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ヒビキの奪還編
60話 オーガVSユタカ
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「駄目だ。笑ったら失礼だよね。でも、まさか至近距離で攻撃をはずすとか、しかも明らかに妄想が先走って力んでしまって攻撃をはずしたよね」
小刻みに肩を震わせながら独り言を漏らしている。
笑ってはいけないと思う気持ちと、でも今の不意打ちは笑っても仕方がないだろうと思う気持ちが交互に押し寄せているようで、自分の中で葛藤しているようだ。
オーガの振り下ろした武器は、ヒビキの体すれすれを通過すると激しく地面に激突した。
鈍い音を立てた武器からは衝撃が伝わったようで、ブルブルとオーガの腕が震える。
まさか、この至近距離で攻撃を外すとは思ってもいなかったのだろう。
ぽかーんとした表情を浮かべるオーガは、ガウッと素っ頓狂な声をあげた。
そして、今に至るわけだが真っ直ぐ向けられているオーガの視線にヒビキは気づいているのだろうか。
吹き出したユタカとは対照的。
瞬きを繰り返しているオーガを呆然と眺めているヒビキの反応は薄い。
ユタカが吹き出して笑い始めたため恥ずかしいと感じたのか、あんぐりと口を開いたままの状態でオーガが視線をヒビキからユタカに移す。
オーガの視線が自分から逸れたことによって、ヒビキが自由に動けるようになった。
左手で抱えていたベリーダンス衣装を、ひょいっとナナヤに向けて投げると姿勢を屈めて走り出す。
オーガの真横を通りすぎて、その背後に移動する。
ヒビキに向けた攻撃を外しただけではなく、ユタカに笑われたため戦う意欲を失っていたオーガの首筋に造作も無く手刀打ちを決めた。
わっと声を上げながら両手でベリーダンス衣装を受け取とったナナヤは安堵する。
代わりに支えを失った杖が地面に打ち付けられる。
ナナヤは杖の価値を分かっているのだろうか。
滅多にお目にかかることが出来ないほど貴重なレアアイテムだ。
杖に飾られている装飾品が地面に打ち付けられた衝撃で割れてしまったら、その価値は下がってしまう。
砂となり消えていくオーガの首に巻き付けていた腕を離しながら、ヒビキは杖の扱い方が雑だなと呑気に考えていた。
視線は真っ直ぐナナヤに向けられている。
しかし、ナナヤが杖を手放す切っ掛けとなったのは、ヒビキが何の掛け声もなくベリーダンス衣装を投げつけたため。
それに、ヒビキはナナヤの杖を支え損ねて地面に打ち付けた経験を持つ。
人の事を言える立場ではない。
オーガを倒したところで気がついた。
本来なら次から次に襲ってくるはずのオーガが周囲に一体もいないことに対して疑問を抱く。
周囲を見渡したヒビキの視界に、それは入り込んだ。
ユタカの体を纏っているのは敏捷性を高める術だろう。
足を踏み出すと柱の影に隠れて術を発動していたオーガの元へたどり着くのは一瞬の出来事だった。
オーガの懐に潜り込み剣を横一閃に振り払う。
背後から迫り来るオーガに剣の柄を打ち付けると、力任せに薙ぎ払った。
頭上から降りかかるオーガを後方宙返りを行うことで避けると、目標を見失ったオーガが地面に叩きつけられる。
自滅である。
砂となって消えていくオーガを横目に、ユタカが地面に着地する。
「術を使わなくともレベル100前後のオーガを倒す事が出来るなんて、強いと思うのだがねユタカは有名な冒険者なのかい。ランクは?」
ベリーダンス衣装を両腕で抱えこみながら、ナナヤはヒビキに問いかける。
ナナヤの元へ歩み寄りながら、足元に転がっている杖を拾い上げたヒビキは首を左右に動かした。
「分からない」
淡々とした口調だった。
それでも返事があった事に対してナナヤは素直に喜んでいる。
「ユタカとは仲間になったばかりなのかね?」
分からないと答えたヒビキに、ナナヤは疑問に思ったことを問いかけた。
「うん」
頷いたヒビキは、呆然とユタカを眺めている。
戦い方が何処か自分と似ている気がすると考えているヒビキの視線は、激しく動き回っているユタカに向けられていた。
一体誰に教わった戦い方なのか覚えてはいないけれど物心がついた頃には既に、岩や木や柱などを足場にして飛び上がったり強く蹴りつける事により進行方向をかえたりする事が多かった。
フロア内には一定の間隔を置いて巨大な柱が並んでいる。
その柱を足場にして空中に飛び上がったり蹴りつけて進行方向をかえたりと、せわしなく動き回るユタカの戦い方は激しく体力を消耗するだろう。
武器に頼りすぎる事なく、武術を駆使して戦っている。
術を使ってはいないため、オーガを一体ずつ倒すユタカの戦い方は決して派手ではない。
それでも、ユタカが近くにいたオーガを全て倒すと、拍手が沸き上がる。
魔族の格好をしているヒビキを恐れていたためか、ユタカとヒビキとナナヤの3人を遠巻きに眺めていた妖精達。
その視線を現在はユタカが一身に集めていた。
「ナナヤが直してくれた剣の切れ味が良すぎるんだけど、どうやって直したの?」
右上から左下へ剣を振り下ろしたユタカがナナヤに問いかける。
「ナナヤさんは妖精の森に来る前まで、人間界で鍛冶屋を営んでいたらしい。術を発動しているところをみたけど、炉や鞴など鍛造を行うのに必要な設備や道具が森の中に、いきなり出現したんだ」
ユタカの問いかけに対して、答えたのは見物を決め込んでいるヒビキだった。
「攻撃魔法や防御魔法が苦手なかわりに、武器を精製する能力が備わっているのだがね」
付け加えるようにしてナナヤが言葉を続けると、ヒビキが言葉を付け加える。
「国宝級の武器を直すのは初めてだったから、術の発動を失敗して武器の価値を落としてしまわないか、とても心配してたよ」
「今まで術を使って武器を直すことは多々あったけど、失敗したことは無かったのだがね」
過去の記憶を思い起こしながら、独り言を呟いたナナヤの元にオーガを倒し終えたユタカが歩み寄る。
「国宝級じゃなくて、国の宝として実際に認められてるんだよ。先代の国王が亡くなった時に、国の宝物にしようって国民と銀騎士達が話し合って決めたんだよ」
ナナヤの元へと詰め寄るとユタカは肩を小刻みに震わせて笑う。
「国王が国の宝にする事を許したのかね? 血も涙もない人だと聞いているのだがね」
ナナヤは本人の前で血も涙もない人だと、人伝に聞いた話を口にしてしまった。
「それは、あくまでも噂だよ。実際に見たの? それとも、お話しをしたの?」
ユタカは首を傾ける。
顔は真顔だろう。
いつもの、おちゃらけた口調ではない。
「ユタカは話したことがあるのかね?」
ナナヤはユタカに、そっくりそのまま言葉を返す。
ユタカは思わぬ質問を受けて言葉を詰まらせる。
ユタカの無言を、国王とは話したことが無いと否定の意味で受け取ったナナヤは苦笑する。
もう一つ気になっていた事を問いかける事にした。
「それに気になっていたのだがね国の宝である剣が、何故折れてしまったのかね?」
「それは……」
またも予想外の質問である。
まさか、国宝の剣が折れた経緯を聞かれるとは思ってもいなかったため過去に起こった出来事を思い起こしたユタカが、ぽつりと呟いた。
「Bランクのモンスター相手に無茶をして戦ったら折れちゃったんだよ。この話は終わり、先へ進むよ!」
そして、強引に話題をかえる。
身を翻し神殿の奥へ向かって歩きだしたユタカの背中をヒビキは、じっくりと眺めていた。
さっきから、レベルが上がっていないような気がする。
ユタカは四方八方から襲いくるオーガを全て倒していた。
普通ならレベルが上がってもいいはずだけど、実は高ランクを持つ冒険者なのだろうか。
ユタカとパーティを組んでいたヒビキもレベルは208まで上がっている。
懐からギルドカードを取り出したヒビキがカードに記載されている文字を見てレベルを再び確認する。
そして、疑問を抱いて固まった。
白峰ヒビキ
age.16
rank.F
level.208
使用可能レベル50.炎の刀
使用可能レベル150.剣舞、改
使用可能レベル200.覚醒
money.11,279,000G
高額な飛行術を購入した。しかし、お金は予想していたよりも貯まっている。
魔界に出没するモンスターは人間界に現れるものよりもレベルが高く強いため、お金が貯まりやすい。
魔界よりも妖精の森に出現するモンスターの方が強いため、今まで以上にお金は貯まりやすくなるだろう。
しかし、ヒビキがカードを見て固まったのは集まった金額に驚いたからではない。
使用可能レベル200.覚醒が記載されている事に気づいたためだった。
「何だろう」
カードを眺めたまま独り言を呟いたヒビキが、使用可能レベル200の覚醒を唱える。
思い立ったら即行動する。
術の詳細を読んでから発動すれば良かったものを、ヒビキは確認をする事なく術を発動してしまった。
詳細を確認さえしていれば、きっと術を発動するタイミングと場所を選んでいただろう。
瞬く間にヒビキの体が目映い光に包まれると、いち早く異変に気付いたのは神殿の奥へ向けて足を進めようとしていたユタカだった。
一歩足を踏み出した所で目映い光に背中を照らされて、背後を振り向いた。
起こった異変を確認するために目映い光に包まれている人物を確認する。
「え」
ユタカの視線が目映い光を放つヒビキの姿を捉えると、ぽつりと声を漏らす。
「どうなってんの?」
すぐ隣に佇んでいるナナヤに問いかけてみるけど、ナナヤが原因を知るわけもなく首を左右に振っている。
ヒビキの足元に突如として現れた藍色の魔法陣は緑と青を基調とした小さな光の粒を放つ。
ヒビキの体は全身の力が一気に抜けてしまったように膝を折ると、その場に頽れる。
突然の出来事に驚きユタカは、ヒビキの元へ駆け寄ろうとした。
しかし小さな光の粒はヒビキの周囲を高速で移動した後、勢いをそのままにフロア内を移動し始めたため神殿内で狩りを行っていた妖精達が恐怖心を抱き、我先にと逃げ出し始める。
逃げ惑う人々によって、ヒビキの元に駆け寄ろうとしていたユタカの進行が妨げられた。
走る妖精達に突き飛ばされて、床に腰を下ろしたユタカの耳にギシギシと骨が軋む音が聞こえ始める。
どうやら、骨の軋む音はヒビキの体から放たれているらしい。
音のする方向に視線を向けると痛みに襲われているヒビキが、血が出るほど強く唇をかみしめていた。
床に両手、両膝をついているヒビキは四つん這いのまま身動きをとれずにいる。
その体を囲むようにして、無数の小さな光が動き回りヒビキの周りを2、3周すると消滅するものもあればフロア内を高速で移動するものもある。
ひと際眩しい光を放つと、流石に目を開けていられなくなったナナヤとユタカが目蓋を閉じる。
「一体、何が起こっているのだね?」
一緒になって頭を混乱させているユタカに問いかけても分からないだろうと思いつつも、問いかけずにはいられなかった。
疑問を口に出すと少しは気持ちが落ち着く気がして、問いかけてみる。
「分からないよ。突然ヒビキの体が光に包み込まれるんだもん。神殿には何かトラップが仕掛けられているの?」
ヒビキが自分で術を発動した事に気づいていないユタカが、憶測でものを言う。
「神殿にトラップが仕掛けられている何て情報は記されてはいなかったのだがね」
ユタカの憶測に関してはナナヤは答えを返す事が出来た。
過去に神殿に挑戦する際、妖精の森のギルドで詳細の記された紙を手に入れた。
紙にはトラップの情報は書き込まれていなかった事を伝えると、ヒビキの体を包み込んでいた目映い光が収まった。同時に骨の軋む音が止み、すぐに静寂が訪れる。
恐る恐る目蓋を開けたナナヤとユタカが、俯かせていた顔を上げる。
続けて視線を上げると、それは視界に入り込んだ。
「何あれ……ヒビキが若返っちゃったように見えるのだけど」
左手で頬をつねったユタカがナナヤに視線を向ける。
「痛い」
同じく右手で自分の頬をつねっているナナヤが声を漏らす。
目の前の光景を素直に受け入れる事の出来ないユタカとナナヤの視線の先に、だぼっとしたケープを身に纏った小さな子供が佇んでいた。
クリーム色の髪の毛が印象的な少年だ。
薄い水色の瞳が真っ直ぐユタカをとらえている。
怯えるヒビキと戸惑うユタカと状況を理解する事が出来ていないナナヤ。3人の姿を遠くから眺めている人物がいた。
神殿の壁に背中を預けて佇んでいる妖精王である。
若返ってしまったヒビキの姿を見て、喉の奥で押し殺すようにして笑っている。
気配を消して神殿内に足を踏み入れたのだろう。
一体いつから、そこに居たのだろうか。
笑い声を耳にするまで、ユタカは妖精王の気配に気づく事が出来なかった。
小刻みに肩を震わせながら独り言を漏らしている。
笑ってはいけないと思う気持ちと、でも今の不意打ちは笑っても仕方がないだろうと思う気持ちが交互に押し寄せているようで、自分の中で葛藤しているようだ。
オーガの振り下ろした武器は、ヒビキの体すれすれを通過すると激しく地面に激突した。
鈍い音を立てた武器からは衝撃が伝わったようで、ブルブルとオーガの腕が震える。
まさか、この至近距離で攻撃を外すとは思ってもいなかったのだろう。
ぽかーんとした表情を浮かべるオーガは、ガウッと素っ頓狂な声をあげた。
そして、今に至るわけだが真っ直ぐ向けられているオーガの視線にヒビキは気づいているのだろうか。
吹き出したユタカとは対照的。
瞬きを繰り返しているオーガを呆然と眺めているヒビキの反応は薄い。
ユタカが吹き出して笑い始めたため恥ずかしいと感じたのか、あんぐりと口を開いたままの状態でオーガが視線をヒビキからユタカに移す。
オーガの視線が自分から逸れたことによって、ヒビキが自由に動けるようになった。
左手で抱えていたベリーダンス衣装を、ひょいっとナナヤに向けて投げると姿勢を屈めて走り出す。
オーガの真横を通りすぎて、その背後に移動する。
ヒビキに向けた攻撃を外しただけではなく、ユタカに笑われたため戦う意欲を失っていたオーガの首筋に造作も無く手刀打ちを決めた。
わっと声を上げながら両手でベリーダンス衣装を受け取とったナナヤは安堵する。
代わりに支えを失った杖が地面に打ち付けられる。
ナナヤは杖の価値を分かっているのだろうか。
滅多にお目にかかることが出来ないほど貴重なレアアイテムだ。
杖に飾られている装飾品が地面に打ち付けられた衝撃で割れてしまったら、その価値は下がってしまう。
砂となり消えていくオーガの首に巻き付けていた腕を離しながら、ヒビキは杖の扱い方が雑だなと呑気に考えていた。
視線は真っ直ぐナナヤに向けられている。
しかし、ナナヤが杖を手放す切っ掛けとなったのは、ヒビキが何の掛け声もなくベリーダンス衣装を投げつけたため。
それに、ヒビキはナナヤの杖を支え損ねて地面に打ち付けた経験を持つ。
人の事を言える立場ではない。
オーガを倒したところで気がついた。
本来なら次から次に襲ってくるはずのオーガが周囲に一体もいないことに対して疑問を抱く。
周囲を見渡したヒビキの視界に、それは入り込んだ。
ユタカの体を纏っているのは敏捷性を高める術だろう。
足を踏み出すと柱の影に隠れて術を発動していたオーガの元へたどり着くのは一瞬の出来事だった。
オーガの懐に潜り込み剣を横一閃に振り払う。
背後から迫り来るオーガに剣の柄を打ち付けると、力任せに薙ぎ払った。
頭上から降りかかるオーガを後方宙返りを行うことで避けると、目標を見失ったオーガが地面に叩きつけられる。
自滅である。
砂となって消えていくオーガを横目に、ユタカが地面に着地する。
「術を使わなくともレベル100前後のオーガを倒す事が出来るなんて、強いと思うのだがねユタカは有名な冒険者なのかい。ランクは?」
ベリーダンス衣装を両腕で抱えこみながら、ナナヤはヒビキに問いかける。
ナナヤの元へ歩み寄りながら、足元に転がっている杖を拾い上げたヒビキは首を左右に動かした。
「分からない」
淡々とした口調だった。
それでも返事があった事に対してナナヤは素直に喜んでいる。
「ユタカとは仲間になったばかりなのかね?」
分からないと答えたヒビキに、ナナヤは疑問に思ったことを問いかけた。
「うん」
頷いたヒビキは、呆然とユタカを眺めている。
戦い方が何処か自分と似ている気がすると考えているヒビキの視線は、激しく動き回っているユタカに向けられていた。
一体誰に教わった戦い方なのか覚えてはいないけれど物心がついた頃には既に、岩や木や柱などを足場にして飛び上がったり強く蹴りつける事により進行方向をかえたりする事が多かった。
フロア内には一定の間隔を置いて巨大な柱が並んでいる。
その柱を足場にして空中に飛び上がったり蹴りつけて進行方向をかえたりと、せわしなく動き回るユタカの戦い方は激しく体力を消耗するだろう。
武器に頼りすぎる事なく、武術を駆使して戦っている。
術を使ってはいないため、オーガを一体ずつ倒すユタカの戦い方は決して派手ではない。
それでも、ユタカが近くにいたオーガを全て倒すと、拍手が沸き上がる。
魔族の格好をしているヒビキを恐れていたためか、ユタカとヒビキとナナヤの3人を遠巻きに眺めていた妖精達。
その視線を現在はユタカが一身に集めていた。
「ナナヤが直してくれた剣の切れ味が良すぎるんだけど、どうやって直したの?」
右上から左下へ剣を振り下ろしたユタカがナナヤに問いかける。
「ナナヤさんは妖精の森に来る前まで、人間界で鍛冶屋を営んでいたらしい。術を発動しているところをみたけど、炉や鞴など鍛造を行うのに必要な設備や道具が森の中に、いきなり出現したんだ」
ユタカの問いかけに対して、答えたのは見物を決め込んでいるヒビキだった。
「攻撃魔法や防御魔法が苦手なかわりに、武器を精製する能力が備わっているのだがね」
付け加えるようにしてナナヤが言葉を続けると、ヒビキが言葉を付け加える。
「国宝級の武器を直すのは初めてだったから、術の発動を失敗して武器の価値を落としてしまわないか、とても心配してたよ」
「今まで術を使って武器を直すことは多々あったけど、失敗したことは無かったのだがね」
過去の記憶を思い起こしながら、独り言を呟いたナナヤの元にオーガを倒し終えたユタカが歩み寄る。
「国宝級じゃなくて、国の宝として実際に認められてるんだよ。先代の国王が亡くなった時に、国の宝物にしようって国民と銀騎士達が話し合って決めたんだよ」
ナナヤの元へと詰め寄るとユタカは肩を小刻みに震わせて笑う。
「国王が国の宝にする事を許したのかね? 血も涙もない人だと聞いているのだがね」
ナナヤは本人の前で血も涙もない人だと、人伝に聞いた話を口にしてしまった。
「それは、あくまでも噂だよ。実際に見たの? それとも、お話しをしたの?」
ユタカは首を傾ける。
顔は真顔だろう。
いつもの、おちゃらけた口調ではない。
「ユタカは話したことがあるのかね?」
ナナヤはユタカに、そっくりそのまま言葉を返す。
ユタカは思わぬ質問を受けて言葉を詰まらせる。
ユタカの無言を、国王とは話したことが無いと否定の意味で受け取ったナナヤは苦笑する。
もう一つ気になっていた事を問いかける事にした。
「それに気になっていたのだがね国の宝である剣が、何故折れてしまったのかね?」
「それは……」
またも予想外の質問である。
まさか、国宝の剣が折れた経緯を聞かれるとは思ってもいなかったため過去に起こった出来事を思い起こしたユタカが、ぽつりと呟いた。
「Bランクのモンスター相手に無茶をして戦ったら折れちゃったんだよ。この話は終わり、先へ進むよ!」
そして、強引に話題をかえる。
身を翻し神殿の奥へ向かって歩きだしたユタカの背中をヒビキは、じっくりと眺めていた。
さっきから、レベルが上がっていないような気がする。
ユタカは四方八方から襲いくるオーガを全て倒していた。
普通ならレベルが上がってもいいはずだけど、実は高ランクを持つ冒険者なのだろうか。
ユタカとパーティを組んでいたヒビキもレベルは208まで上がっている。
懐からギルドカードを取り出したヒビキがカードに記載されている文字を見てレベルを再び確認する。
そして、疑問を抱いて固まった。
白峰ヒビキ
age.16
rank.F
level.208
使用可能レベル50.炎の刀
使用可能レベル150.剣舞、改
使用可能レベル200.覚醒
money.11,279,000G
高額な飛行術を購入した。しかし、お金は予想していたよりも貯まっている。
魔界に出没するモンスターは人間界に現れるものよりもレベルが高く強いため、お金が貯まりやすい。
魔界よりも妖精の森に出現するモンスターの方が強いため、今まで以上にお金は貯まりやすくなるだろう。
しかし、ヒビキがカードを見て固まったのは集まった金額に驚いたからではない。
使用可能レベル200.覚醒が記載されている事に気づいたためだった。
「何だろう」
カードを眺めたまま独り言を呟いたヒビキが、使用可能レベル200の覚醒を唱える。
思い立ったら即行動する。
術の詳細を読んでから発動すれば良かったものを、ヒビキは確認をする事なく術を発動してしまった。
詳細を確認さえしていれば、きっと術を発動するタイミングと場所を選んでいただろう。
瞬く間にヒビキの体が目映い光に包まれると、いち早く異変に気付いたのは神殿の奥へ向けて足を進めようとしていたユタカだった。
一歩足を踏み出した所で目映い光に背中を照らされて、背後を振り向いた。
起こった異変を確認するために目映い光に包まれている人物を確認する。
「え」
ユタカの視線が目映い光を放つヒビキの姿を捉えると、ぽつりと声を漏らす。
「どうなってんの?」
すぐ隣に佇んでいるナナヤに問いかけてみるけど、ナナヤが原因を知るわけもなく首を左右に振っている。
ヒビキの足元に突如として現れた藍色の魔法陣は緑と青を基調とした小さな光の粒を放つ。
ヒビキの体は全身の力が一気に抜けてしまったように膝を折ると、その場に頽れる。
突然の出来事に驚きユタカは、ヒビキの元へ駆け寄ろうとした。
しかし小さな光の粒はヒビキの周囲を高速で移動した後、勢いをそのままにフロア内を移動し始めたため神殿内で狩りを行っていた妖精達が恐怖心を抱き、我先にと逃げ出し始める。
逃げ惑う人々によって、ヒビキの元に駆け寄ろうとしていたユタカの進行が妨げられた。
走る妖精達に突き飛ばされて、床に腰を下ろしたユタカの耳にギシギシと骨が軋む音が聞こえ始める。
どうやら、骨の軋む音はヒビキの体から放たれているらしい。
音のする方向に視線を向けると痛みに襲われているヒビキが、血が出るほど強く唇をかみしめていた。
床に両手、両膝をついているヒビキは四つん這いのまま身動きをとれずにいる。
その体を囲むようにして、無数の小さな光が動き回りヒビキの周りを2、3周すると消滅するものもあればフロア内を高速で移動するものもある。
ひと際眩しい光を放つと、流石に目を開けていられなくなったナナヤとユタカが目蓋を閉じる。
「一体、何が起こっているのだね?」
一緒になって頭を混乱させているユタカに問いかけても分からないだろうと思いつつも、問いかけずにはいられなかった。
疑問を口に出すと少しは気持ちが落ち着く気がして、問いかけてみる。
「分からないよ。突然ヒビキの体が光に包み込まれるんだもん。神殿には何かトラップが仕掛けられているの?」
ヒビキが自分で術を発動した事に気づいていないユタカが、憶測でものを言う。
「神殿にトラップが仕掛けられている何て情報は記されてはいなかったのだがね」
ユタカの憶測に関してはナナヤは答えを返す事が出来た。
過去に神殿に挑戦する際、妖精の森のギルドで詳細の記された紙を手に入れた。
紙にはトラップの情報は書き込まれていなかった事を伝えると、ヒビキの体を包み込んでいた目映い光が収まった。同時に骨の軋む音が止み、すぐに静寂が訪れる。
恐る恐る目蓋を開けたナナヤとユタカが、俯かせていた顔を上げる。
続けて視線を上げると、それは視界に入り込んだ。
「何あれ……ヒビキが若返っちゃったように見えるのだけど」
左手で頬をつねったユタカがナナヤに視線を向ける。
「痛い」
同じく右手で自分の頬をつねっているナナヤが声を漏らす。
目の前の光景を素直に受け入れる事の出来ないユタカとナナヤの視線の先に、だぼっとしたケープを身に纏った小さな子供が佇んでいた。
クリーム色の髪の毛が印象的な少年だ。
薄い水色の瞳が真っ直ぐユタカをとらえている。
怯えるヒビキと戸惑うユタカと状況を理解する事が出来ていないナナヤ。3人の姿を遠くから眺めている人物がいた。
神殿の壁に背中を預けて佇んでいる妖精王である。
若返ってしまったヒビキの姿を見て、喉の奥で押し殺すようにして笑っている。
気配を消して神殿内に足を踏み入れたのだろう。
一体いつから、そこに居たのだろうか。
笑い声を耳にするまで、ユタカは妖精王の気配に気づく事が出来なかった。
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そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
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果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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