それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

57話 妖精王と

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「過去に見た妖精王の姿絵とそっくり、あそこに見えるのは妖精王にみえるのだがね?」
 前を歩くユタカのローブの裾を掴みとると、ナナヤが力任せに引っ張った。
 予想外の出来事に一歩二歩と後ずさり、足をもつれさせたユタカが尻餅をつく。
 いきなり裾を引っ張られた事に対して文句を言おうとしたユタカが勢いよく背後を振り向くとナナヤは、今にもこの場から逃げ出しそうな雰囲気を醸し出していた。
 腰を屈めて右足を大きく後ろに引くと、ゆっくりと重心を右足に移していく。
 へっぴり腰のナナヤの表情は曇り、冷や汗を流していた。
 随分と間抜けな格好をするナナヤに対して、文句を言う気が失せてしまったユタカは視線を妖精王に移す。

「うん。僕にも妖精王に見えるね」
 ナナヤとは対照的。
 落ち着いた様子で呟いたユタカの反応を見てナナヤは大きく目を見開いた。
 なぜ、妖精王を目の前にして冷静でいられるのか。
 信じられないものを見るような視線を向けるナナヤには、ユタカの考えが分からなかった。
 妖精王に自ら向かって行く人間がいる何て、怖いもの知らずにもほどがある。
 助けを求めるようにヒビキやサヤに視線を向ける。
 しかし、ヒビキやサヤもユタカと同じように妖精王を視界に入れているはずなのに冷静さを保っている。

 妖精王は人に仇をなす者だと思っていた。
 人間が過去に妖精王の妻と子を死に追いやったことは有名な話。
 そして、妖精王が人間界を破壊しようとしたのも事実であり、なぜ彼らは人間に対して良い印象を持っていないであろう妖精王に向かって足を進めているのか。
 人間に対して敵意を持っている彼に気づかれてしまえば、たちまち攻撃を仕掛けられることは予想がつく。
 彼らは妖精王の恐ろしさを知らないのだろうか。
 先頭を歩くユキヒラが足を止めなければ、ユタカを転ばせただけでは、その後に続くサヤとヒビキは足を止めそうにない。

 ナナヤが先頭を歩くユキヒラに声をかけるため口を開く。
 しかし、ナナヤが声をかける前に妖精王を見据えながら足を進めていたユキヒラが、背負っている剣に手をかけた。  
 ゆっくりと剣を引き抜くと、剣の先端を妖精王に向け構える。
 ユキヒラの姿を視界に入れてナナヤは声にならない悲鳴を上げた。

 表情や態度には現していないけど、ユタカは何とも奇妙な感情に支配されていた。
 樹高の高い木の枝に腰を下ろす青年を視界に入れると、驚きと共に抱いた恐怖心。
 なぜ妖精王の視線が自分に向いているのか鋭い視線を受けて、ユタカがゆっくりと立ち上がる。
 自然と妖精王の視線もユタカに合わせて持ち上がった。
 
「人間が私になんの用ですか?」
 剣を構えているユキヒラには目もくれずに中性的な声は、まっすぐユタカにかけられた。
 ユキヒラが何故、妖精王の元を訪ねたのか知りたいのはユタカも同じ事。

「僕は先頭を歩く彼女の後を追って、この場所まで足を運んだだけで目的は分からないよ」
 妖精王に対して抱いた恐怖心を表情に現さないように、クスクスと笑うユタカを見て妖精王が小さく首を傾けた。
 小さな声だったため聞こえなかったけれど、何やら独り言を呟いた妖精王が視線をヒビキに移す。

「君は何故、妖精の森に?」
 中性的な声はドワーフの塔で狩りをしていた時に耳にしていたものと同じ。
 しかし、威圧的な物言いに聞こえるのは何故だろう。
 視線は真っすぐヒビキに向けられている。
 それは、知っている人物に視線を向けていた方が落ち着くからとリンスールが考えているからであって、事情を知らないヒビキは鋭い視線を向けられている理由が分からずに困惑する。
 ヒビキは先頭を歩くユキヒラに連れられて妖精の森に足を踏み入れたわけであって、素直に伝えても良いものだろうかと考えるヒビキの目の前でユキヒラが口を開く。

「それは僕の人形だよぉ。だから僕の許可なしで口を開く事はしないよぉ」
 呆然と妖精王を眺めるヒビキの代わりにユキヒラが口を開く。
 ユキヒラは剣を向けているのにも拘わらず相手にされず、膨れっ面を浮かべていた。

「人形ですか。操っているのですか?」
「最初はね操っていたんだけど、途中で術が解けちゃったんだよねぇ」
 妖精王の視線がユキヒラをとらえたため、機嫌を良くしたユキヒラの表情が変わる。
 悪びれた様子もなくニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべたユキヒラが妖精王に攻撃を仕掛けたのは、それから間も無くの事だった。

「ちょ」
 思わず声を出したヒビキの目の前で、巨大な剣を構えたユキヒラが姿勢を低くすると地面を強く蹴りつけて走り出す。
 向かう先には妖精王が巨樹の枝に腰かけている。空中に飛び上がったユキヒラが剣を振りかぶった。
 一体ユキヒラの目的は何なのか。
 枝に腰をかけている妖精王に向け、ニヤニヤと締まらない表情を浮かべるユキヒラが剣を振り下ろす。

 突然の攻撃にもかかわらず、枝を軸にして背後へと重心を移した妖精王が落ち着いた様子でユキヒラの剣をよける。
 枝を中心に半回転、頭を真下に向けた事で重力に従って落下し始めた体を妖精王は空中で半回転させて地面に着地する。
 音を立てて地面に足をつけた妖精王めがけて剣の先端を真下に向けたまま、ユキヒラが飛び掛かる。
 妖精王が足を引き後退したため、剣はその体をかすめる事無く地面に突き刺さる。
 ユキヒラが呆然と見物を決め込んでいたサヤに人差し指を向ける。

「落雷!」
 ユキヒラの術によって身体の自由が利かなくなったサヤが、杖の先端を妖精王に向けて落雷魔法を唱える。

「結界」
 落雷は妖精王が結界を唱えた事により弾かれた。

「トルネード」
 続けてサヤに向かって右手を真っすぐ伸ばした妖精王が風魔法を唱えると、サヤの足元に白い魔法陣が現れて巨大な竜巻が発生した。

「妖精王と戦う事なんて聞いてないのだがね」
 燕尾服の男性ナナヤはユキヒラが妖精王に向かって攻撃を仕掛ける姿を確認すると、すぐに木陰に身を潜めた。
 杖を両手に抱えて座りこんでいるナナヤが弱音を漏らす。
 小刻みに体を震わせていた。
 ギルドの前で人間の子供達を見かけたナナヤは、子供が人間界から遠く離れた妖精界に足を踏み入れる事が珍しいと考えて声をかけた。
 しかし、彼らに声をかけた事を後悔する。

「結界」
 一体いつの間に頭上に現れたのか薄い緑色の髪、緑色の瞳を持つエルフの少女が巨樹の周辺を囲むように巨大な結界を張り巡らせる。
 懐にしまっていた扇子を開くと、見物を決め込んでいたユタカに向かって風を送った。

「え」
 大人しく見物を決め込んでいたユタカが、ぽつりと声を漏らす。
 視線の先で放たれた風魔法は、かまいたちへと変化する。
 ユタカの身を切り裂こうとした。

「わっ、なんで僕なの!」
 前のめりになったユタカが地面を蹴り前進した事により、かまいたちを避ける。
 ユタカが戦いに巻き込まれる姿を見て、ナナヤが近くにいたヒビキだけでも助けようとして木陰に誘い込んだ。

「君は武器を持っていないのだから、ここで大人しくしているのだよ」
 ナナヤはヒビキが剣や刀を形成する特殊な能力を持つ事を知らない。

 そのため、絶対に木陰から動かないようにと指示を出したナナヤの表情は真剣そのもので、ナナヤがヒビキを木陰に誘い込んだ所を横目で確認したユタカが安堵する。
 妖精の少女に反撃しても良いものだろうかと悩むユタカは、ユキヒラに助けを求めて視線を向ける。
 かまいたちから逃げ惑うユタカが地を蹴り、近くの木の枝を踏み台にして空中に飛び上がる。
 ユキヒラはリンスールに釘付けのためユタカの視線に気づかない。
 背負っている剣を手に取ると、かまいたちを繰り返し発動する少女に向け剣を振り下ろそうとした。
 しかし、剣は妖精王が咄嗟に放った攻撃により弾かれてしまう。
 凄まじい勢いで飛んできた弓矢に剣の軌道を変えられてしまった。
 ユタカの剣はアイリスを捉える事なく空振りする。
 姿勢を崩したユタカの腕を掴むと、首に腕を回して自分よりも大きな体を拘束する。

「攻撃を止めなさい。この人がどうなってもいいの?」
 ユタカの身柄を拘束した少女は国王と共にいる人達が、青年の事を国王と知った上で行動を共にしているのか。
 それとも国王は身分を偽っているのか、知るために妖精王に向かって剣を振るうユキヒラに声をかけた。
 大人しく拘束を受けるユタカは身動きをとる事が出来るにも拘わらず、動けないふりをする。
 身を拘束している少女からは殺気を感じとれなかったため、大人しく身を任せていた。

「ユタカ君を放してよ!」
 竜巻に巻き込まれて目を回していたはずのサヤがいつの間にか、意識を取り戻していた。
 ユタカを捉える少女に向かって、大声で叫んだサヤは国王の事をユタカ君と呼んだ。
 
「妖精王、一人だけなら何とかなると思っていたけど、しもべがいるのか。なら仕方がないねぇ」
 ユタカを捉えている少女の見た目は10代前半。しかし、彼女はSSSランクの冒険者である。
 その見た目に騙されずに攻撃する手を止めたユキヒラは、彼女がSSSランクの冒険者だと知っていた。

「よりにもよってSSSランクの冒険者だもんなぁ」
 剣を鞘に戻して妖精王の前で跪く。

「本当は意識を奪い術をかけて、その体を操るつもりでいたんだけどぉ」
 下から妖精王を見上げるユキヒラは威圧的な物言いをする。
 ユキヒラの態度を気にしてはいないのか、それとも表情には表してはいないだけか妖精王は無表情を貫き通す。

「やっぱり王様なだけあって、捉える所か攻撃を当てる事すら出来なかったねぇ」
 素直に感想を述べるユキヒラが一体、何を考えているのか分からない。

「要件は何ですか?」
 なかなか本題を話そうとはしないユキヒラに対して、しびれを切らした妖精王が声をかける。

「そう怖い顔をしないでよぉ。相談なんだけどねぇ、妖精王は人間を激しく嫌っているんだよね? 僕はある人に頼まれて人間界の王様、国王を暗殺するため仲間を集めているんだけど僕の仲間になってくれないかなぁって思ってねぇ」
 暗殺予定である国王が近くにいるにもかかわらず、暗殺を目的としている事を口にしたユキヒラの言葉に激しく動揺をしたのは国王本人である。
 妖精王もユタカと同様に、本人のいる前でユキヒラが国王暗殺を計画していると口にするものだから、今すぐにユタカに視線を向けたい気持ちを我慢する。
 ユタカの纏うオーラの属性の色は水色。
 それは氷属性を操ることを意味しているため、ユタカが国王であることは間違いないと思うけど、ユキヒラが余りにも堂々としているものだから思わず自分の見る力が誤作動してしまったのではないのかと疑ってしまった。

 自分は暗殺を企てられるほど誰かに恨まれているのだろうかと考えるユタカが息を呑む。
 ユキヒラの言葉から、アイリスに捉えられている青年が自分の身元を明かしていない事が確定する。
 妖精王はすぐに疑問に思った事を問いかけた。

「ある人とは?」
 妖精王は国王暗殺の黒幕を聞き出そうと試みた。

「もしも味方についてくれるのなら会わせてあげるよぉ」
 ユキヒラの言葉に、嘘偽りがない事を感じ取った妖精王は大きく頷いた。

「分かりました。力を貸しましょう。しかし、国王は特殊武器の使い手と聞きます。人間界では珍しい氷属性の剣を操ると聞きますが、攻撃魔法の一つ氷柱魔法は魔力を込めれば込めただけ凄まじい威力を発揮すると聞きます。もしも、戦う事になれば甚大な被害を出す事になりますよ」

「うん。その氷柱魔法が恐ろしい事を知っているから僕の雇い主も警戒をしているんだよぉ。雇い主からは人間界のボスモンスター討伐隊隊長が身に着けている狐面を奪ってから、飛行術を身につけて妖精王の元へ飛び妖精王を味方につけて魔界を壊滅に追い込んでから人間界に戻るように指示を受けているんだけどさぁ」

「国王を暗殺して一体あなた方になんの得があると言うのですか?」

 アイリスに捉えられている国王と立ち尽くしたまま身動き一つとれないでいるヒビキの目の前で、ユキヒラが次から次へと情報を漏らす。
 それは妖精王がユキヒラに対して質問を投げかけているからなんだけど、ヒビキは妖精王がユキヒラと手を組んだという事実を目の当たりにして茫然自失の状態に陥っていた。

「まだ続きがあって、僕の目的は第一王子を国王にする事。今のままだと次期国王は第二王子が継ぐことになるだろうからね。雇い主は第一王子が国王になった暁には僕が裏で人間界を支配してもいいよと言ってくれているんだよぉ」
 ユキヒラは満面の笑みを浮かべて話しているけれども、その内容は随分と恐ろしいものでユタカは愕然とする。

「まぁ、僕は第一王子にも第二王子にも会った事がないんだけどね」
 舌を出して、おちゃらけている姿からは想像もつかないような内容が放たれる。

「魔界を壊滅に追い込んでからと言っていましたね? 何故人間界の問題に魔界を巻き込む必要があるのです?」

「魔界は妖精界と人間界の間にあるでしょぉ? 起こりえないとは思うけど万一、魔族が国王の味方に付くような事があれば妖精王を味方につけたとは言え、こっちがふりになるからねぇ。だから魔界は事が起こる前に壊滅に追い込んでから国王のいるお城を攻めようと思っているらしいよぉ」

「そういう事なら分かりました。魔界に攻め入るのなら優秀な人材を連れて行かなければなりませんね」
 交渉は国王とヒビキの見ている前で成立する。
 ユタカは考えていた。
 もしも自分の命が奪われる事になれば、ヒビキや国民を危険に晒す事になる。
 ユキヒラが影で人間界を操る事になる何て、想像するだけでも恐ろしい。

「僕はユキヒラだよぉ。宜しくねぇ」
 妖精王から良い返事をもらったため、気分を良くしたユキヒラが自己紹介をする。

「私はリンスールと申します。宜しくお願いします」
 無表情ではあるけど自己紹介をしたリンスールがユキヒラに頭を下げると、続けて空中でユタカの身動きを封じているアイリスに指示を出す。

「もういいよ。彼を解放してあげてよ」
 リンスールの指示を受けてアイリスが渋々とユタカの体を解放する。
 すると、重力に従って地面に真っ逆さまに落下するユタカはユキヒラの前で飛行術を使う気は全くない様子。
 リンスールが咄嗟に国王に向けて手を伸ばした。
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