それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

46話 妖精の森

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 煉瓦れんが作りの建物がのきを連ねて並び立つ。
 左右対称に並んだ建物を隔てるように、大通りが街の中心部を貫いている。
 人通りの激しい大通りから脇道にそれると、建物が日の光を遮るため辺りは途端に薄暗くなる。
 脇道を中性的な顔立ちの女性と、豊満な胸を持つ妖艶な体つきの女性が足早に突き進んでいた。

 薄暗い通路には物取りを目的とした薄汚い恰好をした男達が屯する。
 しかし、男達は女性2人が目の前を通過したにも|拘(かか》わらず声をかける所か、立ち上がる事すらなく見送ってしまう。

「俺の見間違いか? 少年がかつがれていたように思えたんだが」
 口を半開きにして気の抜けた表情を浮かべながら、女性を見送っていた男性が首を傾ける。
 見間違いでなければ、妖艶な体つきの女性の肩には白いケープを身に纏った少年が担がれていた。
 
「あぁ。俺にも、そう見えた」
 仲間の一人も同じように口を半開きにして気の抜けた表情を浮かべていた。
 女性2人は危険人物かもしれない。
 下手に関り合いにならない方がいいだろうと考えた仲間は男に同意する。
 薄い緑色の髪の毛に緑色の瞳を持つ男達は、みすぼらしい恰好をしているけれど容姿は女性と見間違うほど綺麗な顔立ちをしている。
 尖った耳を持つ男達の肌は透き通るように白く、金色の長い睫毛まつげを持つ。背中には白い羽が生えており、白い小さな光が羽を囲むようにしてただよっている。
 彼らの種族は妖精。



 ヒビキをとらえる事に成功したユキヒラは、その日のうちに魔界を抜け出して妖精の森に移動。
 妖精王が光の柱によって封印を受けているため、妖精界を囲むようにして張り巡らされていた結界は跡形もなく消えて誰でも簡単に足を踏み入れる事の出来る状態になっていた。
 ユキヒラとサヤは何の苦労もなく妖精の森に足を踏み入れた。
 妖精の森は魔界の約3倍の大きさ。
 森の中央には長い歴史の中で育った巨樹きょじゅが聳え立つ。
 巨樹を囲むようにして森が広がっており、森の中では多くの妖精が家を建て家族と共に暮らしていた。
 
 魔界と妖精の森の境目には800年程前にリンスールが他の種族の浸入を防ぐために造った街並みが広がっている。
 街の至る所に無数のトラップが仕掛けられていた。
 最もリンスールが封印を受けた今、トラップは発動する事なく街には気軽に足を踏み入れることが出来るようになる。
 そのため、外部からの冒険者を狙った物取り目的の連中が屯する。治安の悪い場所と化していた。
 
 薄暗い通路を抜けると、すぐに古びた宿が現れる。
 木造二階建ての長い年月を経た建物の周囲には、杖を掲げる者。剣を振るう者。弓を構える者が屯する。

「あら、珍しい。魔族がいるじゃないの」
 二本の角と羽を生やすユキヒラとサヤを見て魔族と言った女性は尖った耳を持つ妖精。 

「魔族とそれに抱えられてるのは人間じゃないか!」
 女性の言葉に同意をするようにして大きく頷いたエルフの青年が、サヤの肩に担がれているヒビキの姿を視野に入れて大声をあげる。
 その手には大きな剣がしっかりと握りしめられていた。
 妖精は見る力があると、以前読んだ本の中に記されていた。
 だから、てっきり角と羽をつけて姿を偽っているユキヒラとサヤの種族は、すぐに人だと気づかれてしまうだろう。
 そう思っていたにも拘わらず妖精達は素直に騙されているため、魔族を恐れてユキヒラやサヤを遠巻きに眺めている。

「可愛そうに。きっと、あの子は捕らえられてしまったのね。今から個室に運ばれて食べられてしまうんだわ」
 妖精達にも、魔族が人を食らうことは伝わっているようでエルフの女性が呟くと
「可愛そうに」
 杖を片手に佇んでいる魔術師の青年が、ぽつりと声を漏らす。


 同情はするけれど近寄ってこようとはしない彼らは、見て見ぬふりをする。
「可哀想だけど魔族が相手なんだ。仕方がないさ」
 巨大な剣を片手に佇んでいるエルフの青年が呟くと
「そうね」
 ヒビキから視線を逸らした女性が、ため息を漏らす。



 本来なら結界が施されている宿は妖精以外の種族が立ち入れば、扉を開いた途端に見えない壁に弾き飛ばされる。
 しかし、リンスールが封印を受けているため結界も発動する事はなく人間であるユキヒラやサヤを、すんなりと建物内に通してしまう。

 外壁が随分と古びた建物だったため室内も蜘蛛の巣やギシギシと音を立てる床板を想像していたサヤが、大きく目を見開くと驚きの表情と共に周囲を見渡した。
 金色の床板は歩く事を戸惑うほどキラキラと光輝いている。
 天井には見渡す限り花鳥画が描かれており、金箔が施された家具の上には色とりどりの花が飾られていた。
 受け付けカウンターに赴き佇む受付嬢に声をかけたユキヒラが、部屋を借りるためにエルフの女性と話をする。
 受付嬢は魔族に抱えられているヒビキの姿を眺めて、もしかして室内で食べるつもりではないでしょうねとユキヒラに声をかけたため、サヤが慌てて訂正をする。

「私達の種族も人間です。魔界では魔族達の姿を真似ていたため今は魔族の姿をしていますが同じ人間である私達が、この子を食べる事は無いので安心してください」
 頭に生やした角を取り外したサヤが受付嬢に人であることを伝える。
 受付嬢を安心させるために種族を偽っている事を明かした。

「そうですか、人間でしたか」
 ゆっくりと懐に手を入れた女性が笑顔で頷くと部屋の鍵ではなく、刃先の尖った刃物を取り出してユキヒラの首に突きつけた。
 人だと分かった途端、受付嬢の態度が変わる。
 しかし、女性の雰囲気が変わった事にいち早く気がついたユキヒラが背負っていた剣を手に取り、受付嬢の動きに合わせるようにして振るう。
 彼女の首に剣を突きつけた。
 
 女性がユキヒラの首に刃物を突きつけたのと、ユキヒラが女性の首に剣を突きつけたのは、ほぼ同時だった。
 受け付けカウンター周辺に屯っていた妖精達が、緊迫した雰囲気が漂う一ヶ所に視線を向ける。

「人は弱いと聞いたけど中には、そうじゃない人もいるのね」
 ユキヒラから身ぐるみをはぐ事を諦めた受付嬢が大きなため息を吐き出した。
 刃物をおさめると背後に並ぶ棚から部屋の鍵を取り出してユキヒラに手渡す。
 鍵を受け取ったユキヒラは受付嬢に声をかけることなく身を翻す。
 戸惑っているサヤのすぐ横を通りすぎ、二階へと続く階段に足をかけたユキヒラは機嫌を損なっていた。
 一歩、二歩と階段を上り始めたユキヒラが急に足を止めたと思った瞬間、背後を振り向きヒビキの腕を手に取りサヤの肩の上から引きずり下ろす。
 咄嗟に体をひねり背中から地面に叩きつけられることを避けたヒビキが、ふらふらと覚束無い足取りで地面に着地をする。

「まだ君の特殊武器を貰ってなかったねぇ。武器を頂戴」
 機嫌が悪かったと思えば突如、満面の笑みを浮かべたユキヒラがヒビキの目の前に右手を差し出した。
 ピクリとも表情を変えないヒビキに、武器を渡すようにと指示を出す。
 狐面を奪っただけでは満足をすることなく武器まで奪おうとするユキヒラは、指先を動かして早く武器を渡すようにとヒビキを急かす。

 正直、武器を奪われる事は避けたかった。
 武器を失う事は自分の身を危険にさらす事になるから。
 しかし、ユキヒラに操られているふりをするヒビキは逆らうことが出来ない。
 そっと、手を目の前に突き出すと頭の中で武器の出現を唱える。
 すると、赤い炎に包まれた剣がヒビキの目の前に現れた。
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