それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ドラゴンクエスト編

4話 命の恩人

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 意識を失った状態で崖の下へ転落したため、次に目が覚めたときには天国か地獄にいるだろうと思っていた。
 しかし、予想は見事に外れる。
 じわじわと腹部に痛みを感じるし、布団にくるまれて体を包みこまれるような暖かさもある。
 それは、生きている証拠。
 嬉しい事のはずなのに素直に喜ぶことが出来ないのは、意識を失う前に見た情景(じょうけい)が脳裏に焼きついているから。

 鬼灯はどうなったのか、あの絶望的な状況から抜け出すことが出来たのか。
 それとも、たった一人でドラゴンに立ち向かい命を落としてしまったのか。
 疑問に思うことは山程あるけど、その答えを知るのが正直怖い。
 仲間を失ってしまった事実は変わることがないため、今更ドラゴン討伐のクエストを受けなければ良かったと後悔をしても遅い。
 思い出しては強く胸を締め付けられるような感覚に苛まれる。

 うっすらと目蓋を開ければ、どうやら倒れていたところを見つけてくれた人がいたようで暖かい室内にいて、ふかふかの布団にくるまれていた。
 いや、くるまれているって表現はおかしいのかな。
 あまりにも、ふかふかしている布団の中が心地よくて自分でも気づかない間に、くるまってしまったらしい。

 ピンクを基調としたハートの柄の布団。
 枕元にはウサギのぬいぐるみが3体あり窓際の棚の上にも、ずらりと可愛い動物達のぬいぐるみがならんでいる。
 窓に掛かったカーテンもハート柄。
 部屋の壁や床もハート柄。
 目だけを動かして周囲を見渡してみるけど、助けてくれた人は室内には居ないようで部屋の中は静寂に包まれている。
 このまま、人様のベッドで寝ているわけにもいかないし少し動かしただけでも、骨が軋みギシッと音を立てる体を強引に起こそうと試みる。

 意識のない間に布団にくるまる形で体を動かす事が出来たのが、まるで嘘のよう。
 少し体の向きを変えようとしただけでも身体中に激痛がはしる。
「いっ……」
 腹部に激しい痛みを感じ、ぎゅっと目蓋を閉じる。
 冷や汗がでる。
 なんとか、体の向きを横向きに変えることには成功をしたけど、痛みのせいで体に力が入らない。

 上半身だけでも起こせないかと、もがいていればガチャッと扉の開く音が聞こえる。
 そして、足音が聞こえたため何者かが室内に入ってきた事が分かる。
 視線を向けようと指先に力を入れるけど、上手いこと顔を上げる事が出来ない。
 全身を駆け巡るズキズキと脈を打つような痛みに襲われて冷や汗が出る。

「あ! 狐さん目が覚めたんだね!」
 少し高めの幼い声の持ち主がパタパタと足音を立て駆け寄ってくる。
 痛みで苦しんでいるヒビキの顔を、顔を近づけて覗き込んだのは可愛らしい顔立ちをした人懐っこい女の子だった。

「狐さん痛いの? 苦しいの?」
 八歳くらいの女の子は金色の長い髪の毛を両耳の上で二つに結んでいる。
 青い瞳をした女の子が何故、狐さんと呼ぶのか。

「うっ……」
 疑問に思ったことを問いかけようとしたけど、痛みで上手いこと声が出せない。
 うっすらと目蓋を開き少女を見る。
 少女の側にある戸棚の上には、意識を失う前に身に付けていた黒いマントと狐面が置いてある。
 
 何故、少女が狐さんと呼ぶのか。
 ヒビキの持ち物である狐面を見て、どうやら狐が人に化けているのだと思っているらしい。
「狐さん狐さん。苦しいの? 辛いの? 人に化け続けているから疲れちゃったの?」
 少女の問いかけに対して違うと返事をしたかったけど、上手いこと体に力を込められない。
 力無くベッドに体を預けていれば、なおさら眉尻を下げて顔を覗き込んできた少女を不安にさせてしまう。
 少しでも少女を安心させるために、強引に声を出そうとしたら腹部に激しい激痛が走る。

 上半身を起こすどころか寝返りを打つことすら苦痛で、まともに話すことも出来ない。
 このまま苦しんでいても仕方がないと思い始めた時。突然、何を思ったのか。
 横たわるヒビキの腹部に両手を添えた少女が深呼吸をする。
 そっと、少女が目蓋を閉じた瞬間。
 ビリッと体に電流が走る。
 思いもよらない場面で思いもよらない人物から攻撃を受けた事により、ヒビキは成す術もなく意識を飛ばすことになった。

 ヒビキが意識を失い動かなくなったため少女が残念そうに目蓋を伏せる。
 少女は少年が目を覚ましたら沢山、話をしようと考えていた。
 しかし、少年の体調は思わしくは無いようで、身体中を駆け巡る痛みに悶え苦しんでいるようだった。
 痛みから解放してあげたくて、無理やり少年の意識を奪った少女が強引すぎたかなと反省し落ち込んでいると、部屋の扉がガチャッと音を立て開く。
 一人の女性が開いた扉から、ひょっこりと顔を覗かせた。
 暖かい料理の乗った皿を持ち室内に足を踏み入れたのは、少女とそっくりな顔立ちをした女性。
 少女と違うところと言えば、女性の耳は先が鋭く尖っていて褐色の肌をしている事。

「この子なかなか目を覚まさないね」
 3日前、崖の下でヒビキを見つけ介抱をしたのは人ではなく魔族だった。
 それも上級の魔族。
 人の姿を取ることの出来る魔族は、とても強く見かけたら見つかる前に、すぐに逃げなさいと言われている。
 見つかったら命はないと言われるほど警戒をされているのだけど。
 彼女達からは危険な雰囲気は全く感じられない。

「お母さん、ごめんなさい。狐さん一度目を開けたの。でも苦しそうだったから眠ってもらったの」
 褐色の肌をした女性を、お母さんと呼んだ少女が両手を女性の目の前に差し出して、差し出した手の指先に電流を流す。

「ヒナミちゃん……まさか、この子に電気ショックを与えちゃったの?」
 少女の話を聞き慌てた様子の女性が、料理をテーブルの上に置きヒビキの脈を確認する。
 随分と弱くなっているけど、脈はあるようでホッと息をついた女性がヒビキの首に添えた手を引っ込める。

「ヒナミちゃん次に、この子が目を覚ました時に電気ショックをしたら怒るからね」
 そして、少女に注意をした女性に
「ごめんなさい」
 か細い声で呟いた少女は、しゅんと項垂れる。
 少女の頭を撫でた女性は笑みを浮かべて呟いた。
「少し買い出しに行ってくるわね。この子が目覚めた時に着る服も買わないといけないし。ヒナミちゃん、お留守番宜しくね」
 こくこくと首を縦に振り頷く少女に、留守番を任せて部屋を出る。

 女性が持ってきた料理は二人分。
 けれど、ヒビキは意識を取り戻しそうにないため、少女も料理に手を伸ばすことが出来ず、ヒビキの眠る布団に上半身を預けて目蓋を閉じる。
 少年が目を覚ますまで寝ようと考えた少女は寝不足だったのか、すぐに深い眠りにつく。

 その頃、娘に留守番を任せて買い出しに出た女性は、街の中央にあるギルドに情報を求めて足を踏み入れた。
 室内には女性と同じ、褐色の肌をした人の姿をとる魔族が大勢いる。
 カウンター前へと移動をしてから、女性は鞄の中から一枚の写真を取りだして受付嬢に手渡した。

「この子の身元を調べてほしいのだけど、お願い出来るかしら?」
 笑みを浮かべる女性から写真を受け取った受付の女性が深々と頭を下げる。
「かしこまりました。情報が入り次第、連絡致します」
 女性の依頼を受け付けて続けて、手渡された写真を眺めた受付嬢が驚いたように目を見開く。

「人の子ですか? 死んでる?」
 目蓋を閉じて眠る真っ白い肌をした少年からは、生気が感じられない。
 なかなか意識の戻らない少年の身元を調べて少年の意識が戻ったら、おうちに返してあげようと考えている女性は、受付嬢の問いかけに対してクスッと笑う。

「そう、人の子よ。生気を感じられないでしょうけど眠っているだけよ」
 笑みを浮かべ頷いた女性は宜しくねと言葉を続けて身を翻す。ギルドの出入り口に向け足を進める女性が次に向かうのは、沢山の洋服が売っている大きなビル。
 ビル内にも、やはり褐色の肌をした大勢の人の姿をとることの出来る魔族がいる。
 実は崖の下でヒビキを拾った女性は、酷い怪我をしているヒビキを自分の住む街に連れ帰っていた。

 あの子に合う服はどれかしら。
 色とりどりの服はハンガーにかかっており、服を一つ一つ手に取り眺めていく。
 拾った少年の姿を思いおこしながら、白いフードつきの服を手に取り少年の持っていた装備品を思い出す。
 狐の面を大事そうに抱えていた少年を思いだした。

「これが良さそうね」
 狐の耳が付いたフードつきの服を手に取った女性が、店員の元に向かう。
 女性はヒビキの性格を知らないからヒビキが普段、絶対に着ないであろう服を選んでしまった。

 服を買い終えてビルを出たところで女性にギルドから連絡が入る。
 情報が入りましたと。
 女性が考えていたよりも早く情報が手に入った。
 たった数時間で情報が手に入る程、女性の拾った少年は人間界で名を馳せているのだろう。
 数日は掛かるだろうと思っていた女性は、急いでギルドに向かう。
 ビルから対して距離のないギルド内に移動した女性は、受付の隣にある階段を上がり指定された個室の扉をノックする。
 すぐに返事は有り。
「お邪魔しますね」
 ガチャッと音を立て扉を開けば、そこは応接室のよう。

 先ほどの受付のお姉さんが、女性にソファーに腰かけるようにと声をかける。
 ゆっくりとソファーに腰を掛けた女性の目の前にお姉さんは幾つか資料を広げた。
「この子の名前はヒビキ。数日前に人間界で名を馳せていた、有名な討伐隊が壊滅した事は知っていますか?」
「ええ」
「この子は、その討伐隊の隊長を務めていた子です。人間界から届いた情報によれば、この子がチームを裏切って仲間を次々と殺していったそうです。チームの副隊長を務めていた子が命からがら逃げて、ギルドに情報を持ち帰ったようです。ギルドの調査隊が翌日チームが壊滅した現場に向かったそうですが、そこには悲惨な光景が広がっていたそうです。遺体の殆どが押し潰され引きちぎられていたそうですよ」
 ここまで話を聞いた女性が首を傾ける。

「遺体が押し潰され引きちぎられていた? そんな力業をあの子が出来るとは思えないけど」
「はい。それは人間界の調査隊も思ったそうです。しかし、本来なら森に生息しているはずの、ある生物がヒビキと共に消えたから街の人達はヒビキが何らかの方法で、その生物を操り仲間を襲ったと考えているそうです」
「その生物って?」
「ドラゴンです。人間界の東に位置する森の主であるドラゴンを討伐するために、彼らは森の中に入ったようです」
 女性はヒビキが仲間を裏切ったとは思っていない。
 大ケガをして倒れていたヒビキを知っているからなおさら。

「ヒビキ君が仲間を裏切ってチームを壊滅させたと、人間達は信じてるの?」
 女性の質問に対して受付嬢は困ったように笑う。

「ほとんどの人が信じてるようです。今回、私に連絡をくれた人間界のギルドの受付嬢は信じていないようでしたが。あんなに、おっとりとした性格の可愛い子が仲間を裏切るはずがないと言っていましたね。ヒビキはクエストを受け取ったら必ず、ありがとうと言って笑顔で手をふるような子らしいです」
 ハァとため息を吐き出した受付嬢に女性は頭を下げる。

「私も、あの子が仲間を裏切ったとは思えないわね。あの子の意識が戻ったら事情を聞いてみるわね。それと、あの子の情報を人間界に流さないで欲しいの。もし、あの子が魔界にいると分かれば、あの子の命が狙われるかもしれないから」
「はい、そのつもりです。あなたからの依頼は誰にも伝えておりません」
「ありがとう。助かるわ」
 受付嬢に、もう一度頭を下げた女性が腰をあげる。

 テーブルの上にある電子機器にギルドカードを押しあて、今回の情報提供の支払いを済ませた女性は
「本当にありがとね」
 受付嬢に再び頭を下げる。
「いえ」
 そんな女性に笑顔を向けた受付嬢は、やんわりと手をふって見送った。

 少年の情報を手にいれて自宅に戻った女性は、重い足取りで寝室へ向かう。
 人間界では少年は悪者になっている。
 そのことを少年に伝えるべきか。
 もし、少年が人間界に戻りたいと言ったらどうすればよいのか。
 女性の不安をよそに少年は眠りについている。
 少年の側で娘のヒナミも居眠りをしていて、室内は和やかな雰囲気に包まれていた。



 ヒビキが魔界にいる頃。
 人間界のギルドに黒いフードつきのコートを身に纏った青年が足を踏み入れた。
 フードを深く被りギルドの受付付近にある階段を上っていく。
 指定された部屋の前まで移動した青年は、コンコンと扉をノックした。
「どうぞ」
 室内から声が聞こえて、扉を開き青年は足を踏み入れる。
「いらっしゃい、待ってたわ」
 室内には以前、ヒビキにドラゴンのクエストを発行した受付嬢がいた。
「あなたが聞きたいのは、ドラゴンのクエストを受けた子の情報よね?」
「ああ」
 黒いマントに身を包む青年が小さく頷く。

「彼の名前はヒビキ。おっとりとした口調の可愛らしい子よ。マナーの悪い冒険者もいる中で、彼はいつもクエストを受けとると、ありがとうお姉さんと言って笑顔で手をふってくるような人懐っこい子よ」
「ん? 狐の面を着けた奴の情報だよな?」
 受付嬢の話を聞いて軽く混乱した様子の青年が、たまらず口を開く。

「え? 狐の面?」
「ん?」
 どうやら話が噛み合っていない。
「でも、ドラゴンのクエストを発行したのはヒビキ君だったから間違いないと思うけど」
 受付嬢の言葉を耳にして青年は考えこんでしまっている。

「そいつの写真はあるか?」
 フッと青年が訪ねると
「ええ。あるにはあるけど、その前に貴方が信頼できる人なのか確認をしたいわ。フードを取ってくれる?」
 受付嬢は困ったように眉を寄せる。
 受付嬢の指示に従って青年は深く被っていたフードを取り外した。
 中から現れた真っ赤な髪の毛、真っ赤な瞳が印象的な彼を見て受付嬢は目を見開き、ピタリと身動きを止めてしまう。

「鬼灯君……あなた、生きてたの?」
 まるで幽霊でも見ているような反応をする受付嬢は、鬼灯の体をマントの上から撫で回す。
「ヒビキ君が鬼灯君の探している子で間違いないと思うわ。だって、ヒビキ君は鬼灯君達のいた討伐隊の隊長を務めていた子だから」
 そして、安心したように笑みを浮かべた受付嬢は、はっきりと確信をする。
 鬼灯の言っている人物と自分が想像している人物が同一人物だと。

「写真はあるわよ」
 つい先日、魔界から届いた一枚の写真を受付嬢は鬼灯の目の前に差し出した。
 写真を受け取った鬼灯は、目蓋を閉じ真っ白な肌をした少年の姿を眺める。
「これがヒビキって奴? やっぱり実際に会ってみないと分からないな。ってか、死んでないよな?」
 写真をみて不安にかられる鬼灯に受付嬢は笑みを浮かべる。

「危険な状態らしいけど生きているそうよ。会うのならヒビキ君のいる詳しい場所を教えるわね」
 受付嬢からヒビキに関しての情報を受け取った鬼灯は、この日のうちに人間界を出た。
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