調査員だよ」
問いかけに対して小さく頷いたユタカの言葉を耳にしてナナヤは、あんぐりと口を開く。
「ユタカは妖精王だけじゃなくて、魔王とも知り合いなのかね?」
「魔王とは知り合いではないよ。暗黒騎士団隊員の中に知り合いがいるってだけだよ。でも、魔王の事は正直な所どのような人物が務めているのか気にはなっているよ。今度、タイミングがあえば暗黒騎士団の人達に紹介してもらうつもりではいるけどね」
驚くナナヤの反応を見てユタカが大声を上げて笑う。
危機的な状況を経験したため、不安を抱いているのだろう。
表情を曇らせている調査員を少しでも落ち着かせるために、ユタカはおちゃらけて見せる。
笑顔の裏ではユタカは、これからどうすればいいのだろうかと今後のことを考えて頭を悩ませていた。
ヒビキを追うべきか、それともヒビキが向かう先には人間界がある。
ユキヒラの目的が国王暗殺である事が分かったし、ヒビキを追わなくとも人間界で再会を果たすことが出来るだろう。
このまま一直線に人間界へ向かい先回りをするべきか。
それとも一度、魔界に立ち寄るべきか迷っていた。
唐突に背後から髪を鷲掴みにされ力任せに引き寄せられた事により危うく意識を飛ばしかけた。
しかし、背中を強く地面に打ち付けたことにより痛みで飛ばしかけた意識は瞬く間に覚醒する。
自分の身に危険が迫っている事に気づくのが遅かった。
上から体重をかけられて押さえ込まれてしまっては、力の差が対して変わらないエルフの青年を腹部の上から退かすことは出来ない。
力では敵わないと早々に諦めて、青年の腕を掴むと引き寄せて噛みつこうとした。
「うぉ、あぶねぇ」
大きく口を開いた調査員に疑問を抱き、視線の先を目で追ったエルフの青年が慌てて腕を引く。
「油断も隙もねぇな」
ため息を吐き出すと共に調査員の腹部に膝を乗せて体重をかけたエルフの青年は、抵抗する調査員の意識を奪うことを優先的に考えた。
腹の上に容赦なく体重をかけられて、調査員は痛みに顔を歪める。
握り拳をつくってエルフの青年の頬に叩きつけようとした。
しかし、拳は空を切る。
徐々に抵抗する力が弱まりつつあった調査員の、首にエルフの青年は手を添える。
「加減が難しいな」
殺してしまっては妖精と魔族のハーフをとらえても価値が無くなってしまうため、ぽつりと本音を漏らしたエルフの青年が少しずつ指先に力を込める。
呼吸が出来きずに身動ぐ調査員が、誰でもいいからと助けを求めて腕を伸ばす。
余裕綽々たる態度で調査員を眺めていたガーゴイルが、にやりと笑みを浮かべる。
「ほぉ、わしに助けを求めるか」
助けを求めて来た調査員の予想外の行動を目にすると、クパッと口を開きガーゴイルは嬉しそうに腹を抱えて笑いだす。
調査員の視線の先を目で追ったエルフの青年が、結界を隔てた向こう側に腰を下ろす高レベルのモンスターの存在に気づくと、声にならない悲鳴をあげる。
「だが、残念じゃったのぉ。結界が張り巡らされてるから助けることは出来ぬのぉ」
ユタカの体を握りしめたままの状態で、結界の側まで足を進めていたガーゴイルは、エルフの青年の反応を気にとめることなく首を左右に動かした。
調査員の首に手をかけたまま腰を浮かし、この場から今すぐにでも逃げだせる姿勢をとったエルフの青年が冷静になって考える。
「結界によって封じられてるのか」
淡々とした口調で呟くと、視線をガーゴイルから調査員に移した青年が安堵する。
結界に封じられているのであれば、ガーゴイルは手を出してはこれないだろう。この場から逃げ出す必要はないと考えたエルフの青年が指先に力を込め始めると調査員の顔から血の気が引く。
「残念じゃったのぉ。妖精と魔族のハーフは諦めなければならぬのぉ」
妖精と魔族のハーフを仲間に引き入れてからギルドへ赴き、売り飛ばそうと考えていたナナヤに向けて諦めるように促したガーゴイルにナナヤは目元に右手を添えて、ほろほろと泣き真似をする。
「仕方ないのだがね。妖精に喧嘩を売るような真似はしたくはないし」
あっさりと希少価値のあるハーフの青年を諦めた。
「命あっての物種だからのぉ。命があれば後々、好機がやってくるかもしれぬ」
良い判断じゃと言葉を続けたガーゴイルがナナヤからエルフの青年に視線を向けた途端。
「退いて。私が上に乗るから、あなたは足を封じて」
なかなか調査員の意識を奪うことが出来ずに、少しずつ腕に疲れを感じ始めていたエルフの青年の元に仲間の女性エルフがたどり着く。
「分かった。後は任せる」
女性エルフの指示にしたがって素早く腰を上げたエルフの青年が、調査員の拘束を解いた。
しかし、ぐったりとしたままの状態で仰向けに横たわり荒い呼吸を繰り返す調査員は、酸欠状態に陥っているため立ち上がる所か寝返りをうつことすらも出来ない。
エルフの青年と入れ替わるようにして、女性エルフが調査員の腹の上に腰を下ろす。
二人係で体を押さえ込まれてしまっては、調査員に勝機はない。
杖を掲げて何やら魔法を発動しようとする女性エルフの姿を視界に入れて、身の危険を感じた調査員は抵抗を試みる。
女性エルフの緑色の長い髪の毛に向かって手を伸ばす。
女性エルフの髪を掴んで力任せに腹部の上から引きずり下ろそうとした。
しかし、調査員の腕は女性エルフの髪を掴むことが出来ずに空を切る。
空を切った手は、女性が手の甲で払うことにより地面に打ち付けられる。
このまま捕らえられて見ず知らずの者に売り飛ばされるくらいなら、舌を噛んだ方がましか。
それとも、助けてくれる人物が現れることに期待するか。
自分の力で敵の拘束を解き、逃れるのは無理だろうと諦めた調査員が二つの選択肢で頭を悩ませる。
駄目元ではあるけれども、調査員は伸ばした指先に結界を解除するための魔力をこめる。
期待をこめて指先を結界に押しつけた。
結界は何の反応も示さない。
期待を込めてはみたものの、やはり強力な魔力を持つ者の張り巡らせた結界は、そう簡単には壊れない。
希望も見事に砕かれて愕然とする調査員の姿を、密かに眺めている人物がいた。
「意識を取り戻したなら、そう言えばいいものを。具合でも悪いのか?」
指先をピクリと動かしたことにより、ユタカの意識が戻った事に気づいたガーゴイルが声をかける。
「ん、平気」
寝ぼけまなこでガーゴイルに返事をしたユタカが、ペシペシと体を拘束する手を叩く。
ユタカの頼みをきき入れて、ユタカの体を拘束していた手を退かしたガーゴイルの行動により、寝ぼけているユタカは着地に失敗して尻餅をつく。
尻を打ちつけてもなお寝ぼけまなこで両手を掲げ伸びをしたユタカが大きな欠伸をする。
欠伸をする際に一度、閉じた目蓋を開く。
仰向けに横たわる調査員を視界に入れると、まじまじと顔を見つめて見つめて呟いた。
「へぇ、妖精と魔族のハーフとは、まさか短い人生の中で目にすることが出来るとは思ってもいなかった」
力なく横たわる調査員の姿を見て、すぐさま妖精と魔族のハーフだと気づいたユタカが苦笑する。
「金のない者達に捕らえられそうになっているのか。自分の人生も好きに生きることが出来ないとは、せめて良い飼い主に買われるといいな」
まるで他人事のように呟き、ゆっくりと腰を上げて立ち上がったユタカに対して調査員は口を開く。
「助けて」
調査員はユタカに助けを求めて腕を伸ばす。
「残念だけど、僕と君の間には強力な結界が張り巡らされているからね。手をとってあげたいのは、やまやまだけど……」
ほら、僕の伸ばした手は結界に阻まれてしまうでしょうと言葉を続けようとしたユタカが息を飲む出来事が起こった。
結界解除の魔法を発動していた調査員の指先が結界に触れたままの状態になっていた。
その事に気づくことの出来なかったユタカの指先が結界に触れる。
違和感に気づいた時には時既に遅く、魔力の半分を調査員に奪われてしまう。
ユタカの顔から血の気が引き、調査員の表情が一変した。
「魔力を分けてくれて有り難う」
崩れるようにして、その場に膝をついたユタカに調査員は満面の笑みを浮かべて礼を言う。
何とか両手を地につくことによって倒れそうになる体を支えたユタカは顔面蒼白のまま。
愕然とするユタカの、すぐ隣で女性エルフと男性エルフの拘束を力ずくで解いた調査員が上半身を起こす。
何やら両手を広げて呪文を唱えた調査員の体が青白い光に包みこまれると強力な結界に両手を押し当てる。
調査員の発動した複雑な術式は成功する。妖精王の張り巡らせた結界を囲むようにして巨大な魔方陣が出来上がると、パキッと音を立てて結界にヒビが入る。
「ほぉ、力付くで結界を破壊するとはのぉ」
「感心してる場合じゃないよ。妖精王が張り巡らせた結界を破壊する程の力を持ってるんだよ。敵か味方かも分からないのに」
話している間にも結界に無数の亀裂が入り、あっと思った時にはパリンと音を立てて結界は粉々に砕け散った。
ユタカが呑気に感心するガーゴイルの膝をペシペシと叩く。
突然の結界の破壊と共に、結界の中に閉じ込められていたガーゴイルが解放されたため、女性エルフと男性エルフは命が惜しい希少価値がある青年は諦めようと二人の意見が一致すると同時に、この場から逃げ出した。
形勢逆転である。
詮索魔法の発動を続けていた調査員が、目の前で力なく頽れた人物が国王であると確信する。
まずは容姿を隠すことを優先的に考えた調査員が国王をとらえることよりも先に、ユタカが身に纏っている膝下まである長い赤と黒を基調としたフード付きのローブを奪い取った。
続けてグレーのニッカポッカパンツに人差し指を向けると、調査員の言いたい事を素早く理解したユタカがニッカポッカパンツを渋々と手渡した。
ボサボサの髪の毛にボロボロの布切れを纏い、壊れた靴を身に着けるユタカは元の姿に戻ってしまう。
「もう、何も渡せるものはないからね」
ピシッと調査員を指差して、これ以上渡せるものは無いことを伝える。
先代の国王の形見である剣を奪われる位なら、目の前の青年と戦ってもいいと考えるユタカが警戒心をむき出しにする。
ユタカは目の前にいる人物が暗黒騎士団の調査員である事に気づいてはいなかった。
ユタカの衣服を奪いとり、身につけた調査員は深々とフードを頭に被せると両手を掲げて伸びをした。
「そう警戒心をむき出しにしないでよ。もう何も奪い取ったりはしないわよ」
深呼吸をすると、敵か味方かも分からない相手に対して今にも武器を抜きそうな雰囲気を醸し出すユタカに声をかける。
「私の事、覚えてないかしら? 魔界でドラゴンと対峙した時に主に上空から見守っていたのだけど会話をしたわけじゃないから覚えていないかしら?」
口元に手を添えて苦笑する調査員。その口調からユタカは、ある人物を思い浮かべる。
「覚えてる。確か、黒いマントを羽織ってたよね? がっちりとした体型だと思ってたんだけど」
調査員を指差して大きく頷くユタカの脳裏に浮かぶ人物はがっちりとした体型の、2メートルを越す巨体を持つ人物だった。
「え? どこに置いてきたの?」
真顔で首を傾げるユタカに対して疑問を抱いた調査員が、きょとんとする。
「へ? 何を?」
調査員は意味が分からずに聞き返す。
「え? 筋肉をだよ」
首を傾けて言葉を続けたユタカに対して、ぽかーんとした表情を浮かべた調査員が瞬きを繰り返す。
困ったように眉尻を下げてガーゴイルに視線を向けた調査員の反応を見ていたユタカが突然、腹を抱えて笑いだした。
「冗談だよ。人間界にもローブの下に甲冑を身に付けて、がたいを良く見せている者は多くいるからね。妖精界には怪物のような強い力を持つモンスターが多くいるようだし、攻撃を受けて甲冑を破壊されてしまったんでしょう?」
脳裏に巨大な化け物を思い浮かべながら問い掛ける国王に対して、調査員は何度も頷きながら口を開く。
「炎属性の魔法を受けたのよね。意識を奪われて、次に気づいた時にはマントも甲冑も使い物にならない状態だったのよね」
調査員が脳裏にヒビキの姿を思い起こしながらグスッと泣き真似をする。
調査員の思い浮かべる人物がヒビキである事など、全く考えていないユタカはガーゴイルのような高いレベルを持つボスモンスターが他にも妖精界には存在しているのだと予想した。
「知り合いかね?」
見た所妖精と魔族のハーフである青年とユタカは顔見知りのようで大人しく会話を耳にしていたナナヤが問いかける。
「うん。彼は魔王に仕える暗黒騎士団の調査員だよ」
問いかけに対して小さく頷いたユタカの言葉を耳にしてナナヤは、あんぐりと口を開く。
「ユタカは妖精王だけじゃなくて、魔王とも知り合いなのかね?」
「魔王とは知り合いではないよ。暗黒騎士団隊員の中に知り合いがいるってだけだよ。でも、魔王の事は正直な所どのような人物が務めているのか気にはなっているよ。今度、タイミングがあえば暗黒騎士団の人達に紹介してもらうつもりではいるけどね」
驚くナナヤの反応を見てユタカが大声を上げて笑う。
危機的な状況を経験したため、不安を抱いているのだろう。
表情を曇らせている調査員を少しでも落ち着かせるために、ユタカはおちゃらけて見せる。
笑顔の裏ではユタカは、これからどうすればいいのだろうかと今後のことを考えて頭を悩ませていた。
ヒビキを追うべきか、それともヒビキが向かう先には人間界がある。
ユキヒラの目的が国王暗殺である事が分かったし、ヒビキを追わなくとも人間界で再会を果たすことが出来るだろう。
このまま一直線に人間界へ向かい先回りをするべきか。
それとも一度、魔界に立ち寄るべきか迷っていた。
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スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
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辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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