それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

68話 氷属性の魔法VSガーゴイル

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 神殿の出入り口を抜け透明な膜に体を包みこまれると、妖精王はヒビキの体を解放する。
「先代の国王が亡くなったのはヒビキ君が幾つの時でした?」
 過去の記憶を取り戻したヒビキに妖精王が話を振る。

「1歳の頃だったと思う」
 いきなり何を言い出すのかと疑問を抱いたヒビキが、俯かせていた顔を上げて視線を妖精王に向ける。

「そうですか。実はヒビキ君をドワーフの塔で見かけてから、ずっと考えていた事がありまして過去にヒビキ君と同じように刀に宿した炎を自由自在に操って狩りを行う人物がいたんですよね。孫のアイリスの命の恩人である彼はヒビキ君のお祖父様、先代の国王です。ヒビキ君が1歳の時に先代の国王が亡くなったのであれば、技の使い方は習っていませんよね?」
 全く予想していなかった過去の出来事を知る形となる。
 人間を嫌悪していたはずの妖精王が、人間であるヒビキに対して友好的な理由が分かった。
 それは、孫のアイリスの命の恩人である先代の国王と知り合っていたため。
 先代の国王と同じ術を使用して狩りを行うヒビキを見て懐かしさを感じていたからなのだろう。
 妖精王と先代の国王であるヒビキのお祖父様が、過去に出会っていた事実を知る者はいるのだろうか。

「随分と間抜けな顔をしていますね。半開きの口を閉じましょうか」
 唖然とするヒビキの表情を見て、妖精王は小刻みに肩を揺らして笑い出した。

「先代の国王には大変お世話になりました。アイリスが人間に捕らえられてしまって何処に囚われているのか分からず、また大切な人を失うのかと怯えて自暴自棄になって今思えば八つ当たりでしたね。当時、人間界を治めていた先代の国王に奇襲を仕掛けたのです。まぁ、見事に返り討ちにあったのですが先代の国王は私が城を攻めた理由を聞いてくれて共にアイリスを探し出してくれました」
 瞬きを繰り返したまま身動きを止めているヒビキに妖精王は尚も言葉を続ける。

「銀騎士や国民達から好かれる爽やかな青年でした。良き友人を失ったものです」
 小さなため息と共に水中を抜けた妖精王とヒビキが地に足をつける。
 泉を背にして佇む妖精王とヒビキの元へ、先に神殿を抜け出す事に成功していたサヤが駆け寄った。

「ごめんね。ユキヒラの大声に驚いて思わずヒビキ君を置いて逃げ出してしまったの。私ったら、自分の事でいっぱいで」
 サヤは表情を曇らせている。

 サヤの勢いに驚き足を引いたヒビキは苦笑する。
「大丈夫だよ」
 首を左右に振って大丈夫である事を伝える。
「勢い良く近づいたから驚かせちゃったわね。ごめんね」
 一歩二歩と足を踏み出したサヤと同じようにヒビキは一歩二歩と足を引いてみるものの、サヤの踏み出した一歩は大きく両手でヒビキの体を持ち上げると高く掲げる。



「さて、泉を結界で囲んでしまいましょうか」
 ヒビキとサヤのやり取りを眺めて、笑顔を浮かべていた妖精王が泉に視線を向ける。
 ユタカがガーゴイルから逃れて何とか神殿を抜け出して来てくれはしないかと、僅かな希望を抱いていたけれど相手は1800レベルのガーゴイル。そう簡単に隙を付いて逃げる事が出きる相手では無い。
 複雑な術式を組み合わせて強力な結界を張り巡らせるために妖精王は表情を引き締める。
 泉に向かって両手を伸ばして指先を水面に向ける。

「ちょっと待つのだがね。ユタカは?」
 しかし、ナナヤが声をかける事により、妖精王は手を止める。

「彼はガーゴイルの足止めを行うために神殿内に残りました」
 視線を泉に向けたまま妖精王はユタカが神殿内に残った事を口にする。

「ユタカは犠牲になるつもりでいるのかね?」
 ナナヤの表情が曇る。
 問いかけに対して、妖精王は答える事が出来なかった。
 ユタカは策があると言っていた。しかし、策が上手く行くかどうか分からない。
 両腕を伸ばして指先を泉に向けたまま、固まってしまった妖精王にナナヤはユタカの元へ戻る事を告げる。

「ユタカを一人で神殿内に置き去りにはしたくないのでね」
 苦笑と共にナナヤは迷うこと無く泉の中に飛び込んだ。飛び込む直前にナナヤは、自分が泉の中に飛び込んでから結界を施すようにと妖精王に指示を出していた。
 妖精王は無言のままではあったけれど、目蓋を閉じると首を縦に振る。

「ナナヤさんが再び神殿内へ戻った事が吉と出るか凶と出るか」
 先の事は結果が出てみるまで分からない。
 ゆっくりと目蓋を開くと妖精王が集中力を見せる。



 妖精王がガーゴイルを封じるために、神殿を包み込むようにして強力な結界を張り巡らせようと複雑な術式を組み合わせている頃。
 ユタカは本当にヒビキを妖精王に託して正解だったのだろうかと、今頃になって不安を抱いていた。
 妖精王は様子の可笑しいヒビキを心配して、わざわざ神殿まで後をつけて来てくれた。
 面白いことが好きだし人をからかって驚く反応を見て楽しむ素振りを見せる時もあるけれど絵本に書き記されていた妖精は、どれも悪戯好きな性格をしていた。
 妖精王は人間に対して強い憎しみと恨みを持っている事は有名な話である。
 しかし、ヒビキの事をヒビキ君と呼び何度も助ける妖精王を見て信じてみようと思った。
 少し前の自分の考えを貫き通すためにユタカは首を左右に振る事により不安な気持ちを吹き飛ばす。

 赤紫色に変色したガーゴイルに剣の先端を向けたまま、眉間にしわを寄せて表情を引き締めたユタカが頭の中を切り替える。
 我が子の事から目の前に佇んでいるガーゴイルへ。
 
「知能があれば話し合いで解決できるのにな」
 思わず本音を漏らしたユタカが、小さなため息を吐き出すと目蓋を閉じる。

 頭の中で武器の出現を唱えると右手の平と左手の平。それぞれの手の平に添うようにして2本の氷の剣が現れた。
 剣を囲むようにして無数の氷の粒が渦巻いている。
 刃先から柄へ向かって、ぐるぐると回る氷の粒は水色の光を放ち周囲を照らす。
 ユタカの足元に現れた水色の魔法陣は彼の体を身軽にする、敏捷性を高める効果があった。
 剣の出現と共に現れた赤を基調とした衣は、ユタカの体を包みこむ。
 足首まである、しなやかな赤いドレスには高級感を思わせる細かな刺繍が施されている。
 膝下まである長い黒色の上着を羽織り佇んでいる。ユタカの長い前髪は右耳に掛けられており、素顔が露わになっていた。

「やれる所までやってみるか」
 ユタカは自信が無さそうに弱々しい声を出す。
 最初から1800レベルのガーゴイルを倒す事が出来るとは思ってもいなかった。
 妖精王が神殿を強力な結界で囲み終えるまでの間、足止めが出来ればいいなと考えるユタカは妖精王の前では考えがあると口にしておきながらも、実際は初めて出会う高レベルのモンスター相手に自分の術がどのくらい通用するのか計りかねていた。

 ガーゴイルは唐突に雰囲気の変わったユタカの姿を見て警戒心を抱く。
 隙を見せること無くガーゴイルは剣の先端をユタカに向けたまま構えを取る。
 先に攻撃を仕掛けたのはユタカだった。
 右下から左上へ、左手で握りしめている剣を振り上げた。
 すると剣を纏っていた氷の粒がガーゴイルに向かって放たれる。
 ガーゴイルに息つく暇を与える気は全く無かった。立て続けに右足を軸にして体を回転させる。
 剣を横一線に振り切たユタカの右手に、しっかりと握りしめられている剣から氷の粒が放たれる。

 粒は形を形成して氷の刃に変化する。
 ガーゴイルの腕に突き刺さると思われた。
 しかし、迫り来る刃を順番に剣を四方八方に振る事により弾き返すことに成功したガーゴイルが、最後の一つは剣の側面を使ってユタカ目掛けて打ち返す。
 しかし、ユタカも負けてはいない。
 前屈みとなり床を強く蹴りつけたユタカはガーゴイルに向かって走り出す。
 迫り来る刃を右へ顔を逸らす事によって避けたユタカは大きなため息を吐き出した。

 敏捷性を著しく上げる働きを持つ術を発動中のユタカは、ガーゴイルの振り下ろした剣を足場にして刃の上から柄へ素早く移動する。
 ガーゴイルはユタカに止めを指すつもりで勢いよく剣を振り下ろしたため、姿勢を崩して大きく前のめりとなっている。
 その間にユタカはガーゴイルの腕を伝って肩の上へ移動する。
 何とか姿勢を正そうとするガーゴイルの首目掛けて左腕、右腕の順番に2つの剣を振り切った。

 二つの剣はガーゴイルの首を切断するかのように思われた。

 しかし、横目でユタカを見たガーゴイルが姿勢を崩したままの状態で二本の剣を鷲掴みにする。
 右から左へ姿勢を更に崩す事などお構い無し。腕を振ることにより、勢いをつけてユタカの体を神殿の壁へ向けて力任せに投げつける。

 一度、右手に握りしめていた剣を粒子に戻して呪文を唱える。
 パチンッと指先をならしたユタカの行動はガーゴイルを酷く驚かせた。

 ガーゴイルの体を囲むようにして漂っていた無数の氷の粒が爆発。
 ガーゴイルの腕や肩を凍らせる。

 防御をとるよりも攻撃を優先したユタカの体は、無抵抗のまま激しく壁に叩きつけられた。

 背骨が軋む間隔と脳を強引に揺すぶられる間隔に苛まれてユタカは、たまらずに音を上げる。
 ユタカの体が重力に従って地面に打ち付けられる。

 予想以上の衝撃を受けて力なく倒れたユタカは気力を振り絞る。床に両腕と両膝を付き四つん這いになりながらも何とか立ち上がろうとした。しかし、ガーゴイルは待ってはくれない。呪文を唱えると炎の塊がユタカ目掛けて打ち付けられる。

 咄嗟に防御壁を張りながら空中へ飛び上がったユタカは飛行術を発動する。右手に添うようにして剣が現れてユタカに向かって放たれた炎の塊を1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つと二つの剣で順番に切り裂いていく。

 体を横に一回転させて7つ、8つ、9つと炎の塊を切り裂いたユタカが右手の剣を、またもや粒子に変えると左から右へ右手をスライドさせる。

 瞬く間にユタカの目の前に沢山の氷の刃が出現する。
 握りしめていた手を開き、人差し指を勢いよくガーゴイルに向けるとユタカの合図と共に氷の刃が放たれた。

 しかし、ガーゴイルはユタカの攻撃を剣を振るって凪ぎ払うと勢いのままに跳ね返す。

 顔を真っ青にしながら跳ね返された刃を右へ左へ小躍りをする事により避けている間に、ガーゴイルが目の前に迫っていた。
 力任せに振り下ろされた剣はユタカの、すぐ目の前を通過する。
 一歩足を引いたものの剣の先端が僅かに皮膚に触れる事によって腕に切り傷をつける。
 腕から流れ出す血を気にした様子もなくユタカは力任せに剣を振り切った。
 腹部に目掛けて放たれた物理攻撃は、ガーゴイルの隙をつくことに成功した。
 しかし、ユタカの放った鋭い攻撃は、ガーゴイルの振り上げた剣に直撃する事によって弾き返されてしまう。
 剣を強く弾き返された反動で宙に浮いてしまった体は、大きくバランスを崩している。後方宙返りを行う事により姿勢を正して地面に着地をしたユタカは安堵する。

「一体、何が起こっているのだね?」
 今、この場にいるはずのない人物の声が聞こえて、ユタカは驚きと共に背後を振り向いた。
 ほんの一瞬だけ出来たユタカの隙をガーゴイルは見逃さなかった。

「危ないのだがね!」
 瞬く間にユタカの背後に迫ったガーゴイルを視界に入れてナナヤが大声を張り上げる。
 声に反応をしたユタカが剣を頭上に振り上げることで、振り下ろされた巨大な剣を弾き返す。
 続けてガーゴイルに目掛けて左手で握りしめている剣を振るうと、剣の先端がガーゴイルの腹部を掠めた。

 傷口が、パキパキと音を立てて凍りつく。
 
 ガーゴイルに攻撃の隙を与えてはいけない。体を横に一回転させて剣をふる。ユタカが氷の粒をガーゴイルに向け放った所で、ナナヤが顔面蒼白のまま足音を立てないように足を引き後ずさりをする。

「なぜ妖精界に国王がいるのだね?」
 小さな声で独り言を呟いた。

「ユタカの姿が見えないのだがね」
 サヤに何度も渡しそびれているベリーダンス衣装を両手に抱え込んだまま、周囲を見渡したナナヤは不安にかられる。
 
 柱の影に身を隠して、顔を覗かせて様子を伺っている。
 人間界を統べる王様が何故、人間界から遠く離れた妖精界にいるのか理由は分からない。
 人間界では感情の欠落した無慈悲な人と、人々に悪いイメージを与えている国王は、噂通り感情が欠落しているのか1800レベルのガーゴイル相手に恐れを抱くことなく立ち向かっている。
 現国王は、あまり感情を表に出さない人だと聞いていたナナヤが身振いする。
「想像通りの人物だがね」
 小声で呟いた。

 

 柱の影に身を隠したナナヤが、ガーゴイルだけではなく国王として振る舞うユタカ相手に対しても警戒心を抱いていることに気づいたユタカは苦笑する。
 集中するユタカの耳にはナナヤの独り言が、しっかりと入り込んでいた。
 
 何故、妖精界に国王がいるのだがねと呟いたナナヤに身元を知られたと、ほんの一瞬だけ不安が過った。
 しかし、ユタカの姿が見えないのだがねと、言葉を続けたナナヤがユタカと国王を結びつけていない事を知る事になる。

 ガーゴイルの放った炎を避けるために、大きく飛び上がり空中で後方宙返りを行ったユタカが床に着地。直ぐに後退すると、ユタカが一度目に着地した場所に巨大な剣が突き刺さる。


 ユタカが指をならすと先程、放った氷の粒が爆発。大量の水が空中に出来上がる。
 水に向かって素早く左手で握りしめていた剣を投げつけ
「氷結」
 氷属性の魔法を唱えると突然、剣の先から白い靄が出現し始めた。
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