それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

73話 覚醒

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「体重が軽くなっている事を忘れていた。いつもの調子で地面を踏み込んでいては予想した場所に着地する事は出来ないのか」
 幼い姿に戻ってしまってから既に6日が経過した。
 そろそろ小さくなった体にも慣れて来たと思い始めた矢先に気づいた事実に、ヒビキは驚きと共に考えを全て口にする。
 両腕を掲げ伸びをした状態で身動きを止めたヒビキの独り言を耳にして、リンスールの表情が和らいだ。

 今頃気づいたのですか。
 言葉を漏らしてしまいそうになりながらも、口元に右手の平を添えることにより覆い隠したリンスールが首を傾ける。

 ヒビキとユタカは血の繋がった親子であるはずなのに性格が全く似ていないと思っていた。しかし、ヒビキの独り言を耳にしてリンスールの考えが変わる。
 
「ユタカも突然、間の抜けた滑稽な仕草をすることがありましたし、やはり親子ですね。似ていますよ」
 笑みを浮かべながらリンスールが気無げなくヒビキとユタカを貶す。
 思わず声にしてしまった独り言はヒビキの耳に入れるつもりは全く無かった。
 しかし、静まり返っている空間で本音を漏らしたリンスールの声は良く通る。
 リンスールの独り言はヒビキの耳に、しっかりと入り込んでいた。

「え?」
 ヒビキの集中力が瞬く間に切れて、ぽかーんとした表情を浮かべたまま、ぽつりと声を漏らす。
 大男がいつ襲ってくるかも分からない状況の中でヒビキは一体なにを思ったのか。
 大男から視線をはずすと勢い良く背後を振り向いた。

 急なヒビキの動きによって狐耳つきのフードが外れて、クリーム色の髪の毛が姿を現した。
 薄い水色の瞳。
 お人形さんのような印象を人に与える少年は、真っ白い肌に華奢な体つき。
 儚げな風貌をしている。
 眉尻を下げて服の裾を握りしめる姿からは武器を持ち戦う姿を想像することは出来ない。

 ヒビキの素早い動きを目にしてから、顔を強ばらせていた大男の表情が一変する。
 ケープを身に付けているけれど幼子の種族は、どう見ても人間だ。

「魔族が好んで着る服を身に付けているから、てっきり魔族だと思っていれば種族は人間か」
 厭味いやみらしく、にやついた顔をした大男は小声で呟くとヒビキを見下ろした。
 ヒビキの視線が仲間の一人に向いていることを確認すると小声で呪文を唱えだす。
 ヒビキの背後から攻撃を仕掛ける気、満々のようで呪文が完成をすると、すぐに大男の足元に金色に光る魔方陣が出現する。
 巨体を宙に浮かした術は最高ランクの物。著しく敏捷性を上げる効果があった。
 
「ヒビキ君、気を付けてください! 敏捷性を上げてきますよ!」
 口元を押さえていた手を離すと、リンスールが大声を上げて指先を大男に向ける。
 ヒビキに視線を戻すように指示を出した。その表情は険しく怒気を含んだ声を放つ。
 
「え」
 リンスールの声と突然、上がったサヤの悲鳴から緊迫した状況であることを素早く察したヒビキが勢いよく背後を振り向くと大男は、すぐ目の前まで迫っていた。
 突然の攻撃によろめき転びそうになったヒビキが足を引く。
 重量のある斧を置き小さな短刀に武器を変えた男は、急な攻撃に戸惑い身動きを取ることも出来ずに転びそうになるヒビキの腹部に向け刃を振り切った。
 鋭く先のとがった刃はヒビキの腹部をとらえて見事に突き刺さったように見えた。
 両腕で頭をすっぽりと覆い悲痛な叫び声を上げたサヤが、その場に力無く座り込む。
 顔を俯かせて涙を流すサヤの脳裏には腹部に刃が突き刺さり仰向けに横たわるヒビキの姿が浮かんでいる。
 サヤのすぐ隣ではリンスールが口元を覆い隠すようにして両手を添えていた。

 今にもにやけてしまいそうになる表情を包み隠している。

 ユキヒラは目を見開いたままの状態で立ち尽くしている。
 しかし、すぐに目の前に広がる光景を理解すると恍惚とした表情を浮かべて口を開く。

「妖精王、魔王、国王、神だけが使える特殊な術を扱う事が出来るのかぁ」
 嬉しそうに呟いた。
 視線は幼い姿になり弱くなってしまったヒビキをとらえている。
 ヒビキを自分の持つ道具の一つだと考えていたユキヒラが幼いヒビキに対して興味を抱いた瞬間だった。

 ユキヒラの視線の先には武器の出現を唱えて刀を出現させたヒビキの姿があった。
 刀を囲むようにしてぐるぐると青色の炎が渦巻いている。
 刃先から柄へ向かってぐるぐると回る炎は青白い光を放ち時折、直視する事の出来ないほどの目映い光を放つ。
 ヒビキの足元に現れた青色の魔法陣は体を身軽にする敏捷性を高める効果があった。

 刀の出現と共に現れた白を基調とした衣はヒビキの体を包みこむ。
 本来なら足首まであるであろう、しなやかな白色のドレスには高級感を思わせる細かな金色に光る刺繍が施されている。
 同じく本来なら膝下まであるであろう長い黒色の上着を羽織るヒビキは、空中にふわふわと体を浮かしていた。
 真っ直ぐ前に伸ばした腕を左から右へスライドさせると、体を包み込むようにして巨大な炎の渦が出現する。
 赤とオレンジ色の二色から成り立つ炎は無音。
 大人しくヒビキの様子を眺めていたユキヒラが獲物を見つけた獣のように舌舐めずりをした。
 ユキヒラやリンスールやサヤが全く異なった反応を示す中で大男は、にやにやと締まらない笑みを浮かべている。

「体と服の大きさが合ってない。覚醒すんのが早すぎたんだな。残念だったな。将来は名を馳せた剣士にでもなっていたかもしんねぇが、お前は今から俺にやられる運命だったって事で大人しく倒されろ」
 助走をつけ腕を振り抜くことにより短刀を投げつける。
 勢い良く投げつけられた短刀はヒビキの胸に向け一直線。刃がヒビキの胸に突き刺さる様子を想像し、勝利を確信した大男の口元が緩む。
 しかし、今まで人間ではなく魔族やモンスターの相手をしてきたヒビキには短刀が、ゆっくりと自分の元へ向かって来ているように見えていた。
 二本の指を伸ばすと、刃を指の間で挟みこみ止めることに成功をする。
 
「視力はいいようだが、力はどうだろうな」
 短刀を地面に落とした所で、急に大男の姿が視線の先から消えた。
 すぐ近くで聞こえた声に驚き、勢い良く背後を振り向いたヒビキ目掛けて大男が腕を伸ばす。
 金色の魔法陣は最高ランクの術を発動している証であり、一瞬にして背後に移動をした大男を、ヒビキは目で追うことが出来なかった。
 きっと大男が声を出していなければ対応することが出来なかっただろう。

 ヒビキに短刀を奪われたため一度、手放した斧を拾った大男の表情には余裕がある。幼いヒビキを見下している。
 大男の独り言を耳にして、咄嗟に渦巻く炎を操ったヒビキが伸ばされた男の手を阻んだ。

「大人しくしやがれ」
 しかし、大男は引くことをせず、すかさず右手をつき出すと使用可能50レベル、3秒間魔法の無効化をする呪文を唱えると黒い幕がヒビキの体を包み込む。

 魔法を無効化する時間は、たったの3秒間だけ。ヒビキの体を包み込んでいた炎が消えた。
 その数秒間の間に大男はヒビキの胸ぐらをつかむと地面に押し倒す。
 切羽詰まった状況に怯えて、じたばたと手足を動かしたヒビキに向かって掲げていた斧を振り下ろした。

「幼いヒビキ君は非力だけど、元の姿に戻ったらどうですかね」
 笑みを浮かべるリンスールの視線の先には、汗だくになりながらも巨大な斧を指で掴むことにより受け止めたヒビキの姿があった。

 急な成長に身体中からだじゅうが悲鳴をあげ、激しい痛みに見舞われたため、戦う前から呼吸を乱しぐったりと疲れきっている。

 今なら難なくヒビキを倒すことが出来るような気もするけれど大男は急な成長を遂げたヒビキに驚き、あんぐりと口を開いている。顔が見る見るうちに青ざめた。
 普段お人形さんのような印象を人に与えていた少年が流し目をすると、切れ長の鋭い目が出来上がる。
 幼いからと見下され力も弱いため抵抗をすることも出来ないだろうと考えた大男は、容赦する事なくヒビキの腹部に膝を置き体重をかけていた。
 とどめに斧を振り下ろそうとした大男に対して、怒りを覚えていたヒビキは容赦することなく男の大事な部分に膝を打ち付ける。

 くぅぉおおおおと大事な部分を押さえて地面に倒れ込んだ男を見下ろすヒビキの視線は冷たい。
 容赦をすることなく大男の首筋に刀を突きつける。

「弱いものを見つけては喧嘩を吹っ掛けて食料や金品を奪っていたのか?」
 ヒビキの声は先ほどまでの可愛らしいものから一変し、低いものに変わっていた。
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