それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

52話 妖精王の本気

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 国王の足元は覚束おぼつかず、時折ひび割れた大地のくぼみに足を取られてグキッと足首をひねる姿は歩く事に慣れていないのか、今にも盛大に転びそうな雰囲気を醸し出している。

 いつも飛行術で移動をしていたからな足腰が弱っているのか。
 
 呼吸を乱しながら足を進める国王は人間界に居た頃は、長距離を移動する際は必ず飛行術を使っていた。
 そのため、足場の悪い凸凹道を歩くのは何十年ぶりだろう。
 ヒビキが幼い頃は、よく特殊武器の使い方やモンスターの戦い方を教えるために何度も外出をした。
 しかし、ヒビキが大きくなるにつれて話をする事も少なくなったため、外出をする機会が徐々に減っていった。
 盛り上がった土に足を取られて盛大に転んだ国王を横目に見て、ユキヒラが真顔で口を開く。

「何ふざけてるの?」
 ユキヒラが淡々とした口調で問いかけた。
 見た目は20代前半でも通じる程、若い容姿をしている国王の見た目と実年齢は比例しない。

「痛い」
 打ち付けた額を押さえて、その場に立ち上がった国王が情けない声を出す。

「本気で転んだの? 呆れたぁ」
 体力のない青年に驚きを隠せないでいるユキヒラが、あんぐりと口を開く。 
 人を見下すようなユキヒラの視線を受けながら凸凹の地面に足をとられながらも、足を進めて立ち去っていく国王の背中を密かに見送っている人物がいた。



 8000年以上を生きる妖精王、暗闇の中ふわふわと宙に浮かぶ体はキラキラと緑色に輝いていた。
 白い羽を羽ばたかせるたびに舞う緑色の小さな光の粒は妖精王の体を取り囲む。

「まさか森の一部を破壊するとは」
 クスクスと肩を震わせて笑う妖精王は、妖精の森の一部が国王に破壊された事を怒る所か面白がっていた。

「おじい様、笑いごとではありませんよ」
 笑みを浮かべる妖精王とは対照的に、眉を寄せて不安そうな表情を浮かべるアイリスが呟く。

「そうだね。笑いごとではないけど予想外の出来事が起こったから感心しちゃって」
 ポンポンと孫の頭に手を乗せて撫でていた妖精王が苦笑する。

「体が封印を受ける直前に一か八か危険な賭けだったけど意識だけでも飛ばして良かったよ。妖精の森で、こんなに面白い光景を目の当たりにする事が出来たのだから」
 アイリスに叱られてもなお、思い出し笑いを止めない妖精王は小刻みに肩を震わせている。

「本当に危険な賭けでした。私が、おじい様の霊魂に気づかなければ今頃、消滅していましたよ。器が無ければ霊魂は、すぐに消滅してしまうのですから。たまたま私がトロール討伐隊の情報を求めて魔界にいたから良かったものの、おじい様は少し考えてから行動をするべきです」
 妖精王の行動を非難するアイリスは人見知りの激しいSSSランクの冒険者。
 妖精王の指示を受けて各地を飛び回っていた。

「今後は気を付けながら行動するよ。森を一度、更地に戻さないといけないね。どうしようか、アイリスがやる?」
 小柄な少女の頭に腕を置いたまま、その愛らしい顔を覗き込み笑顔で問いかける妖精王の言葉を耳にしてアイリスは唖然とする。

「馬鹿な事を言わないでください。私には森を更地に戻すだけの能力はありません。あ……馬鹿って言っちゃった。ごめんなさい」
 幼い顔立ちの少女が膨れっ面を浮かべて首を左右に振る。
 しかし、咄嗟に思った事を口にしたため妖精王に対して馬鹿と言ってしまった事に気づいた少女は、しゅんと眉を下げると深く頭を下げる。

「謝る必要はないよ」
 小さい体を更に小さくして、謝るアイリスの背中を優しく撫でると落ち込んでいる少女に問いかける。

「森を更地に戻すから、離れていなさい。あの泉の向こう側まで走れる?」
 妖精王の示した先には大きな泉があり、キラキラと光輝く緑色の草が生い茂っている。
 鮮やかな花が咲き誇り、甘いにおいに誘われた蝶が周囲を飛び回っていた。

「はい。おじい様くれぐれも無茶はしないでくださいね。もう年なんだから体を大事にしてくださいね」
 キラキラと光輝く泉に向けて、体の向きを変えたアイリスが不安そうに妖精王の顔を見上げる。

「うん、無茶はしないよ。さぁ、走って!」
 苦笑いを浮かべて頷いた妖精王が、アイリスに泉の向こう側に向かって走るように指示を出す。
 妖精王の指示と共に助走をつけて、勢いよく宙に舞い上がったアイリスは飛行術を使って空高く舞い上がった。

「あ……そうか、アイリスは飛行術が使えるんだったね」
 羽を使って飛ぶよりも魔族が好んで使っている飛行術の方が早く移動をする事が出来る。
 苦笑する妖精王が、凄まじい勢いで空高く飛び上がるアイリスを見送ると大きく両手を掲げた。
 キラキラと緑色に輝く星空に向かって、弓を引く動作をすると巨大な弓と矢が空中に現れた。
 光輝く弓は妖精王が腕を引く動作と共に矢が弓絃ゆみづるを引き大きく下にさがる。

 意識だけを飛ばして借り物の器に霊魂を移した妖精王は、何者かに掛けられた禁術。
 本体に掛けられていたレベル封印の禁術から見事に逃れる事に成功をしていた。
 つまり、現在の妖精王は本来のレベルに戻っている訳であり高度な弓術が使えるようになっている。
 妖精王が巨大な魔力を解放した事により空中に出現した弓が巨大化する。

 機転を利かせたアイリスによって破壊した森の一部に巨大な結界が張り巡らされた。
 結界の頂上は目で確認する事が出来ない。
 アイリスの張った巨大な結界は、宿に戻るため足を進めていたユキヒラと国王の足を止めさせた。

 そして、背後を振り向き唐突に現れた巨大な結界を眺める国王とユキヒラの視線の先で空へと向けて目映い光を放つ一本の矢が入り込む。
 遠くから見ても大きいと思えるほど、巨大な矢は空高く上がると突然、粒子に変化をする。
 空一面を覆う程の粒子は夜空を目映い光で覆ってしまったため周囲が明るく光照らされる。
 空を覆いつくすほどの粒子を視野に入れた途端、妖精王は結界の外へ向かって全力疾走を行っていた。

 二つに割れた大地を大きくジャンプをする事により飛び越えて、折り重なる木々は大きく空中へ飛び上がり体を半回転、道を塞いでいる木に手をトンとつき指先で押して空中で体を一回転させて飛び越える。

「おじい様ったら無茶をしないでって言ったのに……」
 遠くに見える妖精王の姿を捉えていたアイリスが本音を漏らしていた。
 強く地面を蹴って空中に飛び上がった妖精王が結界を抜けると、すぐに光の粒子が垂直に地面に向かって落下を始める。

 小さな粒は見た目とは違って一つ一つが凄まじい威力を発揮する。
 激しい音を立てて地面や木々に打ち付けられる光の粒は土煙を巻き上げた。
 結界内を土煙が覆ってしまったため、森がどのようになっているのか確認をする事が出来ない。
 ポカーンとした表情を浮かべる国王は、思考が追いつかず呆然と結界内で起こる現象を見つめていた。
 自然と体が震え上がるほどの強力な魔法を見せつけられて放心状態に陥っていた国王の肩を、我に返ったユキヒラが力を込めて叩く。

「何をしているの、早く逃げるよぉ!」
 土煙が少しずつおさまってきた事により、視界は少しずつ開けていく。
 無数に折り重なっていた木々は跡形もなく消え去り、ひび割れた大地は全てサラサラの砂に戻されていた。
 二つに分かれていた割れた大地も、どこら辺にあったのか今では見分ける事が出来はしない。

「森が壊滅していると思えば急に更地に戻るし妖精の森では一体、何を放し飼いにしてるのさぁ」
 大きなため息と共に本音を吐き出したユキヒラにつられて、国王も後を追いかける。
 何とも気まずそうな表情を浮かべる国王は、森を壊滅してしまったため罪悪感に苛まれていた。
 
 

 国王がユキヒラと共に宿に向かって足を進め始めた頃。
 意識を失ったヒビキをサヤが宿まで運びベッドの上に転がした。
 仰向けに横たわり整った寝息を立てるヒビキは熟睡中。

「全く起きる気配がない」
 白いケープの上からお腹をくすぐってみるけど反応は無かった。
 指先で押さえつけてみるけどピクリとも反応を示さない。
 ヒビキが一度眠りにつくと中々、目を覚まさない事を知る由もないサヤが何度もヒビキに何度もちょっかいをかける。
 時間をかけて起こそうと試みていたけれど結局ピクリとも体を動かそうとはしないヒビキに、しびれを切らしたサヤがヒビキのお腹に顔を預けて、ふて寝をしてしまう。


 二人が眠りについてから、しばらくして国王を連れて宿に戻ったユキヒラが部屋の扉を開くと、部屋を出る前は紙が散らばり物が散乱していたはずの室内が綺麗に整頓されて元通りの状態に戻っていた。
 元の位置に戻ったベッドの上には熟睡中のヒビキと、うたた寝をするサヤの姿がある。

「疲れたぁ」
 眠りにつく二人の姿を見て疲れが押し寄せたユキヒラが大きなため息を吐き出すと、空いているベッドに腰を下ろす。

 ベッドの上に横たわり眠りについたユキヒラは無理して高度な魔法、召喚術を使ってしまったため消費した魔力の回復を行っている。
 
 国王は扉の前に佇んだままヒビキが起きたら何て声を掛けようかと頭を悩ませていた。
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