それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ドラゴンクエスト編

15話 国王とギフリード

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 険しい表情を浮かべるギフリードが、人間界を治める国王から預かった資料を魔王に差し出した。

「ご苦労であったな」
 腰まである長い髪の毛は漆黒。
 赤色の瞳が印象的な女性は長い前髪を手で豪快にかきあげる。
 ギフリードに向かって笑いかけると、目の前に差し出された資料を手に取って深々と頭を下げる。

 白い封筒に描かれている紋様もんようは白色の竜をモチーフにした複雑な模様をする。
 人間界を統べる王様だけが扱うことの出来る紋様を一目見た女性は驚きと共に大きく目を見開いた。

「まさか国王がみずから手紙を書いたのか?」
 すぐに手紙の裏面を確認した女性が顔をあげる。
 手紙には人間界の国王の名前が記されていた。
 実際に顔を合わせた事は無く書物に記されていた似顔絵を見た事がある程度。
 殆んど城から出る事の無い国王は、そう簡単に出会う事の出来る人物では無い。
 ギフリードがどのようにして国王が自ら書き記した手紙を受けとる事が出来たのか、本当に国王が自ら書き記した手紙なのか疑問を抱いた魔王の問いかけに対して、ギフリードは事情を説明する。

「はい。数日前に起こったボスモンスター討伐隊の壊滅。その隊長を務めていた人物の裏切りについて、国王も自ら城を抜け出して調べ回っているようでした。街で、みすぼらしい格好をした青年が声をかけてきたのですが。その方が後々、分かった事ですが国を治めている人物でした」
 


 数時間前。

 人間界の東の森に生息していたはずのドラゴンの捜索と、ドラゴン討伐のクエストを魔王に相談する事も無く受けてしまった事を報告したギフリードは魔王からの指示を受けて人間界に赴いた。

 人間界に突如とつじょ現れた人形ひとがたの魔族を見て一時、街は騒然そうぜんとなった。
 街路を歩いていた人々は突然の来客に逃げ出すことも声を上げる事も出来ずに遠巻きにギフリードを眺めている。
 魔界のギルドとは違い、人間界のギルドは古びた大きな木造の二階建て。
 室内は、ほんのりと薄暗い。

「だーかーらー、どうして僕がクエストに参加する事が出来ないのか理由を説明してよ!」
 魔界の住人である魔族の登場に驚き、戸惑いと恐怖心に苛まれた受付嬢や冒険者達が身動きを取る事が出来なくなり、ギルド内は静寂に包み込まれる。緊迫した雰囲気の中で一人、呑気な青年が対面する受付嬢に向かって大声を上げる。

 ところどころ破けている布切れを身に纏い、今にも折れそうな刀を背負っている。
 クリーム色の髪の毛が印象的な青年は長い前髪が顔を覆い隠しているため、その表情を確認する事は出来ない。
 ギフリードを見つめたまま恐怖心に苛まれている受付嬢はガクガクと小刻みに体を震わせる。
 両手を胸元の高さで組み合わせたままの状態で、身動きを取る事が出来なくなってしまった受付嬢は顔面蒼白のまま、ぼろぼろの身形をした青年の言葉に対して返事をする余裕も無い。

「もう、人が大事な話をしてる時に何?」
 とつぜん恐怖心に苛まれてしまった受付嬢の視線を目で追って、勢い良く背後を振り向いた青年が、ギフリードの存在を確認する。

「はぁ? なんで魔界の住人が人間界にいるのさ?」
 ギフリードの姿を視界に捉えるなり、あんぐりと口を開き本音を漏らした青年は、恐怖心と言うものを知らないのか。
 魔族の神経を逆撫でる発言をする青年の行動に対して、周囲を囲む冒険者や受付嬢に緊張が走る。
 おいおい、殺されるぞ。

 人差し指をギフリードに向けて指差す青年を見て、誰もが同じ考えを持つ中で
「ちょっと、来なさい!」
 受付嬢に声をかけていた時と同じテンションのまま、全く躊躇う事も無く魔族の腕を掴み引き寄せた青年がギフリードに指示を出す。
 訳も分からないまま唖然とする冒険者や受付嬢の視線の先で、強引に魔族を建物の外へ引っ張り出す事に成功をした青年は一体何者なのか。
 パタンと音を立てて扉がしまった事により、無言で青年とギフリードを見送っていた冒険者達が緊張感から解放されて、ざわめき立つ。

「何あいつ、怖いもの知らずかよ」
「うっわー、怖かったぁ」
「人形の魔族は初めて見たけど容姿端麗だったわね!」
 それぞれに思った事を口にする。

 ぼさぼさの髪の毛は寝癖なのか、それとも地毛なのか見分けが付かないほど毛先が四方八方に跳ねあがり纏まりがない。
 素足が見えるほど大きく破けた靴は長いこと使い込んだのだろう、そろそろ買い換え時だと思う。
 転んだのか青年の頬には、ところどころ土がついている。

「どうして魔族が人間界にいるの?」
 人通りの激しい街路を抜けて人気の無い森の中に足を踏み入れた所で、勢い良く背後を振り向いた青年に人間界にいる理由を問いかけられる。
 人間界にいる理由を青年に説明したところで、へぇーそうなんだと簡単な返事をされそうな気もするけれど、答えておくべきか。
 ぼさぼさの髪の毛が目元を覆い隠しているため青年の表情が全く見えない。
 信用をしても良い相手かどうか雰囲気から判断をする事も出来ずに人間界にいる理由を口にしても良いものだろうかと考え込んでいると、しびれを切らしたのだろう。
 再び青年が口を開く。

「ねぇ、聞いてる?」
 種族の違う者を目の前にしてもおくすることなく声をかける青年が、横腹に手を当てて首を傾げるものだから何だか害はないように思えてしまってギフリードは小さく頷き口を開く。

「別に悪さをしようとしているわけでは無い。ただ、数日前に起こったボスモンスター討伐隊の壊滅について調べに来ただけだ」
 長い前髪が顔を覆い隠しているため、青年の表情は全く見ることが出来ない。
 口調から青年の感情を推測する。
 ほのぼのとした雰囲気を醸しつつも、決して隙を見せる事の無い青年は威圧的な物言いをする。
 ぼろぼろの身形をしているため見た目は、ひ弱そうな青年は実力を隠しているだけで戦闘力は非常に高いのだと思う。
 青年に酷く警戒心を抱かれている事を口調から予想する。
 人間界に魔族が何の前触れもなく現れたのだから警戒心むき出しになる気持ちも分からなくもない。
 もしも、魔界に堕天使が現れたら自分も青年と同じ反応を示すだろうと考えるギフリードは、少しでも警戒心を解いてもらおうと考える。
 ボスモンスター討伐隊壊滅の情報を手に入れるために、自分が人間界に来た理由を青年に告げる。

 ボスモンスター討伐隊の壊滅と言葉を口にした途端、見るからに青年の表情が変化する。
 唖然とする青年は、視線を地面に移すと眉尻を下げて俯いてしまう。
 長い前髪が覆い隠しているにもかかわらず、青年が今にも泣き出しそうな表情を浮かべている事が分かってしまう。

「もしかして、ボスモンスター討伐隊隊員の中に身内や友人がいたのか?」
 両頬に両手を添えて何とか心落ち着かせようとしている青年に対して、ギフリードは浮かんだ考えを問いかける。

「身内がいたよ。僕もボスモンスター討伐隊の壊滅について知りたくて、ドラゴン討伐のクエストを受注しようとしたんだ。隊長が裏切ったって世間には広まってるけど、僕は真実は別にあると思ってる」
 うつむく青年は更に言葉を続ける。

「討伐隊を壊滅に追い込んだドラゴンの捜索、そして討伐のクエストは既に他の団体が受けたから僕が受注する事は出来ないと言われちゃったんだけどね」
 俯かせていた顔を上げた青年が、小さな声で言葉を呟いた。

「ドラゴンのクエストを受ければ行方不明になってる討伐隊隊長の情報も入ってくるかなって思っていたんだ」
 そして、黙ってしまった青年に対してギフリードは考えを伝えるために口を開く。

「ドラゴン討伐依頼のクエストを受けた団体と言うのは我々の事だな。魔王の許可を得て人間界の東の森に現れたドラゴンの討伐依頼を暗黒騎士団である我々が受注させてもらったんだ」

「何故、魔王に仕える暗黒騎士団が人間界に出現したドラゴン討伐の依頼を受ける事になったの? 経緯が知りたいのだけど、機密事項になるのかな?」
 魔界の住人である魔族と人間は基本的に関わる事は無い。
 それは、魔界と人間界が遠く離れているため情報は伝書鳩を飛ばす事により行き来する事はあるけれども魔族が人間界に直接、足を踏み入れる事は殆んど無い。
 もしも、魔族が人間界に足を踏み入れたとしても白昼堂々と人間の前に姿を表すことは無い。
 人間を拐かして食らう事はあっても情報を仕入れるために、冒険者の屯うギルドに足を踏み入れる事なんて前代未聞である。
 どのような経緯で人間界の東の森に出現したドラゴン討伐の依頼を受ける事になったのか駄目元で理由の説明を促してみれば、魔族の青年は意外と友好的。
 事情を説明しようとして口を開く。

「私は魔王に仕える暗黒騎士団の隊長を務めているんだが、ある少年を暗黒騎士団に勧誘した。その少年が希望したドラゴン討伐のクエストの発注と受注を行ったんだ」
 きっと、機密事項を無理して話してくれたのだろう。
 暗黒騎士団に新たなメンバーが加わった事を人間である自分が知っても良かったのだろうかと不安を抱きつつも、ぼろぼろの身形をした青年は更に情報を求めてギフリードの側へと歩み寄る。

「その少年は仲間の敵を討ちたいと言っていたから、殺されたボスモンスター討伐隊の中に知り合いがいたんだろうな」
「ねぇ、その少年の特徴を教えてよ。どんな子だった?」
 ギフリードの言う少年と、自分の探し求めている人物が同一人物であって欲しい。
 淡い期待を抱きながら祈るような気持ちで暗黒騎士団の新メンバーに加入した少年の特徴を問いかける、ぼろぼろの身形をした青年は必死。

「フードを深々と被っていたから容姿は分からないけど柔らかそうなクリーム色の髪の毛がフードの隙間から僅かに見えていた。宴会の会場で熟睡するような奴って事しか分からないんだが」
 正直に言ってしまうと少年とは出合ったばかりのため、どのような人物なのか分からない。
 魔族の身に付けている衣服を鷲掴みにして他に情報は無いのと首を傾げる青年にとって、探し求めている人物は大切な存在なのだろう。
 形振り構わなくなっている青年に伝える事の出来る情報が殆んど無くてギフリードは申し訳なさそうに頭を下げる。

「その少年に会わせてくれない?」
 ぼろぼろの身形をした青年との会話は終わるだろうと考えていたギフリードが唖然とする。
 予想外の頼み事をされたため戸惑うギフリードの事などお構い無し、青年は期待に満ちた眼差で再び口を開く。

「宴会会場で熟睡をしていたんだね。クリーム色の髪色も僕の探している子と共通するから会ってみたい。話もしてみたい」
 どきどきと心臓が何時もよりも早く脈打つ。
 探している人物と共通した点があるため期待をしてしまう。

「その少年は魔界にいるから会いたいのなら魔界に来ればいい」
 どうか、魔族の青年が言う少年と自分の探している人物が同一人物でありますようにと願う青年が、少年の居場所を耳にして急に肩をすくめて表情を曇らせる。

「魔界は遠すぎるよ。僕も気軽に遠出する事が出来たら良かったんだけど……その少年を人間界に連れて来てくれない?」
 自分が傲慢な頼み事をしている事は理解している。
 初対面の魔族相手に非常に失礼な態度を取っていることも分かっている。
 両手の平を胸元の高さで合わせて恐る恐る頼み事をする青年に対してギフリードは苦笑する。

「その少年が飛行術を身につけたらな」
 魔界は遠すぎる。
 愕然とする気持ちのまま自分が気軽に遠出する事の出来る立場では無い事を口に出してしまった青年の本音を耳にして、ギフリードは無茶な願いを一蹴すること無く保留にする。
 50,000,000Gを支払う事により身に付けることの出来る飛行術を思い起こして苦笑する青年が、ぽつりと一言呟いた。

「一体いつになるのやら」
 人間の寿命は短い。50,000,000Gもの大金を手にするのが先か、天寿を全うするのが先か。

「ん?」
 あまりにも小さな独り言だったためギフリードの耳には、ぼろぼろの身形をした青年の独り言は届かなかった。

「ううん。何でも無いよ」
 首を傾げるギフリードに、慌てて両手を左右に振る素振りを見せる青年が苦笑する。

「ごめん。ギルドに用があったのに無理やり連れてきてしまって」
 そして、ギフリードに向かって深々と頭を下げた青年が素早く身を翻す。

「君と話せてよかったよ」
 最後にギフリードに視線を向けて気持ちを伝える。
 一歩、二歩、三歩と三歩目で一気に空中に飛び上がった青年が高速移動をする。
 瞬く間に空へと消えていく青年を呆然と見送っていたギフリードは、ふと我に返り。
 興味深そうな表情を浮かべて、ぽつりと考えを口にする。

「空を飛べるのか」
 ぼろぼろの身形をしているけれども、それは偽りの姿。
 一体何者なのだろうと青年に対して興味を抱いたギフリードは、数時間後に再び青年と再会をする事になる。



 ギフリードと別れて自宅に戻った青年は、こっそりと自分の寝室の窓から室内に足を踏み入れた。
 許可を得ること無く勝手に自宅を抜け出してギルドに赴いてしまったため、速やかに身形を整えなければならない。
 青年は急ぎ足でベッドの上に脱ぎ捨てた衣服の元へと移動する。
 広大な敷地の庭では銀色の鎧を身につけた銀騎士が大きな掛け声と共に剣を振るっていた。
 剣を振るう騎士達から少し離れた位置では呪文を短縮する事により速さを重視した攻撃魔法かまいたちを起こし、威力の弱まった風属性攻撃魔法を防壁を張り巡らせる事により素早く受け止める騎士がカウンター攻撃魔法、炎の刃を発動する姿がある。
 また寝室の向い側に設置されている窓からは広大な草原が見える。
 銀色の鎧を身に纏った騎士達の姿が、ちらほらとあり得意武器を自由自在に操る騎士は長い槍を振り回す。
 白馬に乗り草原を颯爽と走る騎士達は騎馬きば隊と呼ばれ国民達から親しまれていた。

 そして、各国に赴き調査を行い情報を集める役割を持つ調査隊が、建物内を急ぎ足で行き来する。
 ばたばたと慌ただしい足音を立てて廊下を走る騎士は大忙し。
 ボスモンスター討伐隊壊滅の情報を求めて東の森や隣街にある学園都市へ赴き情報収集を行っている。
 この3つのチームから成り立つ銀騎士団は、国王の指示によりモンスターの討伐を行ったり、各国へ赴き情報収集を行ったりする優れた逸材を集めた精鋭部隊である。

 ボロボロの服とボロボロの靴を木箱に入れる。
 ボロボロの鞄は木箱の上に乗せ、木箱ごとベッドの下へ。
 簡単には見つけられないようにするためにベッドの下へ潜り込み、奥へ奥へと押しやると四つん這いのままベットの下から抜け出して素早くその場に立ち上がる。
 ボサボサの髪の毛は手櫛てぐしで整える。
 目を覆っていた前髪は手で豪快にかきあげて横へ流すと右耳にかける。
 宝石や金の装飾品が幾つも付いた服を身に付け、その上に白い、もこもこのファーの付いた真っ赤なマントを羽織る。
 高さが7センチほどある銀色の靴を履き、頭に金色の王冠おうかんを乗せると、青年は自分の身なりを再び確認する。
 大きな鏡の前へ素早く移動をして全身をくまなく確認した所でコンコンと寝室の扉がノックされた。

「失礼します」
 青年の返事を待つ事も無く、がちゃっと音を立てて開かれた扉から、金色の髪の毛が印象的な銀騎士団特攻隊隊長を務めている女性が室内に足を踏み入れる。
 深々と頭を下げて一礼をする女性に対して青年は鋭い眼差しを向ける。

「用件は何か?」
 銀騎士団特攻隊隊長が自ら訪ねてくると言う状況は、ただ事ではない事態が起こった事を示しており、青年は早々に用件を問いかける。
 ギフリードと会話をしていた時の、ほのぼのとした口調では無くて威圧的な物言いをする青年に対して女性騎士は真剣な顔をする。
 顔を上げて青年に視線を向けると女性は、ゆっくりと口を開く。

「魔界からの使者が、お見えになりました」
「銀髪の青年か?」
「え……えぇ」
 寝室内に一歩足を踏み入れて佇む銀色の鎧を身に付けた金髪の女性が、青年からの思わぬ問いかけをに対して驚いて瞬きを繰り返す。
 魔界からの使者と聞き、ギルド内で出会った銀髪の青年を思い浮かべた青年がコツコツと足音を立てて歩き出す。

謁見えっけんに通せ」
「承知いたしました」
 女性騎士に素早く指示を出して、ピシッと謁見の間を指差した青年は足早にならないように心がける。
 今すぐに全速力で駆け出したい気持ちを押し殺して足を進める青年は焦る気持ちを落ち着かせる。
 青年が指差した方向に素早く身を翻した女性はパタパタと足音を立てて走り去る。
 魔界からの使者は魔族である。長々と待たせてしまうと気分を害してしまう可能性があるため、早急に謁見の間へ案内する必要がある。
 緊張した面持ちを浮かべる特攻隊隊長を務める女性の後ろ姿が見えなくなったところで青年は服の裾を両手で持ち上げると、がに股である事を気にすること無く慌ただしい足音を立て建物内を駆け出した。



 青年と別れて、すぐにギルドでボスモンスター討伐隊壊滅の情報を集める事を諦めたギフリードは人間界を統べる王様、国王に会うため城へ移動した。
 ギルドの受付嬢はギフリードの姿を見るなり顔を真っ青にして怯えてしまった。
 到底話をする事の出来る状態では無かった。
 そんな受付嬢から情報を聞き出すには時間がかかると判断をしたギフリードは城の入り口に佇む銀色の鎧を身に纏った騎士に声をかける。
 魔王の名前を出せば、すんなりと城の中に入れてくれた。
 城の門から玄関まで案内をしてくれた青年騎士が、玄関入り口で佇む金髪の女性騎士に頭を下げる。
 警護のために長い間、持ち場を離れる事が出来ないのだろう。

 城の門へ素早く身を翻して戻る青年の背中を大人しく見送っていると
「こちらへ」
 金髪の女性騎士に声をかけられる。

 女性騎士の案内の元、玄関を抜けて廊下を通り
「こちらに」
 一際、大きな扉の前に移動をしたギフリードが女性騎士に視線を向ける。

 一礼をしてギフリードと扉の間に体を移動した女性騎士が大きな扉をノックする。
 ゆっくりと大きな扉を開くと、そこにはダンスホールのような空間が広がっていた。
 いや、ダンスホールよりは少し狭い造りになっているか。
 二階に上がるための階段もない。
 入り口から玉座まで伸びる真っ赤な絨毯など魔王城には無いため、絨毯の上を歩くべきかそれとも絨毯の上を避けるべきか。
 迷っていると玉座に腰を下ろしていた国王が、ゆっくりと立ち上がりギフリードの元へ歩み寄る。

「ご苦労。下がって良いぞ」
「しかし……」
 国王を護衛するために謁見の間へ足を踏み入れようとした女性騎士は立ち止まり、躊躇う素振りを見せる。
 女性騎士はギフリードと国王を交互に眺めて、この場から立ち去ることを渋る。
 魔界からの使者は魔族。
 二人きりにして大丈夫だろうかと考える女性騎士は国王の指示に従うことを躊躇っている。
 見たところ国王は武器を携えてはいない。
 魔族の気が変わり襲われた時に果たして対処する事が出来るのだろうかと考える女性騎士が国王に視線を移す。
 国王は黙って女性騎士を見ているだけ。
 何を言うわけでも無く、ただ黙って女性騎士に視線を向ける国王は無表情。

「承知いたしました……」
 国王の命令だから仕方がない。
 人形の魔族は強いため、出来れば主である国王と魔族を二人きりにしたくは無い。
 しかし、国王の命令には逆らう事が出来ずに女性騎士は渋々と頷き重たい足取りで持ち場へ戻る。
 不安な表情を浮かべて、何度も何度も背後を振り向きつつ謁見の間から廊下へ足を踏み出した。
 女性騎士の背中を見送った国王が大きな扉を閉めると、背後を振り向き真っ直ぐギフリードを見る。
 ギフリードは想像していたよりも随分と若い国王の姿に、表情には爽やかな笑顔を浮かべつつも内心では酷く驚いていた。立派な白ひげを携えた貫禄のある男性を予想していたギフリードが、まじまじと国王の顔を観察する。

 切れ長の鋭い目。
 水色の瞳が揺らぐこと無く、真っ直ぐギフリードを見つめる。
 前髪を耳にかけ眩い服に身を包み込んでいる国王が、ゆっくりと口を開く。

「まさか、お城に来ちゃうなんてね」
 女性騎士に指示を出していた時よりも声のトーンが高い。
 左手を腰に当て、苦笑する国王の表情の変化に驚きギフリードは唖然とする。
 急に雰囲気の変わった国王の口調が穏やかなものへと変化する。

「おま……いや、貴方は」
 見覚えのある態度、聞き覚えのある声。
 穏やかな口調を耳にしてギルド内で出会った、ぼろぼろの身形をした青年の姿を思い浮かべたギフリードは声を上げる。

「ユタカって名前で呼んでよ。ここには君と僕の二人だけだから咎める人はいないよ」
「しかし……」
 急にコロッと態度の変わった国王の言葉通り名前呼びを実行していいものだろうか。
 いや、駄目だろうと考えた結果すぐに結論を出したギフリードが渋る。

「いいんだよ。自分で言っちゃうけど人間界を統治する王様は優しくて思いやりがあって可愛らしい一面があるって評判でしょう? 畏まった話し方で無くても怒らないよ」

「現国王は冷酷、無慈悲。人を人とも思わない化け物じみた性格の人物だと聞いているが?」
 おちゃらけた口調で言葉を続けた国王に向かって、はっきりと事実を突きつける。
 現国王の評判は頗る悪い。

「化け物じみた性格と言われている事実を初めて知ったんだけど。冷酷、無慈悲と言われる事はあったけど、ユタカとして身分を隠して街へ出た時に国民達は優しく接してくれたよ。街で盛大に転んだ時は国民が駆け寄ってきてくれて治癒魔法をかけてくれた事も……」
 ギフリードの前で、おちゃらけてしまったため話が脱線してしまった。
 国民達の評価を耳にしてショックを受けつつも、困ったように笑う国王が口を開く。

「おちゃらけている場合では無かったね。情報を求めて城まで来てくれたのに、ごめんね。僕の所にも大した情報は入っていないんだけどね。ボスモンスター討伐隊が壊滅してから行方をくらましている子達が3人いる事は機密事項だから言おうか言うまいか迷っていたんだけど、お城まで来てくれたから君を信用して話すね。一人目は討伐隊の隊長。二人目は鬼灯って言う赤髪の子。世間では死んだと思われているけど遺体が見つからなかった。3人目は副隊長を務めていた子。討伐隊壊滅の情報を持ち込んだのが、この子なんだけど数日後に行方をくらましたんだ」
 国王の話は続く。
 3人目のユキヒラって名前の冒険者が消えたとき一緒に姿を消したものがあった。
 それは雷を操る魔術師の女性の遺体だった。
 消えたのはギルドランクSクラスの彼女の遺体だけ。

 紙と筆を取り出した国王が壁に紙をあてて筆を走らせる。
 謁見の間で墨を使い魔王にあてた手紙を書く国王を二度見して、ギフリードは信じられないものを見るような視線を向ける。もしも、見るからに高級な壁紙に墨がついてしまったらどうするのか。
 いくら紙質がしっかりしているとは言え、墨が紙に染み込み壁に付いてしまう可能性もある。
 不安を抱くギフリードの目の前で、国王は魔王に宛てた手紙を書き終えた。

「これを魔王に渡してよ」
 筆をテーブルの上に戻し手紙の入った封筒を差し出す国王は満足そう。魔王に一つ頼みたい事があるのだと言う。
 君からも魔王に頼んでよ、と笑顔で言葉を続けた国王の性格は人懐っこいのかも知れない。
 手紙の内容が分からない状況ではあるもののギフリードは国王と口約束を交わす。

「分かった。頼んでみよう」
 やるか、やらないかは魔王が決める事。手紙を受け取り封筒を懐にしまう。
 壁にもたれ掛かる国王は随分と気を抜いている。
 衣服に縫い付けられた装飾品の重さが全て国王にのしかかっているのだろう。
 握り拳を作り肩を、とんとんと叩く国王は疲労感に苛まれている。
 きっと、城内にいる間は気を抜く事が出来ないのだろうと考えるギフリードの目の前で国王が大きく伸びをする。
 不意にコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
 完全に気を抜いている国王は、どのような反応を示すのだろう。
 疑問を抱くギフリードは謁見の間、出入口の大きな扉に視線を向ける。

「失礼します」
 国王が返事をする前に、ゆっくりと扉が開かれて銀色の鎧を身に纏った青年が謁見の間へ足を踏み入れる。

「用件は何か?」
 先程までの緩い口調が一変した。
 切れ長の鋭い目。
 水色の瞳が揺らぐこと無く、真っ直ぐ男性騎士に向けられている。
 先程まで隣で壁にもたれかかり気を抜いて肩を叩く素振りをしていた国王は慌てた様子も無く、澄ました顔をして態度をコロッと変えていた。
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

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