それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ドラゴンクエスト編

21話 サヤ

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 無理な頼み事をしている事は分かっていた。
 お金がないのにスキルを売って欲しいなんて。
 断られても仕方がないと思っていた。
 正直なところ断られるだろうと思っていた。
 受付嬢は、にこやかに笑うと大きく首を縦に振る。

「何でもするのね。だったら、売ってあげる」
 即答だった。
 何でもするのねと言葉を強調した受付嬢が、にこやかな笑みを意味深長なものに変える。

「今日は急いでいるみたいだし帰してあげる。後日に詳細を説明するから連絡を入れたらギルドまで訪ねて来てね」
 いいわねと念を押した女性は既にヒビキに何をしてもらうのか決めていた。

 即答した受付嬢の種族は魔族。
 好物は人間の肝だと言う魔族相手に早まったかなと疑問を抱いたヒビキの表情が引きつった。
 ここまで来て、やっぱり止めておきますと断るわけにも行かずに笑顔を浮かべて頷いた。

「ありがとう、お姉さん!」
 笑みを浮かべて深々と頭を下げると受付嬢がヒビキの隣に座る鬼灯に向かって腕を伸ばす。
 ソファーから腰を上げると素早く鬼灯の腕を掴み取りヒビキに視線を移した受付嬢が首を傾げて問いかける。

「彼の分はいいの?」
 やはり意味深長な笑みを浮かべていた。

「俺の分も宜しくお願いします。この少年が払うので」
 鬼灯が隣に座るヒビキの肩をトントンと叩いて即答した。
 今まで笑みを浮かべていたヒビキの表情が強張る。
 冗談だろと危うく声を上げるところだった。
 受付嬢が室内にいるため堪えると鬼灯へ視線を向ける。

 鬼灯を眺めて見るけど、そっと顔を背けられてしまう。
 肩を小刻みに震わせて笑う鬼灯の横腹に、ヒビキは受付嬢に気づかれること無く表情には笑みを張り付けて肘を強く打ち付けた。



「まじで痛かったんだけどさ」
 受付嬢だけを残した個室の扉がパタンと音を立てて閉まると、すぐに鬼灯が文句を言う。

「受付嬢の前で俺の本性を晒させようとするからだろ。思わず素が出るところだった。言っただろ、演技をしている間は女性に何故か好かれるけれども素に戻ると途端に毛嫌いされるってさ。面白がっていたよね?」
「あぁ、素直に言うと面白かったな」
 廊下を通り抜けて1階へと続く階段に差し掛かる。
 ヒビキが呟くと鬼灯が肩を揺らして笑う。

「けど、思った以上に強く肘が入った事は認める。ごめん」
 鬼灯は口では文句を言っているけど実際は、それほど気に止めていない様子。
 実は密かに強く肘が入りすぎた事を自覚していたヒビキが頭を下げる。

「あぁ、痛かったって言うのは冗談だ。マジに取るなよ。あまりダメージは無かったから」
 冗談を真面目に受け取られて、慌てた鬼灯が言葉を訂正する。

「結構な強さで肘を打ち付けたのにダメージが無かったって言うのもな、腕力や筋力は人並みにあると思うんだけど」
 何故かヒビキの方が鬼灯の言葉にダメージを受ける。
 フードをかぶり直してポツリと呟いたヒビキの反応を間近で見ていた鬼灯が肩を震わせて笑う。

「まぁ、ローブの下は何枚も重ね着をしてるからな」
 ヒビキがケープを着ているように鬼灯もローブの下には、もこもこの服を身に付けていた。
 魔界は人間界に比べて肌寒い。
 今回は服を重ね着していたため鬼灯はヒビキからの攻撃を逃れていた。
 鬼灯が対してダメージを受けなかった理由を知り安堵する。
 鬼灯とヒビキが1階フロアへと足を踏み入れた。

「熱気がこもっているな」
 鬼灯が、ぽつりと呟いた。
 1階フロアは沢山の冒険者で、ごった返していた。
 中央にはカウンターがあり冒険者がクエストを受けるために並んでいる。
 一部では防具や武器を販売している者がいて、冒険者に新しく仕入れた武具を勧めていた。

「ここを通るのか?」
 ヒビキが人混みを見て弱音をはく。
 室内を歩く冒険者の間には殆ど隙間がない。
 子供も中にはいるけれど親とはぐれたのか、泣き声が聞こえる。
 所々で背中を押されてバランスを崩している冒険者の姿が見える。

「無事に建物を出られるといいけど」
 鬼灯が、ぽつりと呟いた。
「抜け出す頃にはボロボロかも」
 ヒビキが不安な気持ちを口にする。
「行くか」
 このまま、この場に佇んでいるわけにもいかずに渋々と鬼灯が合図をする。

 合図と共に二人は人混みの中に足を踏み入れた。
 人波を強引に掻きわける。しかし、押し潰されて奇妙な声を上げている間に、ヒビキはスタート地点に押し戻されていた。
 ぽかーんとした表情を浮かべていたヒビキが、我に返って瞬きを繰り返す。
 少しでも抵抗を試みる前に強引に押し戻されてしまった。しかし、一度目で成功をするとは思っていない。

 諦めずに人波に紛れこむ事を考える。
 人波を掻き分けて、隙間に足を入れて強引に進もうと試みるけど流石、魔族。力の強さが半端の無い冒険者に突き飛ばされる。足を踏まれて背中を押され前のめりになった。

 それでも、なんとか踏みとどまり姿勢を立て直す。
 体勢は立て直せたものの、なかなか前に進めないヒビキとは違って同じ位置からスタートしたはずの鬼灯は、すいすいと人波に揉まれながらも順調に建物の出入り口に向かって足を進めていた。

 何、この差。
 黒いフードを被った魔術師はスムーズに目的地に向かっているのに何故、自分は押し戻されてしまうのか。
 やはり力の差なのかと考えて密かにショックを受ける。
 それでも、この場所で足止めを食らっているわけにはいかないと渋々、三度目の挑戦をする事を決意する。

 強引に体を押し込むと早速、肘で肩を突かれる。足を踏まれて姿勢を崩す。

 大きく前のめりとなってしまって。
 顔面から床に打ち付けられるかもしれない。転ぶと思った時には、咄嗟に衝撃を和らげようと床に向かって両手を伸ばしていた。
 倒れこむ体勢が悪ければ顔面を強打する。
 それは避けたいと必死に手を伸ばしていると、近くにいた女性が気付き咄嗟に体を支えてくれた。

 咄嗟に腹部に回された腕は酷く冷たい。青白くて、まるで血の通っていない腕のよう。

 女性は白を基調とした服装に身を包まれていた。髪を一つに結び、頭には真っ赤な角が生えている。真っ白い顔をした女性からは全く生気が感じられない。
 表情も全く変わらず、呆然と転びそうになったヒビキを眺めている。
 彼女は種族は違うけど、鬼灯の妹のサヤによく似た容姿をしていた。

「人間?」
 薄いピンク色の唇が開き、ぽつりと疑問を漏らす。
 ここで、やっとバランスを崩した時にフードが外れてしまった事に気づいたヒビキが慌ててフードを被り直す。
「お姉さん助けてくれて有り難うございます。お願いがあるのですが人間だと、ばれてしまったら面倒事になるので内緒にして欲しいです」
 フードに手をかけたまま、肌の白い女性にお願いをしたヒビキが眉尻を下げる。

「えぇ」
 ヒビキを呆然と眺めていた女性が小さな変化だったけど、微かに笑ったような気がした。
 ヒビキが女性に笑顔で礼を言おうとした。しかし、口を開くよりも先に力任せに背中を押されて前のめりになる。

「あ……」
 慌ててヒビキに向け手を伸ばした女性だけど腕を掴むことが出来ず、人波に揉まれてヒビキとは反対方向に押し戻される。
 ヒビキは転びそうになりながら一歩二歩と足を進めていた。
 バランスを崩しながら外に出る。
 両手と両膝を地面に付き力無く座りこんだ所で、同じく建物を抜け出す事に成功した鬼灯が息を吐き出した。

「見てたぞ。女性に助けられてただろ」
 揉みくちゃにされたヒビキと違って鬼灯は殆どダメージを受けてなかった。

「見てたんだ。あの女性、鬼灯の妹に似てなかった?」
 女性を見たのなら鬼灯も感じたはず。彼女の容姿は鬼灯の妹にそっくりだった。
 鬼灯は首を上下にふる。
「サヤに瓜二つだったな」
 ぽつりと呟かれた鬼灯の声に、いつもの力強さはない。
 目の前で妹が殺されて引きずらないわけがないか。
 ドラゴンも未だに討伐する事が出来ておらず、敵も打つことが出来ていない。
 鬼灯とヒビキが互いに顔を見合わせる。



 その頃、先程ヒビキを助けた女性は連れの中性的な容姿をした人物に自ら声をかけていた。

「ねぇ。あなたの魔法で骸の私に魂を吹き込んで操っているように、生きた人を操ることも出来るの?」
 女性が恐ろしい質問をする。

「はぁ? 君から話しかけてくるなんて珍しいと思っていれば、何それ。確かに出来るけど嫌だよ。人を操るのは相当な魔力の消費をしちゃうからねぇ」
 女性に突然、声をかけられたため驚いているユキヒラが女性の質問に対して嫌そうに表情を歪めた。

「出来るのね」
 ユキヒラが表情を歪めてもサヤは気にした様子もなく一人で納得する。
 突然ユキヒラの魔力について興味を持ち始めたサヤは先程助けた少年の事を思い浮かべていた。

 目の前を横切ろうとした少年の被っていたフードが外れるのが見えて、姿勢を崩した少年の体を咄嗟に支えた。
 お人形さんのような印象を人に与える少年は、真っ白い肌に華奢な体つきの儚げな風貌をしている。
 クリーム色の柔らかそうな髪の毛に薄い水色の瞳。
 眉尻を下げて困ったようすの少年にサヤは興味を抱いた。
 仲間に加えて側に置いておきたいと。
 そう思ったためユキヒラに人を操る術を持っているのか問いかけると、ユキヒラの嫌がる様子から可能だと判断する。
 サヤはユキヒラが魔力を消費するから嫌だと続けた言葉を聞いてはいなかった。

 サヤから密かに狙われている事を知るよしもないヒビキは、その場に立ち上がると鬼灯と共にギルドの出入り口に佇んでいた。
 街の中も街路を行き交う冒険者や魔族達で、ごった返していた。
 その中央に佇んでいる漆黒の鎧を纏いコートを羽織る青年が、建物から足を踏み出したヒビキに向かって頭を下げる。
 青年を中心にして半径50メートルは人がいない。
 青年を避けるようにして街路を歩く冒険者や街の人達は、漆黒の鎧を纏いコートを羽織る彼が暗黒騎士団の隊長を務める、ギルドランクSSSクラスのギフリードであることを分かっていた。
 魔界のトップである魔王に仕える直属の騎士。
 暗黒騎士団の隊長を務める青年が城の外へ出ることは滅多になく、その姿を一目みようとする人も少なくはない。

「少々、時間を貰いたいんだが」
 周囲の反応を気にすることなく何食わぬ顔でヒビキの元に移動をしたギフリードの背後には顔を真っ赤に染めて、きゃっきゃっとはしゃいでいる女性達の姿があった。

「魔王や国王や妖精王が封印された事は知ってるか?」
 背後に大勢の女性を引き連れて歩み寄るギフリードにヒビキが圧倒される。表情を歪めながらヒビキが足を引いた分だけギフリードが前進する。 

「その事で話がある」
 ヒビキの反応など、お構いなしに今から魔王城に来て欲しいと言ったギフリードにヒビキは大きく頷いた。

「誰?」
 大人しくヒビキと青年の、やり取りを眺めていた鬼灯が小声で一言だけ呟いた。

「彼は魔王に仕える騎士。暗黒騎士団の隊長を務めているギフリードだよ」
 空に飛び上がったヒビキに続いて鬼灯が飛び上がる。

「暗黒騎士団の隊長を務めているギフリードと言えば確かに有名だな」
 2人の後を追うようにして空へと上がったギフリードを眺めて、ぽつりと呟いた鬼灯が女性に囲まれていたギフリードの姿を思い浮かべて納得する。
 先に飛び上がったヒビキに追い付いて、疑問を抱いていたギフリードが真面目な顔をして問いかけた。 

「空を飛べるようになったら魔王城に来て欲しいと言ったと思うが?」
 声のトーンは変わらない。
 怒っているわけでは無いと思う。
 ギフリードの問いかけに対してヒビキは慌てて口を開く。

「さっきギルドで売ってもらったばかりだから飛ぶのは今回が初めてだよ」
 ヒビキは仲間とは言え種族は魔族であるギフリードの機嫌を極力、害す事の無いように飛行術は購入したばかりである事を伝える。

「あぁ、そうか」
 遠くに見える魔王城を眺めながらギフリードが、ぽつりと呟いた。





 その頃、ユキヒラに連れられてギルドの建物内にいたサヤは人混みから抜け出すことが出来た。
 白を基調とした建物の中央にはカウンターがあり沢山の冒険者がクエストを受けるために並んでいた。
 一部では防具や武器を販売している者がいる。

 魔界のギルドにはスキル売り場があり、ここで飛行術や治癒の魔法を購入する事が出来るらしい。
 スキル売り場を見つけたユキヒラが真っ先に飛行術の詳細を確認する。


 飛行は50,000,000G。
 詳細から金額を確認すると想像以上の金額が記載されていた。

「流石に額が大きいなぁ」
 数字を見たユキヒラが直ぐに結論を出す。

「空を飛べた方が後々、有利になるか仕方ない。お金をためなきゃ」 
 独り言を呟いていたユキヒラがスキル売り場を眺めて呆然としているサヤの背中を押す。

「何を、ぼーっとしてるの? カウンターに行くよぉ」
 強く背中を押されたため、よろめいたサヤが渋々と歩き出す。
 実は一人操って欲しい子がいるとユキヒラに頼んだサヤは、はっきりと魔力を消費するから嫌だと断られていた。
 そのため、拗ねたサヤはユキヒラの命令に対して嫌々、答えているため自ら行動をしようとはせずにユキヒラの足を引っ張っていた。

「私を思い通りに動かしたいのなら、力を使って勝手に私の体を動かせばいいでしょ」
 サヤが、ぽつりとユキヒラに本音を漏らす。自暴自棄になっていた。

「嫌だよ。力を使うと魔力の消耗が激しいし戦闘の時、以外は自分で動けるようにしてあげてるんだから感謝をするべきだよねぇ。何、逆ギレしているのぉ?」
 ユキヒラも黙ってはいない。
 突然、本音を漏らしたサヤに対してムスッとした表情を浮かべる。
 サヤは俯いたまま何も答えはしなかった。

 大きなため息を吐き出したユキヒラがカウンターに向かう。
 中央にはカウンターがあり沢山の冒険者がクエストを受けるために並んでいた。
 ユキヒラが狐面をつけたボスモンスター討伐隊隊長の情報を手に入れるため、その最後尾に並ぶ。

「ねぇ、君がさぁ。ずっと無気力で僕の足手まといになってるから言うけど、討伐隊隊長は生きてるって情報を手にいれたから。仲間に会いたいのなら足手まといはやめてよね。これで少しは気力を取り戻してよねぇ」
 大きなため息を吐き出すユキヒラがサヤに事実を教える。
 討伐隊隊長が生きている事実を知った途端、サヤの表情が一変した。
 大きく目を見開き瞬きを繰り返す。
 口をあんぐりと開き驚愕とする。
 死んでしまったと思っていた仲間が生きていた事実にサヤが自ら進んでユキヒラの後を追った。

「本当に?」
 前を歩くユキヒラに問いかける。 

「ねぇ、本当に?」
 真っ直ぐカウンターに向かって歩くユキヒラが返事をくれない。

「本当なの?」
 最終的に人差し指を力任せにユキヒラの背中に突き刺した。

「いったいなぁ。本当だってぇ」
 背中に突然、攻撃を受けたユキヒラが勢い良く背後を振り向いた。

「突き指をしたみたい」
 グニャリと曲がった人差し指をユキヒラの前に差し出して呟いたサヤは一体、何をしているのやら。
 眉尻を下げて落ち込んだ様子を見せる。

「突き指どころか骨折してるよね。馬鹿な事をしてないで早く歩きなよぉ」
 突然テンションを上げたサヤに対してユキヒラは脱力感に襲われる。
 サヤの指は骨折をしてグニャリと変な方向に曲がってしまっている。

「ねぇ、痛いんだけど。治してくれないの?」
 急に本性をさらしたサラにユキヒラが振り回される。

「治すわけないでしょぉ」
 さっそくサヤに事実を伝えたことを後悔しているユキヒラが即答する。

「けち」
 サヤは唇を尖らせて、ぽつりと素直な気持ちを呟いた。
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