それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ドラゴンクエスト編

40話 調査員VSユキヒラ

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 ギフリードに助けを求めて手紙を送った調査員は現在、足場の悪い森の中を全速力で駆け抜けていた。
 昨晩さくばんは森の上空を巨大な雲が覆い隠し、激しい雨が降り続いたため土は水を含みドロドロ。
 非常に滑りやすい足場になっている。
 全力で走るには危険すぎる森の中を、かれこれ30分は走り続けている。
 いつ泥に足を取られて転ぶか分からない状況の中でも、足を止める事を許されない調査員の背後を巨大なドラゴンが追いかけていた。
 手紙を受けとったギフリードが調査員の元へ、たどり着くのが先か調査員がドラゴンに追いつかれてしまうのが先か。

「いい加減、足を止めたらどうなのぉ?」
 巨大なドラゴンの陰になって調査員からは見えていないが、ドラゴンの背中にはユキヒラとサヤが腰を下ろしていた。
 30分以上休むことなく森の中を逃げ回る調査員に追いかけゴッコは飽きたと、あからさまな態度をとるユキヒラが大きなため息と共に言葉を吐き出した。

「嫌よ! 足を止めたらドラゴンに踏み潰されちゃうじゃないの。貴方こそ高みの見物をしていないで下りてきなさいよ。正々堂々と戦おうじゃないの!」
 程よく筋肉のついた体格と、2メートルを超える長身を持つ調査員が大声を張り上げた。
 調査員の被っているフードは彼の顔半分を隠す。
 足首まで長さのある黒いロングコートは彼の体を、すっぽりと包み込む。
 しかし、全速力で森の中を駆け巡っているため向かい風を受けコートが彼の体に張り付き、がっしりとした体格を浮かび上がらせていた。

 息を切らしながら走る調査員の目の前に根本が腐り、道を塞ぐようにして倒れている巨大な大木が現れる。
 全速力で走る調査員の目には突然、巨大な大木が姿を現したように錯覚をしてしまうほど地面は急斜面になっている。
 かと思えば険しい登り坂になったりと斜面はコロコロと変化する。

 地面を強く蹴りつけて巨大な大木を飛び越えた気持ちになっていた。
 ふわりと体を宙に浮かした調査員の頭の中には、見事に大木を飛び越えた自分の姿が浮かび上がる。
 しかし、実際は自分で思っているよりも体力を消耗していたため調査員が思うほど、体は浮かび上がってはいなかった。
 彼の後ろ足、その靴の先端が大木に引っかかってしまう。
 咄嗟に両手を頭の上に掲げ指先までピーンと伸ばした状態で、前のめりになった調査員の体が大木に引っかかったままの靴の先端を中心にして弧を描く。

「ひゃぁあああ!」
 何とも情けのない声を上げながら姿勢を崩した調査員がビチャッと音を立て、泥にまみれた地面に激しく顔を打ち付けた。
 酷く顔面が痛む。
 顔が真っ赤になっているのではないのかと思うほど、鼻の先端や額は熱をおびている。
 しかし、立ち止まって自分の顔は無事なのかと確認をしている暇はない。

 痛いわねと声を荒げはするものの伏せた体を起こすため、すぐさま地面に両手をつき腰を浮かした調査員が両ひざを立てる。
 両腕を伸ばして両足のつま先を地面につけて、力いっぱい地面を蹴った調査員が立ち上がり走りだす。
 足元を見る事なく大木をまたいだドラゴンが調査員を追いかける。
 その差は縮む事も広がる事なく一定の距離が開いたまま。

 朝方であるにも関わらず枝葉が折り重なり上空をおおっているため朝日は森の中まで届かない。
 周囲は一面、薄暗く木が間隔を殆ど開ける事なく立ち並んでいるため調査員は何度も木々に腕や肩を打ち付けていた。
 それに比べて巨体を持つドラゴンは木々に体当たりをして木の根っこごと土を掘り起こす。
 行く手を阻む木々を次々と押し倒していた。

「木々をぎ倒して真っすぐ向かってくるなんて卑怯よ。私なんて泥まみれなのに、正々堂々と降りてきて勝負をしなさいよ!」
 ドラゴンの陰になってユキヒラの姿は見えていない。
 けれども、大体ここら辺かなと高見の見物をしている人物を指さした調査員が愚痴を漏らす。
 口では正々堂々と戦いなさいと言ってはいるものの、もしも本当にユキヒラがドラゴンの背中から下りて戦う事になれば不利なのは調査員である。
 情報集めに対してはひいでた能力を発揮する調査員は攻撃魔法に関しては無知だった。

「仕方ないなぁ」
 調査員の走る速度は衰える事がない。
 差が縮まる事はなく一定距離を保ったまま追いかけゴッコをしていたユキヒラがついに、ドラゴンが調査員に追いつくのを待ちきれなくなったようで揺れるドラゴンの上で立ち上がると、泥にまみれた地面に飛び降りる。
 巨大な剣を右手に持ったまま走りだしたユキヒラの移動速度は調査員を上回る。

「え、えっ。本当に下りてきちゃったの? 移動速度が尋常じゃ無いんだけど、早いじゃないのよ!」
 小柄なユキヒラの見た目から勝手に戦闘力を予想した調査員は、予想以上の速度で向かってくるユキヒラに対して度肝を抜かれていた。
 チラチラと高速で背後を確認する。
 すぐ側まで迫ったユキヒラを視野に入れて顔から血の気が引き顔面蒼白のまま、がむしゃらに足を動かす。

「あんたの言う通りにドラゴンから下りたんだから早く足を止めてよぉ。正々堂々と戦おうって言ったのは、あんたじゃん」
 見るからに重量があるだろう。
 巨大な剣を手にしているのにも関わらず地面を蹴り宙に舞い上がったユキヒラが空中で一回転をする。
 調査員の頭上を飛び越え、その行く手を阻むように降り立ったためユキヒラと向き合う形になる。
 冷や汗を、だらだらと流しながら行く手を阻まれ足を止めた調査員が戦闘態勢に入る。
 両腕を胸の高さまで上げて握りこぶしを作る。
 手ぶらで構える調査員の姿を見てユキヒラはハッと鼻で笑い何を思ったのか唐突に高笑いを始めた。

「もしかしてお兄さん逃げている間に武器を落としちゃったぁ? 僕に手ぶらで勝てると思っていたんだねぇ。随分とおめでたい考え方をしてるじゃん」
 ギャハハハハと下品な笑い声を上げるユキヒラに対して調査員は言い返す事が出来なかった。
 武器を逃げ回っている間に落としてしまったのは事実だから、武器がなければ敵を拘束する魔法を発動する事が出来ない。
 緊迫した雰囲気が流れる中、迷いの森の上空。
 澄み渡った青空を無数のブラックボールが埋め尽くしていた。

「ちょっと待って。もしかして、それを全て森に落とす気?」
 広大こうだいな森に大量のブラックボールを落とそうとするギフリードに対して、ヒビキは信じられないものを見ているような視線を向け表情を強張らせていた。
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