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ヒビキの奪還編
70話 脱出
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「幻聴?」
地の底から響くような低い声が神殿内に響き渡ると、ガーゴイルが言葉を話したという現実を簡単には受け入れる事の出来なかった国王が、ぽつりと漏らすようにして呟いた。
「ガーゴイルが言葉を理解している何てありえない」
時々、耳に入り込んでいた地の底から響くような低い声は、てっきり幻聴だと思っていた。意識が朦朧としていたため、聞き間違えをしたのだろうと思っていれば耳元でガーゴイルが言葉を口にしたため、疑問を抱いて問いかける。問いかけてみたものの、ガーゴイルが言葉を話すわけがないと勝手に決めつけてしまった国王は手を伸ばすと、そっとガーゴイルの腕に触れる。
「何にせよ攻撃を止めてくれた事は助かった」
ガーゴイルによって腹部を圧迫された事により汗だくとなった国王は、ため息を吐き出した。
荒れた呼吸を整えることに成功をしたものの、立ち上がるだけの体力が残されていない。
氷柱魔法の威力に耐える事が出来ずに、神殿の壁には無数の亀裂が入っていた。隙間から侵入した水が床を水浸しにしている。
逃げなければと頭では理解しているものの、国王は崩壊する神殿から逃げ出す事を諦めかけている。
せめて、ナナヤだけでも地上へ連れ出してはくれないだろうかと思い、攻撃する手を止めたガーゴイルに視線を向ける。
「このままくたばる気かのぉ? もったいないのぉ、強力な魔力を持ってるお主は、わしが食ってやるわい。安心せい。骨まで残さず食べるからのぉ」
ガーゴイルは地べたに横たわっている国王を嘲笑う。
やはり、幻聴では無かった。1800レベルのガーゴイルは高い知能を持ち、人の言葉を理解して話をする事が出来るようだ。話し合いに持ち込む事が出来れば望みはあるのかもしれない。駄目元で声をかけてみようかと考える国王は険しい表情を浮かべている。
「我が子の行く末を見届けたい。どうか、見逃してはくれないだろうか」
仰向けに横たわったままの状態で一切ガーゴイルに抵抗をする事も無く、言葉を吐き出すように続けた国王は体を起こすために寝返りをうつ。
手や膝を床につく事により起き上がろうとした国王が力をこめて立ち上がろうと試みる。
しかし、四つん這いに姿勢を変更しようとした所で急に手足に込めていた力が抜けて、国王は崩れるようにして床に横たわってしまった。
一度は体を起こそうとしていた国王が、力尽きたようにして床に頽れる所を目の当たりにしたナナヤが首を傾ける。
「どうしたのかね?」
力なく横たわっている国王に向けての問いかけに対して答えたのは国王では無くて国王の横腹を、つんつんと突っつきながら薄ら笑いをするガーゴイルだった。
「魔力切れのようじゃのぉ」
国王が危機的な状況に陥っているにも拘わらず、ガーゴイルは現在の状況を楽しんでいるのだろう。
ガーゴイルが舌なめずりをする姿を間近で見た国王が表情を曇らせる。
ガーゴイルに頭から食われたくは無い。交渉に持ち込むべきかと考え始めた国王の視線の先で神殿に異変が現れる。
壁の亀裂が瞬く間に広がりを見せて続けて脆くなっていた建物の壁に、ぽっかりと大きな穴が開いた。
「うそっ!」
横たわったまま、視線だけを音のする方向に向けた国王が唖然とする。
瞬く間に水かさが増していく。国王は神殿内に瞬く間に流れ込んできた大量の水に、なす術もなく飲み込まれてしまった。
巨体を持つガーゴイルは羽を広げて飛行する事により、難を逃れる。すぐには神殿内から逃げ出さずに周囲を伺うようにして旋回する。
ナナヤも国王と共に神殿内に押し寄せた水に、抵抗するも空しく流されてしまっていた。目を細めて国王とユタカの姿を探す。国王は自力で脱出する事が出来るだろうけど、おっちょこちょいな性格をしているユタカは自力で脱出する事は出来ないだろうと考えているナナヤは、国王とユタカが同一人物である事に気づかない。
しかし、ユタカを探しているだけの余裕は無かった。神殿内は瞬く間に水かさを増し、あと数分で泉の中に沈むだろう。周囲を見渡しているナナヤはユタカと合流する事を諦めていない。しかし、ガーゴイルは神殿内に残る事は危険であると考えたため、空中で素早く身を翻すと建物の出入り口に向かって飛行を始める。
流れが早いため、どのみち二人とも助からないだろうと考えたガーゴイルは早々に国王と戯れる事を諦めた。
「ちょっ、助けて!」
ガーゴイルが身を翻して早々に建物内から抜け出そうとした所で、国王は大量の水を飲みこみながらも必死に声を絞り出す。水面に顔を出している国王は、自分の居場所を知らせるためにガーゴイルに向かって右手を高く掲げると左右に振る。
「沈む!」
妖精の森にあるギルドで購入した赤いローブを身に纏っている国王は、術が解けて元の姿に戻っている。
溺れる国王は実は金槌である。今にも沈みそうな国王の体を鷲掴みにすると、思わぬ弱点を知ることになったガーゴイルは嬉しそうに問いかける。
「泳げぬのか?」
水中から勢いよく引き上げる。人々から化け物じみた人物と言われ、恐れられている国王の種族は人間。片手で軽々と抱える事が出来てしまうほど軽い国王に驚きガーゴイルは小刻みに肩を振るわせる。
国王はガーゴイルの問いかけに対して首を上下に動かした。
魔力が切れた事により、元の赤いローブ姿に戻った国王の髪は濡れてボサボサ。長い前髪は顔を覆い隠す。
前髪が顔を覆っているため視界は悪いだろう。前髪を耳にかけようとはしない国王は、身なりを整えている時間が惜しいと考えていた。周囲を見渡してナナヤの姿を探し出そうと試みる。
「いた! 彼も拾って欲しい」
目を凝らしていた国王が大量の水に流されているナナヤを見つけ出す。
水面に顔を出して踠き苦しむナナヤを指さした。
ガーゴイルは、すぐさま旋回するとナナヤの体を鷲掴みにして水中から引き上げる。
水が迫ってきているため素早く身を翻す。時期に神殿は水圧に耐える事が出来ずに崩れてしまうだろう。ガーゴイルは神殿の出入り口を目指して飛行する。
「前、柱!」
目の前に迫った柱を指差しながらナナヤが大きな声を上げる。
「分かっておる」
右へ体を回転させながら柱を避けたガーゴイルが淡々とした口調で呟いた。
「上、上!」
柱を素早く避ける事に成功して安堵するナナヤが、ふと視界の片隅にブロックをとらえると、じたばたと手足を動かして暴れだす。
頭に目掛けて向かってくるブロックを左に体を傾けることにより素早く避ける事に成功したガーゴイルが安堵する。
「今のは気づかなかったわい」
床に激突して砕けたブロックを眺めながら、言葉を漏らす。
さらに体を左回転することにより目の前に迫った柱を避けると、ナナヤの表情が引きつった。
勢いよく体を左に回転させたため、勢いのまま壁に背中を打ち付けたガーゴイルが呻き声をあげる。
その衝撃は凄まじく脆くなっていた壁に、ぽっかりと穴を開けた。
「あぁあああああ!」
砕けた壁の一部がナナヤの頬すれすれを通過したため、恐怖心から情けない声を上げたナナヤが、ベリーダンス衣装の入った袋を頭にかざして頭を防御を始める。
ナナヤと共にいると、危機的な状況のはずなのに全く予想外の行動を取るから自然と顔がにやけてしまう。奇妙な顔をするし、奇声を上げるナナヤは見ていて飽きることは無い。
「人が預けているもので頭を防御しないで欲しいな」
国王はクスクスと肩を震わせて笑いだす。
しかし、喚くナナヤの耳にユタカの声が入ることは無くて、勢いよく建物内に流れ込む水がナナヤの持つ杖の先を掠めた事により再び声を上げる。
「水が迫ってきているのだがね!」
ナナヤはガーゴイルに向かって危険を知らせようとする。
「分かっておる」
ガーゴイルは至って冷静だった。
ナナヤに返事をするや否や大きく羽を動かすと、急上昇する。
肩を震わせて笑っていた国王の表情が少しずつ曇り始める。何やら落ち込んでいるようすの国王は小さなため息を吐き出した。
ガーゴイルに知能があるのなら、氷柱魔法を発動する何て事はしなかった。
話し合いで解決が出来たのなら、神殿を破壊するようなことはなかっただろう。
妖精王と神殿を破壊するような事はしないと約束をしたばかりだと言うのに、神殿を破壊してしまった。
外壁は崩れ天井は落ち水が迫っている。
目蓋を閉じたまま、大人しくガーゴイルに身を任せている国王は、妖精王の作りだした神殿を破壊してしまったことに対して後悔をする。
「もう少し早く声をかけてくれたら神殿を破壊することはなかったのに」
今さら愚痴を漏らしても遅い。
ガーゴイルに声をかけて知能があるかどうかを確認しなかった自分が悪いのだと分かってはいるものの、ため息と共に言葉を漏らす。
氷柱魔法を発動する前にガーゴイルが声をかけて来たのなら、神殿を破壊しなくても良かったと考えている国王の本音を耳にしたガーゴイルは苦笑する。
「最後に見せた術がなければ話しかけるつもりなどなかったわい」
ガーゴイルは、きっぱりと言い放った。
「しかし、声を掛けなかった事を今は後悔しておる。声をかけていれば住み処を破壊される事は無かったからのぉ」
大きく穴の開いた壁を横目で見つめながら言葉を続けたガーゴイルが、小さなため息を吐き出した。
「ごめん」
態度には表してはいなかったものの、住み処を破壊されて内心では落ち込んでいたガーゴイルの本音を耳にした国王は、ごめんと一言呟いて項垂れる。
目の前に迫った柱を、巨体を左に傾けることにより避ける事に成功したガーゴイルが苦笑する。
「人間の使う術など、たかが知れてると考えていたからのぉ」
人間の寿命は短くて脆く儚い存在である。
人々から恐れられている国王の本気を見てみたかったとは言え、まさか妖精王の作ったとされる神殿を破壊する程の力を持つとは予想もしていなかったガーゴイルは素直に侮っていた事を口にする。
目の前に迫った柱を大きく左へ体を回転させることにより避けると、ナナヤが目を白黒させる。
ひょぇえええええと真っ青な顔をして何とも情けない声を上げた。
神殿の出入り口を抜けたガーゴイルは迷うこと無く水中へ移動したため、両手で口を覆い隠したナナヤは息を止める。
目蓋を閉じたままの状態で激しく混乱するナナヤは、いつもなら水中へ移動すると同時に出来上がっていた透明な膜が、なぜ出現しなったのかと疑問を抱いていた。
地上を目指すガーゴイルに向かって、のっぺりとした顔の魚がパタパタと鰭を動かしてエールを送る。
素早く身を翻すと、尾ひれを左右に動かした。
ブロックが積み重ねられる事により作られていた神殿が音を立てて崩壊する。
青く綺麗な水は瞬く間に茶色く濁り、草が生い茂る大地にはゴポッと何とも奇妙な音を立てて水が溢れだす。
鮮やかな花が咲き誇り甘いにおいに誘われて周囲を飛び回っていた蝶が、唐突に変化した泉から逃れるようにして一斉に飛び立った。
濁った水が盛り上がり、音を立てて水中からガーゴイルが姿を現す。水中から地上へ移動した事により、呼吸を止めていたナナヤが大きく息を吐き出した。
「危なかったのだがね」
目を見開き荒い呼吸を繰り返す。
あと少し水の中にいる時間が長ければ意識を失っていた。
安堵と共に気を抜いていたナナヤが、急激に地上から遠退いている事に気がついて悲鳴を上げる。
「あわわわわわ! 高いのだがね」
勢い余って空高く舞い上がったガーゴイルに恐怖心を伝えるようにしてナナヤは、じたばたと手足を動かした。
妖精王の張り巡らせた結界に気づき、空中で一回転をするとガーゴイルは急降下を始める。
「ひぇええええ!」
何とも奇妙な声をあげながら手足を再び、じたばたと動かしたナナヤか溜め込んでいた息を一気に吐き出した。
「騒がしい奴じゃのぉ」
騒ぎ疲れて、ぐったりとするナナヤを地上に下ろすと、ガーゴイルは先程から一言も言葉を発していない国王に視線を向ける。
赤と黒を基調としたローブを身に纏い全身ずぶ濡れのまま佇んでいる国王は、水中にいるあいだ息を止めていたため乱れた呼吸を繰り返していた。国王は妖精の森のダンジョンの一つを破壊してしまったため、放心状態に陥っている。
「あぁ、ユタカが沈んでしまったのだがね」
泉を覗き込みながら、ほろほろと涙を流すナナヤはユタカが神殿と共に泉の底に沈んでしまったのだと考えていた。
嘆くナナヤの背中をガーゴイルは、つんつんと指先で突っついた。
愕然とするナナヤが視線を上げる事によって目が合った。ガーゴイルは指先を、放心状態のまま佇んでいるユタカに向ける。
赤いローブに身を包み、髪をぼさぼさにしたままの状態で力なく佇んでいるユタカに視線を向けると、ナナヤの表情が瞬く間に明るくなる。
「あぁああああ!」
嬉しそうに両手を掲げると、レアものである武器とベリーダンス衣装を地面に落としたナナヤがユタカに向かって全力で走り出した。
嬉しさのあまり我を忘れて大きく飛び上がり、立ち尽くしていたユタカに飛びつこうとしたナナヤは勢いがある。
勢い良く迫るナナヤに驚きユタカは咄嗟に足を引いてしまった。
「わっ!」
一歩足を引いた所で石に足を取られると、ユタカは体のバランスを崩す事によって姿勢を正すことも出来ないまま地面に尻餅をつく。
ナナヤの体は唐突に尻餅をついたユタカの頭上を両手、両足を伸ばしたまま弧を描くようにして見事に飛び越える。
決して悪気があったわけではなかったものの、ユタカは飛びつこうとしていたナナヤから逃れる形となってしまった。
地の底から響くような低い声が神殿内に響き渡ると、ガーゴイルが言葉を話したという現実を簡単には受け入れる事の出来なかった国王が、ぽつりと漏らすようにして呟いた。
「ガーゴイルが言葉を理解している何てありえない」
時々、耳に入り込んでいた地の底から響くような低い声は、てっきり幻聴だと思っていた。意識が朦朧としていたため、聞き間違えをしたのだろうと思っていれば耳元でガーゴイルが言葉を口にしたため、疑問を抱いて問いかける。問いかけてみたものの、ガーゴイルが言葉を話すわけがないと勝手に決めつけてしまった国王は手を伸ばすと、そっとガーゴイルの腕に触れる。
「何にせよ攻撃を止めてくれた事は助かった」
ガーゴイルによって腹部を圧迫された事により汗だくとなった国王は、ため息を吐き出した。
荒れた呼吸を整えることに成功をしたものの、立ち上がるだけの体力が残されていない。
氷柱魔法の威力に耐える事が出来ずに、神殿の壁には無数の亀裂が入っていた。隙間から侵入した水が床を水浸しにしている。
逃げなければと頭では理解しているものの、国王は崩壊する神殿から逃げ出す事を諦めかけている。
せめて、ナナヤだけでも地上へ連れ出してはくれないだろうかと思い、攻撃する手を止めたガーゴイルに視線を向ける。
「このままくたばる気かのぉ? もったいないのぉ、強力な魔力を持ってるお主は、わしが食ってやるわい。安心せい。骨まで残さず食べるからのぉ」
ガーゴイルは地べたに横たわっている国王を嘲笑う。
やはり、幻聴では無かった。1800レベルのガーゴイルは高い知能を持ち、人の言葉を理解して話をする事が出来るようだ。話し合いに持ち込む事が出来れば望みはあるのかもしれない。駄目元で声をかけてみようかと考える国王は険しい表情を浮かべている。
「我が子の行く末を見届けたい。どうか、見逃してはくれないだろうか」
仰向けに横たわったままの状態で一切ガーゴイルに抵抗をする事も無く、言葉を吐き出すように続けた国王は体を起こすために寝返りをうつ。
手や膝を床につく事により起き上がろうとした国王が力をこめて立ち上がろうと試みる。
しかし、四つん這いに姿勢を変更しようとした所で急に手足に込めていた力が抜けて、国王は崩れるようにして床に横たわってしまった。
一度は体を起こそうとしていた国王が、力尽きたようにして床に頽れる所を目の当たりにしたナナヤが首を傾ける。
「どうしたのかね?」
力なく横たわっている国王に向けての問いかけに対して答えたのは国王では無くて国王の横腹を、つんつんと突っつきながら薄ら笑いをするガーゴイルだった。
「魔力切れのようじゃのぉ」
国王が危機的な状況に陥っているにも拘わらず、ガーゴイルは現在の状況を楽しんでいるのだろう。
ガーゴイルが舌なめずりをする姿を間近で見た国王が表情を曇らせる。
ガーゴイルに頭から食われたくは無い。交渉に持ち込むべきかと考え始めた国王の視線の先で神殿に異変が現れる。
壁の亀裂が瞬く間に広がりを見せて続けて脆くなっていた建物の壁に、ぽっかりと大きな穴が開いた。
「うそっ!」
横たわったまま、視線だけを音のする方向に向けた国王が唖然とする。
瞬く間に水かさが増していく。国王は神殿内に瞬く間に流れ込んできた大量の水に、なす術もなく飲み込まれてしまった。
巨体を持つガーゴイルは羽を広げて飛行する事により、難を逃れる。すぐには神殿内から逃げ出さずに周囲を伺うようにして旋回する。
ナナヤも国王と共に神殿内に押し寄せた水に、抵抗するも空しく流されてしまっていた。目を細めて国王とユタカの姿を探す。国王は自力で脱出する事が出来るだろうけど、おっちょこちょいな性格をしているユタカは自力で脱出する事は出来ないだろうと考えているナナヤは、国王とユタカが同一人物である事に気づかない。
しかし、ユタカを探しているだけの余裕は無かった。神殿内は瞬く間に水かさを増し、あと数分で泉の中に沈むだろう。周囲を見渡しているナナヤはユタカと合流する事を諦めていない。しかし、ガーゴイルは神殿内に残る事は危険であると考えたため、空中で素早く身を翻すと建物の出入り口に向かって飛行を始める。
流れが早いため、どのみち二人とも助からないだろうと考えたガーゴイルは早々に国王と戯れる事を諦めた。
「ちょっ、助けて!」
ガーゴイルが身を翻して早々に建物内から抜け出そうとした所で、国王は大量の水を飲みこみながらも必死に声を絞り出す。水面に顔を出している国王は、自分の居場所を知らせるためにガーゴイルに向かって右手を高く掲げると左右に振る。
「沈む!」
妖精の森にあるギルドで購入した赤いローブを身に纏っている国王は、術が解けて元の姿に戻っている。
溺れる国王は実は金槌である。今にも沈みそうな国王の体を鷲掴みにすると、思わぬ弱点を知ることになったガーゴイルは嬉しそうに問いかける。
「泳げぬのか?」
水中から勢いよく引き上げる。人々から化け物じみた人物と言われ、恐れられている国王の種族は人間。片手で軽々と抱える事が出来てしまうほど軽い国王に驚きガーゴイルは小刻みに肩を振るわせる。
国王はガーゴイルの問いかけに対して首を上下に動かした。
魔力が切れた事により、元の赤いローブ姿に戻った国王の髪は濡れてボサボサ。長い前髪は顔を覆い隠す。
前髪が顔を覆っているため視界は悪いだろう。前髪を耳にかけようとはしない国王は、身なりを整えている時間が惜しいと考えていた。周囲を見渡してナナヤの姿を探し出そうと試みる。
「いた! 彼も拾って欲しい」
目を凝らしていた国王が大量の水に流されているナナヤを見つけ出す。
水面に顔を出して踠き苦しむナナヤを指さした。
ガーゴイルは、すぐさま旋回するとナナヤの体を鷲掴みにして水中から引き上げる。
水が迫ってきているため素早く身を翻す。時期に神殿は水圧に耐える事が出来ずに崩れてしまうだろう。ガーゴイルは神殿の出入り口を目指して飛行する。
「前、柱!」
目の前に迫った柱を指差しながらナナヤが大きな声を上げる。
「分かっておる」
右へ体を回転させながら柱を避けたガーゴイルが淡々とした口調で呟いた。
「上、上!」
柱を素早く避ける事に成功して安堵するナナヤが、ふと視界の片隅にブロックをとらえると、じたばたと手足を動かして暴れだす。
頭に目掛けて向かってくるブロックを左に体を傾けることにより素早く避ける事に成功したガーゴイルが安堵する。
「今のは気づかなかったわい」
床に激突して砕けたブロックを眺めながら、言葉を漏らす。
さらに体を左回転することにより目の前に迫った柱を避けると、ナナヤの表情が引きつった。
勢いよく体を左に回転させたため、勢いのまま壁に背中を打ち付けたガーゴイルが呻き声をあげる。
その衝撃は凄まじく脆くなっていた壁に、ぽっかりと穴を開けた。
「あぁあああああ!」
砕けた壁の一部がナナヤの頬すれすれを通過したため、恐怖心から情けない声を上げたナナヤが、ベリーダンス衣装の入った袋を頭にかざして頭を防御を始める。
ナナヤと共にいると、危機的な状況のはずなのに全く予想外の行動を取るから自然と顔がにやけてしまう。奇妙な顔をするし、奇声を上げるナナヤは見ていて飽きることは無い。
「人が預けているもので頭を防御しないで欲しいな」
国王はクスクスと肩を震わせて笑いだす。
しかし、喚くナナヤの耳にユタカの声が入ることは無くて、勢いよく建物内に流れ込む水がナナヤの持つ杖の先を掠めた事により再び声を上げる。
「水が迫ってきているのだがね!」
ナナヤはガーゴイルに向かって危険を知らせようとする。
「分かっておる」
ガーゴイルは至って冷静だった。
ナナヤに返事をするや否や大きく羽を動かすと、急上昇する。
肩を震わせて笑っていた国王の表情が少しずつ曇り始める。何やら落ち込んでいるようすの国王は小さなため息を吐き出した。
ガーゴイルに知能があるのなら、氷柱魔法を発動する何て事はしなかった。
話し合いで解決が出来たのなら、神殿を破壊するようなことはなかっただろう。
妖精王と神殿を破壊するような事はしないと約束をしたばかりだと言うのに、神殿を破壊してしまった。
外壁は崩れ天井は落ち水が迫っている。
目蓋を閉じたまま、大人しくガーゴイルに身を任せている国王は、妖精王の作りだした神殿を破壊してしまったことに対して後悔をする。
「もう少し早く声をかけてくれたら神殿を破壊することはなかったのに」
今さら愚痴を漏らしても遅い。
ガーゴイルに声をかけて知能があるかどうかを確認しなかった自分が悪いのだと分かってはいるものの、ため息と共に言葉を漏らす。
氷柱魔法を発動する前にガーゴイルが声をかけて来たのなら、神殿を破壊しなくても良かったと考えている国王の本音を耳にしたガーゴイルは苦笑する。
「最後に見せた術がなければ話しかけるつもりなどなかったわい」
ガーゴイルは、きっぱりと言い放った。
「しかし、声を掛けなかった事を今は後悔しておる。声をかけていれば住み処を破壊される事は無かったからのぉ」
大きく穴の開いた壁を横目で見つめながら言葉を続けたガーゴイルが、小さなため息を吐き出した。
「ごめん」
態度には表してはいなかったものの、住み処を破壊されて内心では落ち込んでいたガーゴイルの本音を耳にした国王は、ごめんと一言呟いて項垂れる。
目の前に迫った柱を、巨体を左に傾けることにより避ける事に成功したガーゴイルが苦笑する。
「人間の使う術など、たかが知れてると考えていたからのぉ」
人間の寿命は短くて脆く儚い存在である。
人々から恐れられている国王の本気を見てみたかったとは言え、まさか妖精王の作ったとされる神殿を破壊する程の力を持つとは予想もしていなかったガーゴイルは素直に侮っていた事を口にする。
目の前に迫った柱を大きく左へ体を回転させることにより避けると、ナナヤが目を白黒させる。
ひょぇえええええと真っ青な顔をして何とも情けない声を上げた。
神殿の出入り口を抜けたガーゴイルは迷うこと無く水中へ移動したため、両手で口を覆い隠したナナヤは息を止める。
目蓋を閉じたままの状態で激しく混乱するナナヤは、いつもなら水中へ移動すると同時に出来上がっていた透明な膜が、なぜ出現しなったのかと疑問を抱いていた。
地上を目指すガーゴイルに向かって、のっぺりとした顔の魚がパタパタと鰭を動かしてエールを送る。
素早く身を翻すと、尾ひれを左右に動かした。
ブロックが積み重ねられる事により作られていた神殿が音を立てて崩壊する。
青く綺麗な水は瞬く間に茶色く濁り、草が生い茂る大地にはゴポッと何とも奇妙な音を立てて水が溢れだす。
鮮やかな花が咲き誇り甘いにおいに誘われて周囲を飛び回っていた蝶が、唐突に変化した泉から逃れるようにして一斉に飛び立った。
濁った水が盛り上がり、音を立てて水中からガーゴイルが姿を現す。水中から地上へ移動した事により、呼吸を止めていたナナヤが大きく息を吐き出した。
「危なかったのだがね」
目を見開き荒い呼吸を繰り返す。
あと少し水の中にいる時間が長ければ意識を失っていた。
安堵と共に気を抜いていたナナヤが、急激に地上から遠退いている事に気がついて悲鳴を上げる。
「あわわわわわ! 高いのだがね」
勢い余って空高く舞い上がったガーゴイルに恐怖心を伝えるようにしてナナヤは、じたばたと手足を動かした。
妖精王の張り巡らせた結界に気づき、空中で一回転をするとガーゴイルは急降下を始める。
「ひぇええええ!」
何とも奇妙な声をあげながら手足を再び、じたばたと動かしたナナヤか溜め込んでいた息を一気に吐き出した。
「騒がしい奴じゃのぉ」
騒ぎ疲れて、ぐったりとするナナヤを地上に下ろすと、ガーゴイルは先程から一言も言葉を発していない国王に視線を向ける。
赤と黒を基調としたローブを身に纏い全身ずぶ濡れのまま佇んでいる国王は、水中にいるあいだ息を止めていたため乱れた呼吸を繰り返していた。国王は妖精の森のダンジョンの一つを破壊してしまったため、放心状態に陥っている。
「あぁ、ユタカが沈んでしまったのだがね」
泉を覗き込みながら、ほろほろと涙を流すナナヤはユタカが神殿と共に泉の底に沈んでしまったのだと考えていた。
嘆くナナヤの背中をガーゴイルは、つんつんと指先で突っついた。
愕然とするナナヤが視線を上げる事によって目が合った。ガーゴイルは指先を、放心状態のまま佇んでいるユタカに向ける。
赤いローブに身を包み、髪をぼさぼさにしたままの状態で力なく佇んでいるユタカに視線を向けると、ナナヤの表情が瞬く間に明るくなる。
「あぁああああ!」
嬉しそうに両手を掲げると、レアものである武器とベリーダンス衣装を地面に落としたナナヤがユタカに向かって全力で走り出した。
嬉しさのあまり我を忘れて大きく飛び上がり、立ち尽くしていたユタカに飛びつこうとしたナナヤは勢いがある。
勢い良く迫るナナヤに驚きユタカは咄嗟に足を引いてしまった。
「わっ!」
一歩足を引いた所で石に足を取られると、ユタカは体のバランスを崩す事によって姿勢を正すことも出来ないまま地面に尻餅をつく。
ナナヤの体は唐突に尻餅をついたユタカの頭上を両手、両足を伸ばしたまま弧を描くようにして見事に飛び越える。
決して悪気があったわけではなかったものの、ユタカは飛びつこうとしていたナナヤから逃れる形となってしまった。
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アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
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これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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