それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ドラゴンクエスト編

42話 ユキヒラ

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 白を基調とした狐面を身につけて、少年は武器を持たず手ぶらでドラゴンの前に立ちはだかっていた。
 ドラゴンのレベルは580。
 手ぶらで勝てる相手では無い事は一目瞭然である。
 しかし、今にもドラゴンに向かって走り出しそうな少年をサヤはドキドキと心臓を高鳴らせながら見つめていた。

「まさか、手ぶらでドラゴンに挑む気じゃないでしょうね」
 本当に小さな声で呟いた言葉は誰の耳に入るわけでもなく消えてしまう。
 嫌な予感しかしない。
 視線の先に佇んでいる少年が、そのような無謀な行動をとるような人物でなければよいけど。
 少年の性格を知らないサヤは、成り行きを見守ることしか出来ない。
 カッコ悪くてもいいから、少年がドラゴンの前から逃げだしてくれますように。
 そう願うサヤの目の前で突如、少年がドラゴンに向かって走り出す。

 手に武器は握られていない。
 盾となる防具も見当たらず、防御力を高める役割を果たす鎧を身に付けているわけでもない。
 まるで、街へ買い物に出掛けるような身軽な格好をした少年は、躊躇うこともなくドラゴンに向かって一直線。
 サヤは顔を真っ青にして、瞬きをすることも忘れるるほど困惑しながら狐耳付きフードを身に纏った少年を見つめていた。
 両手で頬を押さえて、あんぐりと口を開いている。
 手ぶらでドラゴンに挑むなんて無茶なことをする。
 見た目は大人しそうな少年の大胆な行動はサヤだけでなく、ギフリードと対峙するユキヒラも驚かせていた。

「随分と無茶をする子だねぇ」
 独り言を呟いたユキヒラにギフリードが同意をするように頷いている。
 ドラゴンに向かって全力疾走をする少年の先の行動が全く読めない。
 ユキヒラとギフリードは武器を互いに向け構えたままの状態ではあるものの、狐面を身につけた少年が気になって仕方がない様子。
 目が釘付けになっている。

 考えを口にすることなく表情を強ばらせているサヤの目の前で、少年に向かってドラゴンが攻撃をしかける。
 少年を串刺しにするために地面から、次から次へと木のつるが出現する。
 身軽な少年は木のつるから身を守るため、地面を強く蹴って高く飛び上がった。
 前方宙返りをすると空中で体を半捻りにして姿勢を整える。
 体を串刺しにしようと出現する木のつるを、次から次へと避けながら少年が両手を胸の高さまで持ち上げる。
 唐突に真っ赤な炎を纏った剣が姿を現した。

「は?」
 何の前触れも無く少年の目の前に現れた剣を見て、ユキヒラが声を上げる。

「へ?」
 同じように声を漏らしたサヤが瞬きを繰り返す。

 森の上空ではユキヒラやサヤと同じように驚いている人物が1名。
 声を上げることはなかったけど、黒い紙にペンの先端を向けたまま少年を見つめている調査員が驚きのあまり身動きを止めている。

 ヒビキの持つ特殊能力の一つ。
 武器を出現させる能力は少なくとも、この場にいる3名を驚かせた。
 瞬きをしている間に少年はドラゴンの目の前に迫る。
 一歩、二歩と足を進めて三歩目で地面を蹴り宙に浮かび上がる。

 ドラゴンの目に向かって剣を突き出した少年の攻撃は、いとも容易く避けられてしまう。
 ドラゴンが大口を開けると迫りくる少年の体に噛みつこうとした。
 ここで動いたのが黒いコートを纏っている魔術師の青年である。
 杖の先端を少年に向けると防御壁を出現させる。
 少年の体に鋭い牙を突き立てようとしたドラゴンが見えない壁に阻まれて弾かれた。
 衝撃を受けて一歩二歩と後ずさる。

 ドラゴンの攻撃を受けたヒビキの体を防御壁が守ったため攻撃を身体に受けずにすんだ。
 しかし、防御壁ごしに弾かれたヒビキの体はドラゴンとは真逆の方向に飛び、ユキヒラとギフリード二人の間に割って入るような形で落下する。
 地面に叩きつけられたため鬼灯の張った防御壁が壊れてしまった。
 力無く腰を下ろしたままの状態で呆けるヒビキと、一歩足を引いた状態で瞬きを繰り返しているユキヒラが見つめあう。

 手を伸ばせば届く距離にある狐面。
 武器を手にしているとはいえ、見るからに弱そうな少年を眺めていたユキヒラが突如ニヤニヤと奇妙な笑みを浮かべる。
 人間界にいたときに、ボスモンスター討伐隊の隊長を務めていた人物が身に付けていたも物と同じ形。
 同様の物を着けているはずなのに、狐面を目の前に座り込んでいる少年が身につけると小動物を連想させる。

「僕のかわりに、暗黒騎士団のお兄さんと戦っていてよ!」
 突如ユキヒラが声を上げると、木陰に身をひそめて成り行きを見守っていたサヤが杖を両手で握りしめ体を小刻みに震わせながら姿を現した。
 サヤに向かって魔力を飛ばしたユキヒラが、ギフリードに向かって人差し指を向ける。

「暗黒騎士団のお兄さんの足止めを宜しくねぇ」
 満面の笑みを浮かべて指示を出す。
 嫌と首を左右にふってはみたけれど、サヤの体は気持ちとは裏腹にギフリードの元に向かって一歩、二歩と足を進めて移動する。
 そして、ユキヒラは目の前に座り込んでいる少年の狐面を奪うために、少年に向かって両腕を伸ばす。
 狐面から覗く薄い水色の瞳が揺らぐ。
 表情を強ばらせた少年が武器を構える前に、ユキヒラがヒビキの後頭部に腕を回す。
 狐面を結びつけている紐を取り外すためにヒビキを押し倒したユキヒラの姿勢は四つん這い。
 胸元の服が重力にしたがって下がっているため、その胸元があらわになっている。
 細身のわりに大きな胸を持つユキヒラに下敷きにされて、狐面を奪われそうになっている危機的な状況にもかかわらず、無抵抗のまま仰向けに横たわっているヒビキの視線はユキヒラの胸元に釘付けとなっていた。
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