それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

76話 出会い

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 妖精界の森は常日頃から妖精が行き来しているためか、道が綺麗に整備されている。
 所々に斜面も見受けられるけれども、決して急な斜面ではない。
 魔界にある森の斜面に比べれば緩やかなものだ。
 調査員の体調が万全であったなら特に問題もなく森の中を駆け抜ける事が出来ただろう。
 しかし、ヒビキが放った攻撃魔法により意識を強引に奪われるほどの衝撃を受け、怪我を負った調査員は大量の魔力を傷の回復に使っていた。
 魔力を失い傷も全て完治しているわけではない調査員の体力は限界に近く肩で息をする。
 緑色の目に、うっすらとたまった涙を腕で拭うと唇を噛み締めた。
 
「国王を探さなきゃいけないわね」
 両手で力一杯、頬を叩いた調査員が前を向く。
 国王を探しだして魔界へ連れ戻すために遠く離れた妖精界までやってきた。
 目的を達成していないのに、妖精界は恐ろしい所だからと言って魔界へ逃げ帰ったとなれば暗黒騎士団や魔族からの信用を失う事になる。

「怖いけれど、このまま先へ進むしか無いわね」
 苦笑する調査員が心を落ち着かせる。
 ほんの少し冷静さを取り戻した所で、ふと髪が頬を掠める事に気がついた。
 頬に触れる髪を指先でつまむと持ち上げる。
 薄い緑色の髪の毛を怪訝そうに、じろじろと見た調査員が項垂れる。

「どう見ても緑色よね。睫毛も真っ白。普通の容姿で生まれたかったわね」
 小さなため息を吐き出すと共に本音を漏らす。

 好き好んで妖精と魔族のハーフに姿に生まれたわけではない。
 自分の容姿が嫌だったから、ずっと黒いマントを身に付けていた。
 髪の毛の色を見るだけで気持ちが沈んでしまった調査員は、せっかく前を向いたのに顔を俯かせてしまう。
 しかし、このまま沈んだ気持ちでいるわけにはいかない。
 国王を探さなきゃと、強引に気を引き締めた調査員が懐から髪止めを取り出した。
 自分の髪色が嫌なら視界に入らないようにすればいいと考えた調査員は、肩にかかる程の長さである後ろ髪を一つにまとめると腕をひねり一気に持ち上げる。
 髪止めを使って髪の位置を固定する。

「よし、前を向かなきゃいけないわね」
 顔を上げて前を見る。

「まずは国王を探すところから始めなきゃいけないわね」
 国王を見つけなければ話は先に進まない。
 調査員は残された魔力を全て使いきる事を覚悟して、大きく息を吸い込むと両手を広げる。
 惜しみ無く残りの魔力を放出し始めると、大量の魔力を必要とする詮索魔法を発動した。

 詮索魔法は結界内にいる人物の気配をたどって、その魔力の量を一つ一つ確認することにより目的の人物の位置を特定する物である。
 妖精の森を囲むようにして巨大な結界を張り巡らせた。
 莫大な魔力を使って、その結界内にある気配を一つ一つ追っていく。
 本来なら木の幹に体を預けるか地面に腰を下ろした状態で発動するべき魔法を、調査員は森の中を全力で駆け抜けながら唱えた。
 
 周囲は薄暗く間隔を殆ど開ける事なく立ち並んでいる木々が藍色に光を放つ。
 木々を覆うようにして緑色の粒子が漂っているため、森の中は幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 近くにある気配は二つ。
 未だに喧嘩の真っ最中である青年と女性の気配は同じ場所にとどまったまま動く気配がない。
「いつまで喧嘩をしているのかしらね」
 調査員は苦笑する。
 結界内にある巨大な魔力は全部で3つ。
 緑色に光る魔力を持つ人物が妖精王である事は一目瞭然である。

 そして、調査員の向かう先にある巨大な魔力は2つ。
 遠くには大きな泉があり、キラキラと光輝く緑色の草が生い茂っている。
 鮮やかな花が咲き誇り甘いにおいに誘われた蝶が周辺を飛び回っていた。
 泉を囲むようにして張り巡らされている結界は青白く、結界の色から強力な魔力を持つ者が張った結界であることが分かる。

「この先に莫大な魔力を持つ人物がいるはずなんだけど」
 目を凝らした調査員が、視界に入り込んだ光景に驚き息をのむ。
 何故強力な結界が張り巡らされているのか。
 結界の中に閉じ込められているものを見れば一目瞭然だった。
 1000年以上を生きぬいた調査員ですら初めて目にする高レベルのボスモンスターは、落ち着き払った悠然たる態度で草が生い茂った地面に腰を下ろしている。
 赤紫色の巨体を持つガーゴイルを目の前にして調査員の口は開いたままふさがらない。
 驚きのあまり言葉を失っていた。

 強力な結界が張られているからと言って油断することの出来るレベルでは無いことは明らかだ。
 本当なら今すぐにでも、この場から離れた方が良いのかも知れないけれど1800レベルのモンスターと遭遇することは、これが最初で最後になるかもしれない。

 情報を収集するべきか。
 それとも命が惜しい。1800レベルのモンスターは結界の中に閉じ込められているため、国王を探して魔界へ連れ戻してから暗黒騎士団と共に妖精界を訪れた方が良いのだろうか。
 さまざまな考えが浮かぶ中、1800レベルのモンスターが何時までも大人しく結界の中に閉じ込められているのだろうかと疑問が浮かぶ。
 強引にでも結界を突破する能力は持ち合わせていないのだろうかと、急に不安になった調査員が結界に手を添える。

 巨大な角と羽を持つガーゴイルは長い手足を持ち、今は大人しく泉の側に腰を下ろしている。
 巨大な魔力の一つはガーゴイルのもので間違いないだろう。

「もう一つの巨大な魔力も結界の中にあるのね」
 大きく息を吐き出して、呼吸を整えた調査員が小声で呟いた。
 ふと杖の手入れを行っていたナナヤが顔を上げる。

「ふぉおおおお! 魔族と妖精のハーフがいる。捕らえれば高額で売れるのだがね」 
 結界の外で佇む調査員の姿を視界に入れてナナヤは嬉しさの余り大声を上げた。
 綺麗にしたばかりの杖を手放すと、レア物の武器はカランカランと音を立てて地面に打ち付けられる。
 その場に勢いよく立ち上がったナナヤが興奮したままの状態で調査員の元へ歩み寄った。
 自慢の髭を指先でなぞりながら、自慢するように見せびらかす。

「一人かい? 妖精の森の中に一人でいるのは危険だと思うのだがね。良かったらおじさん達と共に来ないかい?」
 調査員の視線はナナヤの自慢の髭ではなく、汚れた燕尾服に釘付けとなっていた。
 魔界には無い珍しい服を身につけるナナヤに視線を向けたまま、何とも奇妙な表情を浮かべる調査員は考えていた。
 目の前にいる男性は自分を見つけてすぐに、魔族と妖精のハーフがいる。
 捕らえれば高額で売れるのだがねと叫んでいた。
 きっと、それが男性の本心なのだろう。
 おじさん達と共に来ないかいと声をかけてくれたのは嬉しい事だけど、大人しくついていったら売り飛ばされそうな気がする。
 一歩足を引いた調査員に気づいたナナヤが今にも、この場所から逃げ出しそうな雰囲気である妖精と魔族のハーフを逃すまいと急いで身を翻す。
 駆け足で元いた位置に戻ると、突然ガーゴイルの腕をぺシぺシと叩き始めた。

「捕らえれば高額で売れるのだがね!」
 ピシッピシッと調査員を指さしてガーゴイルに今すぐ捕まえるように指示を出した燕尾服の男性の行動に、調査員の表情が瞬く間に凍りつく。
 信じられないものを見るような視線をナナヤに向けた。
 今は大人しくしているかもしれないけれど、暴れ出すと周囲に甚大な被害を及ぼすだろう。
 高レベルのモンスターを刺激するなんて。

「もしかして、もう一つの巨大な魔力は彼のものかしら? まさかと思うけど、1800レベルのガーゴイルを術で操っているの?」
 考えを全て口に出してしまっている事にすら気づかないほど混乱している調査員が一歩足を引く。

「捕らえようにも、わしらは結界の中に閉じ込められているからのぉ。手を出す事は出来ぬのぉ」
 無茶を言うでないと言葉を続けたガーゴイルを目の前にして、調査員の表情が一変した。

「人の言葉を理解し、話すモンスターが存在する何て……」
 妖精界は未知の生物が多く生息をしていると聞いていたけれど、人の言葉を理解し話すモンスターがいる事など全く予想もしていなかった。
 魔界とは違って妖精界には人の言葉を話せる高レベルのモンスターが多く出現するのだろうかと考える調査員の表情からは不安の色が消える。
 心躍らせる調査員が懐から紙と筆を取り出した。
 どうやら恐怖心よりも完全に好奇心が上回っているようで、すらすらと文字を記す。
 ガーゴイルの見た目と側にいる燕尾服の男性の似顔絵を描く。

「あら? 膝の上に人を乗せているのね」
 燕尾服を身に纏った男性から、ガーゴイルに視線を移した調査員が独り言を呟くと首を傾けた。
 ガーゴイルの膝に体を預けて、だらーんと腕を垂らす青年を観察する。

「眠っているのかしら。それとも、ガーゴイルに襲われて命を落としちゃった?」
 すぐ隣で燕尾服を纏った男性が、はしゃぎ声を上げているにも拘わらずピクリとも反応を示さない青年を眺める調査員の位置からはユタカの顔を確認することは出来なかった。
 ふとガーゴイルが膝の上に乗っていた人物を鷲掴みにすると勢いよく持ち上げた。
 持ち上げられた人物を視界に入れた調査員の表情が、ゆっくりと変化を始める。
 ガーゴイルが勢いよくユタカの体を持ち上げたため、ほんの一瞬だけ長い前髪が浮いた。
 顔が露になり目蓋を閉じたまま、何の反応も示さないユタカに対して不安を抱いた調査員が結界に両手を添える。

「少しばかり力加減を間違えてのぉ。張り倒してしまってから、ずっとこの調子なんだが」
 クリーム色の長い前髪は青年の顔を、すぐに覆い隠してしまった。
 じっくりと顔を確認することは出来なかった。
 ガーゴイルに鷲掴みにされているにも拘わらずピクリとも反応を示さない青年を不安そうに見つめる調査員は一度ユタカがガーゴイルの肩の上で寝苦しいからと身じろぎをしていることを知らない。
 苦笑するガーゴイルの言葉を聞き、青ざめた顔をする調査員はガーゴイルに張り倒されて、脆い人間の首はポキッと折れてしまったのではないのかと考えた。

 調査員の心配をよそにユタカは熟睡していた。
 寝付いた頃にはガーゴイルの肩の上に腹部を預けていたユタカの体は時間が経つと共に息苦しいと感じたのか、身じろぎをしたことにより肩の上から滑り落ちた。
 そして、今に至るわけで事情を知らない調査員は顔面蒼白のまま疑問を口にする。

「その子って、もしかしてユタカ君?」
 戸惑っているため人間であるナナヤでなくモンスターであるガーゴイルに青年の名前を問いかけた。
 もしも、ぐったりとして動かない青年がユタカであるなら今すぐにでも回復魔法を使って、傷や体力の回復を行わないといけない。
 人間界を統べる王様が妖精界で命を落としたとなれば、人間界と妖精界で争いが起きることになるだろう。
 自分から青年の名前を問いかけておきながら、いざガーゴイルの視線が自分に向くと調査員は恐怖心から大きく肩を揺らす。そっと視線を逸らすと顔を俯かせてしまった。

 ガーゴイルが調査員に返事をしようと口を開いた矢先の出来事だった。

「見つけたぞ!」
 大声と共に後頭部に激しい痛みを感じた調査員の体が大きく仰けぞった。
 抵抗する間もなく背後から突然、襲われた調査員が膝を折ると背中から地面に倒れこむ。
 仰向けに横たわった調査員をエルフの青年は見下ろしていた。
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