それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ドラゴンクエスト編

38話 天使の子供と

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 室内にはピンクを基調とした服を身に纏っている可愛らしい容姿を持つ少女ヒナミや、胸元が大きく開いており胸の谷間が見えるほどの妖艶な服を身に付けているランテがいるにもかかわらず天使の子供は、しっかりとヒビキの腹部に抱き着いたまま離れようとはしなかった。
 どうせ抱きつくのなら柔らかくて良い匂いのする女性の方が良いのではないのかと、個人的な意見を述べようとするけど相手は子供。
 男の子ならともかく中性的な子供に対して豊満な胸を持つ女性や、小柄な少女に抱きついた方が安心する事が出来るのではないのかと問いかけるのも可笑しいなと思い直して開きかけていた口をつむぐ。
 ぽんぽんと落ち着かせるようにして子供の背中を叩く。

「俺は移動をするけど付いてくる?」
 急に背中に触れられて驚きと共に大きく体を揺らした子供が小刻みに体を震わせる。
 恐る恐る顔を上げてヒビキの顔を見上げた天使の子供に問いかけた。
 ヒビキの問いかけに対して口を開きはしなかったものの、コクコクと首を上下に動かした子供が自ら腰を上げる。
 その場に立ち上がりヒビキがソファーから腰を上げるのを待っているのだろう。
 まじまじとヒビキの顔を眺める子供に一声掛けてから、腰を上げると幼い子供は身を寄せてヒビキの腕にしがみつく。
 ヒビキの身体に触れていないと気が済まないのか腹部を解放したけれど、今度は腕をしっかりと握ったまま小走りをして後を追ってくる天使の子供にとって、ヒビキの歩くペースは速かったのか。

 鬼灯や、ヒナミや、ギフリードが囲んでいるテーブルの元に到着をした頃には子供の息は乱れており荒々しく呼吸を繰り返していた。
 小さな子供の歩幅を全く気にする事なく自分のペースで足を進めてしまった事を後悔しながらテーブルを隔てた鬼灯とは対称的になる位置に腰を下ろす。

 白を基調としたテーブルクロスの上には、ドラゴンクエストの資料と共に少し甘味のある一口サイズのパンケーキが、ピンクのお皿の上に並べられていた。
 ふわふわとした食感の白いパンケーキは口の中に含むと甘味は徐々に、ほろ苦く変化をする。
 パンケーキを一つ手に取り天使の子供の目の前に差し出した。

「食う?」
 果たして口に含むと、ほろ苦く味を変化させるパンケーキは子供の口に合うのか。
 パチクリと瞬きを繰り返しながら両手でパンケーキを受け取ってくれた子供が白色の柔らかそうなパンケーキを、じっくりと眺めてから恐る恐る口元に運ぶ。

 突然フードを深く被った人物から食べ物を手渡されて、子供はパンケーキを口に含むのだろうか。懐くのと警戒を解くのは別。
 昨夜は何度、名前を問いかけても口をつぐんでいた天使の子供がパンケーキから視線を上げるとヒビキの顔を見上げる。
 フードを深く被っているためヒビキの顔は見えていないのだろうけど顔が見えなくても子供は安堵したのか、ほっと息を吐き出す姿を見せた。
 パクッとパンケーキを口に含んだ子供の頬が朱色に染まり、もぐもぐと口を動かす。

 口に含んだ直後は甘味のあるパンケーキを美味しいと感じたのか、急いで口を動かしていた子供の表情が一変するのは、ほんの一瞬の出来事だった。
 かみしめる事にほろ苦い味が濃くなるパンケーキを口に含んだまま、ぴたっと身動きを止めてしまった子供の口には合わなかったようで目に涙を溜めはじめた子供の手から残りのパンケーキを取り上げる。

「悪い、お子様の口に合わなかったか」
 ぽろぽろと涙を流しながら口の中に含んだパンケーキを呑み込めずにいる天使の子供にヒビキが謝罪をする。
 謝罪の言葉はどうやら子供の気に障ってしまったようで、わなわなと体を振るわせて怒っている事を表現する。

「俺はお子様じゃない!」
 急に天使の子供が声を上げて口の中に含んでいた、ほろ苦く変化したパンケーキを強引に飲み込んだ。
 ゴクッと子供の喉が鳴る。
 強く目蓋を閉じてペロッと舌を出した子供が、ぶるりと体を震わせる。
 明らかに表情は子供の心境を物語っているにも関わらず強がりを見せる。

「おいしいよ!」
 言葉を続けた天使の子供は目に涙を溜め込みながら表情に笑みを浮かべていた。
 随分と負けず嫌いな性格をしている。

「お子様じゃない事は分かった。しかし、俺は君の名前を知らないからお子様と呼ばせてもらうよ?」
 ほろ苦いパンケーキを強引に飲み込んだため生理的な涙を流す子供が、グイッと袖で涙をぬぐって見せた。
 負けず嫌いな性格をしているのなら名前を聞き出せるかもしれない。
 天使の子供に駄目元ではあるけれど声をかけてみる。

「お子様って言うな。俺にはノエルっていう立派な名前があるんだからな!」
 プクッと頬を膨らませて、まっすぐヒビキの顔を見上げた子供が名前を口にした。

「そうか、ノエルと言うのか」
「うん」
 勢いに任せて名前を教えてくれた天使の子供の名前を口にすると、頬を朱色に染めたノエルが何度も首を上下に動かした。

「ノエルの種族は天使だよな? 魔界に住んでいるのか?」
 ノエルには幾つか聞きたい事柄があった。
 問いかけに対してノエルが答えてくれるか、どうかは分からないけど答えたくないものを無理に聞き出すつもりはない。
 口を噤いでしまったら質問を止めればいいと考えて天使の少年に声をかける。
 ヒビキの問いかけに対してノエルは首を左右に動かした。

「天界に住んでる」
 淡々とした口調ではあったけど返事をくれる。
 天界に住んでいたノエルは外の世界に興味を持っていた。
 天界にある書物に書き記されている人間界や魔界を実際に見てみたかったという理由で母親に頼み込み、無理を言って連れてきて貰ったとの事。
 目に涙を溜め込んで今にも泣き出しそうな表情を浮かべるノエルが更に言葉を続ける。
 父親から1週間と期限付きで天界の外へ出る事を許してもらったらしい。

「家族は? 母親と父親?」
「うん」
「父親は何処にいるんだ?」
「天界」
 質問に対して首を縦に振ったり、横に振ったりして答えてくれるノエルは今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。

「天界に戻れば父親がいるんだな?」
「うん」
 母親を失った天使の子供には身内がいる。
 きっと、父親は子供の帰りを待っているだろう。

「天界にいる父親の元にノエルを連れて行く事は出来るのか?」
 長い年月を生きているギフリードやランテなら天使の子供を天界にいる父親の元に戻す事が出来るかもしれないと思い声をかける。
 ギフリードとランテの二人とも、すぐに首を上下に動かした。

「莫大な魔力を消費するけれど、飛行術を使って長時間飛行を続ける事が出来れば天界に行く事が可能よ」
 ギフリードに視線を向けて同意を促したランテは膨大な魔力の持ち主であるギフリードなら天界へ向かう事も可能だろうと考えていた。
 ランテの考えは当たっており、ギフリードが首を縦に振る。

「私の魔力の量では魔界から天界へ片道を移動したところで魔力は尽きると思うが、子供を父親の元へ戻す事は出来るだろう」
「天使の魔力は魔族の3倍と言われているわ。天使であれば天界から魔界へ移動をして、また天界に戻る事だって可能よ。理想はノエル君の父親が迎えに来る事なのだけど」
 ランテがノエルを横目に見る。ノエルは目蓋を伏せて首を左右に振る素振りを見せた。

「父ちゃんは母ちゃんの事が大好きで何時も母ちゃんに、べったりとくっついていたよ。俺が駄々をこねて天界の外を見たいって言った時も、俺を一人で天界から出すわけにはいかないって言った母ちゃんが天界を、しばらくの間だけ一緒に出ると言ってくれた。けれど、父ちゃんは母ちゃんと会えなくなる事を嫌がって俺たちが天界から出るのを否定した。でも、母ちゃんが俺に外の世界も見せてあげたいからと、父ちゃんに頼んでくれて母ちゃんの事が大好きな父ちゃんは母ちゃんに嫌われたくは無い一心で、渋々と天界の外へ出る事を1週間と期限付きで了承したんだ。天界を出る時に母ちゃんを取られたと思ったのかな。父ちゃんに睨みつけられたから。そんな、父ちゃんが俺を迎えに来るかな?」
 ノエルの問いかけに対して、ヒビキは首を縦に振る事が出来なかった。
 子供を愛さない親は、いないと周囲の人は言っていたけどヒビキの父親は国民の事に対しては真剣に考えるかもしれない。
 国を守ろうとして魔力を使い果たす事も迷わずにするだろう。
 けれど、我が子に対してはどうだろう。父親の笑顔を見た記憶がない。
 共に出かけた事もないし一緒に食事を取った記憶も無い。
 人間界を治めている父親の姿を思い出して、ノエルの問いかけに対して首を振る事が出来なかったヒビキの代わりにヒナミが首を上下に動かした。

「絶対に迎えに来るよ。きっと、お父さんはノエル君の事を心配しているよ!」
 感情的になっているヒナミが目に涙を浮かべて大声を上げると、驚いたように大きく体を揺らしたノエルが目を見開いた。
 今にも泣きだしそうなヒナミの元へと歩み寄ったノエルが指先でヒナミの目に溜まっている涙をぬぐう。

「泣かないで」
 戸惑いながらもヒナミに声を掛けた天使の子供が、助けを求めるようにヒビキの顔を見上げる。
 お兄ちゃんもノエル君も心に、ぽっかりと浮かび上がっているハートの色が赤黒い色だよ。
 ヒナミが鼻を啜りながら呟いた言葉を耳にしたため思い出す。
 ヒナミが人の心の色を見る事が出来てしまうということを。
 赤黒い色は悲しみの色。
 少しでもノエルを安心させるためにヒナミは、きっと大丈夫だよと前向きな言葉を口にした。
 何の確証も無いけれどヒナミはノエルの背中を押す。
 ノエルは少しずつ言葉を交わすようになっているものの、ずっと心の色は赤黒いままなのだという。

「ノエル君のお父さんがお母さんの事が大好きなのは分かったよ。お母さんを身代わりにしてしまった事をノエル君は、ずっと後悔をしているしノエル君がお母さんを身代わりにしてしまったから、お父さんに恨まれているだろうと心から思っているから天界に戻る事を怖がっている事も分かる。ヒビキお兄ちゃんも父親とは上手くいってないのかな? ノエル君のお父さんの話になってから赤黒い色がより濃さを増したから、もしも御両親が必要ないと言った時は、うちに来なよ」
 鼻を啜りながら涙を流し始めたヒナミを指さして天使の子供がランテに視線を向ける。
 驚いたように口を、あんぐりと開き口をパクパクと動かしているノエルは人の心を見る事の出来るヒナミの能力に驚いているらしい。

「人の心を読むのか?」
 ヒナミを指さしたままの状態で真顔を浮かべるノエルはヒナミの母親であるランテに問いかけた。
 唖然とするノエルにランテが苦笑する。
「ヒナミちゃんの前では嘘は通用しないって事」
 目蓋を伏せて大きく息を吸い込んだヒナミの背中をランテが優しく撫でる。
「母ちゃんが話してくれた事がある。過去に天界にも人の心の色を見分ける能力を持つ人がいたんだって。でも、その貴重な能力に目を付けた人たちに、その人物は捕らえられてしまったんだって」
 呆然とヒナミを眺めるノエルは、ぽかーんとした表情を浮かべながら言葉を続ける。

「俺は強くなってヒナミを守れるようになりたい」
 はっきりとヒナミ名前を上げて強くなりたいと言い切ったノエルがギフリードの元へと歩み寄る。
「俺に魔法の使い方を教えてよ!」
 ギフリードに向かって人差し指を向けたノエルが大声を張り上げた。
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