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ヒビキの奪還編
62話 魔界
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右方向から嬉しそうに飛びかかるオーガから体を守るようにして、ナナヤは大きくのけ反った。
「うひょ!」
何とも奇妙な掛け声と共に咄嗟の事だったとは言え、無理な姿勢をとったナナヤは独り言を漏らす。
「腰が痛むのだがね」
オーガの手にしている刃物を視野に入れて、ナナヤの表情が固まった。
先の尖った刃物は見るからに切れ味が良さそうだ。
きっと、大きく仰け反らなければ、腰に刃物が突き刺さっていただろう。
「怖いのだがね」
ナナヤに攻撃を躱《かわ》されてしまったため、右方向から左方向へ勢いを緩めることなくオーガが通過する。
手足をばたばたさせて走る勢いを押さえようとしているけれど勢いはとどまらず、壁に激突すると砂となって消えてしまった。
随分と間抜けなオーガがいるのだがねと考えるナナヤが安堵する。
実はナナヤへ残りのオーガを任せたユタカは、周辺にいる殆どのオーガのヒットポイントを削っていた。
そのため、少しの攻撃でオーガは砂となって消えていく。
その事に気づいたナナヤは意気揚々と業火を唱えると、周囲を焼きつくし始める。
ユタカから預かったベリーダンス衣装をしっかりと抱え込んで次から次へとオーガに攻撃を与えていく。
襲いかかってくるオーガが次から次へと砂となって消えていくためテンションが上がってしまっているのか、ナナヤはうひょひょひょひょと奇妙な笑い声を上げていた。
「随分と面白い性格をしているのですね」
立て続けに業火を唱えるナナヤから少し離れた位置では妖精王とユタカが和やかな雰囲気を醸し出す。
オーガと戦っているナナヤを呆然と眺めていたリンスールが素直な感想を口にした。
「そうかな」
ユタカはリンスールの言葉に同意することが出来なかったようで、真顔で首を傾ける。
ユタカの隣に佇んでいるヒビキは神殿が気になるのか、それともオーガが気になるのか周囲を見渡している。
自分のいる場所も分かっていない状況の中でリンスールとユタカの会話を聞いている余裕も無いヒビキは、結界に触れたため勢い良く弾かれたオーガを見て驚き、大きく肩を揺らしていた。
警戒心をむき出しにしたままオーガが弾かれる音に驚いて一歩足を引いたけれど、ユタカの側から決して離れようとしないのは危険な状況に陥った時に守ってくれると思ったため。
ヒビキはすぐにでも武器を出現させることが出来るように準備を整えていた。
少しでもヒビキの警戒心を解こうとするリンスールは、ヒビキの目線に合わせて床に膝をつく。
笑顔を浮かべて頭を下げるとヒビキに声をかけた。
「自己紹介がまだでしたね。私はリンスールと申します。種族は妖精です。君のお名前は? 何歳かな?」
記憶まで若返ってしまったヒビキは現在の状況と、周囲にいる人物を把握していないだろう。
考えた結果リンスールは笑みを浮かべて自己紹介を行った。
「白峰ヒビキ。4歳です」
妖精王の問いかけに対して人差し指、中指、薬指、小指4本の指を立てたヒビキが年齢を答える。
深々と頭を下げて一礼をした。
「4歳か!」
てっきり見た目から5歳か6歳頃かなと考えていた、ユタカは驚きと共にヒビキの年齢を口にする。
呆然としていたユタカが、我に返ってヒビキからの視線を受けていることに気づく。
「僕はユタカだよ。種族は人間。宜しくね」
本当は白峰ユタカなんだけどねと、心の中で口には出せなかった言葉を続けて苦笑する。
「オーガと戦っているのはナナヤ。最近、仲間になったんだ」
ユタカの指先を目で追ったヒビキがナナヤを視界に入れると、ふと思ったことを問いかける。
目の前で膝をつくリンスールに視線を戻して首を傾けた。
「そういえば、どうして妖精が人間界に?」
ヒビキは人間界にリンスールが来ているのだと思っているようで、その表情は真剣そのものだ。
「ヒビキ君が今いる場所は人間界ではなくて妖精界ですよ」
リンスールがヒビキの勘違いをとく。
「妖精界?」
ごくっと息を呑み込んだヒビキが、ぽつりと小声で呟いた。
表情が強ばってしまったヒビキの唇は僅かに開いており、見事に身動きを止めたヒビキが瞬きを繰り返す。
若返ってしまったヒビキに現在の状況と、これまでの経緯を語るべきか、それともすぐにヒビキの体は元に戻るだろうから説明を省くべきかリンスールは考えていた。
しかし、ヒビキは自分が妖精界にいる理由ではなくて全く別の事を考えている。
冷や汗をかくヒビキは小刻みに体を震わせていた。
妖精界には妖精王がいる。
妖精王は恐ろしい人物である事が本に書き記されていた。
8000年以上を生きたとされる妖精王は、様々なジャンルの沢山の本の登場人物の一人として多く描かれていた。
事実か偽りかは分からないけれど、人間界で読んだ様々な本の中に登場する妖精王は悪役として書かれていることが多く、人間界を滅ぼそうとするラスボスのような扱いのものが殆どだった。
この世界で一番高いレベルを持つ妖精王を人々は倒そうと武器を取る。
その見た目を知る者は、ほんの一握り。
だから勝手な憶測が飛び交い、妖精王の姿は様々な姿や形で描かれていた。
真っ黒なオーラを纏った大男として記されているものもあれば、妖艶な魅力を醸し出す美女として描かれているものもある。
ほかにも醜い化け物として妖精王を表記している本の表紙もあり、何十メートルと巨大な王を予想した作家もいた。
「妖精界には妖精王がいるよね?」
顔面蒼白のまま小刻みに体を震わせるヒビキの反応に、リンスールは苦笑する。
今この場で、自分が妖精王であることを伝えたらヒビキはパニック状態に陥りそうだなと考えたリンスールはユタカに視線を向ける。
視線を向けた先には、ピーンと伸ばした人差し指を唇に当てて、リンスールが妖精王であることを伝えないようにと指示を出しているユタカの姿があった。
リンスールは首を縦にふる。
「えぇ、居ますよ。でも、安心してください。妖精王は噂が一人歩きしているだけなので実物は優しいですし穏やかですし、面白い事を見たり聞いたりしたら普通に笑いますし全く怖くないですよ」
自画自賛は冗談なのか、それともヒビキを安心させるために無理をしているのか、苦笑しながらもリンスールは自分の良い部分を例題に上げる。
ユタカがリンスールの隣で大爆笑をする中でヒビキが安心したように小さく頷いた。
ユキヒラの目的が国王の暗殺だと判明してから6日が経過して、妖精王の指示により仲間を集めるために妖精界から魔界へ足を踏み入れたアイリスは疲れきった表情を浮かべていた。
妖精王はユキヒラに、アイリスは魔界へ攻めいるための仲間を集めるために向かわせたと伝えたけれども実際にアイリスが向かったのは魔界にある、とある一軒家。
夕暮れ時、エルフの少女は扉の前で胸元を押さえながら佇んでいる。
ドキドキと胸を高鳴らせながら深く息を吸い込むと、一気に溜め込んでいた息を吐き出した。
ガチャと音を立て扉が開かれると、少女は息をのむ。
中から現れたのは尖った耳、褐色の肌をした女性。胸元の大きく開いた服を身に纏った女性が少女に笑いかける。
「どうぞ、中に入って」
アリアス・ランテはエルフの少女を建物の中へ招き入れた。
ヒビキの命の恩人である。
リビングに足を踏み入れると金色の髪の毛を耳の上で二つに結んだ少女が、エルフの少女アイリスの元へ駆け寄った。
アリアス・ランテの娘ヒナミがアイリスの腕に纏わり付く。
ソファーに深く腰掛けているのは黒いローブを身に纏い、白いファーの付いたフードを被った青年である。
真っ赤な髪が一部フードの隙間から顔を覗かせており、その毛先は跳ね上がっている。
今はフードを深く被っているため、その顔を確認することは出来ないけれど種族は人間。幻術魔法を得意とする鬼灯は、初めて目にするエルフの少女に頭を下げて一礼をした。
アイリスも見習って頭を下げる。
彼の膝の上には金髪の子供が腰を下ろしている。
中性的な顔立ちの子供は見た目からは性別を判断する事が出来ない。
興味深そうにエルフの少女を見つめている。
純白の白い羽を時折羽ばたかせる子供の種族は天使。
「誰?」
アイリスに人差し指を向けて、誰と一言口した天使の子供に対して鬼灯は苦笑する。
「俺も初対面」
鬼灯は自分も初対面であることを伝える。
赤髪の青年の隣には、ひげ面のおっさんが座っており天使の子供の頭をポンポンと撫でていた。
ひげ面のおっさんは見た目から種族を判断することが出来ないけれど、銀色の鎧を身に纏っているアリアスの種族は天使。
ランテの旦那であり、ヒナミの父親である。
ひげ面のおっさんの隣には銀髪の青年が座っている。
彼の顔には見覚えがあった。
アイリスは漆黒の鎧を身に纏っているギフリードの元へ歩み寄る。
銀髪の青年は魔王に仕える暗黒騎士団の隊長を務めている。
ソファーに腰を下ろして一枚の資料に目を通していたギフリードが、顔をあげてアイリスの姿をとらえる。
「ギフリード様あてに妖精王からの手紙です」
今回アイリスは暗黒騎士団の隊長ギフリードに魔界を壊滅に追い込もうと企てている人物がいる事を知らせるために、魔界へ足を踏み入れていた。
妖精王が封印を受ける直前に精神だけを脱出させた事。
アイリスの術で妖精王の器を作った事。
妖精王の元にユキヒラと名乗る人間が現れた事。
彼は妖精王を味方につけて妖精王と共に魔界へ攻め入る計画を企てている事を伝える。
「近々沢山の妖精達が魔界に押し寄せます。お互いが本気で戦うと、きっと多くの怪我人が出ることになるでしょう」
淡々とした口調で言葉を続けるアイリスにギフリードは頷いた。
「知らせてくれて助かった。それに関しては……」
ギフリードの視線が真っ赤な髪色の青年、鬼灯に向かう。
「俺が何とかしよう。魔界を囲むほどの幻術魔法は大量の魔力を消費するから、皆の力を借りたいのだけどいいか?」
ギフリードの考えを予想した鬼灯が頷く。
しかし、自分の魔力だけでは足りないことを告げた鬼灯が魔力の提供をしてはくれないかと問いかけると、すぐに返事があった。
「いいわよ、私の魔力を使ってちょうだい」
「私の魔力も使っていいよ!」
ランテとヒナミが即答する。
「闇属性でよければ私の魔力も使って欲しい」
ギフリードが大きく頷く。
「俺は光属性だが俺の魔力も使ってくれ」
アリアスも爽やかな笑みを浮かべて鬼灯に魔力の提供を申し出る。
「お、俺の魔力も!」
天使の子供ノエルも顔を起こして鬼灯に声をかける。
「私の魔力も使ってください」
フードを深く被っている鬼灯に対して怯えつつも、胸元まで手を持ち上げたアイリスが小声で呟いた。
「さんきゅう! 皆の魔力を集めると魔界を囲むことも出来るだろう」
鬼灯の属性は火属性。それぞれ属性の違った魔力を使って述が発動するのかどうか不安もある。
「幻術魔法が、どれぐらいの時間持つのか一度確認をしたい。属性の違うもの同士の魔力を使って無事に幻術魔法が発動するかも知りたいから一度試してみないか?」
慎重なギフリードの問いかけに、室内にいる全ての人物が首を上下に動かした。
「そうね。試しに魔王城で封印を受けている魔王と妖精王の姿を幻術で隠すことが出きるのか、一度試してみましょうか。実行する場所は魔王城でいいかしら?」
ランテの問いかけに鬼灯が笑顔を見せる。
「あぁ。分かった。妖精との争いが始まったら封印を受けている魔王と妖精王の体を守らなければならないからな。そうしてもらえると助かる」
ギフリードが魔王城の使用許可を出す。
「鬼灯を中心に巨大な魔方陣を描いて、四方八方に私達、魔力を提供する者が立つ方法をとろうかしら?」
魔力を人に与える方法はいくつかある。
しかし、今回は大人数のため魔法陣を使った方法を適用するようで、ランテの問いかけに対してギフリードが反応を示す。
「あぁ」
ギフリードは同意するようにして頷いた。
ランテとギフリードの意見が一致したことにより他のメンバーが首を縦にふる。
「属性の違う魔力を使って幻術が発動しなければ、また別の対策を練ればいい」
ギフリードの続けた言葉を耳にして鬼灯が爽やかな笑顔を見せる。
「あぁ。そうだな」
鬼灯が同意する。
ギフリードと鬼灯が中心となって話し合いが始まったため、アイリスはホッと安堵する。
魔界へ来てからずっと緊張していたアイリスの表情に、笑みが戻った。
「うひょ!」
何とも奇妙な掛け声と共に咄嗟の事だったとは言え、無理な姿勢をとったナナヤは独り言を漏らす。
「腰が痛むのだがね」
オーガの手にしている刃物を視野に入れて、ナナヤの表情が固まった。
先の尖った刃物は見るからに切れ味が良さそうだ。
きっと、大きく仰け反らなければ、腰に刃物が突き刺さっていただろう。
「怖いのだがね」
ナナヤに攻撃を躱《かわ》されてしまったため、右方向から左方向へ勢いを緩めることなくオーガが通過する。
手足をばたばたさせて走る勢いを押さえようとしているけれど勢いはとどまらず、壁に激突すると砂となって消えてしまった。
随分と間抜けなオーガがいるのだがねと考えるナナヤが安堵する。
実はナナヤへ残りのオーガを任せたユタカは、周辺にいる殆どのオーガのヒットポイントを削っていた。
そのため、少しの攻撃でオーガは砂となって消えていく。
その事に気づいたナナヤは意気揚々と業火を唱えると、周囲を焼きつくし始める。
ユタカから預かったベリーダンス衣装をしっかりと抱え込んで次から次へとオーガに攻撃を与えていく。
襲いかかってくるオーガが次から次へと砂となって消えていくためテンションが上がってしまっているのか、ナナヤはうひょひょひょひょと奇妙な笑い声を上げていた。
「随分と面白い性格をしているのですね」
立て続けに業火を唱えるナナヤから少し離れた位置では妖精王とユタカが和やかな雰囲気を醸し出す。
オーガと戦っているナナヤを呆然と眺めていたリンスールが素直な感想を口にした。
「そうかな」
ユタカはリンスールの言葉に同意することが出来なかったようで、真顔で首を傾ける。
ユタカの隣に佇んでいるヒビキは神殿が気になるのか、それともオーガが気になるのか周囲を見渡している。
自分のいる場所も分かっていない状況の中でリンスールとユタカの会話を聞いている余裕も無いヒビキは、結界に触れたため勢い良く弾かれたオーガを見て驚き、大きく肩を揺らしていた。
警戒心をむき出しにしたままオーガが弾かれる音に驚いて一歩足を引いたけれど、ユタカの側から決して離れようとしないのは危険な状況に陥った時に守ってくれると思ったため。
ヒビキはすぐにでも武器を出現させることが出来るように準備を整えていた。
少しでもヒビキの警戒心を解こうとするリンスールは、ヒビキの目線に合わせて床に膝をつく。
笑顔を浮かべて頭を下げるとヒビキに声をかけた。
「自己紹介がまだでしたね。私はリンスールと申します。種族は妖精です。君のお名前は? 何歳かな?」
記憶まで若返ってしまったヒビキは現在の状況と、周囲にいる人物を把握していないだろう。
考えた結果リンスールは笑みを浮かべて自己紹介を行った。
「白峰ヒビキ。4歳です」
妖精王の問いかけに対して人差し指、中指、薬指、小指4本の指を立てたヒビキが年齢を答える。
深々と頭を下げて一礼をした。
「4歳か!」
てっきり見た目から5歳か6歳頃かなと考えていた、ユタカは驚きと共にヒビキの年齢を口にする。
呆然としていたユタカが、我に返ってヒビキからの視線を受けていることに気づく。
「僕はユタカだよ。種族は人間。宜しくね」
本当は白峰ユタカなんだけどねと、心の中で口には出せなかった言葉を続けて苦笑する。
「オーガと戦っているのはナナヤ。最近、仲間になったんだ」
ユタカの指先を目で追ったヒビキがナナヤを視界に入れると、ふと思ったことを問いかける。
目の前で膝をつくリンスールに視線を戻して首を傾けた。
「そういえば、どうして妖精が人間界に?」
ヒビキは人間界にリンスールが来ているのだと思っているようで、その表情は真剣そのものだ。
「ヒビキ君が今いる場所は人間界ではなくて妖精界ですよ」
リンスールがヒビキの勘違いをとく。
「妖精界?」
ごくっと息を呑み込んだヒビキが、ぽつりと小声で呟いた。
表情が強ばってしまったヒビキの唇は僅かに開いており、見事に身動きを止めたヒビキが瞬きを繰り返す。
若返ってしまったヒビキに現在の状況と、これまでの経緯を語るべきか、それともすぐにヒビキの体は元に戻るだろうから説明を省くべきかリンスールは考えていた。
しかし、ヒビキは自分が妖精界にいる理由ではなくて全く別の事を考えている。
冷や汗をかくヒビキは小刻みに体を震わせていた。
妖精界には妖精王がいる。
妖精王は恐ろしい人物である事が本に書き記されていた。
8000年以上を生きたとされる妖精王は、様々なジャンルの沢山の本の登場人物の一人として多く描かれていた。
事実か偽りかは分からないけれど、人間界で読んだ様々な本の中に登場する妖精王は悪役として書かれていることが多く、人間界を滅ぼそうとするラスボスのような扱いのものが殆どだった。
この世界で一番高いレベルを持つ妖精王を人々は倒そうと武器を取る。
その見た目を知る者は、ほんの一握り。
だから勝手な憶測が飛び交い、妖精王の姿は様々な姿や形で描かれていた。
真っ黒なオーラを纏った大男として記されているものもあれば、妖艶な魅力を醸し出す美女として描かれているものもある。
ほかにも醜い化け物として妖精王を表記している本の表紙もあり、何十メートルと巨大な王を予想した作家もいた。
「妖精界には妖精王がいるよね?」
顔面蒼白のまま小刻みに体を震わせるヒビキの反応に、リンスールは苦笑する。
今この場で、自分が妖精王であることを伝えたらヒビキはパニック状態に陥りそうだなと考えたリンスールはユタカに視線を向ける。
視線を向けた先には、ピーンと伸ばした人差し指を唇に当てて、リンスールが妖精王であることを伝えないようにと指示を出しているユタカの姿があった。
リンスールは首を縦にふる。
「えぇ、居ますよ。でも、安心してください。妖精王は噂が一人歩きしているだけなので実物は優しいですし穏やかですし、面白い事を見たり聞いたりしたら普通に笑いますし全く怖くないですよ」
自画自賛は冗談なのか、それともヒビキを安心させるために無理をしているのか、苦笑しながらもリンスールは自分の良い部分を例題に上げる。
ユタカがリンスールの隣で大爆笑をする中でヒビキが安心したように小さく頷いた。
ユキヒラの目的が国王の暗殺だと判明してから6日が経過して、妖精王の指示により仲間を集めるために妖精界から魔界へ足を踏み入れたアイリスは疲れきった表情を浮かべていた。
妖精王はユキヒラに、アイリスは魔界へ攻めいるための仲間を集めるために向かわせたと伝えたけれども実際にアイリスが向かったのは魔界にある、とある一軒家。
夕暮れ時、エルフの少女は扉の前で胸元を押さえながら佇んでいる。
ドキドキと胸を高鳴らせながら深く息を吸い込むと、一気に溜め込んでいた息を吐き出した。
ガチャと音を立て扉が開かれると、少女は息をのむ。
中から現れたのは尖った耳、褐色の肌をした女性。胸元の大きく開いた服を身に纏った女性が少女に笑いかける。
「どうぞ、中に入って」
アリアス・ランテはエルフの少女を建物の中へ招き入れた。
ヒビキの命の恩人である。
リビングに足を踏み入れると金色の髪の毛を耳の上で二つに結んだ少女が、エルフの少女アイリスの元へ駆け寄った。
アリアス・ランテの娘ヒナミがアイリスの腕に纏わり付く。
ソファーに深く腰掛けているのは黒いローブを身に纏い、白いファーの付いたフードを被った青年である。
真っ赤な髪が一部フードの隙間から顔を覗かせており、その毛先は跳ね上がっている。
今はフードを深く被っているため、その顔を確認することは出来ないけれど種族は人間。幻術魔法を得意とする鬼灯は、初めて目にするエルフの少女に頭を下げて一礼をした。
アイリスも見習って頭を下げる。
彼の膝の上には金髪の子供が腰を下ろしている。
中性的な顔立ちの子供は見た目からは性別を判断する事が出来ない。
興味深そうにエルフの少女を見つめている。
純白の白い羽を時折羽ばたかせる子供の種族は天使。
「誰?」
アイリスに人差し指を向けて、誰と一言口した天使の子供に対して鬼灯は苦笑する。
「俺も初対面」
鬼灯は自分も初対面であることを伝える。
赤髪の青年の隣には、ひげ面のおっさんが座っており天使の子供の頭をポンポンと撫でていた。
ひげ面のおっさんは見た目から種族を判断することが出来ないけれど、銀色の鎧を身に纏っているアリアスの種族は天使。
ランテの旦那であり、ヒナミの父親である。
ひげ面のおっさんの隣には銀髪の青年が座っている。
彼の顔には見覚えがあった。
アイリスは漆黒の鎧を身に纏っているギフリードの元へ歩み寄る。
銀髪の青年は魔王に仕える暗黒騎士団の隊長を務めている。
ソファーに腰を下ろして一枚の資料に目を通していたギフリードが、顔をあげてアイリスの姿をとらえる。
「ギフリード様あてに妖精王からの手紙です」
今回アイリスは暗黒騎士団の隊長ギフリードに魔界を壊滅に追い込もうと企てている人物がいる事を知らせるために、魔界へ足を踏み入れていた。
妖精王が封印を受ける直前に精神だけを脱出させた事。
アイリスの術で妖精王の器を作った事。
妖精王の元にユキヒラと名乗る人間が現れた事。
彼は妖精王を味方につけて妖精王と共に魔界へ攻め入る計画を企てている事を伝える。
「近々沢山の妖精達が魔界に押し寄せます。お互いが本気で戦うと、きっと多くの怪我人が出ることになるでしょう」
淡々とした口調で言葉を続けるアイリスにギフリードは頷いた。
「知らせてくれて助かった。それに関しては……」
ギフリードの視線が真っ赤な髪色の青年、鬼灯に向かう。
「俺が何とかしよう。魔界を囲むほどの幻術魔法は大量の魔力を消費するから、皆の力を借りたいのだけどいいか?」
ギフリードの考えを予想した鬼灯が頷く。
しかし、自分の魔力だけでは足りないことを告げた鬼灯が魔力の提供をしてはくれないかと問いかけると、すぐに返事があった。
「いいわよ、私の魔力を使ってちょうだい」
「私の魔力も使っていいよ!」
ランテとヒナミが即答する。
「闇属性でよければ私の魔力も使って欲しい」
ギフリードが大きく頷く。
「俺は光属性だが俺の魔力も使ってくれ」
アリアスも爽やかな笑みを浮かべて鬼灯に魔力の提供を申し出る。
「お、俺の魔力も!」
天使の子供ノエルも顔を起こして鬼灯に声をかける。
「私の魔力も使ってください」
フードを深く被っている鬼灯に対して怯えつつも、胸元まで手を持ち上げたアイリスが小声で呟いた。
「さんきゅう! 皆の魔力を集めると魔界を囲むことも出来るだろう」
鬼灯の属性は火属性。それぞれ属性の違った魔力を使って述が発動するのかどうか不安もある。
「幻術魔法が、どれぐらいの時間持つのか一度確認をしたい。属性の違うもの同士の魔力を使って無事に幻術魔法が発動するかも知りたいから一度試してみないか?」
慎重なギフリードの問いかけに、室内にいる全ての人物が首を上下に動かした。
「そうね。試しに魔王城で封印を受けている魔王と妖精王の姿を幻術で隠すことが出きるのか、一度試してみましょうか。実行する場所は魔王城でいいかしら?」
ランテの問いかけに鬼灯が笑顔を見せる。
「あぁ。分かった。妖精との争いが始まったら封印を受けている魔王と妖精王の体を守らなければならないからな。そうしてもらえると助かる」
ギフリードが魔王城の使用許可を出す。
「鬼灯を中心に巨大な魔方陣を描いて、四方八方に私達、魔力を提供する者が立つ方法をとろうかしら?」
魔力を人に与える方法はいくつかある。
しかし、今回は大人数のため魔法陣を使った方法を適用するようで、ランテの問いかけに対してギフリードが反応を示す。
「あぁ」
ギフリードは同意するようにして頷いた。
ランテとギフリードの意見が一致したことにより他のメンバーが首を縦にふる。
「属性の違う魔力を使って幻術が発動しなければ、また別の対策を練ればいい」
ギフリードの続けた言葉を耳にして鬼灯が爽やかな笑顔を見せる。
「あぁ。そうだな」
鬼灯が同意する。
ギフリードと鬼灯が中心となって話し合いが始まったため、アイリスはホッと安堵する。
魔界へ来てからずっと緊張していたアイリスの表情に、笑みが戻った。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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