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ヒビキの奪還編
64話 ヒビキの記憶
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6日が経過したにも拘わらず、全く元の姿に戻る気配のないヒビキを心配して妖精王が朝早くからヒビキ達の泊まっている宿を訪ねて来た。
「困りましたね」
ぽつりと独り言を呟いた妖精王は、何故ヒビキが元の姿に戻らないのか理由が分からずにいる。
ヒビキに掛けた術は2、3日もすれば封印していた記憶と共に元の姿に戻る予定だった。
しかし、6日経過してもなおヒビキは幼いままの姿を保っている。
記憶も戻っている様子がない。
宿の中に足を踏み入れるユタカとヒビキの背中を見送っていた妖精王が、小さなため息を吐き出たした。
羽を広げて、ふわりと宙に浮かぶ。
空に飛び上がった妖精王は宿を後にした。
ヒビキを連れて寝室に戻ったユタカは、神殿に向かう事をユキヒラに告げる。
「神殿に向かうのぉ? 別にいいけどぉ」
おっとりとした口調で呟いたユキヒラから、神殿に向かう許可がおりた。
「有難う、行ってくるね」
ユキヒラから神殿に向かう許可を取り、深々と頭を下げたユタカに続いてヒビキが真似るようにして深々と頭を下げる。
テーブルの上に並んだ果実は色とりどり。黒い果実は苦味があり、青い果実は味がない。赤い果実は辛かったと思う。
その3つを口に含んで、もぐもぐと口を動かすユキヒラに対してユタカは味覚が無いのかなと疑問に思う。
「君には味覚がないのかい?」
黒い果実を食べようとして激しく咳き込んだ経験を持つユタカが、果実を口に含んでいるユキヒラに問いかける。
赤い果実は以前ヒビキが口に含んで、その辛さからしばらく身動きを取る事が出来なかった。
そんなヒビキの姿を知っているから、ユタカは渋い表情を浮かべている。
「黒い果実は苦いでしょう? それに、赤い果実は辛いでしょう?」
テーブルの上に並んだ色とりどりの果実、虹色の果実と黄色の果実は人の口に合わせて作られているため美味しいけれど、その他の色の果実は味に癖がある。
果実を口に含むユキヒラに対してユタカは首を傾けた。
「確かに黒い果実は苦いし赤い果実は辛いけど、耐えられない程ってわけでもないからねぇ」
おっとりとした口調で呟いたユキヒラが皿の上に乗った果実を全て平らげてしまう。
スプーンを皿の上に戻したユキヒラは、小さなため息を吐き出した。
おっとりとした口調で話していたユキヒラだけど、その表情は険しく鋭い視線をヒビキに向けている。
鋭い視線を受けている事に気づいたヒビキが、ユタカに向けていた視線をユキヒラに向けると、すぐに驚きと共に大きく肩を揺らす。
一歩、二歩と後退をするとユタカの背後に隠れてしまう。
ユタカの背後から顔だけを覗かせているヒビキの態度にサヤが、はしゃぎ声を上げている。
可愛い何て声も聞こえているのだけど、ユキヒラは鋭い視線をヒビキから外そうとはしない。
ヒビキもユタカの背後に隠れてはいるもののユキヒラから視線を逸らそうとはせずに、互いに見つめ合っている。
「ねぇ、一体いつ戻るの?」
淡々とした口調で呟かれた言葉はユキヒラのもの、視線は真っすぐヒビキに向けられていた。
ヒビキに対して問いかける。
しかし、ユキヒラに対して返事をしたのはユタカだった。
「僕にも分からないよ。ヒビキにかかっている何らかの術が解けると元に戻るとおもうんだけど一体いつ術を受けたのか、誰がヒビキに術を掛けたのか分からない状態だからさぁ」
ユタカはユキヒラに、ヒビキの体が若返ってしまった理由を伝えてはいなかった。
首を左右に動かして、分からないと答えたユタカはユキヒラにヒビキが若返ってしまった理由を伝えるつもりは全くないようで結局、答えを貰う事の出来なかったユキヒラは大きなため息を吐き出した。
小柄なヒビキを極力視界にいれないようにしながら日々を過ごしてきたユキヒラが、6日経っても一向に戻る気配のないヒビキに対してしびれを切らした。
眉間にしわを寄せているユキヒラの、すぐ隣ではサヤが両手を胸元の高さまで上げて指先を動かしている。
幼くなってしまっヒビキに触れたい気持ちと、ヒビキに鋭い視線を向けるユキヒラに対して怖いと思う気持ちが同時に押し寄せてきているようで戸惑っているらしい。
「ユキヒラに許可を貰ったし、神殿に向かおうか?」
サヤの反応に苦笑しながら、ユタカがヒビキに問いかける。
ヒビキもサヤを気にしつつも、サヤから視線を外して頷いた。
「うん」
グイグイとユタカの服の裾を引っ張るヒビキは早く寝室から逃げ出したいと思っているようで、ユタカを急かし始める。
幼い姿に戻ってしまったヒビキに対してのユキヒラの態度はあまり良いものでは無くて、ヒビキはユキヒラに対して恐怖心を抱いていた。
「分かった、分かったから」
ヒビキの態度にユタカが苦笑する。
サヤがクスクスと笑みを浮かべて笑っている。
ナナヤが神殿に向かうためにユタカとヒビキの後を追おうとした。
「ちょっと待って、君にはここに残ってもらうよぉ。買出しに行くから男手が必要になるからねぇ。ひ弱そうなユタカや、子供のヒビキは当てにならないから来てくれるよねぇ?」
嫌とは言わせない雰囲気に、ナナヤは渋々と首を縦に振るかと思っていれば予想外。
「任せなさい」
立派なひげを指先でなぞりながら、任せなさいと胸を張る。
ナナヤは頼ってもらえる事が嬉しかったようで頬を綻ばせている。
「それでは、夕方この部屋に集合だね!」
大きく右手を掲げて左右に振るユタカに対して、サヤが笑顔で手を振り返している。
ナナヤは自慢の髭を指先で何度もなぞりながら、ユタカとヒビキを見送っていた。
背後でパタンと扉の閉まる音がした。
音のした方向に視線を向けると、ユタカがドアノブから手を放す所だった。
ゆっくりとした足取りで足を進め始めたユタカの表情は、フードが顔を覆い隠しているため読みとる事は出来ない。
呆然とユタカを見上げていると
「ん?」
視線に気づいたのか首を傾ける姿があった。
実は体が縮んでしまってから2、3日が経過した頃には既に記憶はよみがえっていた。
自分が妖精の森に足を踏み入れた経緯を理解している状況の中で、記憶が戻った事をユタカに報告するべきか黙っておくべきか悩んでいた。
6日間、神殿に通って気づいた事がある。
ユタカは武術や剣術を使って狩りを行っているけれど、魔術を発動しようとはしない事。
そして、どれだけオーガを倒しても6日間、ユタカの体が光に包まれる事は一度も無かった。
つまり、ユタカはレベルアップを全くしていないわけで、剣を教わってはいるものの正体不明のユタカに対して疑念を抱く。
「なんでもない」
首を傾けたユタカに対して、なんでもないと首を左右に動かして返事をする。
「そっか」
ぽつりと呟いたユタカは、目の前に現れた階段を一気に駆け下りる。
ヒビキは体が縮んだ事により足が短くなってしまって一歩一歩の歩幅も小さいため、狐面の力を借りて移動速度を上げる。
階段の手すりに飛び乗って、蹴りつけると体が空中に浮かび一回転。
地面に着地をすると、前方を走るユタカの後を追う。
宿泊客の間を抜けて外へ飛び出すと、急に足を止めたユタカの背中に激突。
ぐぇと声を上げたユタカを突き飛ばす。
「ごめんなさい」
一歩足を踏み出すことにより体の重心を移動して何とか踏みとどまったユタカに向かって、急いで深々と頭を下げる。
「急に立ち止まっちゃって、ごめんね」
ユタカの背中に勢い良く頭突きをしてしまったため、額を両手で抱え込むヒビキの反応を目にしたユタカが苦笑する。
「今から神殿に向かってガーゴイルを探すけど、もしもガーゴイルのレベルが高かったら急いで逃げる事。分かった?」
咳払いをして人差し指をヒビキの腹部に突き付けたユタカが首を傾ける。
フードで顔を覆い隠しているため表情を確認する事は出来ないけれど、きっと真剣な眼差しを浮かべているだろう。
「うん。分かった」
小さく頷いて返事をするとユタカは安堵する。
「よし、先へ進むよ」
素早く身を翻して走り出したユタカの行動に驚き、出遅れはしたもののヒビキも後を追うようにして走り出す。
過去にも今と同じように走る人の後を必死に追いかけた事がある。
相手はユタカではなく父だったけど、妖精王の術にかかり体が縮んでしまってから思い出した記憶の中に、父と共に城を抜け出して狩りに出かけていた思い出があった。
氷属性を持つ父は二刀流の剣士。
剣を振るうだけでは無くて時にはモンスターに蹴りを入れたり肘を打ち付けたりする父の戦い方に憧れて、モンスターとの戦い方を自ら教わった事を思い出した。父は無表情ではあったものの、嫌とは言わずに積極的に戦い方を教えてくれた。
岩や木を足場にして空中に飛び上がりモンスターに蹴りを決める父の姿を真似ようと思ったのは、何歳の頃だったのだろうか。4歳か5歳の頃だったと思う。自分の身を守るために防御壁の張りかたも、しっかりと教えて貰っていた。
泉に向かって勢いよく飛び込んだユタカの後に続き、泉の中に飛び込むと体を透明な膜に覆われる。
透明な膜は妖精王の術により、神殿の出入り口に向かって進む。
膜の周りを沢山の魚が泳ぐ。
青や、赤や、緑色。
他にも虹色や水玉模様の魚が泳いでおり、周囲を見渡していると遠くから巨大な魚が向かってくる。
のっぺりとした顔をする巨大な魚の大きさに驚き、咄嗟に後退りしようとしたヒビキが足を躓かせて尻もちをつく。妖精界に来てヒビキと言葉を交わすようになって、意外な一面を沢山見ることになりユタカは尻餅を付いたヒビキを見て、けたけたと笑いだした。
しかし、笑うユタカの背後から更に大きな魚が姿をあらわすと透明な膜すれすれを通過した大きな魚に驚きユタカの笑い声がやむ。
胸元を押さえて、その場にしゃがみこんだユタカが
「び、びっくりした」
顔を俯かせながら呟くから思わず吹き出して笑ってしまったんだけど、巨大な魚に驚かされているうちに神殿の出入り口に到着。
建物内に入り込むと透明な膜が音を立てて割れる。
朝早い時間帯だと言うのに神殿内は多くの妖精達で賑わっていた。
神殿の出入り口にはレベルの低いオーガが集まっており、狩りを行っている妖精達の年齢層も若い。
子供達がオーガを相手に剣や弓を取り戦っている。
「僕達は奥へ進むよ」
周辺でオーガと共に戦っている子供達を眺めていたヒビキにユタカが声をかけた。
「うん」
床に尻もちをついたままの状態で頷き、ゆっくりと腰を上げる。
神殿の奥へ向かって足を進め始めたユタカの後を、ヒビキは慌てて追いかける。
「人間の子供がいるよ」
狩りを行っている子供達がヒビキを指差した。
子供達の声を気にする事も無く、オーガの間を通り過ぎて奥へ進むために突き進む。少しずつ周囲で狩りを行っている妖精達の年齢層も上がって行く。
さらに奥へ足を進めると少しずつ狩りを行っている冒険者の数も少なくなり始める。
100レベル前後のオーガが周囲をうろつき始めた。
昨日までは、ここで狩りを行っていたけど今日の目的はガーゴイルであるため足を止める事なく神殿の奥へ向かって突き進む。
相手にする気はなかったんだけど、嬉しそうに飛び掛かってくるオーガを刀を出現させ振るう事によりいなす。
ユタカが剣を振るう事でかわし、少しずつ歩くスピードを速めていく。
ユタカが走り出す事により、ヒビキは置いて行かれないようにと考えて狐面の力をかりて後を追いかけ始める。
周囲に人の気配は無い。
周りをうろついているオーガはレベル150前後。
なんだか、周囲が薄暗くなったように思える。
150レベル前後のオーガは、此方から攻撃を仕掛けなければ襲い掛かってはこないようで大人しい。
少しずつユタカの移動速度が上がって行く。
佇んでいるオーガ達の間を抜けて地面を蹴りつけて空中に飛び上がる。
横一列に並んだオーガの頭上を飛び越えて、空中で一回転。
先を行くユタカの真似をして着地をする。
無事にオーガの頭上を飛び越える事が出来たため安堵する。
大きく息を吐き出した途端。
「あ」
ユタカが小さな声を漏らす。
「見つけちゃった」
足音を立てる事無く、足を止めたユタカが本当に小さな声で呟いた。
出来るだけ音を立てないようにユタカが後ずさる。
巨体を持つガーゴイルのレベルは900。
予想していたよりも遥かにレベルの高いガーゴイルを見つけてしまった。ここは、見つかる前に立ち去るべきである。幼い姿のヒビキを危険に巻き込むわけにはいかないと考えたユタカが背後を振り向いた途端。
「ぐぇっ!」
ヒビキは狐面の力を借りて敏捷性を著しく上げていたから、咄嗟に立ち止まる事が出来なかった。
ヒビキがユタカの腹部に頭突きを決めたため、衝撃と共に何とも間抜けな声を上げたユタカが背中から床に倒れこむ。
「ご、ごめんなさい!」
ユタカにヒビキが頭突きを与えるのは、これで3回目。仰向けに倒れ込んだユタカに向かってヒビキは勢い良く頭を下げた。
しかし、呑気に頭を下げている場合ではなかった。
「わっ、こっちに来てる。こっちに来てるよ!」
慌てふためきながらゴロンと体を転がして、地面に両手と両膝をついたユタカが大声を張り上げる。
勢いよく立ち上がったユタカは深々と頭を下げているヒビキの腹部に腕を回して肩に担ぐ、あわてふためくユタカが全速力で走り出した。
「困りましたね」
ぽつりと独り言を呟いた妖精王は、何故ヒビキが元の姿に戻らないのか理由が分からずにいる。
ヒビキに掛けた術は2、3日もすれば封印していた記憶と共に元の姿に戻る予定だった。
しかし、6日経過してもなおヒビキは幼いままの姿を保っている。
記憶も戻っている様子がない。
宿の中に足を踏み入れるユタカとヒビキの背中を見送っていた妖精王が、小さなため息を吐き出たした。
羽を広げて、ふわりと宙に浮かぶ。
空に飛び上がった妖精王は宿を後にした。
ヒビキを連れて寝室に戻ったユタカは、神殿に向かう事をユキヒラに告げる。
「神殿に向かうのぉ? 別にいいけどぉ」
おっとりとした口調で呟いたユキヒラから、神殿に向かう許可がおりた。
「有難う、行ってくるね」
ユキヒラから神殿に向かう許可を取り、深々と頭を下げたユタカに続いてヒビキが真似るようにして深々と頭を下げる。
テーブルの上に並んだ果実は色とりどり。黒い果実は苦味があり、青い果実は味がない。赤い果実は辛かったと思う。
その3つを口に含んで、もぐもぐと口を動かすユキヒラに対してユタカは味覚が無いのかなと疑問に思う。
「君には味覚がないのかい?」
黒い果実を食べようとして激しく咳き込んだ経験を持つユタカが、果実を口に含んでいるユキヒラに問いかける。
赤い果実は以前ヒビキが口に含んで、その辛さからしばらく身動きを取る事が出来なかった。
そんなヒビキの姿を知っているから、ユタカは渋い表情を浮かべている。
「黒い果実は苦いでしょう? それに、赤い果実は辛いでしょう?」
テーブルの上に並んだ色とりどりの果実、虹色の果実と黄色の果実は人の口に合わせて作られているため美味しいけれど、その他の色の果実は味に癖がある。
果実を口に含むユキヒラに対してユタカは首を傾けた。
「確かに黒い果実は苦いし赤い果実は辛いけど、耐えられない程ってわけでもないからねぇ」
おっとりとした口調で呟いたユキヒラが皿の上に乗った果実を全て平らげてしまう。
スプーンを皿の上に戻したユキヒラは、小さなため息を吐き出した。
おっとりとした口調で話していたユキヒラだけど、その表情は険しく鋭い視線をヒビキに向けている。
鋭い視線を受けている事に気づいたヒビキが、ユタカに向けていた視線をユキヒラに向けると、すぐに驚きと共に大きく肩を揺らす。
一歩、二歩と後退をするとユタカの背後に隠れてしまう。
ユタカの背後から顔だけを覗かせているヒビキの態度にサヤが、はしゃぎ声を上げている。
可愛い何て声も聞こえているのだけど、ユキヒラは鋭い視線をヒビキから外そうとはしない。
ヒビキもユタカの背後に隠れてはいるもののユキヒラから視線を逸らそうとはせずに、互いに見つめ合っている。
「ねぇ、一体いつ戻るの?」
淡々とした口調で呟かれた言葉はユキヒラのもの、視線は真っすぐヒビキに向けられていた。
ヒビキに対して問いかける。
しかし、ユキヒラに対して返事をしたのはユタカだった。
「僕にも分からないよ。ヒビキにかかっている何らかの術が解けると元に戻るとおもうんだけど一体いつ術を受けたのか、誰がヒビキに術を掛けたのか分からない状態だからさぁ」
ユタカはユキヒラに、ヒビキの体が若返ってしまった理由を伝えてはいなかった。
首を左右に動かして、分からないと答えたユタカはユキヒラにヒビキが若返ってしまった理由を伝えるつもりは全くないようで結局、答えを貰う事の出来なかったユキヒラは大きなため息を吐き出した。
小柄なヒビキを極力視界にいれないようにしながら日々を過ごしてきたユキヒラが、6日経っても一向に戻る気配のないヒビキに対してしびれを切らした。
眉間にしわを寄せているユキヒラの、すぐ隣ではサヤが両手を胸元の高さまで上げて指先を動かしている。
幼くなってしまっヒビキに触れたい気持ちと、ヒビキに鋭い視線を向けるユキヒラに対して怖いと思う気持ちが同時に押し寄せてきているようで戸惑っているらしい。
「ユキヒラに許可を貰ったし、神殿に向かおうか?」
サヤの反応に苦笑しながら、ユタカがヒビキに問いかける。
ヒビキもサヤを気にしつつも、サヤから視線を外して頷いた。
「うん」
グイグイとユタカの服の裾を引っ張るヒビキは早く寝室から逃げ出したいと思っているようで、ユタカを急かし始める。
幼い姿に戻ってしまったヒビキに対してのユキヒラの態度はあまり良いものでは無くて、ヒビキはユキヒラに対して恐怖心を抱いていた。
「分かった、分かったから」
ヒビキの態度にユタカが苦笑する。
サヤがクスクスと笑みを浮かべて笑っている。
ナナヤが神殿に向かうためにユタカとヒビキの後を追おうとした。
「ちょっと待って、君にはここに残ってもらうよぉ。買出しに行くから男手が必要になるからねぇ。ひ弱そうなユタカや、子供のヒビキは当てにならないから来てくれるよねぇ?」
嫌とは言わせない雰囲気に、ナナヤは渋々と首を縦に振るかと思っていれば予想外。
「任せなさい」
立派なひげを指先でなぞりながら、任せなさいと胸を張る。
ナナヤは頼ってもらえる事が嬉しかったようで頬を綻ばせている。
「それでは、夕方この部屋に集合だね!」
大きく右手を掲げて左右に振るユタカに対して、サヤが笑顔で手を振り返している。
ナナヤは自慢の髭を指先で何度もなぞりながら、ユタカとヒビキを見送っていた。
背後でパタンと扉の閉まる音がした。
音のした方向に視線を向けると、ユタカがドアノブから手を放す所だった。
ゆっくりとした足取りで足を進め始めたユタカの表情は、フードが顔を覆い隠しているため読みとる事は出来ない。
呆然とユタカを見上げていると
「ん?」
視線に気づいたのか首を傾ける姿があった。
実は体が縮んでしまってから2、3日が経過した頃には既に記憶はよみがえっていた。
自分が妖精の森に足を踏み入れた経緯を理解している状況の中で、記憶が戻った事をユタカに報告するべきか黙っておくべきか悩んでいた。
6日間、神殿に通って気づいた事がある。
ユタカは武術や剣術を使って狩りを行っているけれど、魔術を発動しようとはしない事。
そして、どれだけオーガを倒しても6日間、ユタカの体が光に包まれる事は一度も無かった。
つまり、ユタカはレベルアップを全くしていないわけで、剣を教わってはいるものの正体不明のユタカに対して疑念を抱く。
「なんでもない」
首を傾けたユタカに対して、なんでもないと首を左右に動かして返事をする。
「そっか」
ぽつりと呟いたユタカは、目の前に現れた階段を一気に駆け下りる。
ヒビキは体が縮んだ事により足が短くなってしまって一歩一歩の歩幅も小さいため、狐面の力を借りて移動速度を上げる。
階段の手すりに飛び乗って、蹴りつけると体が空中に浮かび一回転。
地面に着地をすると、前方を走るユタカの後を追う。
宿泊客の間を抜けて外へ飛び出すと、急に足を止めたユタカの背中に激突。
ぐぇと声を上げたユタカを突き飛ばす。
「ごめんなさい」
一歩足を踏み出すことにより体の重心を移動して何とか踏みとどまったユタカに向かって、急いで深々と頭を下げる。
「急に立ち止まっちゃって、ごめんね」
ユタカの背中に勢い良く頭突きをしてしまったため、額を両手で抱え込むヒビキの反応を目にしたユタカが苦笑する。
「今から神殿に向かってガーゴイルを探すけど、もしもガーゴイルのレベルが高かったら急いで逃げる事。分かった?」
咳払いをして人差し指をヒビキの腹部に突き付けたユタカが首を傾ける。
フードで顔を覆い隠しているため表情を確認する事は出来ないけれど、きっと真剣な眼差しを浮かべているだろう。
「うん。分かった」
小さく頷いて返事をするとユタカは安堵する。
「よし、先へ進むよ」
素早く身を翻して走り出したユタカの行動に驚き、出遅れはしたもののヒビキも後を追うようにして走り出す。
過去にも今と同じように走る人の後を必死に追いかけた事がある。
相手はユタカではなく父だったけど、妖精王の術にかかり体が縮んでしまってから思い出した記憶の中に、父と共に城を抜け出して狩りに出かけていた思い出があった。
氷属性を持つ父は二刀流の剣士。
剣を振るうだけでは無くて時にはモンスターに蹴りを入れたり肘を打ち付けたりする父の戦い方に憧れて、モンスターとの戦い方を自ら教わった事を思い出した。父は無表情ではあったものの、嫌とは言わずに積極的に戦い方を教えてくれた。
岩や木を足場にして空中に飛び上がりモンスターに蹴りを決める父の姿を真似ようと思ったのは、何歳の頃だったのだろうか。4歳か5歳の頃だったと思う。自分の身を守るために防御壁の張りかたも、しっかりと教えて貰っていた。
泉に向かって勢いよく飛び込んだユタカの後に続き、泉の中に飛び込むと体を透明な膜に覆われる。
透明な膜は妖精王の術により、神殿の出入り口に向かって進む。
膜の周りを沢山の魚が泳ぐ。
青や、赤や、緑色。
他にも虹色や水玉模様の魚が泳いでおり、周囲を見渡していると遠くから巨大な魚が向かってくる。
のっぺりとした顔をする巨大な魚の大きさに驚き、咄嗟に後退りしようとしたヒビキが足を躓かせて尻もちをつく。妖精界に来てヒビキと言葉を交わすようになって、意外な一面を沢山見ることになりユタカは尻餅を付いたヒビキを見て、けたけたと笑いだした。
しかし、笑うユタカの背後から更に大きな魚が姿をあらわすと透明な膜すれすれを通過した大きな魚に驚きユタカの笑い声がやむ。
胸元を押さえて、その場にしゃがみこんだユタカが
「び、びっくりした」
顔を俯かせながら呟くから思わず吹き出して笑ってしまったんだけど、巨大な魚に驚かされているうちに神殿の出入り口に到着。
建物内に入り込むと透明な膜が音を立てて割れる。
朝早い時間帯だと言うのに神殿内は多くの妖精達で賑わっていた。
神殿の出入り口にはレベルの低いオーガが集まっており、狩りを行っている妖精達の年齢層も若い。
子供達がオーガを相手に剣や弓を取り戦っている。
「僕達は奥へ進むよ」
周辺でオーガと共に戦っている子供達を眺めていたヒビキにユタカが声をかけた。
「うん」
床に尻もちをついたままの状態で頷き、ゆっくりと腰を上げる。
神殿の奥へ向かって足を進め始めたユタカの後を、ヒビキは慌てて追いかける。
「人間の子供がいるよ」
狩りを行っている子供達がヒビキを指差した。
子供達の声を気にする事も無く、オーガの間を通り過ぎて奥へ進むために突き進む。少しずつ周囲で狩りを行っている妖精達の年齢層も上がって行く。
さらに奥へ足を進めると少しずつ狩りを行っている冒険者の数も少なくなり始める。
100レベル前後のオーガが周囲をうろつき始めた。
昨日までは、ここで狩りを行っていたけど今日の目的はガーゴイルであるため足を止める事なく神殿の奥へ向かって突き進む。
相手にする気はなかったんだけど、嬉しそうに飛び掛かってくるオーガを刀を出現させ振るう事によりいなす。
ユタカが剣を振るう事でかわし、少しずつ歩くスピードを速めていく。
ユタカが走り出す事により、ヒビキは置いて行かれないようにと考えて狐面の力をかりて後を追いかけ始める。
周囲に人の気配は無い。
周りをうろついているオーガはレベル150前後。
なんだか、周囲が薄暗くなったように思える。
150レベル前後のオーガは、此方から攻撃を仕掛けなければ襲い掛かってはこないようで大人しい。
少しずつユタカの移動速度が上がって行く。
佇んでいるオーガ達の間を抜けて地面を蹴りつけて空中に飛び上がる。
横一列に並んだオーガの頭上を飛び越えて、空中で一回転。
先を行くユタカの真似をして着地をする。
無事にオーガの頭上を飛び越える事が出来たため安堵する。
大きく息を吐き出した途端。
「あ」
ユタカが小さな声を漏らす。
「見つけちゃった」
足音を立てる事無く、足を止めたユタカが本当に小さな声で呟いた。
出来るだけ音を立てないようにユタカが後ずさる。
巨体を持つガーゴイルのレベルは900。
予想していたよりも遥かにレベルの高いガーゴイルを見つけてしまった。ここは、見つかる前に立ち去るべきである。幼い姿のヒビキを危険に巻き込むわけにはいかないと考えたユタカが背後を振り向いた途端。
「ぐぇっ!」
ヒビキは狐面の力を借りて敏捷性を著しく上げていたから、咄嗟に立ち止まる事が出来なかった。
ヒビキがユタカの腹部に頭突きを決めたため、衝撃と共に何とも間抜けな声を上げたユタカが背中から床に倒れこむ。
「ご、ごめんなさい!」
ユタカにヒビキが頭突きを与えるのは、これで3回目。仰向けに倒れ込んだユタカに向かってヒビキは勢い良く頭を下げた。
しかし、呑気に頭を下げている場合ではなかった。
「わっ、こっちに来てる。こっちに来てるよ!」
慌てふためきながらゴロンと体を転がして、地面に両手と両膝をついたユタカが大声を張り上げる。
勢いよく立ち上がったユタカは深々と頭を下げているヒビキの腹部に腕を回して肩に担ぐ、あわてふためくユタカが全速力で走り出した。
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復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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