それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

65話 ガーゴイルVSユタカ

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 浅く早い呼吸を繰り返しながらユタカが神殿内を駆け抜ける。
 走るユタカに狙いを定めて何度も何度も泥を投げつけるガーゴイルの魔法属性は土。
 足を狙って投げつけられた泥を、高く飛び上がることで避けたユタカが勢いのまま空中で一回転をする。

 両腕を掲げて床に着地。
 よしっと独り言を呟いたユタカが笑顔を見せる。
「ヒビキ君から手を放してしまっていますね」
 ガーゴイルに追われるユタカとヒビキを、呑気に眺めていた人物が呟いた。
 


 白い羽を羽ばたかせるたびに舞う緑色の小さな光の粒は妖精王の体を取り囲んでいる。
 走るユタカの頭上を優雅に飛んでいる妖精王は、支えを失って地面に頭から打ち付けられようとしているヒビキの体を防御魔法を発動する事により助け出した。
 
 透明な膜がヒビキの体を囲むようにして包み込む。
「あ、ありがとう」
 ヒビキの体から手を離してしまった事に気づき顔面蒼白のまま辺りを見渡していたユタカが安堵する。
 
「貸し一つですよ」
 冗談を交えてクスクスと笑いながら答えた妖精王に対して、ユタカは真面目な顔をして頷いた。
「うん、借りは必ず返すよ」
 ユタカは真剣な目差しを向ける。
 妖精王が冗談のつもりで言った言葉を真剣に受け止めた。



 ヒビキの体を纏っている透明な膜は妖精王の指先の動きによって操作する事が出来るようで、ヒビキに向かって真っすぐ伸ばしていた腕を引く事により透明な膜が宙に浮かぶ。
 地面に向けていた人差し指を天井に向けて振り上げれば、瞬く間にヒビキの体を包み込んでいる透明な膜が妖精王の元へ向かって移動する。

 妖精王が何の合図も無しに膜を動かしたため、大きく揺れた膜の中でヒビキが尻餅を付き転がった。



「ガーゴイルは900レベル。神殿内に出現するガーゴイルのレベルは300~500に設定したのですが」
 ヒビキを纏った透明な膜を指先を動かす事により操作。そのたびに、ごろんごろんとヒビキが転がっている事に気づいているのだろうか。
 ガーゴイルに視線を向けたまま独り言を呟いた妖精王がヒビキに視線を移す。ぐるぐると目を回しているヒビキの姿があり、ここでやっとヒビキの姿を呆然と見つめた妖精王が苦笑する。

 どうやら、妖精王はヒビキが術の中で転がっていた事に気づいてはいなかったようで、大きなため息を吐き出した。

 妖精王の視線がヒビキに向いた事により、ユタカの後を追いかけていたはずのガーゴイルが妖精王に向かって攻撃を仕掛け初める。
 突然の攻撃に驚き慌てる妖精王とは違って、防御魔法に体を包み込まれているヒビキは呑気にガーゴイルの観察を行っていた。

 妖精王のイメージしたガーゴイルは言葉では表現しづらいほど奇妙な造形をしていた。
 例えるなら様々な種族が合体、角や羽や尻尾や尖った耳を持つ怪物。ゴゴゴゴゴゴと地響きを立てながら高速回転。泥を投げつけたガーゴイルの突然の攻撃に驚き妖精王は身構える。

 
 ヒビキを肩に担いで走っていたため、体力を激しく消耗しているユタカは乱れた呼吸を繰り返していた。ガーゴイルのターゲットが妖精王に移ったため、少しだけではあるものの余裕を取り戻したユタカが背後を振り向いた。
 ガーゴイルに襲われている妖精王を確認する。

「あなたの相手は、あっちですよ」
 泥のかたまりを右へ左へ体を動かすことによって避けた妖精王がユタカを指さした。
 ガーゴイルをユタカにけしかける。

「ちょっと! ガーゴイルを、こっちに仕向けないでよ」
 ユタカが両手を掲げて妖精王に向かって叫ぶ。
 
 クスクスと肩を震わせて笑っている妖精王は状況を楽しんでいるようで、素早く身を翻すと向かってくる泥を軽やかに避ける。
 ヒビキに目掛けて投げつけられた泥は透明な膜に直撃。防御魔法に弾かれる事によってガーゴイル目がけて跳ね返った。



「俺のことは助けてくれるけど、ユタカの事は助けてはくれないのか?」
 妖精王はガーゴイルに追われているユタカを助けるどころか、ガーゴイルがユタカの元へ向かうように悪びれた様子も無くけしかけた。
 疑問を抱くヒビキが問いかける。
「はい」
 妖精王はユタカを助ける気は全く無いようで、笑顔で首を縦に振る。即答だった。


 妖精王はユタカが氷属性の魔法を扱う事を知っていた。氷属性の魔法の中でも範囲攻撃魔法である氷柱はとても強力で、ガーゴイルを倒す事は容易いだろう。
 レベルを封印されているとは言え、ユタカが扱う事の出来る氷柱魔法は森の一部を破壊してしまう程の威力を持っている事を知っているから妖精王はガーゴイルをユタカにけしかけた。
 しかし、ユタカは氷属性の魔法を使う気は全く無い。

 剣を手に取り構えをとるユタカは大きく息を吐き出した。ガーゴイルと向きあって鋭い視線を向ける。
「よし」
 しっかりと両手で剣を握りしめて構えたユタカに妖精王が視線を向ける。
 何故、ユタカは氷属性の氷柱魔法を使わないのか疑問を抱いた妖精王の表情から笑みが消えた。


 大きく息を吸い込んだユタカの目の前で、ガーゴイルが口を開くとパシュッパシュッと奇妙な音を立てながら、手のひらサイズの泥の塊を幾つも吐き出した。
「気を付けてください」
 単なる泥の塊では無い事を伝えるために、妖精王がユタカに声をかける。

「うん」
 小さく頷いたユタカの目の前で、泥は三日月型の刃に変化する。
 一つ目の刃は空中に飛び上がる事により避ける。
 地面に打ち付けられた刃は、爆発と共に爆風を巻き起こし砕け散った。

 二つ目の刃を空中で宙返りを行ったユタカが避けると二つ目は地面に突き刺さる。
「爆発しないのか」
 一つ目は爆発をした。しかし二つ目は爆発しない。
「流石、900レベル」
 ぽつりと独り言を漏らしたユタカが3つ目の刃に足をかけ飛び上がる。
 4つ目は飛び越えて5つ目に足をかけて大きく飛び上がるとガーゴイルの頭の上に着地。
 剣をガーゴイルの頭に突き刺そうとした。

 しかし、900レベルのガーゴイルは易々とは倒されてはくれない。
 青白い防御壁がガーゴイルを包み込むようにして出現すると、ユタカの差し出した剣を弾き飛ばす。

 がむしゃらに剣を振り回した所で勝てるような相手ではない事を悟ったユタカが後方宙返りを行うとガーゴイルの上から飛びのいた。
 
「さぁ、どうします? 魔法を使わなければ勝てそうにありませんね」
 呑気に見物を決め込んでいる妖精王の問いかけに対して、素早く身を翻す。ガーゴイルから逃げ始めたユタカが声を張り上げる。

「見てないで助けてよ!」
 頬を膨らましてはいるものの、フードを被っているため妖精王がユタカの表情を確認する事は出来ない。
 しかし、口調や態度から表情を予想した妖精王が、あはははははと声を上げて笑い出す。

「諦めるのが早くは無いですか?」
 クスクスと肩を震わせている妖精王にヒビキは、疑念を抱いていた。
 900レベルもあるガーゴイル相手に、ユタカが勝てるはずがない。術を発動したところで、人間の使う術など大したものでは無いだろうと考えていた。
「俺もユタカと共にガーゴイルと戦う」
 ユタカに対して冷たい態度をとる妖精王に、ヒビキは透明な膜から解放してもらう事を望んだ。

 ヒビキの言葉を耳にしたユタカが、目の前に迫った柱に向かって助走する。このまま逃げていてはヒビキがガーゴイルと戦うために防御魔法を抜け出してきてしまう。ヒビキを巻き込みたくない。その一心でユタカは地面を蹴りつけ、柱を蹴り後方宙返りを行った。

 勢いのままガーゴイルの頭上を飛び越える。

 ガーゴイルの背後に着地をすると、両手を真っすぐ伸ばして気合いを込める。
「結界!」
 ガーゴイルを結界で囲んでしまおうと考えたようで、術を発動しようとした。
 しかし、人間界から魔界へ移動するためのゲートを封じるために、既に強力な結界を張り巡らせているユタカは術の発動を失敗してしまう。

「あぁあああ、やっぱり失敗した!」
 術の発動が失敗する事は予想していたとはいえ、やはり実際に失敗をするとショックである。ゴゴゴゴゴと音を立てながらガーゴイルがユタカのいる方向へ向き直り地響きを立てながら移動をし始めると、ユタカが走って来た道を逆走し始める。
 
「見ていて飽きませんね」
 ユタカの後を追いかけるために向きを変えた妖精王が、クスクスと肩を震わせながら呟いた。
 ガーゴイルに追い回されて逃げ回っているユタカを妖精王は助ける気がないようで、呑気に見物を決め込んでいる。

 
 明らかにユタカは体力を消耗している。
 しかし、ユタカが氷属性の術を発動すると森の一部を破壊する程の攻撃を与える事が出来ると、妖精王は知っているため手を出そうとは考えていなかった。

 剣ではガーゴイルにダメージを与えることが出来ない。結界を使ってガーゴイルを封じようとしたけれど、術の発動は失敗した。
 このまま逃げ続けていても、きっと体力が尽きてガーゴイルに踏み潰されるか攻撃魔法を受けることになるだろう。

 ユタカが何やら呪文を唱えると、足元に水色の魔法陣が出現する。
 魔法陣からあふれ出す小さな水色の粒子がユタカの体を包みこむと、ヒビキが観察を始める。

「初めて見る魔法陣だ」
 宙に浮かぶユタカが両手を伸ばすと大きく深呼吸をする。

「分かったよ。術を使うよ。その前に、術を使ったら神殿を破壊する事になるから、神殿内の妖精達を外へ逃してあげてよ。術を使うのは本当に久しぶりだから加減が出来そうにないしさぁ」
 
 水色の粒子が次から次へと出現することにより、少しずつ神殿内に広がっていく。
 空中に浮かんだまま、目蓋を閉じて剣の出現を唱えようとしていたユタカに
「ちょっと待ってください。神殿を破壊されては困ります」
 妖精王は焦ったように早い口調で声をかける。その表情は強ばっていた。
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