それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ドラゴンクエスト編

11話 侵入者

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 2階層を出る前に、リンスールが拾った金色の通行許可証が役に立った。
 レアアイテムを勝手に使っても良いものかと迷ったけれど、緊急事態だからと自分に言い聞かせる。
 実は帰宅をして、すぐに2階層に980レベルのトロールが出現した事をヒナミや、ヒナミの母親から情報を貰うことによって知ることになった。
 玄関先で母親に通行許可証を見せて、緊急クエスト中の2階層へ入れないかと問いかけた。
 すぐに、危険すぎると反対をされたけど。
 それでも、2階層にはクエスト中に怪我をしたヒビキを回復、手当てをしてくれた人がいる。
 580レベルのトロールに、とどめを刺すようにと声をかけてくれた人もいる。
 パーティに誘ってくれた人がいるからと言って、引き下がること無く問いかけると渋々と母親が頷いた。

 入れるわよと言葉を続けた母親がただし、と言葉を付け加える。
 ヒビキの手にしている通行許可証を使うと、3人まで一緒に階層を移動することが出来るの。ヒナミちゃんと私も連れていきなさい。約束よと言葉を続けた母親から、すぐにパーティに誘われてヒナミと母親とパーティを組み、ドワーフの塔に足を踏み入れた。

 2階層には580レベルのトロールを難なく倒した冒険者達が揃っていたから負傷者と言っても、たいした傷ではないだろうと勝手に予想していた。
 だから、2階層に足を踏み入れて中の状況を確認したときには本当に驚いた。
 黒いローブを身に付けている魔術師達は、980レベルのトロールの攻撃を受けて傷だらけ。
 頬や額から血を流している。
 彼らに回復魔法を施す者達は、傷付いた仲間達に回復魔法を施すことで精一杯。トロールを相手にしているだけの余裕はなくて、次から次へと怪我人が現れるため回復魔法を連続で発動する。
 魔力が枯渇するのが先か、それともレベル980のトロールを倒すのが先か。
 周囲を見渡してみると、魔術師達だけではない。
 所々に人が倒れていた。
 980レベルのトロールの攻撃の直撃を受けて力無く壁に腰を預けて、もたれ掛かっている魔術師達のフードが取り外され、その容姿が露になっている。

 耳掛をしている長い前髪は、きっと胸元まで長さがあるだろう。
 腰まである長いストレートの髪の毛を後ろに一纏めにしている艶やかな雰囲気を醸し出す女性。
 ストレートの黒い髪の毛が印象的な知的そうな男性は、腹部に激しい攻撃を受けて地べたに力無く座り込んでいる。
 立派な髭を生やしているお爺さんはトロールの攻撃を受けて全身切り傷だらけ。
 あっと言う間にやられてしまったのだと言う。
 気づいた時には数メートル先まで弾き飛ばされており、圧倒的なトロールの強さを目の当たりにしてフォッフォッと笑い声をあげている。
 ピンクの髪色をした幼い少女は今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
 4名の魔術師達が力無く地面に腰を下ろして、仲間達から回復術を受けていた。 
 想像していたよりも怪我人が多い。

 状況を確認するために周囲を見渡していると、隣に佇んでいるヒナミがクスクスと笑いだす。危機的な状況の中で笑顔を見せるヒナミに驚いて視線を向ける。
「侵入者って言われちゃってるね」
 真面目な顔をするヒビキに向かってヒナミは苦笑する。

「そうね、侵入者って3回も連呼れんこされちゃったわね」
 ヒナミの母親が先ほどのアナウンスの事を言ってるのだろう。小さく頷くとヒナミの言葉に同意する。
 緊急クエストに途中参加をするヒビキ達3人は侵入者になるようで、トロールの視線がドワーフの塔2階層の出入口に佇む3人に向けられる。

 2階層にいる冒険者達のパーティに組み込まれたヒビキ達は、トロールに攻撃をする事を許される。
 他の冒険者と違う点は侵入者として扱われているため、トロールが侵入者を排除しようと優先的にヒビキ達を襲ってくること。
「トロールの行動が予測つかないわね。2人とも気を付けるのよ」
 高々と木の棒を振り上げて勢い良く走るトロールの足元は覚束ない。
 攻撃する直前に武器を振り上げれば良いのに、助走をつける段階で武器を振り上げてしまったものだから上手に身体のバランスを取ることが出来ずにいる。
 圧倒的な強さを見せるトロールの間の抜けた行動を呆然と眺めていたヒナミの母親が真顔で呟いた。

「ヒナミちゃん、一番先に傷を治さないと駄目なのは誰?」
「えっと、あの人。二人係でも回復が全然間に合ってないよ」 
 回復魔法の使い手であるヒナミの母親は回復役を担当する。
 母親からの問いかけに対してヒナミは、優先的に回復魔法を掛けなければならない人物を指差した。
 母親がヒナミの指差した方向に視線を向ける。
 同じくヒナミの母親に続いて、ヒナミの指先を目で追ったヒビキの視界に、先ほどまで一緒にパーティを組み狩りを行っていた人物。リンスールが血だらとなって横たわっている姿が入り込む。

 リンスールの身に付けている白い服が赤く染まっている。
 内臓が傷ついているのか時折、激しく咳き込み血を吐き出している。
「回復が間に合ってないよ。心の色が薄くなっているよ」
 リンスールを指差して言葉を続けたヒナミは不安げな表情を浮かべている。
「危険な状態ね。行ってくるわね」
 ヒナミの言う心の色が薄くなってきていると言うのは、瀕死の状態を表している。
 リンスールの元へ視線を移し、素早く身を翻すとヒナミの母親は急いで駆け出した。

 980レベルのトロールは一つ一つの動作が早く、目で追うので精一杯。
 狐の面を身に付けて来て良かったとヒビキは安堵する。
 手加減すること無く勢い良く振り下ろされた武器が地面に激突する。
 衝撃で砕けた木の破片はへんが勢いよく飛び散った。
 980と高レベルのトロールは加減というものを知らないのか、自分で考えていたよりも武器を振り下ろした勢いが強すぎて見事に姿勢を崩してしまった。
 床に深々と突き刺さった木の棒を、あんぐりと口を開き眺めるトロールは右腕を前方に伸ばしたままの状態で前のめりとなる。
 木の棒に重心を移動することにより、何とか盛大に転ぶことは避けたけれども何とも不格好な体勢である。
 大きく傾いたままのトロールを横目にヒビキは、透かさず走り出す。
 トロールがバランスを立て直す前に急いで攻撃を与えなければならない。
 まさか、このタイミングでトロールが単純なミスをするとは思ってもいなかったから、攻撃に入るのが遅くなってしまった。

 狐の面をつけているため身軽になった体で地を蹴り、トロールの腕に飛び移ると全速力で走り出す。
 深呼吸をすると共に呼吸を整える。
 剣舞と頭の中で唱えると、差し出した右手の平に添うようにして赤い炎に包まれた剣が現れる。
 剣を、しっかりと握りしめてトロールの腕から肩に移動。
 剣を大きく振りかぶった。

 ただ単に剣を振り下ろすだけではトロールの硬い皮膚に刃を阻まれてしまって、攻撃を通すことが出来ないかもしれない。
 念のため勢いをつけて振り下ろした剣に体重を乗せる。
 トロールの首めがけて振り下ろした攻撃は、あと一歩のところで避けられてしまう。
 反射的に伸ばした左手で、ヒビキの体を掴もうとしたトロールを寸前のところで避ける事に成功する。
 剣でトロールの腕を払うと、反動で大きく足を引いたトロールの顔面を踏みつける。
 トロールの額を足場にして空中で後方宙返りをする。
 トロールの攻撃を避けることは出来ても攻撃を当てることが出来ない。
 右下から左上へ剣を勢い良く振り上げてみるものの、トロールの死角からの攻撃は寸前で避けられてしまう。

 連続して攻撃を与えようと剣を振るうけれど、巨体を持つトロールは小躍りをするようにしてヒビキの振り下ろした剣を全て避けてしまう。
 右へ左へ体を動かして、後退することにより全ての攻撃を避けられてしまった。
 どうしたものかと考えていると、背後で地面に何か硬い物体が打ち付けられるような音が2階層全体に響き渡る。

「お兄ちゃん! 避けて!」
 ヒナミの叫び声に何事かと驚き、状況を確認する間も無くトロールの肩を強く蹴りつけ頭に飛び移る。

「もっと、高いとこに逃げて!」
 再び聞こえたヒナミの叫び声に素早く反応、まだ高さが足りないのかと驚きつつも、トロールの頭を強く蹴りつけ空中へ高く飛び上がる。
 勢いをつけて空中で後方に宙返りをすると、トロールが逃げるヒビキを捕らえようと手を伸ばす。
 目の前に迫ったトロールの手がヒビキの足首に触れようとした。
 足首を捕まれると思い身構えたヒビキの視線の先で、何かに引っ張られるようにして身動きを止めたトロールの手が、ヒビキの靴をかすめる。
 後方へ宙返りを行って、体を捻り地面に着地をするとトロールの動きを制するものの正体が分かる。

 牛頭人身の怪物ミノタウロス。
 2階層に召喚されたミノタウロスが、トロールの腕を掴む事により身動きを封じていた。

「ヒナミが召喚したのか?」
 勢いよく背後を振り向いて声をかけると、ヒナミは嬉しそうに笑顔を見せる。
「うん。私の使い魔だよ!」
 ミノタウロスを召喚するために、全ての魔力を消費したヒナミは疲労感に苛まれているはずなのに、それを表情には表すこと無く笑顔を浮かべたまま大きく頷いた。
 大きな斧を持つミノタウロスがトロールの腕を力任せに引き寄せる。
 強引に腕を引かれることにより姿勢を崩したトロールに向けて巨大な斧を振り下ろす。

「凄いな。強すぎる」
 ミノタウロスは、たった一撃でトロールのヒットポイントを残り僅かにしてしまった。
 ミノタウロスの攻撃力を間近で見ていたヒビキが、ぽつりと言葉を漏らす。
「私のミノタウロスは強いでしょう! お兄ちゃんがトロールの足止めをしてくれたから召喚することが出来たんだよ!」
 ヒナミが頬を朱色に染めて微笑んだ。

 周囲で負傷した冒険者達がトロールとミノタウロスの戦いを心配そうに見守っている。
 もしも、ミノタウロスが負けてしまったら2階層にいる冒険者は全滅するだろう。
 負けは死を意味するため不安が頭の中を過る中、祈るような気持ちでミノタウロスを応援する。

 ヒットポイントゲージが残り僅かとなって、激しく動き回るトロールを目で追事がやっとの状況。
 中にはトロールとミノタウロスの動きが早すぎて、全く目で追うことの出来ていない者もいた。

「あと一撃だね」
 トロールのヒットポイントゲージが残り僅かとなっていることを口にして、ヒビキに視線を移すヒナミは不安そうに眉尻を下げる。
 あと一撃でトロールを倒すことが出来る。
 しかし、あと一撃が決まらない。
 少し間の抜けた性格であるとは言え、自ら考える力を持つトロールがターゲットを変更する。
 ミノタウロスからミノタウロスを召喚したヒナミに攻撃対象を移す事により、危機的な状況を乗り越えようと考えた。


 ぐぉおおおお! 

 ドワーフの塔2階層が揺れる程の大きな雄叫びをあげて気合いを入れ、力任せにミノタウロスの体を突き飛ばしたトロールが間髪を入れること無く前屈みの姿勢をとる。
 地面を強く踏み込むと、トロールの踏み込む力を支えきることの出来なかった地面が何とも奇妙な音を立てて砕かれる。
 砕けた地面の事など気にも留めること無く、狙いを定めたターゲットへ向けて一直線に移動する。
 トロールの素早い動きに全く反応をする事の出来なかった冒険者達が、いきなり視界から消えたトロールを探して周囲を見渡した。
 あっと思ったときにはトロールの巨体はミノタウロスの召喚主であるヒナミの目の前に迫っていた。
「ヒナミちゃん!」
 母親が大声で狙われた娘の名前を呼ぶ。
 剣を振り上げてトロールを狙うけど、咄嗟に振り下ろした剣は上手いこと狙いを定めることが出来ずに、簡単に避けられてしまう。
 剣では重すぎる。
 咄嗟に武器の出現を頭の中で唱えると、ヒビキの差し出した右手の平に添うようにして青い炎に包まれた刀が現れる。
 青色の炎が揺らめく刀を握りしめて構えをとった所で、ヒナミに向かってトロールが拳を振り下ろしてしまった。

 ヒナミの母親の悲鳴が上がる。
 トロールの拳が衝突した事により出た音なのか、それともトロールが強く踏み込んだ事により地面が砕かれた音なのか分からない程、強い衝撃音と共に地面が大きく揺れ動く。
 地面が大きく揺れ動く直前に見たヒナミは、恐怖心に苛まれて力無く地面に腰を下ろして泣きべそをかいていた。
 魔術師の青年が咄嗟に呪文を唱える事により、防壁を張り巡らせようとしていたものの間に合わなかった。悲惨な光景を想像する。
 ヒナミの上に落とされた巨大な拳を茫然自失のまま見つめるていると

「うぅ……」
 地面に力無く座り込み、大粒の涙を流すヒナミの姿が視界に入り込む。
 一体、何がヒナミを守ったのか。
 周囲を見渡してみると、魔術師の女性に体を支えられるような形で何とか上半身を起こし、トロールに向かって右腕を伸ばしているリンスールの姿が視界に入り込む。
 頭を抱え込んで泣き叫んでいるヒナミの母親は、すぐ隣でリンスールがトロールに向かって拘束魔法を発動したことに気づいてはいない。
 リンスールが咄嗟に発動した木のツルはトロールに巻き付くことにより、その身動きを見事に封じ込んでいた。
 魔術師の女性が、ヒナミの母親の背中に手を添えて娘さんは大丈夫ですよと声をかける。

「あまり持ちません!」
 巨大なトロールを一人で拘束しているリンスールは苦しそう。トロールの拘束には成功をしたものの長時間、拘束をしているだけの余裕も無いため大声を出して、あまり拘束魔法が持たないことを仲間達に伝える。
 トロールの背後に素早く移動したミノタウロスが勢い良く斧を振り上げる。
 トロールが背後を振り向く前に斧を振り下ろしたものの、力業で木のツルを引きちぎったトロールが大きく前進することにより斧を避ける。
 斧は目標を見失い深々と地面に突き刺さる。

「お兄ちゃん! とどめを」
 ミノタウロスによる、トロールの死角からの攻撃は見事に失敗をした。
 しかし、チャンスを見逃さなかったヒナミが大声で叫ぶ。

 ミノタウロスの攻撃を勢い良く避けたため身体のバランスを崩して、よろめいたトロールが今にも顔面から地面に倒れそうになっている。
 じたばたと手を動かす姿は何だか滑稽に思えて、放心状態のまま佇んでいたヒビキに向かってヒナミの母親が声をかける。

「早く!」
 ヒナミの母親に急かされて、すぐに助走をつけ地を蹴りトロールの真上に飛び上がる。
 刀をトロールの胸にめがけて振り下ろすと、咄嗟に腕を横向きに振り払ったトロールが剣から身を守ろうとして防御をとる。

 目の前に迫った腕に驚いて慌てて刀でいなす。
 体を回転させて刀に勢いをつけ、そのままトロールの首めがけて刀を振ると初めてトロールに攻撃があたった。
 攻撃があたったと喜ぶヒビキの視線先で、胴体から離れたトロールの首が飛ぶ。
 まさか首を切断してしまうとは、トロールに攻撃を当てた本人が一番驚いたいる。
 あんぐりと口を開いて大きく傾くトロールの胴体を眺めるヒビキは間抜け面を浮かべていた。
 2階層には子供達もいるから、出来るだけトラウマにならないような戦い方をしようと思っていた。
 しかし、最終的にはトロールの首を切断してしまうとは、間違いなく子供達にはトラウマを与えることになってしまっただろう。
 ヒットポイントがゼロになりサラサラとトロールの巨体が砂になって消えていく。

 ちらっと、親子に視線向けると男の子は母親と父親の間でピョンピョンと跳び跳ねて喜んでいた。
 魔術師の少女に視線を向けると、彼女も他の魔術師に囲まれて笑顔で笑っている。
 そんな子供達の様子を見て安堵する。

 両手を掲げて勢い良く巨大な斧を頭上で振り回したミノタウロスが、ゆっくりと右手に斧を持ちかえると、ご主人であるヒナミの目の前に移動をする。
「ありがとう! お疲れ様」
 ミノタウロスに抱きついて手触りの良い、ふさふさのお腹にギュッと顔を埋めたヒナミが微笑むと、ミノタウロスが煙となって消えてしまう。

 巨大な召喚魔が消えたのを合図としたように、一斉に2階層に歓声が上がた。
 周囲を見渡すと仲間達の体が光輝いている。
 母親が涙を拭う事もなく、ヒナミの元に一目散に駆け寄った。

「ヒナミちゃん! 本当に良かった!」
 1メートル手前で高々とジャンプをしたヒナミの母親は、ヒナミのすぐ隣にいたヒビキまで巻き込んだ。

「きゃ!」
「わっ!」
 ヒナミと共に間の抜けた声を上げて、飛び付いた母親を支えきる事が出来ずに背中から地面に倒れ込む。
 魔族の体重は人間の何倍なのだろうか。
 内臓を圧迫される感覚と共に呼吸をすることが出来なくなりジタバタと手足を動かして、もがいていれば周囲に沢山の冒険者達が集まってきた。
 背中から地面に倒れた反動でフードが取れなかったから良かったものの、もしもフードが外れてしまっていたら集まってきた冒険者たちに人間であることが知られてしまっただろう。

 息苦しさと共に仰向けに倒れたまま冷や汗を流していると、完全復活とは行かないものの何とか歩くことの出来る状態まで回復したリンスールが、冒険者達の間を抜けて歩み寄ってきてくれた。
 リンスールがヒビキの上から体を退かすようにとヒナミの母親に声をかけてくれる。

 続けてヒビキに視線を向けると
「一体どうやって閉鎖されている、この階層に?」
 ヒナミの母親に押し潰されずに済み、安堵したのもつかの間。ヒビキは顔面蒼白となりながらリンスールに向かって謝罪をする。
「ごめんなさい。3階層への通行許可証を使いました。3階層に行くには2階層を通らないといけないから入れるかなと思って……」
 素直にレアアイテムを使ってしまったことを、早口だったけれども伝える事が出来た。
 怒られることを前提に考えていれば、リンスールは驚き慌てふためく姿を見せてくれる。

「謝る必要はありませんよ! お陰で助かりましたし」
 驚いたように目を見開き、そして吹き出すようにして大きく肩を揺らして笑いだしてしまったリンスールが首を左右に振る。
 全快ではないリンスールは頭を振ったことによりフラついていたけれど、ヒナミの母親に支えられるようにして何とかその場に佇んでいる。

「本当にありがとうございます」
 深々と頭を下げたリンスールに続き、共にトロールと戦った仲間達が周囲に集まってきた。
「ありがとう」
「助かったわ」
 周囲に集まった冒険者達に、それぞれ頭を下げられて礼を言われてしまう。
 今にも泣き出しそうな母親が、何度もヒナミの無事な姿を確認する。
 我が子の危機的な状況の中で咄嗟に助け船を出してくれたリンスールに対して、まるで子供をあやすかのような態度をとる。
 ヒナミの母親がリンスールの頭を撫で回したため動揺した様子のリンスールが唖然とする。
 戸惑った表情を見せるリンスールに向かって本当に有り難うと心から感謝を口にした。

「ヒビキ君も押し倒した挙げくに押し潰しちゃいそうになってしまって、ごめんなさい」
 うっすらと目に溜まった涙を指先でぬぐって、嬉しさ余って飛び付き押し潰してしまいそうになっていた事を謝罪する。
 魔界にあるドワーフの塔に980レベルのトロールが出現した事は魔界だけでなく人間界、妖精の森、天界にも瞬く間に知れ渡った。
 そして、そのトロールが倒された事もすぐに各地に広まっていく。
 今回は魔界に980レベルのトロールが出現をしたけど、今から約15年前には天界で780レベルの堕天使が出現している。
 その時も情報は各地を飛び交った。
 15年前780レベルの堕天使が出現した時には多くの死者が出た。
 そして今から37年前には人間界でレベル610の盗賊が出現をして街一つを焼き払った。
 その時も情報が各地に飛び交い沢山の死者が出たことを伝える。
 60年前には妖精の森に540レベルのピクシーが現れたことがあった。
 540レベルのピクシーが倒されたのはピクシーが出現してから約1か月後だったらしい。

「緊急クエストに出現するモンスターのレベルは約150~300程度。それが今日は580レベルに続いて980レベルのトロールまで現れてさ、何か不吉な事が起こる前触れじゃなければいいけど」
 魔術師の一人が呟いた言葉に冒険者達が恐怖心からブルッと体を震わせる。

「本当に……」
「天変地異の前触れだったりしてな」
「やめてよ。怖いこと言わないでよ」
 周囲で憶測おくそくが飛び交っている。
 2階層に初めて上った時は皆それぞれのグループに別れて戦っていた。
 それなのに気づけばヒビキとヒナミと母親の3人を含めた計17人で一ヶ所に集まり、わいわいと騒いでいる。
 ヒビキは仰向けに寝転がったままの状態でギルドカードをとりだした。



白峰ヒビキ

age.16

rank.F

level.150
使用可能レベル50.炎の刀
使用可能レベル150.剣舞けんぶかい

money.2,279,000G



 レベルが150になった事より、使用可能レベル100の剣舞が消えて変わりに使用可能レベル150のスキル剣舞、改が記されていた。
 どのようにスキルが進化をしたのか文字を見ただけでは分からない。

 深呼吸をして呼吸を整える。文字を見ただけでは分からないのであれば、実際に術を発動してみればいい。
 剣舞と頭の中で唱えると差し出した右手の平に添うようにして赤い炎に包まれた剣が現れる。
 剣をしっかりと握りしめた所で気がついた。

「おわっ!」
「ちょっ」
「えぇ?!」
「ふふふっ」
 仰向けに横たわったままの状態で何の前触れもなく剣を出現してしまったため、周りを囲んでいた冒険者達が驚き飛び退いた。
 仰向けに横たわったままの状態で武器を発動する何て一体、何を考えているのか。
 ヒビキの行動に対して驚きはしたものの、意外と間の抜けたところもあるのかと納得をしてヒビキの行動に対して笑ってしまっている冒険者もいる。

 片手で軽々と持ち上げる事の出来る剣は使用可能レベル150剣舞、改に変わってから随分と軽くなっている。
 青い刀と変わらないほどの重さになった事はすごく助かった。
 剣を慌てて引っ込めて勢い良く上半身を起こす。
「ごめんなさい」
 驚いて飛び退いた冒険者達に深々と頭を下げて謝ると何故か周囲が笑い声に包まれた。



 ヒビキが突然、笑い始めた周囲の反応に唖然とする。
 きょとんとするヒビキが首を傾げている頃。
 ビッグベアと共に極寒の雪山を超えた鬼灯は人間界と魔界の丁度、真ん中にある街にたどり着き宿に泊まっていた。

 夜食をとるために宿の1階にある飲み屋に移動をした鬼灯が、空いている席を探すためにテーブルを囲み食事をとる冒険者達を見渡した。
 カウンターの前が一ヶ所だけ空席になっている。
 素早くカウンター前に移動をして椅子に腰を下ろすと、すぐ隣に腰を下ろして夕食をとっていた猫耳が印象的な女性が鬼灯に声をかける。

「お兄ちゃん! もしかして、これから魔界に行くのかい?」
 満面の笑みを浮かべる女性は魔族。
 人の姿に擬態する事が出来るほど強い魔族に出会うのは今回が初めての事で、焦る気持ちを表情に表すこと無く平常心を演じつつ小さく頷いた。

「ああ」
 頷きはしたものの、すぐ間近に迫った魔族と視線を合わす事が出来ない。
 視線はテーブルの上に置いた両手を見つめたまま過去に読んだ事のある文献の内容が、ふと脳裏を過る。
 魔族は共食いをする。
 好物は人間であると書き連ねられた文字を読み震え上がった記憶を思い起こす。

「お兄ちゃん知ってる? 今、魔界に行くのは危険だよ」
 鬼灯の恐怖心を知ってか知らずか、なかなか視線を合わそうとはしない鬼灯の顔を覗き込み、強引に視線を合わせる。
 言葉を続けた女性に対して、鬼灯は瞬きをする事も忘れて問いかける。

「危険とは?」
 平常心を装って首を傾げる鬼灯の腕は恐怖心から鳥肌が立っている。
 幸いコートを身に付けているため鳥肌を見られることは無いとは言え、テーブルの下に隠れて見えてはいないものの膝はガクガクと震え足は小刻みにリズムを刻む。

「980レベルのトロールが出現したらしいよ」
 緊迫した状況の中で魔族と初対面し、恐怖心に苛まれていた鬼灯が急に不安を抱く。
 衝撃的な事実を告げられることにより、浮かんだのはボスモンスター討伐隊隊長を務めていた少年の姿。
 魔界にいる隊長が巻き込まれていなければ良いけれどと考える鬼灯が猫耳が印象的な女性に声をかける。

「980レベルのトロールが?」
「うん。980レベルのトロールは討伐されたらしいけどね。980レベルのトロールが現れる前には580レベルのトロールが出現して暴れまわっていたようだよ」

「580レベル」
 女性の話を耳にして、唖然とする鬼灯が人間界で戦ったドラゴンのレベルを思い浮かべて愕然とする。
 人間界に現れた木属性のドラゴンの頭上に表示されていたレベルも580レベルだった。
 ボスモンスター討伐隊を壊滅に追い込んだドラゴンと同じレベル。
 急に黙りこんでしまった鬼灯を女性は心配する。
「大丈夫?」
 首を傾げて問いかけた。

「ああ。仲間が魔界にいるから大丈夫かなと思ってな」
 真剣な顔をする鬼灯は、ボスモンスター討伐隊の隊長を務めていた人物との再会を願う。
 どうか無事に出会えますようにと、祈る気持ちで目蓋を閉じる鬼灯が恐怖心と不安に苛まれている頃。




 同時刻、人間界でも

「凄いねぇ! 魔界に現れたトロールを倒したのって、やっぱりギルドランクがS以上の人達だったのぉ?」
 ギルドの受付の男性に声をかけるユキヒラが魔界に現れたトロールの情報を仕入れていた。

「Sクラスの冒険者は2人しかいなかったらしいよ。止めを刺したのは無名の少年って聞くし」
「へぇ、少年ってどんな子?」
 人懐っこい笑みを浮かべるユキヒラの問いかけに対して
「狐の面をつけていたらしいよ。青い刀を使う子だったらしい」
 お兄さんは情報を与えてしまう。

「狐の面って、そっかぁ。お兄さん、情報をありがとぉ」
 ヒビキが生きていることをユキヒラが知ってしまった。
 不気味な笑みを浮かべたユキヒラが鼻唄を歌いながらギルドを後にする。

「魔界の住人である魔族達からしたら、うちの隊長は少年に見えちゃうのかぁ」
 ヒビキの素顔、年齢を知らないユキヒラがニヤニヤと締まりの無い笑みを浮かべる。

「魔界に向かおうかなぁ。レアアイテムの狐の面は魅力的だし、目的のために手に入れたいな。必須アイテムだからなぁ」
 空を見上げて呟いた。
 ゆっくりと足を進める。


上条かみじょうユキヒラ

age.23

rank.S

level.179
使用可能レベル50.骸召喚術
使用可能レベル100.モンスター1体捕獲術

money.559,000G
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俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

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