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ヒビキの奪還編
55話 燕尾服の男性
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黒い果実は苦味をあたえ青い果実は味がない。
赤い果実は辛く緑色の果実は不味い。
人間の味覚に合わせて作られていたものは虹色の果実と黄色の果実のみ。
黒い果実を口にしたユタカは舌のヒリヒリが長引く事なく回復をしたため、しっかりとした足取りで歩いている。
しかし、赤い果実を口にして体に変調をきたしたヒビキの姿を見て受付嬢が苦笑する。
ユキヒラの指示により会計をするため受付カウンターに向け足を進めたサヤに、ユタカは自分のギルドカードを手渡そうとした。
しかし、サヤに声をかける直前になりギルドカードを万一、見られた場合ギルドカードには国王の表記があるため身元がばれてしまう。
もしもサヤからユキヒラに身元が伝われば身を危険に晒す事になるため、取り出したカードを呆然と眺めた後に渋々と懐にしまうユタカの姿があった。
赤い果実を食べたため、体に変調をきたすヒビキに肩をかしながら足を進めるユタカがサヤに声をかける。
「ごめんね。朝食を作ってもらったのに全て食べきれず、お金まで支払ってもらっちゃって」
結果的にサヤに奢ってもらう形になったユタカが礼を言う。
ヒビキが少し離れた位置からサヤに向かって礼を言う。
「苦い果実や辛い果実は私も食べる事が出来なかったから、顔色一つ変えずに食べていたユキヒラが化け物なのよ。お金の事は気にしないで。こうして動ける間に今まで貯めて来たお金を誰かのために使いたかったから」
サヤは首を左右にふり苦笑する。
ユキヒラの指示により少し離れた位置に佇むヒビキには笑顔で手を振り返事をする。
生きていた頃はモンスターを倒すと、お金が自動的にギルドカードに吸収し貯蓄されていた。
しかしドラゴンによって命を奪われてしまってからは、どれだけモンスターを倒してもお金はギルドカードに反映される事無く、その事に気づいたサヤは踊り子になる夢を諦めてしまう。
「自分の為に使わないの?」
ユタカの問いかけに対してサヤは苦笑する。
「うん。少し前までは踊り子になる事が夢だったから、頑張ってお金を貯めて踊り子の衣装を購入をしたいと思っていたんだけどね。その夢は叶いそうにないから、だったら人の為に使いたいなと思ってね」
サヤが死人である事を知るユタカとヒビキが互いに顔を見合わせる。
「踊り子の衣装って確か高価なものだったよね?」
ユタカがサヤに問いかける。
「うん、とても高価なものよ。お兄ちゃんが生きていた頃は半分お金を出してくれるって言っていたんだけどね」
「お兄ちゃんが生きていた頃?」
妖精界でサヤと初めて出会ったユタカが鬼灯とサヤが兄妹である事を知っているのは可笑しいため、敢えてユタカは事情を知らないふりをする。
ユタカの問いかけに対してサヤは首を縦に振る。
「ホヅキって言うんだけどね。人間界では鬼灯ってあだ名で呼ばれていたわ。SSランクの冒険者だったんだけど、鬼灯って名前を聞いたことは無いかな?」
話の話題に上がった鬼灯とは真っ赤な瞳と真っ赤な髪が印象的な魔術師の事である。
整った容姿を持つ、その魔術師は多くの女性を魅了し人間界では多分、知らない者はいないんじゃないかなと言うくらい人気のある冒険者の一人である。
当然その名前を耳にした事があるし、ユタカとしてだけでは無くて国王として直接会って話をした事もある。
ユタカは鬼灯に対して、近寄りがたい雰囲気を醸し出す子だなと考えていた。
「知ってるよ。鬼灯って人間界にいた頃に聞いた事がある。確か、ボスモンスター討伐隊に所属していた子だよね?」
「うん。ボスモンスター討伐隊が壊滅した時に命を落としてるの。とても優しい、自慢のお兄ちゃんだったんだけどね」
鬼灯が死んでしまったと思い込んでいるサヤの脳裏に少し照れたように笑う兄の姿が浮かぶと、ギュッと胸が絞めつけられる。
サヤの目には今にもこぼれ落ちそうなほど涙が浮かんでおり、無理矢理えみを浮かべようとしたサヤの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
ヒビキがサヤの元に、ゆっくりと移動した。
何を言うわけでもなく無言のままサヤの目の前に移動したヒビキは、サヤの涙を袖を押しあてて拭う。
ヒビキの突然の行動に驚いたユタカが、あんぐりと口を開きサヤは間近に迫ったヒビキを凝視して顔を真っ赤に染める。
そんな中で、一人もくもくと足を進めていたユキヒラとの距離が随分と開いてしまっている事に気づいたサヤが、眉尻を下げるヒビキの腕を手に取った。
ユキヒラは、すでに薄暗い通路を抜けており、煉瓦作りの建物が軒を連ねて並び立つ視界の開けた街路に足を踏み入れていた。
その後を追うようにして、走り出したサヤの後にヒビキが続く。
昨夜足を踏み入れた時は、それなりに人通りがあった大きな街路には人の姿はない。
「誰もいないね」
目を細めて遠くを見たサヤが小さな声で呟いた。
「妖精は朝が弱いのかな?」
周囲を見渡したユタカが首を傾ける。
「違うと思う。俺の知ってる妖精は早起きだったから」
魔界にいた頃にドワーフの塔で出会ったエルフの青年を思い浮かべていたヒビキが、朝早くから夜遅くまで狩りを行っていたリンスールを例にあげて首を左右にふった。
「妖精のお友だちがいるんだね」
「妖精の知り合いがいるのね」
ユタカもサヤも思った事は同じだったようで言葉が見事に重なってしまったため、互いに顔を見合わせてクスクスと笑う。
街路を数メートル進んだ所で横道に逸れたユキヒラは無言を貫き通していた。
その後に続くと、藍色に輝く木々が立ち並ぶ森の中に足を踏みいれる事になる。
森の先を目を細めて見通すと遠く離れた位置に、うっすらと巨樹が見えた。
先頭を歩くユキヒラの目的は遠くに見える巨樹だろう。
ユタカとヒビキが予想する。
二人はユキヒラが情報屋と思われる人物と話をしていたのを扉を隔てた所から盗み聞きしていた。
ユキヒラの目的が巨樹である事は、まず間違いないだろうと考えた。
しかし、ユキヒラが足を止めたのは黄金色に輝く背の高い洋館の前。
煉瓦作りの巨大な建物の前には沢山の冒険者達が佇んでいた。
その殆どが薄い緑色の髪。
綺麗な容姿を持つ妖精達だが中には魔族や人の姿もある。
「おやおや、お子様パーティが何故このような場所にいるのかね?」
洋館の壁に腰を掛けて佇んでいた男性と視線が交わったと思った瞬間、立派な髭を生やした細身の男性がヒビキ達の元に歩み寄る。
先頭を歩くユキヒラから順番にユタカ、ヒビキ、サヤの順で顔を眺めていった男性はサヤの元で視線を止めると、その場で立ち止まった。
男性が握りしめている巨大な杖は滅多な事では手にいれることの出来ない、幻のアイテムと呼ばれるほど貴重なものだった。
しかし、レアものである杖ではなく立派な髭を何度も指でなぞり見せびらかす男性は、見目麗しいサヤに髭をアピールする。
「お子様だけでパーティを組むのは危ないと思うのだがね。護衛をしてあげても良いのだよ」
サヤに向かってウインクをした細身の男性は首にピンク色の蝶ネクタイ。
黒い燕尾服を身に纏っており、頭には黒とピンクのシルクハットを被っている。靴は緑色。
ユタカも含めてお子様と言った燕尾服の男性。
しかし、この男性はユタカと同じ年齢である。
突然声をかけられたため戸惑っているサヤから視線を外して燕尾服の男性はユタカの元に歩み寄る。
「随分と派手な戦いかたをしたようだね? 衣服がボロボロではないか。それに、剣も折れてしまって……」
ほろほろと涙を流す男性が、ユタカの背負っている剣を手に取ると一気に引き抜いた。
「剣とお洋服を買ってあげても良いのだがね」
目の前に剣を掲げ、じっくりと眺める燕尾服の男性の顔と剣の距離が、とても近いため剣の持ち主であるユタカが手を伸ばして男性から剣を取り返そうと試みた。
しかし、剣を持つ腕を男性が引いてしまったためユタカの手は空を切る形となった。
「お金を支払うのなら、術を使って剣を元の状態に戻してあげても良いのだがね」
男性はユタカに上手い話を持ちかける。
「元に戻せるの?」
剣が元の状態に戻るのなら大金を支払っても構わない。
そう思っていたユタカの問いかけに対して燕尾服の男性は驚いた顔をする。
「戻せるさ」
素早く表情を引き締めた燕尾服の男性は真顔で頷いた。
ユタカは男性が指定した金額を必ず支払う事を条件に剣を男性に預ける。
「ここで術を発動すると目立つから、少し離れた位置で術を発動しようと思うのだがね。心配なら誰か見張りとしてついてきてもいいのだよ? そこの、お嬢さんとか」
燕尾服の男性は木々が立ち並ぶ森の奥を指さした。
この場では術を発動する事が出来ないと言った男性が、見張りとしてサヤを指名する。
「君はそのみすぼらしい恰好を変えてきてよ。燕尾服についていくのは君だよ少年。とりあえず、どうでもいいからさっさとしてぇ」
しかしユキヒラは燕尾服の男性を見張る役割にヒビキを指名した。
そして、サヤはユキヒラと共に洋館の前でユタカとヒビキの二人が戻ってくるのを待つ。
ユキヒラの指示に従ってユタカは妖精の森に、たった一つだけあるギルド内に足を踏み入れていた。
建物の中央には魔界や人間界と同じように受付カウンターが、ずらりと並んでいる。
右手には魔界と同じようにスキル売り場がある。
そして、左手には装備や服売り場があり妖精が好んで着る衣装が、ずらりと並んでいた。
その中の一つ。
膝下まである長い赤と黒を基調としたローブはフードつき。
グレーのニッカポッカパンツがセットでついてくるようで、迷う事無くローブを手に取ったユタカが会計をするため受付嬢の元へ向け足を向ける。
受付嬢の元へ向かいつつ、歩きながら迷うことなく黒い靴を手に取った。
向かう先には踊り子が着る色とりどりのベリーダンス衣装が並んでおり、ピンクや黄色やオレンジや紫などセクシーな衣装の中から、紫色を選んだユタカが衣装の値段を確認する。
しばらくの間、表示されている値段を眺めたまま固まっていたユタカだけど、ふぅと息を吐き出すと悩んだ末ローブと共に紫のベリーダンス衣装を店員に手渡した。
機械にギルドカードを押し当てる事で会計を済ませると購入した服に着替えるため個室を借りたユタカが部屋に移動する。
ボサボサの髪を手櫛で整える。
目を覆っていた髪を手でかきあげて右耳にかけると、ローブを纏ってフードを深く被る。
靴を履き個室から足を踏み出した。
扉の先では、既に剣を元の状態に戻し終えたのだろう。
燕尾服の男性とヒビキが佇んでおり、元通りに戻った剣を両手に抱えていたヒビキは放心状態である。
「ナナヤさんが元通りにしてくれたよ」
ユタカの目の前に剣を差し出した。
「銀色の柄、刃は漆黒。そして、柄に描かれている紋様は先代の国王が使っていた剣に描かれていたものと同じように思えるのだがね」
ヒビキからナナヤさんと呼ばれた男性が剣をまじまじと見つめながら呟くと、隣に佇んでいたヒビキがビクッと大きく肩を揺らして明らかに動揺する。
「これは、先代の国王と会う機会があってね、その時に預かったものなんだ。必ず受け取りに来ると言っていたんだけど、そのすぐ後に先代の国王は亡くなってしまってね」
「確か先代の国王は暗殺され、その時に今の国王のお妃様も襲われて今は床に伏せてると聞いたのだがね」
ユタカはナナヤの言葉を耳にして苦笑する。
「事実と偽りが入り乱れているね。まぁ、事実を口にすることは出来ないんだけどね」
先代の国王はヒビキが1歳の頃、妹のアヤネが生まれて数日後に亡くなった。
幼かったヒビキは先代の国王と話した記憶はない。
顔も思い浮かべてみるけど肖像画で見た祖父しか思い浮かばなくて、ヒビキは放心状態のまま考え込む。
「体調でも悪いのかね?」
俯いたまま固まっていたヒビキにナナヤが声をかける。
「あ、ごめんなさい。考え事をしていただけで」
顔を上げたヒビキが我にかえって苦笑する。
「暗殺事件があったなんて怖いよね。未だに犯人は捕まっていないから尚更。でも、犯人は僕が絶対に捕まえるから安心して」
ヒビキの背中を叩いたユタカが足を進めると、その後を追うようにしてヒビキとナナヤが足を進める。
「剣を直してくれてくれて有難う。お金は必ず支払うから」
先頭を歩くユタカが振り向きナナヤに礼を言うと、ナナヤは髭を指先でなぞりながら何度も頷いた。
赤い果実は辛く緑色の果実は不味い。
人間の味覚に合わせて作られていたものは虹色の果実と黄色の果実のみ。
黒い果実を口にしたユタカは舌のヒリヒリが長引く事なく回復をしたため、しっかりとした足取りで歩いている。
しかし、赤い果実を口にして体に変調をきたしたヒビキの姿を見て受付嬢が苦笑する。
ユキヒラの指示により会計をするため受付カウンターに向け足を進めたサヤに、ユタカは自分のギルドカードを手渡そうとした。
しかし、サヤに声をかける直前になりギルドカードを万一、見られた場合ギルドカードには国王の表記があるため身元がばれてしまう。
もしもサヤからユキヒラに身元が伝われば身を危険に晒す事になるため、取り出したカードを呆然と眺めた後に渋々と懐にしまうユタカの姿があった。
赤い果実を食べたため、体に変調をきたすヒビキに肩をかしながら足を進めるユタカがサヤに声をかける。
「ごめんね。朝食を作ってもらったのに全て食べきれず、お金まで支払ってもらっちゃって」
結果的にサヤに奢ってもらう形になったユタカが礼を言う。
ヒビキが少し離れた位置からサヤに向かって礼を言う。
「苦い果実や辛い果実は私も食べる事が出来なかったから、顔色一つ変えずに食べていたユキヒラが化け物なのよ。お金の事は気にしないで。こうして動ける間に今まで貯めて来たお金を誰かのために使いたかったから」
サヤは首を左右にふり苦笑する。
ユキヒラの指示により少し離れた位置に佇むヒビキには笑顔で手を振り返事をする。
生きていた頃はモンスターを倒すと、お金が自動的にギルドカードに吸収し貯蓄されていた。
しかしドラゴンによって命を奪われてしまってからは、どれだけモンスターを倒してもお金はギルドカードに反映される事無く、その事に気づいたサヤは踊り子になる夢を諦めてしまう。
「自分の為に使わないの?」
ユタカの問いかけに対してサヤは苦笑する。
「うん。少し前までは踊り子になる事が夢だったから、頑張ってお金を貯めて踊り子の衣装を購入をしたいと思っていたんだけどね。その夢は叶いそうにないから、だったら人の為に使いたいなと思ってね」
サヤが死人である事を知るユタカとヒビキが互いに顔を見合わせる。
「踊り子の衣装って確か高価なものだったよね?」
ユタカがサヤに問いかける。
「うん、とても高価なものよ。お兄ちゃんが生きていた頃は半分お金を出してくれるって言っていたんだけどね」
「お兄ちゃんが生きていた頃?」
妖精界でサヤと初めて出会ったユタカが鬼灯とサヤが兄妹である事を知っているのは可笑しいため、敢えてユタカは事情を知らないふりをする。
ユタカの問いかけに対してサヤは首を縦に振る。
「ホヅキって言うんだけどね。人間界では鬼灯ってあだ名で呼ばれていたわ。SSランクの冒険者だったんだけど、鬼灯って名前を聞いたことは無いかな?」
話の話題に上がった鬼灯とは真っ赤な瞳と真っ赤な髪が印象的な魔術師の事である。
整った容姿を持つ、その魔術師は多くの女性を魅了し人間界では多分、知らない者はいないんじゃないかなと言うくらい人気のある冒険者の一人である。
当然その名前を耳にした事があるし、ユタカとしてだけでは無くて国王として直接会って話をした事もある。
ユタカは鬼灯に対して、近寄りがたい雰囲気を醸し出す子だなと考えていた。
「知ってるよ。鬼灯って人間界にいた頃に聞いた事がある。確か、ボスモンスター討伐隊に所属していた子だよね?」
「うん。ボスモンスター討伐隊が壊滅した時に命を落としてるの。とても優しい、自慢のお兄ちゃんだったんだけどね」
鬼灯が死んでしまったと思い込んでいるサヤの脳裏に少し照れたように笑う兄の姿が浮かぶと、ギュッと胸が絞めつけられる。
サヤの目には今にもこぼれ落ちそうなほど涙が浮かんでおり、無理矢理えみを浮かべようとしたサヤの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
ヒビキがサヤの元に、ゆっくりと移動した。
何を言うわけでもなく無言のままサヤの目の前に移動したヒビキは、サヤの涙を袖を押しあてて拭う。
ヒビキの突然の行動に驚いたユタカが、あんぐりと口を開きサヤは間近に迫ったヒビキを凝視して顔を真っ赤に染める。
そんな中で、一人もくもくと足を進めていたユキヒラとの距離が随分と開いてしまっている事に気づいたサヤが、眉尻を下げるヒビキの腕を手に取った。
ユキヒラは、すでに薄暗い通路を抜けており、煉瓦作りの建物が軒を連ねて並び立つ視界の開けた街路に足を踏み入れていた。
その後を追うようにして、走り出したサヤの後にヒビキが続く。
昨夜足を踏み入れた時は、それなりに人通りがあった大きな街路には人の姿はない。
「誰もいないね」
目を細めて遠くを見たサヤが小さな声で呟いた。
「妖精は朝が弱いのかな?」
周囲を見渡したユタカが首を傾ける。
「違うと思う。俺の知ってる妖精は早起きだったから」
魔界にいた頃にドワーフの塔で出会ったエルフの青年を思い浮かべていたヒビキが、朝早くから夜遅くまで狩りを行っていたリンスールを例にあげて首を左右にふった。
「妖精のお友だちがいるんだね」
「妖精の知り合いがいるのね」
ユタカもサヤも思った事は同じだったようで言葉が見事に重なってしまったため、互いに顔を見合わせてクスクスと笑う。
街路を数メートル進んだ所で横道に逸れたユキヒラは無言を貫き通していた。
その後に続くと、藍色に輝く木々が立ち並ぶ森の中に足を踏みいれる事になる。
森の先を目を細めて見通すと遠く離れた位置に、うっすらと巨樹が見えた。
先頭を歩くユキヒラの目的は遠くに見える巨樹だろう。
ユタカとヒビキが予想する。
二人はユキヒラが情報屋と思われる人物と話をしていたのを扉を隔てた所から盗み聞きしていた。
ユキヒラの目的が巨樹である事は、まず間違いないだろうと考えた。
しかし、ユキヒラが足を止めたのは黄金色に輝く背の高い洋館の前。
煉瓦作りの巨大な建物の前には沢山の冒険者達が佇んでいた。
その殆どが薄い緑色の髪。
綺麗な容姿を持つ妖精達だが中には魔族や人の姿もある。
「おやおや、お子様パーティが何故このような場所にいるのかね?」
洋館の壁に腰を掛けて佇んでいた男性と視線が交わったと思った瞬間、立派な髭を生やした細身の男性がヒビキ達の元に歩み寄る。
先頭を歩くユキヒラから順番にユタカ、ヒビキ、サヤの順で顔を眺めていった男性はサヤの元で視線を止めると、その場で立ち止まった。
男性が握りしめている巨大な杖は滅多な事では手にいれることの出来ない、幻のアイテムと呼ばれるほど貴重なものだった。
しかし、レアものである杖ではなく立派な髭を何度も指でなぞり見せびらかす男性は、見目麗しいサヤに髭をアピールする。
「お子様だけでパーティを組むのは危ないと思うのだがね。護衛をしてあげても良いのだよ」
サヤに向かってウインクをした細身の男性は首にピンク色の蝶ネクタイ。
黒い燕尾服を身に纏っており、頭には黒とピンクのシルクハットを被っている。靴は緑色。
ユタカも含めてお子様と言った燕尾服の男性。
しかし、この男性はユタカと同じ年齢である。
突然声をかけられたため戸惑っているサヤから視線を外して燕尾服の男性はユタカの元に歩み寄る。
「随分と派手な戦いかたをしたようだね? 衣服がボロボロではないか。それに、剣も折れてしまって……」
ほろほろと涙を流す男性が、ユタカの背負っている剣を手に取ると一気に引き抜いた。
「剣とお洋服を買ってあげても良いのだがね」
目の前に剣を掲げ、じっくりと眺める燕尾服の男性の顔と剣の距離が、とても近いため剣の持ち主であるユタカが手を伸ばして男性から剣を取り返そうと試みた。
しかし、剣を持つ腕を男性が引いてしまったためユタカの手は空を切る形となった。
「お金を支払うのなら、術を使って剣を元の状態に戻してあげても良いのだがね」
男性はユタカに上手い話を持ちかける。
「元に戻せるの?」
剣が元の状態に戻るのなら大金を支払っても構わない。
そう思っていたユタカの問いかけに対して燕尾服の男性は驚いた顔をする。
「戻せるさ」
素早く表情を引き締めた燕尾服の男性は真顔で頷いた。
ユタカは男性が指定した金額を必ず支払う事を条件に剣を男性に預ける。
「ここで術を発動すると目立つから、少し離れた位置で術を発動しようと思うのだがね。心配なら誰か見張りとしてついてきてもいいのだよ? そこの、お嬢さんとか」
燕尾服の男性は木々が立ち並ぶ森の奥を指さした。
この場では術を発動する事が出来ないと言った男性が、見張りとしてサヤを指名する。
「君はそのみすぼらしい恰好を変えてきてよ。燕尾服についていくのは君だよ少年。とりあえず、どうでもいいからさっさとしてぇ」
しかしユキヒラは燕尾服の男性を見張る役割にヒビキを指名した。
そして、サヤはユキヒラと共に洋館の前でユタカとヒビキの二人が戻ってくるのを待つ。
ユキヒラの指示に従ってユタカは妖精の森に、たった一つだけあるギルド内に足を踏み入れていた。
建物の中央には魔界や人間界と同じように受付カウンターが、ずらりと並んでいる。
右手には魔界と同じようにスキル売り場がある。
そして、左手には装備や服売り場があり妖精が好んで着る衣装が、ずらりと並んでいた。
その中の一つ。
膝下まである長い赤と黒を基調としたローブはフードつき。
グレーのニッカポッカパンツがセットでついてくるようで、迷う事無くローブを手に取ったユタカが会計をするため受付嬢の元へ向け足を向ける。
受付嬢の元へ向かいつつ、歩きながら迷うことなく黒い靴を手に取った。
向かう先には踊り子が着る色とりどりのベリーダンス衣装が並んでおり、ピンクや黄色やオレンジや紫などセクシーな衣装の中から、紫色を選んだユタカが衣装の値段を確認する。
しばらくの間、表示されている値段を眺めたまま固まっていたユタカだけど、ふぅと息を吐き出すと悩んだ末ローブと共に紫のベリーダンス衣装を店員に手渡した。
機械にギルドカードを押し当てる事で会計を済ませると購入した服に着替えるため個室を借りたユタカが部屋に移動する。
ボサボサの髪を手櫛で整える。
目を覆っていた髪を手でかきあげて右耳にかけると、ローブを纏ってフードを深く被る。
靴を履き個室から足を踏み出した。
扉の先では、既に剣を元の状態に戻し終えたのだろう。
燕尾服の男性とヒビキが佇んでおり、元通りに戻った剣を両手に抱えていたヒビキは放心状態である。
「ナナヤさんが元通りにしてくれたよ」
ユタカの目の前に剣を差し出した。
「銀色の柄、刃は漆黒。そして、柄に描かれている紋様は先代の国王が使っていた剣に描かれていたものと同じように思えるのだがね」
ヒビキからナナヤさんと呼ばれた男性が剣をまじまじと見つめながら呟くと、隣に佇んでいたヒビキがビクッと大きく肩を揺らして明らかに動揺する。
「これは、先代の国王と会う機会があってね、その時に預かったものなんだ。必ず受け取りに来ると言っていたんだけど、そのすぐ後に先代の国王は亡くなってしまってね」
「確か先代の国王は暗殺され、その時に今の国王のお妃様も襲われて今は床に伏せてると聞いたのだがね」
ユタカはナナヤの言葉を耳にして苦笑する。
「事実と偽りが入り乱れているね。まぁ、事実を口にすることは出来ないんだけどね」
先代の国王はヒビキが1歳の頃、妹のアヤネが生まれて数日後に亡くなった。
幼かったヒビキは先代の国王と話した記憶はない。
顔も思い浮かべてみるけど肖像画で見た祖父しか思い浮かばなくて、ヒビキは放心状態のまま考え込む。
「体調でも悪いのかね?」
俯いたまま固まっていたヒビキにナナヤが声をかける。
「あ、ごめんなさい。考え事をしていただけで」
顔を上げたヒビキが我にかえって苦笑する。
「暗殺事件があったなんて怖いよね。未だに犯人は捕まっていないから尚更。でも、犯人は僕が絶対に捕まえるから安心して」
ヒビキの背中を叩いたユタカが足を進めると、その後を追うようにしてヒビキとナナヤが足を進める。
「剣を直してくれてくれて有難う。お金は必ず支払うから」
先頭を歩くユタカが振り向きナナヤに礼を言うと、ナナヤは髭を指先でなぞりながら何度も頷いた。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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