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ヒビキの奪還編
53話 親子
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金色に輝く室内は窓から差し込む朝日によって明るく照らし出されていた。
ヒビキの腹部に顔をのせて眠りについていたサヤが目を覚ましたようで、目蓋を閉じたまま伏せていた体を起こすと両手を掲げて伸びをする。
続けて大きな欠伸をしたサヤが目蓋をこすった所で、腹部の圧迫感が消えて違和感を覚えたのか、すぐにヒビキが目を覚ます。
僅かに指先を動かすと、少しだけ開いていた唇を閉じて目蓋を震わせる。
ゆっくりと目蓋を開けるヒビキの姿を呆然と眺めていた国王は未だに寝室の扉の前で佇んでいた。
サヤがベッドを使っていないため、ベッドが一つ開いていたにも拘わらず扉の前で一夜を過ごした国王は仁王立ちのまま。
人間界にいた頃は大勢の騎士達が真夜中、国王が眠っている間も城内の見回りを行っていたため安心して眠りにつくことが出来た。
しかし、見知らぬ土地にやって来た今、自分の身は自分で守らなければならない。
魔界へ続くゲートに足を踏み入れる時に騎士達を残して見知らぬ土地に移動するため、夜中は深い眠りにつくことが出来ないことは覚悟していた。
周囲を取り巻く環境が急激に変化してしまったため、どのタイミングで眠りに付こうか勝手にベッドを使っても良いものかと考えている間に夜が明けてしまった。
いざ一夜あけてみると眠いし疲れはとれていないため体は怠いし重いまま。
大きなため息を吐き出した。
国王がため息をついたことにより人の気配を感じたヒビキが寝室の扉の前に視線を向ける。
そこには、みすぼらしい格好をした青年が佇んでいた。
長い前髪を髪どめで止めるか耳にかけるかすればよいのに顔を覆う前髪を鬱陶しいとは思わないのか、髪をボサボサのまま放置しているユタカは身なりを全く気にしてはいないようで靴は壊れて、ぱっくりと開き生地の隙間から親指がヒョコッと顔を覗かせていた。
「おはよう」
長い前髪が顔を覆い隠しているためユタカの表情を見る事は出来ないけれど、何となく自分の方を見ているんだろうなと思ったため声をかけてみる。
「おはよう」
なぜ足を一歩引いたのか。
ただ挨拶をしただけなのに肩を大きく揺らしたユタカが足を後ろに引いたため、すぐ背後の扉に背中を打ち付ける。
扉に後退を阻まれて、驚いたように背後を振り向き確認したユタカが胸元に手を添える。
胸元を押さえる姿は、高鳴る心臓を落ち着かせようとしているように思える。
てっきり、こっちを見ているのだと思っていたのだけど勘が外れてしまったらしい。
急に声をかけて驚かせてしまったことに対して申し訳ないことをしたなと思いながらも、ユタカと話す機会があれば聞いてみたかった事を問いかける。
「どうして自ら召喚魔法に飛び込む何て真似を?」
決して仲が良い相手ではない。
まさか、ユタカが自分の父親だと思ってもいないヒビキは、魔王城に移動してから召喚魔法で呼び戻されるまでの短い時間だけ話しをした初対面の相手だと思い込んでいた。
「気づいたら体が動いていたんだよ」
何とも曖昧な返事だった。
何処へ飛ばされるかも分からない召喚魔法に自ら飛び込んだ理由が、気づいたら体が動いてたなんて仲の良い相手や身内ならともかく、見ず知らずの人のために後先を考えないユタカの行動に事情を知らないヒビキは信じられない者を見るような視線を向けて言葉を詰まらせる。
「そう言う君こそ昨日の姿は一体、何だったの? 青い炎を体に纏っていたよね?」
言葉を失ってしまったヒビキに、今度はユタカが疑問に思っていたことを問いかけた。
内容は昨晩みたヒビキの姿と、その能力について。
「術に振り回されていたよね」
単に興味があって聞いて来たのかと思っていれば、ユタカがヒビキに厳しい現実を突きつける。
10年前に偶然が重なって発動をした術は、当時まだ6歳だったヒビキを心底驚かせた。
「Bランクのモンスターと戦っていた時に剣を弾かれてしまって、たまたま弾かれた剣が胸に突き刺さったために発動をしたんだ」
剣が胸に突き刺さったという恐怖から大泣きをして、その場に座り込んでいるとBランクのモンスターは何度も攻撃を仕掛けてきた。
何故か何度、殴られても蹴られても痛みを感じることがなくて、体を纏っている大きな炎が素手で攻撃を仕掛けてきたモンスターの手や足を焼く。
手や足に火傷を負ったモンスターは尻尾を巻いて逃げていった経緯を説明する。
偶然が重なって、発動した術は怖い思い出でしか無かったため、その後たまたま発動した術を使ってみようって気持ちにはならなくて10年の月日が経ってしまう。
素直に言ってしまうと、昨夜を合わせて術を発動したのは2回目だった。
そのため、術を発動した本人ですら術に振り回されていた。
「弾かれた剣が胸に突き刺さったって言ったよね? なぜ防御壁を張らなかったの?」
ユタカは剣を弾かれた時に何故、咄嗟に防御壁を張らなかったのか疑問に思ったようで真剣な眼差しで問いかける。
扉の前を離れて、ずかずかと足音を立てながら歩み寄ってきたユタカの眉間にはシワがよっているけれども、長い前髪が顔を覆い隠しているためヒビキからは確認することが出来ない。
怒り口調のままヒビキに理由を問いかける。
いきなり距離を詰められて思わず肩を揺らしたヒビキは、素直に防御魔法を使うことが出来ないと答えても良いものだろうかと悩んでいた。
余計にユタカの機嫌を損ねることになるのでは無いかと考えたヒビキは言葉を詰まらせる。
「その少年は防御魔法を使えないと思うよぉ」
ユタカが大声を上げたためユキヒラが起きてしまったらしい。
うるさいなぁと独り言を呟いたユキヒラが、言葉を詰まらせてしまったヒビキの代わりにユタカに返事をする。
「僕はまだ眠いから静かにしてよぉ」
ユタカに向かって言葉を続けたユキヒラは昨晩、大量の魔力を消費したため依然として魔力を回復中である。
「ごめん」
素直にユキヒラに謝罪をしたユタカがヒビキに声をかける。
「使えないって、お父さんから小さな頃に習ったでしょう?」
ユキヒラに対して謝りはしたもののユタカは黙る気はないようで、ヒビキに過去を思い出すようにと声をかける。
出来るだけ声を荒げることが無いように感情を抑えながら喋るユタカの問いかけに、過去の記憶を遡って考えたヒビキが首を傾ける。
「教えてもらった記憶は無いかな」
幼い頃の記憶なんて殆んど覚えてはいなくて曖昧で、父との記憶は数えるほどしかない。
廊下ですれ違った記憶と、常に騎士達に囲まれていた父の姿がよみがえる。
父は常に城の中にいたから、父と共に外出をするなんて事は無いと思う。
普通の親子だったら子は父から剣や術の使い方を習うのかもしれないけど、剣の使い方は銀騎士に教えてもらっていたため首を左右に振ると
「そっか」
何故か肩を落としたユタカがベッドの上に腰を下ろす。
大きなため息を吐き出している姿は落ち込んでいるようにしか思えない。
「一つ聞いてもいい?」
「うん?」
落ち込んでいるところ悪いけど、疑問に思っていたことを問いかけるためにユタカに声をかけると、すぐに首を傾ける素振りを見せる。
「ユタカはどのような術を使えるのか教えて欲しいんだ」
魔力が切れて意識を失う前にユキヒラからの問いかけに対して、薄れ行く意識の中で考えていた。一体、ユタカはどのような術を扱えるのだろうかと。
こればかりは、本人に聞かなくては分からなくて問いかける。
「僕が得意な術は回復魔法だよ。攻撃魔法は正直なところ殆んど使うことが出来ないよ」
せっかくヒビキが疑問を抱いて自ら声をかけてきてくれたのに、本当の事が答えられないのが辛い。
本当は氷属性の攻撃魔法や回復魔法が得意。
その他にも結界魔法や飛行術や敏捷性を上げる働きを持つ術まで、様々な術を扱うことが出来る。
「そうだ! 防壁を張る方法を教えて上げる。防壁は誰でも取得することの出来る術だから試してみよう」
もはや、ヒビキの返事を待つ気はない。
少し強引な性格をしていると思われた方が後々、動きやすいためヒビキの腕を手に取った。
「どこで練習をしようか。宿の中だと亭主に怒られそうだよね。庭を借りて練習をしようか」
ヒビキの返事を待つこともなく、言いたいことだけ伝えると続けてベッドの上に横たわっているユキヒラに声をかける。
「宿の外にヒビキを連れ出してもいいかな?」
一体何を考えているのかユキヒラが外に出る許可を出すはずが無いと考えるヒビキの目の前で、ユキヒラが寝返りをうつ。
「いいよぉ。君達がいたら、ゆっくり眠れないからね。ただし結界は張り巡らせてもらうからぁ」
驚くほどすんなりと外出の許可を出したユキヒラは煩いなぁと思っていたようで、ヒビキ達の方へ視線を向けることなく呪文を唱えて、宿と周辺の敷地を囲むようにして透明な結界が張り巡らされる。宿に向かって優雅に飛んでいた小鳥が突如、出現した結界に弾かれて地面に落ちてしまう。
「私も外に出ていい?」
ユタカのおかげで外へ出る許可をもらい、ベッドの上から腰を上げた所でサヤが私もとユキヒラに声をかける。
「別にいいけどぉ」
ベッドの上に横たわったまま許可を出したユキヒラは溜め息をつく。
「やっと静かになる」
本音を口にした。
サヤとユタカと共に宿を抜け出すと宿の外には昨夜、見た冒険者達が術の練習を行っていた。
建物の中から自らの足で歩いて抜け出したヒビキの姿を見るなり、どよめきが上がる。
「生きてる」
3人とも目を見開いて、ぽつりと言葉を漏らす。
全く同じ反応をする冒険者達の種族は妖精。
種族が違っても人間と同じ反応をするんだなと親近感を抱く。
「ここだと人目がありすぎるね。宿の裏側に回ってみよう」
注目を集めているヒビキの背中を両手で押したユタカが足を進め始める。
建物の周囲を歩き正面玄関ではなく裏口側に回り込むと底が見えるほど透き通った綺麗な湖があり、その湖を囲むようにして緑の大地が広がっていた。
宿の正面玄関側は薄暗い通路が広がっていたのに対して、裏口側は自然あふれる土地が広がっている。
そのギャップに驚いてしまったのだけど呆然と湖を眺めていると、握り拳を作って胸の高さまで持ち上げたユタカが急に喧嘩腰になるから本当に驚いた。
「少し手合わせをしてみない?」
そう声を掛けてきたユタカの体が、気がつけば目の前に迫ってきておりヒビキは慌てて後ずさる。
「俺、素手は苦手なんだけど」
素手で殴り掛かられてユタカの右ストレートを首を傾けることにより、すれすれで交わすことに成功をする。
左ストレートを反対側に首を捻ることにより避けて地面を蹴り大きく後退をすると、同じように地面を蹴ったユタカが前進する。
結局、距離は縮まることも広がることもなかったのだけど、回し蹴りを両腕をクロスさせて受け止めようとするとユタカは苦笑する。
「防御魔法を張ってごらん?」
指示を口にしたユタカの蹴りが腕に直撃をする。
見た目とは違って重たい攻撃は、ヒビキの体を押し倒す。
「武器の出現と同じように、防御魔法の出現を唱えるんだよ。思い描くのは防御魔法だよ」
背後から声を掛けられて急いで、その場に立ち上がる。
慌てて背後を振り向くと、地面を蹴り走り出したユタカの姿があった。
そのスピードは異様なほど早く、驚き目を白黒させているヒビキとの距離は瞬く間に縮まった。
目の前に迫ったユタカが腕を引き握り拳を作ると、すぐに拳をヒビキの顔面めがけて突き出した。
顔を左に傾けることで拳を避け、強く地面を蹴ることで背後に大きく飛び退いたヒビキは今にも身体のバランスを崩しそう。
「わっ」
後退する事を見破っていたのかな。
ユタカは瞬く間に距離を詰めてヒビキの懐へ入り込む。
シュッと風を切る音がして恐る恐る音のした方に視線を向けると、ユタカの放った握り拳が頬すれすれを通過をしたようで至近距離に迫ったユタカが考える素振りを見せる。
「僕が攻撃をするから避けながらでもいいから防壁を張ってみてよ」
声のトーンを低くしてヒビキに指示を出す。
みすぼらしい格好をしているにも拘わらず、素早い動きを見せるユタカが敏捷性を高める魔法を使ったら、きっと目で追うことすら出来なくなってしまうだろう。
伸ばした腕を引っ込めて右へ一歩足を踏み出したかと思えばフェイント。
腰を屈めて一気にヒビキの脇下を通り抜けたユタカの動きを、目で追うことが出来ずに見失ってしまう。
「う……」
気づけばユタカに背後を取られていた。
手刀打ちを頸部に決められる寸前に攻撃がとまり、恐ろしさのあまりか細い声が出る。
「集中力が散漫になっているから防御魔法を唱えられないの? 一度、武器を呼び出してくれる?」
いつまでたってもヒビキが防御魔法を唱えないから、しびれを切らしたユタカが武器の出現の指示を出す。
「うん」
素直に首を縦にふると、右手を目の前に突き出した。
頭の中で武器の出現を唱えると、赤い炎に包まれた剣が突然目の前に現れる。
「その武器を防御壁に変えられるかな」
ユタカの指示通り頭の中で、いつも鬼灯が出現させていた透明な防御壁を思い浮かべて出現を唱えると、剣は光の粒子となって消えてしまう。
「防御壁は出現した?」
透明な防御壁が出来上がったのか、それとも単に術の発動を失敗して剣が消えてしまっただけなのか、見分けがつかずにユタカに声をかけてみる。
「剣が消えただけに終わったね。防御壁が出現したら、ほんの一瞬だけど青白く光るはずだから」
小さなため息を吐き出したユタカが困ったように眉を寄せている。
小さい頃は確かにヒビキは防御壁を張ることが出来ていた。
剣と同時に出現をさせることは当時のヒビキには出来なかったため、剣と防御壁を使い分けながら何度も1対1で戦ったのに、あまりにも小さかったため成長をするうちに忘れてしまったのだろうかと、ユタカが考える素振りを見せる。
一度、覚えた術を忘れるだろうかと考えたユタカの脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。
もし、何者かの手によってヒビキの幼い頃の記憶が封じられたとしたら。
眉間にシワを寄せたまま固まってしまったユタカをヒビキが呆然と眺めている。
少し離れた位置からユタカとヒビキを眺めていたサヤが首を傾けた。
ヒビキの腹部に顔をのせて眠りについていたサヤが目を覚ましたようで、目蓋を閉じたまま伏せていた体を起こすと両手を掲げて伸びをする。
続けて大きな欠伸をしたサヤが目蓋をこすった所で、腹部の圧迫感が消えて違和感を覚えたのか、すぐにヒビキが目を覚ます。
僅かに指先を動かすと、少しだけ開いていた唇を閉じて目蓋を震わせる。
ゆっくりと目蓋を開けるヒビキの姿を呆然と眺めていた国王は未だに寝室の扉の前で佇んでいた。
サヤがベッドを使っていないため、ベッドが一つ開いていたにも拘わらず扉の前で一夜を過ごした国王は仁王立ちのまま。
人間界にいた頃は大勢の騎士達が真夜中、国王が眠っている間も城内の見回りを行っていたため安心して眠りにつくことが出来た。
しかし、見知らぬ土地にやって来た今、自分の身は自分で守らなければならない。
魔界へ続くゲートに足を踏み入れる時に騎士達を残して見知らぬ土地に移動するため、夜中は深い眠りにつくことが出来ないことは覚悟していた。
周囲を取り巻く環境が急激に変化してしまったため、どのタイミングで眠りに付こうか勝手にベッドを使っても良いものかと考えている間に夜が明けてしまった。
いざ一夜あけてみると眠いし疲れはとれていないため体は怠いし重いまま。
大きなため息を吐き出した。
国王がため息をついたことにより人の気配を感じたヒビキが寝室の扉の前に視線を向ける。
そこには、みすぼらしい格好をした青年が佇んでいた。
長い前髪を髪どめで止めるか耳にかけるかすればよいのに顔を覆う前髪を鬱陶しいとは思わないのか、髪をボサボサのまま放置しているユタカは身なりを全く気にしてはいないようで靴は壊れて、ぱっくりと開き生地の隙間から親指がヒョコッと顔を覗かせていた。
「おはよう」
長い前髪が顔を覆い隠しているためユタカの表情を見る事は出来ないけれど、何となく自分の方を見ているんだろうなと思ったため声をかけてみる。
「おはよう」
なぜ足を一歩引いたのか。
ただ挨拶をしただけなのに肩を大きく揺らしたユタカが足を後ろに引いたため、すぐ背後の扉に背中を打ち付ける。
扉に後退を阻まれて、驚いたように背後を振り向き確認したユタカが胸元に手を添える。
胸元を押さえる姿は、高鳴る心臓を落ち着かせようとしているように思える。
てっきり、こっちを見ているのだと思っていたのだけど勘が外れてしまったらしい。
急に声をかけて驚かせてしまったことに対して申し訳ないことをしたなと思いながらも、ユタカと話す機会があれば聞いてみたかった事を問いかける。
「どうして自ら召喚魔法に飛び込む何て真似を?」
決して仲が良い相手ではない。
まさか、ユタカが自分の父親だと思ってもいないヒビキは、魔王城に移動してから召喚魔法で呼び戻されるまでの短い時間だけ話しをした初対面の相手だと思い込んでいた。
「気づいたら体が動いていたんだよ」
何とも曖昧な返事だった。
何処へ飛ばされるかも分からない召喚魔法に自ら飛び込んだ理由が、気づいたら体が動いてたなんて仲の良い相手や身内ならともかく、見ず知らずの人のために後先を考えないユタカの行動に事情を知らないヒビキは信じられない者を見るような視線を向けて言葉を詰まらせる。
「そう言う君こそ昨日の姿は一体、何だったの? 青い炎を体に纏っていたよね?」
言葉を失ってしまったヒビキに、今度はユタカが疑問に思っていたことを問いかけた。
内容は昨晩みたヒビキの姿と、その能力について。
「術に振り回されていたよね」
単に興味があって聞いて来たのかと思っていれば、ユタカがヒビキに厳しい現実を突きつける。
10年前に偶然が重なって発動をした術は、当時まだ6歳だったヒビキを心底驚かせた。
「Bランクのモンスターと戦っていた時に剣を弾かれてしまって、たまたま弾かれた剣が胸に突き刺さったために発動をしたんだ」
剣が胸に突き刺さったという恐怖から大泣きをして、その場に座り込んでいるとBランクのモンスターは何度も攻撃を仕掛けてきた。
何故か何度、殴られても蹴られても痛みを感じることがなくて、体を纏っている大きな炎が素手で攻撃を仕掛けてきたモンスターの手や足を焼く。
手や足に火傷を負ったモンスターは尻尾を巻いて逃げていった経緯を説明する。
偶然が重なって、発動した術は怖い思い出でしか無かったため、その後たまたま発動した術を使ってみようって気持ちにはならなくて10年の月日が経ってしまう。
素直に言ってしまうと、昨夜を合わせて術を発動したのは2回目だった。
そのため、術を発動した本人ですら術に振り回されていた。
「弾かれた剣が胸に突き刺さったって言ったよね? なぜ防御壁を張らなかったの?」
ユタカは剣を弾かれた時に何故、咄嗟に防御壁を張らなかったのか疑問に思ったようで真剣な眼差しで問いかける。
扉の前を離れて、ずかずかと足音を立てながら歩み寄ってきたユタカの眉間にはシワがよっているけれども、長い前髪が顔を覆い隠しているためヒビキからは確認することが出来ない。
怒り口調のままヒビキに理由を問いかける。
いきなり距離を詰められて思わず肩を揺らしたヒビキは、素直に防御魔法を使うことが出来ないと答えても良いものだろうかと悩んでいた。
余計にユタカの機嫌を損ねることになるのでは無いかと考えたヒビキは言葉を詰まらせる。
「その少年は防御魔法を使えないと思うよぉ」
ユタカが大声を上げたためユキヒラが起きてしまったらしい。
うるさいなぁと独り言を呟いたユキヒラが、言葉を詰まらせてしまったヒビキの代わりにユタカに返事をする。
「僕はまだ眠いから静かにしてよぉ」
ユタカに向かって言葉を続けたユキヒラは昨晩、大量の魔力を消費したため依然として魔力を回復中である。
「ごめん」
素直にユキヒラに謝罪をしたユタカがヒビキに声をかける。
「使えないって、お父さんから小さな頃に習ったでしょう?」
ユキヒラに対して謝りはしたもののユタカは黙る気はないようで、ヒビキに過去を思い出すようにと声をかける。
出来るだけ声を荒げることが無いように感情を抑えながら喋るユタカの問いかけに、過去の記憶を遡って考えたヒビキが首を傾ける。
「教えてもらった記憶は無いかな」
幼い頃の記憶なんて殆んど覚えてはいなくて曖昧で、父との記憶は数えるほどしかない。
廊下ですれ違った記憶と、常に騎士達に囲まれていた父の姿がよみがえる。
父は常に城の中にいたから、父と共に外出をするなんて事は無いと思う。
普通の親子だったら子は父から剣や術の使い方を習うのかもしれないけど、剣の使い方は銀騎士に教えてもらっていたため首を左右に振ると
「そっか」
何故か肩を落としたユタカがベッドの上に腰を下ろす。
大きなため息を吐き出している姿は落ち込んでいるようにしか思えない。
「一つ聞いてもいい?」
「うん?」
落ち込んでいるところ悪いけど、疑問に思っていたことを問いかけるためにユタカに声をかけると、すぐに首を傾ける素振りを見せる。
「ユタカはどのような術を使えるのか教えて欲しいんだ」
魔力が切れて意識を失う前にユキヒラからの問いかけに対して、薄れ行く意識の中で考えていた。一体、ユタカはどのような術を扱えるのだろうかと。
こればかりは、本人に聞かなくては分からなくて問いかける。
「僕が得意な術は回復魔法だよ。攻撃魔法は正直なところ殆んど使うことが出来ないよ」
せっかくヒビキが疑問を抱いて自ら声をかけてきてくれたのに、本当の事が答えられないのが辛い。
本当は氷属性の攻撃魔法や回復魔法が得意。
その他にも結界魔法や飛行術や敏捷性を上げる働きを持つ術まで、様々な術を扱うことが出来る。
「そうだ! 防壁を張る方法を教えて上げる。防壁は誰でも取得することの出来る術だから試してみよう」
もはや、ヒビキの返事を待つ気はない。
少し強引な性格をしていると思われた方が後々、動きやすいためヒビキの腕を手に取った。
「どこで練習をしようか。宿の中だと亭主に怒られそうだよね。庭を借りて練習をしようか」
ヒビキの返事を待つこともなく、言いたいことだけ伝えると続けてベッドの上に横たわっているユキヒラに声をかける。
「宿の外にヒビキを連れ出してもいいかな?」
一体何を考えているのかユキヒラが外に出る許可を出すはずが無いと考えるヒビキの目の前で、ユキヒラが寝返りをうつ。
「いいよぉ。君達がいたら、ゆっくり眠れないからね。ただし結界は張り巡らせてもらうからぁ」
驚くほどすんなりと外出の許可を出したユキヒラは煩いなぁと思っていたようで、ヒビキ達の方へ視線を向けることなく呪文を唱えて、宿と周辺の敷地を囲むようにして透明な結界が張り巡らされる。宿に向かって優雅に飛んでいた小鳥が突如、出現した結界に弾かれて地面に落ちてしまう。
「私も外に出ていい?」
ユタカのおかげで外へ出る許可をもらい、ベッドの上から腰を上げた所でサヤが私もとユキヒラに声をかける。
「別にいいけどぉ」
ベッドの上に横たわったまま許可を出したユキヒラは溜め息をつく。
「やっと静かになる」
本音を口にした。
サヤとユタカと共に宿を抜け出すと宿の外には昨夜、見た冒険者達が術の練習を行っていた。
建物の中から自らの足で歩いて抜け出したヒビキの姿を見るなり、どよめきが上がる。
「生きてる」
3人とも目を見開いて、ぽつりと言葉を漏らす。
全く同じ反応をする冒険者達の種族は妖精。
種族が違っても人間と同じ反応をするんだなと親近感を抱く。
「ここだと人目がありすぎるね。宿の裏側に回ってみよう」
注目を集めているヒビキの背中を両手で押したユタカが足を進め始める。
建物の周囲を歩き正面玄関ではなく裏口側に回り込むと底が見えるほど透き通った綺麗な湖があり、その湖を囲むようにして緑の大地が広がっていた。
宿の正面玄関側は薄暗い通路が広がっていたのに対して、裏口側は自然あふれる土地が広がっている。
そのギャップに驚いてしまったのだけど呆然と湖を眺めていると、握り拳を作って胸の高さまで持ち上げたユタカが急に喧嘩腰になるから本当に驚いた。
「少し手合わせをしてみない?」
そう声を掛けてきたユタカの体が、気がつけば目の前に迫ってきておりヒビキは慌てて後ずさる。
「俺、素手は苦手なんだけど」
素手で殴り掛かられてユタカの右ストレートを首を傾けることにより、すれすれで交わすことに成功をする。
左ストレートを反対側に首を捻ることにより避けて地面を蹴り大きく後退をすると、同じように地面を蹴ったユタカが前進する。
結局、距離は縮まることも広がることもなかったのだけど、回し蹴りを両腕をクロスさせて受け止めようとするとユタカは苦笑する。
「防御魔法を張ってごらん?」
指示を口にしたユタカの蹴りが腕に直撃をする。
見た目とは違って重たい攻撃は、ヒビキの体を押し倒す。
「武器の出現と同じように、防御魔法の出現を唱えるんだよ。思い描くのは防御魔法だよ」
背後から声を掛けられて急いで、その場に立ち上がる。
慌てて背後を振り向くと、地面を蹴り走り出したユタカの姿があった。
そのスピードは異様なほど早く、驚き目を白黒させているヒビキとの距離は瞬く間に縮まった。
目の前に迫ったユタカが腕を引き握り拳を作ると、すぐに拳をヒビキの顔面めがけて突き出した。
顔を左に傾けることで拳を避け、強く地面を蹴ることで背後に大きく飛び退いたヒビキは今にも身体のバランスを崩しそう。
「わっ」
後退する事を見破っていたのかな。
ユタカは瞬く間に距離を詰めてヒビキの懐へ入り込む。
シュッと風を切る音がして恐る恐る音のした方に視線を向けると、ユタカの放った握り拳が頬すれすれを通過をしたようで至近距離に迫ったユタカが考える素振りを見せる。
「僕が攻撃をするから避けながらでもいいから防壁を張ってみてよ」
声のトーンを低くしてヒビキに指示を出す。
みすぼらしい格好をしているにも拘わらず、素早い動きを見せるユタカが敏捷性を高める魔法を使ったら、きっと目で追うことすら出来なくなってしまうだろう。
伸ばした腕を引っ込めて右へ一歩足を踏み出したかと思えばフェイント。
腰を屈めて一気にヒビキの脇下を通り抜けたユタカの動きを、目で追うことが出来ずに見失ってしまう。
「う……」
気づけばユタカに背後を取られていた。
手刀打ちを頸部に決められる寸前に攻撃がとまり、恐ろしさのあまりか細い声が出る。
「集中力が散漫になっているから防御魔法を唱えられないの? 一度、武器を呼び出してくれる?」
いつまでたってもヒビキが防御魔法を唱えないから、しびれを切らしたユタカが武器の出現の指示を出す。
「うん」
素直に首を縦にふると、右手を目の前に突き出した。
頭の中で武器の出現を唱えると、赤い炎に包まれた剣が突然目の前に現れる。
「その武器を防御壁に変えられるかな」
ユタカの指示通り頭の中で、いつも鬼灯が出現させていた透明な防御壁を思い浮かべて出現を唱えると、剣は光の粒子となって消えてしまう。
「防御壁は出現した?」
透明な防御壁が出来上がったのか、それとも単に術の発動を失敗して剣が消えてしまっただけなのか、見分けがつかずにユタカに声をかけてみる。
「剣が消えただけに終わったね。防御壁が出現したら、ほんの一瞬だけど青白く光るはずだから」
小さなため息を吐き出したユタカが困ったように眉を寄せている。
小さい頃は確かにヒビキは防御壁を張ることが出来ていた。
剣と同時に出現をさせることは当時のヒビキには出来なかったため、剣と防御壁を使い分けながら何度も1対1で戦ったのに、あまりにも小さかったため成長をするうちに忘れてしまったのだろうかと、ユタカが考える素振りを見せる。
一度、覚えた術を忘れるだろうかと考えたユタカの脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。
もし、何者かの手によってヒビキの幼い頃の記憶が封じられたとしたら。
眉間にシワを寄せたまま固まってしまったユタカをヒビキが呆然と眺めている。
少し離れた位置からユタカとヒビキを眺めていたサヤが首を傾けた。
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なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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