上 下
10 / 144
ドラゴンクエスト編

9話 緊急クエスト

しおりを挟む
 辺りが一気に暗くなった。
 一体いつの間に頭上に現れたのかは分からないけれども、見上げると巨大な闇が渦巻いている。
 それは次第に大きくなり、少しずつ2階層に広がっていく。


 ブーブーブーブーと巨大な音を立てて、2階層に緊急事態を知らせる警報が響きだす。
 緊急クエストが発生しました。
 アナウンスが流れて緊急クエストが発生した事を知らせる。
 周囲を見渡すと2階層で狩りを行っていた冒険者達が戦いの手を止めて頭上を見上げている。

 緊急クエストに戸惑う者。
 頭上の渦を睨み付けている者。
 目を輝かせる者。
 皆の反応は、それぞれ違うけど全員が渦に向かって武器を構えている。
 ドワーフを怯えさせて緊急クエストを発生させてしまったのだろうかと、内心ビクビクして怯えていると
「こっちへ来なさい」
 背後から腕を引かれて後方に力任せに引き寄せられる。

「緊急事態よ。怪我を治すから大人しくしていなさい」
 見ると先程の親子が近くまで来ており、その母親が治癒魔法をかけてくれる。
 足首の怪我を闇魔法で囲み、かすり傷も丁寧に治してくれる。
 頬についた傷を治すため、フードに手をかけて取り外そうとした女性に驚き、反射的にビクッと大きく肩を揺らしてしまう。
 もしも、フードを取られて人であることを知られてしまったら、戸惑ってしまってパニック状態に陥ることは必然的。魔族の方達も混乱してパニック状態に陥る事になるかもしれない。
 突然の緊急クエストの発生により周囲はバタバタと慌ただしくしているのに、更に状況を悪化させるような事はしたくはない。

 大きく体を揺らしたため
「もしかして、フードを外されるのは嫌?」
 疑問を抱いた母親が問いかけてきた。

「すみません。姿は見られたくはなくて……」
 人形ひとがたとはいえ、魔族達に囲まれて緊張をしていたのか思っていたよりもか細い声が出た。

「ごめんなさい。驚かせてしまったみたいね」
 淡々と話す母親が、てきぱきと頬の傷を治してくれる。
「はい、これでいいわ」
 ポンッと背中を叩き、よしっと呟いた母親に
「ありがとう」
 礼を言う。

 傷を治してもらって、レベルも上がったため魔力も全快している。
 手当てをしてもらっている間に、黒い渦の中から巨大な手が出現していた。
 毛むくじゃらの巨大な手で強引に渦を広げると巨体が姿を現す。
 ドワーフの塔に、ドワーフによって召喚されたトロールが現れた。
 魔力を集めてトロールを呼び寄せたドワーフが魔力を全て使いきり前方へ、ぱたんと音を立て倒れる。
 砂になって消えると一気に24,000Gが手に入った。
 かわりにドワーフに召喚されたトロールが暴れ始める。

 鉄の塊を持ち上げて一気に振り下ろす。
 床に打ち付けられた鉄の塊が大きな音を立てる。
 最後に鉄の塊が宝石に当たり、キーンと耳に突き刺さるようなにぶい音がしたため宝石が砕けたかもしれないと思い、音のした方向に視線を向ける。
 しかし、宝石は傷ひとつ付いていない。
 しかし、その衝撃は凄まじく振動が地面を伝って冒険者達にダメージを与える。

「580レベルは今まで発生した緊急クエストの中でも最高レベルね」
 背後にいる母親がトロールのレベルを口にした。

 この母親が言うにはドワーフの塔の2階層では度々、緊急クエストが出現するらしい。
 前回は240レベルのトロールが出現したけど、すんなりと倒すことが出来た。
 過去に現れたトロールで一番レベルが高かったものでも380レベル。
 沢山の負傷者が出たけど、何とか2階層にいた冒険者たちが力を合わせて倒したらしい。

 緊急クエストが発動したら、そのフロアにいるすべての冒険者がパーティに組み込まれる。
 そして、攻撃をあたえるたびに経験値が入るため、レベルの低い者は一気にレベルが上がるらしい。
 トロールの頭の上に表示されてる580の数値を見て、気合いを入れる冒険者達が構えをとる。

「あの、このフロアにいる人たちの中で一番レベルが高いのは何方ですか?」
 周囲がピリピリとし始める中、背後の母親に聞くと
「彼は280レベルよ」
 毛皮の服を着た狼男を指差してレベルを教えてくれる。

 2階層にいる15人でトロールに勝てるのか。
 不安はあるけどトロールが出現をしたのは自分のせいかもしれないと考えるヒビキは、原因を作った者が戦いに参加しないってわけにはいかないと考えて表情を引き締める。
 こんなに強い敵が現れるのなら、狐面を家に置いて来なければ良かったと後悔する。
 魔力を使えば狐面を呼び出すことも出来るけど、炎の刀を呼び出すよりも魔力の消費が激しい。
 過去に狐面を呼び寄せたときには30分間、全く動く事が出来なかった。

 ドンッと突然音がして、トロールのレベルの横にヒットポイントのゲージが表示される。
「覚悟はいい?」
「準備は出来てる」
「私も」
「倒すぞ!」
 仲間の掛け声が上がる。
 ゲージの表示と共に戦いが始まった。

 魔術師が4人係でトロールを囲み拘束魔法を唱える。
 カンッと音を立て杖の底を地面に打ち付けると、トロールの足元に黒い巨大な魔法陣が現れた。
 しゅるしゅると音を立てて黒色のツルが出現を始める。
 トロールの足に絡み付き腰からお腹に。
 肩や首まで巻き付いたところで、トロールは力ずくで拘束をといてしまう。

 本来なら影を縛って完全に身動きを封じる技はトロールの動きを、ゆっくりにしただけに終わってしまった。
 大きな剣を持った狼男がトロールに向かって走り出す。
 トロールの右腕を切り落とそうと勢いよく剣を叩きつけるけれど、剣は思ったよりも硬い皮膚を持つトロールの腕に弾かれてしまって斬ることは出来なかった。
 弾かれた勢いで狼男の体は地面に向け一直線に落ちる。
 けれど、空中でくるんっと後方宙返りを行った狼男が両足を地面につけて着地をする。

 瞬きをしている余裕もなかった。
 続けて弓がトロールに向かって飛ぶ。
 見れば綺麗な顔をしたエルフの兄さんが1本、2本、3本、4本、5本、6本、7本、8本と次々に矢を放つ。

 矢筒やづつから矢を取り出し指先を器用に動かして、くるんっと回す。
 弓弦ゆみづるに矢を設置し放つまでのスピードが尋常ではない。

 30本の矢が見事トロールを直撃。
 その早業に驚きながらエルフの兄さんを眺めていれば。
 攻撃を終えたエルフの兄さんと目があった。
 なんの感情も持っていないような無表情。
 ピクリとも表情を変えないエルフの兄さんから、勢い良く視線を逸らしてしまったのは、何だか見ていることが悪いことだと思えてしまったため。
 まじまじと見つめてしまったため気分を害してしまっただろうかと考える。
 矢を30本連続で右腕に受け姿勢を崩したトロールに、すかさず狼男が飛び上がりトロールの巨体に剣を振り下ろす。
 1撃、2撃、3撃、4撃とスキルを使いきり連続で攻撃を与えていく。

 10回連続で攻撃を受け、グラッと体を傾けたトロールに親子が、あらゆる方面に黒い魔法陣を出現させる。
 トロールを囲むようにして現れた魔法陣から槍が放たれた。
 体を魔法陣で囲まれて身動きの取れないトロールの体を、大量の槍が突き刺す。

 弓に続き剣そして、槍を受けたトロールのヒットポイントが残り僅かになったところで、トロールの態度が激変する。
「拘束が解けます!」
 魔術師の一人が声をあげた。

 力ずくで拘束を解いたトロールが、術をかけていた魔術師達を薙ぎ払う。
 咄嗟に目の前で手をクロスさせた魔術師達が衝撃を和らげようとする。
 力一杯振り払われ飛ばされた魔術師が床に体を打ち付ける。
 四方向に飛ばされ倒れた魔術師に、数名の冒険者が駆け寄り治癒魔法を唱える。
 力任せに鉄の棒を振り回し迫り来るトロールが、ヒビキに向かって鉄の塊を振り下ろす。

 スピードは早く、ヒビキの体すれすれを通過した。
 塊が足元に叩きつけられる。
 衝撃が来る前に飛び上がり床から伝わる振動を避けると、飛び上がったヒビキに向かって力任せに鉄の棒を振り上げた。
 トロールの狙いが完全に、ヒビキに向けられているような気がする。
 頬を冷や汗が伝う。
 空中で攻撃を向けられ避ける事が出来るわけがない。

 攻撃を避けきれず鉄の塊が直撃した……かのように思えた。
 咄嗟に頭の中で武器の出現を唱えたため、出現した炎の刀でトロールの攻撃をいなす。
 完全に攻撃を当てるつもりでいたトロールが、空振りをしたため勢いで体勢を崩していた。
 前のめりになった体を立て直そうと手をじたばたさせている。

「とどめを刺してください!」
「おう、その距離ならいけるだろ!」
「チャンスを無駄にするな! いけ!」
 今のトロールのスピードでは近寄ることも出来ない冒険者が複数人声を上げる。
 次々にかけられる言葉に答えられるかは分からないけど、刀を両手に持ちトロールの胸に突き刺した。

 ぐぉおおおおお!

 胸に刀を受け炎に包まれたトロールが、雄叫びをあげながら拳をふるう。
 空中で拳を避けることが出来ず殴り飛ばされると、勢いのまま床に激突……したと思ったんだけど。
 想像していた衝撃が、なかなかやってこない。
 疑問に思い閉じていた目蓋を開けると、体は風魔法に包まれてふわふわと宙に浮いていた。

 刀を纏っていた炎に包まれてヒットポイントがゼロになったトロールが、砂となり消えると2階層にいた冒険者の体が光だす。
 ふわふわと体を宙に浮かせながらギルドカードを確認する。



白峰ヒビキ

age.16

rank.F

level.107
使用可能レベル50.炎の刀
使用可能レベル100.剣舞(けんぶ)

money.799,000G



 レベルが上がったため、新しいスキルが使えるようになっていた。



 カードの文字に指先で触れると詳細が現れる。



 剣舞。
 魔力の消費量は少量。
 赤い炎を纏った剣を出現させる。

 詳細というのに説明は、たったこれだけ。
 炎の刀の時も思ったけど、もっと多くの説明書きが欲しい。

 炎の刀。
 魔力の消費量は少量。
 炎に包まれた剣を出現させる。

 詳細というわりには説明が少なすぎる。
 何となくスキルの名前から予想は出来るけど、説明が雑すぎると思う。
 小さなため息を吐き出してギルドカードを懐にしまった所で地面に足がつく。
 ゆっくりと歩み寄ってくる無表情なエルフを眺めていると、目の前でエルフが手をかざす。
 エルフの指先が風魔法に触れると、ヒビキの体を包んでいた柔らかい球体が消える。

 よく考えたら分かることだけど、2階層にいる冒険者の中で風魔法を使えるのは妖精である彼しかいない。
 他は全て魔族だから闇魔法を使う。
 たまに、例外もいるけど今この場にいる者の中には例外はいない。

 つまり、トロールに殴られて飛ばされた所を助けてくれたのは彼であって。

「無事ですか?」
 問いかけてくれたエルフに
「はい。ありがとうございます」
 深々と頭を下げる。
 声を聞きトロールを目の前にした時に止めを刺してくださいと、一番最初に声をかけてくれた人物が彼だった事を知る。

 もっと取っつきにくい人だと思っていた。
 人が床に打ち付けられても平気で見ていそうだなと、失礼な事を考えていたため彼が衝撃から身を守ってくれたことには驚いた。

「2階層は初めてですか?」
「はい。今日が初めてです」
 やはり無表情は崩れない。
 しかし、口調は柔らかく中性的な声も聞き取りやすい。
 彼はソロでドワーフの集団と戦っていたうちの一人で、2階層に足を踏み入れたのは今日が初めてでは無いと言う。

「もし、宜しければ私とパーティを組みませんか?」
 突然の申し出に思わず目を見開き瞬きを繰り返す。
フードを深く被っているため相手には表情は見えていないと思うけど。
「え、俺でいいんですか?」
 動揺をしているのが声に出てしまった。
 他にもソロで戦っている人がいるのに何故、見るからにドワーフの塔の初心者である人物を誘ったのか疑問を抱いて問いかける。

「他の方は、そこそこレベルがあるようですし。私は補助効果のある魔法を得意とします。攻撃魔法を得意とする貴方との魔法の相性はいいのかなと思いまして」

 エルフからの返事に半年前に読んだ一冊の本を思い出した。
 それは妖精に関する本。
 エルフは薄い緑色の長い髪の毛に緑色の瞳が印象的な妖精。美しい外見を持つ。長寿ではあるけど外見は若い。
 自然の魔法を使う。

 真実を見る彼らの前では嘘は通用しない。
 エルフの説明の最後に書いてあった文字を思い出す。
 つまり、彼には人の子だとばれているって事。人間のレベルの平均は魔族と比べると低い。
 種族が人である事に気付いて自分よりレベルが弱いだろう。
 もしかしたら、いたずら好きなドワーフ達に苦戦させられているかもしれないと判断をした彼が声をかけてくれた。
 考えが間違っていないか念のため確認する。

「俺の種族を知った上で誘っているのですね?」
「はい」
 問いかけると、すぐに返事があった。

 ピロンと高い音がした。
 リンスールにパーティに誘われています。加入しますか?
 目の前に現れた文字を読み

 はい
 左下にあるボタンを押す。

「ヒビキさん、宜しくお願いします」
 パーティを組んだから俺が相手の名前を知ったように、相手も俺の名前を知る。
 早速、ヒビキと名前を呼んでくれたリンスールは、さっきまでの無表情を崩し穏やかに笑っている。

「宜しくお願いします。リンスールさん」
 目の前に差し出された手をとり握手をかわす。
「私がドワーフを拘束していくので、ヒビキさんはドワーフに攻撃をお願いします」
「止めを刺してもいいのですか?」
「はい。先ほどヒビキさんの狩りを見ていましたが一撃でドワーフを倒していましたし。私は攻撃力が弱いので、一撃や二撃でドワーフを倒すことは出来ませんから」
「すみません」
 パーティを組んだ状態で敵に止めを刺すと、得られる経験値は倍増する。
 得られる金額も上がり、とどめを刺したか刺さないかでは大きな差が出てしまう。

 リンスールは経験値や、お金の事は気にしていないようで呆然と佇むヒビキに攻撃の指示をだす。
「手加減せずに、どんどん倒してください」

 さあと言って両手を広げたリンスール。彼の示す先を目で追うと予想以上の光景が広がっていた。

 地面から生えた木のツルがドワーフの体に巻きついている。
 風魔法を使える事を知っていたから、てっきり風使いのエルフだと思っていた。
 実際は風と木の二つの属性を操るエルフで、予想は見事に外れる。 

 拘束されているドワーフの数は全部で20。
 手に入れたばかりの剣舞を使ってみようと思い立つ。
「ありがとうございます」
 リンスールに深々と頭を下げて礼を言う。

 呼吸を整えて剣舞と頭の中で唱えると、差し出した右手の平に添うようにして赤い炎に包まれた剣が現れる。
 さっきまで使っていた青い刀とは違って、赤い剣を出すとザワッと周囲がざわめく。
 いつの間にか注目を集めていた。

「あの剣が欲しい」
 ドワーフに向かって剣を向けると、遠くで幼い子供の声がした。
 見ると先ほどお世話になった親子が3人、武器をてにして立たずんでいるヒビキを眺めている。
 両親に守られるようにして中央に佇んでいる子供が、ヒビキの持つ剣を指差している。
「さっきも言ったけど剣は、あの子の前に突然現れたから、きっとあの子の言うことしか聞かないわよ」
 子供に対して真顔で答えた母親の言葉を耳にしたものの
「ヴー」
 納得することが出来かなったのだろう。唸った子供がすがり付く。

 前にも見た光景だな。
 呑気に親子の会話を聞いていると拘束をされていないドワーフが、拘束魔法を発動しているため棒立ちとなっているリンスールに気がついた。
 ドワーフ同士、顔を見合わせてニヤニヤと締まりのない表情を浮かべて笑う。
 複数のドワーフが、一斉にリンスールに向かって攻撃を始めた。
しおりを挟む

処理中です...