鬼の叩いた太鼓

kabu

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第五話 捨身

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 山の下には、人間の住む村があった。城下町が拡充される案件が決まり、山の木を伐る仕事で最近では潤いだした村である。

 ある日を境に、山から雷鳴のような音が昼夜問わず響くようになると同時に、山の主と祭っている白蛇の姿をみなくなったと村人たちは不気味がった。奇しくも、人間たちも白蛇を神聖なものとして崇めていたのである。

 七日間がたったころ、一人の侍が城から村を訪ねてきた。
 山から大きな音が四六時中なるとの噂が城まで届き、その調査にやってきたのだった。
 不気味がっていた村人たちは侍の来訪を喜んだ。

「音の原因を調べたい。ついては、山に詳しいものを村から二人ほどお願いしたいのだが」

 侍からの依頼に、村の若者二人がついていくことになった。

 登っている間、音が近づくたびに、恐怖心が湧き上がってきた。
 鼓膜が破れぬよう、綿をつめてはいるがそれでも耳が痛くなるほどだった。
 
 脂汗をかきながらも、ついに山頂までたどり着き、草陰から音の方をのぞくと体の大きな鬼が、なにやら高さ一丈(3メートル)はある太鼓を無我夢中で叩いている光景を目にした。しかも、その太鼓に貼られた皮は白蛇の皮であった。三人は肝が抜けたように動けなくなったが、どうにかこうにか立ち上がると、報告のために村へと降りていった。

 三人の話を聞いた村人たちは戦々恐々とした。
「大きな鬼が太鼓を叩いているとしたら、どうしたら止められるんじゃ」
「白蛇様は、その鬼に殺されたんじゃなかろうか?」
「白蛇様の皮を太鼓にして叩くなど、これは大変な禍が起きるぞ」

 騒然としているなか、侍の言葉が村人たちに希望を与えた。

「拙者が城にかけあって、鬼退治の出兵を頼んでみよう。あの大きな鬼が、人里で暴れだしたらそれこそ一大事だ。そうなる前に殺してしまおう」

 侍はさっそく城へと帰ると、見てきたことをありのまま伝えた。
 それを聞いた者たちは、いささか信じられない、といった様子だったが侍の真剣な様と、それ以外に音の原因になるものなど見当もつかないので信じざるをえなかった。

 それよりも、本当に鬼がいるとするならば害が大きくなる前に殺さなければならない、という意見で一致し、鬼一匹を殺すために十人ほどの兵隊が山へと向かったのだった。

※ ※ ※

 山の頂上では、七晩と八日の間、黄平は太鼓を叩き続けていた。
 いくら鬼とはいえ、休むことなく叩き続けるのはさすがにこたえた。その間、水や木の実などの食料は動物たちが持ってきてくれていたが、さすがにそれだけでは体力の限界を迎えそうであった。
 
 黄平の意識はもうろうとしているけれど、しかし一打一打には鬼気迫るものがあった。黄平の心のひだにはりついていた、憎しみや悲しみが吹きあがって、その力をもとに叩いている感覚だった。

(俺を殺そうとした鬼たち、俺を追い出した鬼たち。俺がなにをしたというんだ、俺はどこへ行けばいいんだ。どこへ行けば俺は受け入れられるんだ。この山を守れば、俺は自分の居場所を手に入れることができるのか)

 手のひらは血と汗で滲み、バチを落とさずにいることに必死だった。

 だが、強烈な飢餓感だけはどうしても紛らわすことはできなかった。白蛇の肉でつけた力もすでに底をついて、鬼である黄平はどうしても肉が食べたくて仕方がなかった。だが、動物たちと交わした「お前たちを食べない」という約束は果たさなければならない。

「黄平殿。大丈夫ですか?」

 気づかぬ間に、一頭の鹿が近づいて黄平に問いかけた。

「まだ、まだ大丈夫だ……。俺のことは心配しねぇで、ただ見守ってくれればいい」

 すると、鹿は黄平の顔がよく見えるように回り込み、

「嘘をつかないでください。目がうつろになっています。さすがに、木の実だけではあなたのその大きな体はもちますまい」

 鹿は毅然とした態度でこう続けた。

「黄平殿。どうぞわたしを食べて下さい。肉を食わなければあなたは、残りの間、太鼓を叩くことは叶わないでしょう。そうしたらこの山も終わりを迎えてしまう」

「お前を食べろだって! それはだめだ、約束をたがえてしまう!」

「そんなことは気にしないで、私を食べてください。この山が生き残れば、私の子供たちも生き残ることができる。もちろんそのほかの者たちも。そうなれば、私は命をなくすことなど惜しくはありません」

「しかし、おめぇ……」

 まさかの提案にうろたえる黄平など気にせず、鹿は真っすぐ黄平をみつめた。

 そして、黄平は鹿の真剣な眼差しをまざまざとみた。その覚悟を感じて、思わず涙ぐんだ。

「ありがとな……ありがとう。おめぇの覚悟はとくと感じた。たしかにこのままだと、俺は倒れてこの山を救えないかもれしれねぇ。お前は、俺に食われてもいいんだな?」

 黄平の問いに、改めて鹿は頷いた。それを確かめると、黄平はもう一度お礼を告げて、左手で太鼓を打ちながら、右手で鹿をむんずとつかむとその首筋にかじりついた。

 血が噴き出し、まもなく鹿は絶命した。
 黄平は泣きながら鹿の亡骸を食べた。
 それこそ、骨の一本も残すまいと食べつくした。

 それからまた、両手で太鼓を叩き続けた。
 活力が戻り、意識がまたはっきりとしてきた。

 一打、一打に、白蛇と鹿の血のめぐりを感じる。バチを持つ手に再び力がこもった。

――。

 一匹の鹿が黄平に身を捧げてから、丸二日、黄平は太鼓を叩き続けた。

 命を削るように太鼓を叩き続ける黄平のもとに動物たちは訪れ、拝むように目を伏せたりした。

 そして、まるで捨身《しゃしん》のように、黄平に身を捧げる動物たちが次々と現れ始めた。鹿やタヌキ、熊、鳥なども黄平に自らを食べるようにお願いした。

 そしてどの動物も、
「それで山が救われるならば、私はかまいません」

 と口をそろえた。

 黄平も断るが、彼らの真剣な眼差しにうながされ、その肉を食らった。だが、約束をたがえて、山の命を奪ってしまう自分の愚かさを情けなく思い、同時に肉を食わなければ生きていけない鬼である自分を恥じた。

 ※ ※ ※

 山から太鼓の音が響き続けて、十五日。
 その間、太鼓の音が昼夜問わず一時も絶えることはなかったが、人々はいつ鬼がこの村を襲うかとびくびくしていた。それこそ、音がやんだそのときに、村が襲われるのではないかと口々に話し合っていた。

 そして、ついに城から兵隊たちが辿りついた。
 侍たちは、たかが鬼一匹と甘くみて、物見遊山がてらゆっくり村へとやってきたのだった。

 そんなのんきな兵隊たちだとしても、村人たちの喜びようはひとしおであった。
 夕飯として、ご馳走を並べ立てたばかりか、兵隊たちの要求で酒も用意する有様であった。
 
 ともかく、兵隊たちは村からの接待を受けながら夜を明かし、翌日の鬼退治へと備えたのである。

 翌日の昼になって、十人の兵隊は隊列を組んで、山の頂上を目指した。
 たかが鬼一匹、といっても鬼に会ったことがある者など一人もいない。太鼓の音が近づくたびに、恐怖心がせりあがってきて、冷や汗をかき始める者もいた。

「いたぞ」

 草陰に隠れながら、鬼の姿を確かめた。丸太のような腕で、一心不乱にバチを振っている。
 こちらの様子には気が付いていないようだ、と兵隊たちは目くばせをすると、隊長の突撃の合図を皮切りに、四人ほどが剣や槍を手に鬼に向かって駆け出して行った。

 残りの六人は、後ろから矢を放ち援護射撃をした。
 すると、木の枝にとまっていた鳥たちが急に飛び立ち、まるで自分の意志のように矢に体を射抜かれ地面に落ちた。

 これには兵隊たちも目を疑った。なにか偶然に違いない、とまた一斉に矢を放ったが、鳥が射抜かれるばかりで一本も鬼に当たらなかった。

 それだけではない。刀や槍を持った兵隊たちも、鬼にたどり着く前に草陰から飛び出してきた熊やオオカミに襲われ、首元を食われてしまっている。

 なにが起きているのか理解できず呆然と眺めていた弓兵たちも、足をしのばせて近づいてきた動物たちに襲われ一人また一人と絶命していく。

 ついには生きて帰る者は一人もいなくなってしまった。動物たちはまるで捧げもののように、人間たちの身ぐるみをはがすと黄平のそばに置いた。

「黄平様、これでお力をお付けください」

 黄平は、またもや片手で死体をつかむと、ばりばりと食べつくしていった。

 本当は黄平も動物たちも、人間がやってくることを知っていたのだ。

 はじめは、偵察にきた人間たちを鳥たちがみつけ、その様子から、これは一波乱あるぞと感じ取り黄平に報告をした。

「俺は、切られても射られても太鼓を叩き続けるだけだ。お前たちは気にしねぇでくれ」

「ですが、黄平殿がケガでもしたら太鼓を叩くことができなくなるかもしれません。
 わたしたちで人間を倒しますから、黄平殿は気にせず太鼓を叩き続けて下さい」

 そう鳥たちで決めると、さっそくほかの動物たちも協力することになった。

 それで、バチに打ち震える白い蛇柄の太鼓は、身を捧げた動物たちと捧げられた人間たちの血で、少しずつ染まっていった。
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