鬼の叩いた太鼓

kabu

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第三話 白蛇の覚悟

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「私はこれから、この黄平に殺されようと思うのだ」
 
 突然の告白にあたりはしんと静まり返り、動物たちの動きはぴたりと止まった。なにより黄平自身が言葉を失い、放心しながら白蛇をみつめていた。

「ななな、なにをいうのですか白蛇さま! どうして白蛇さまがその鬼に殺されなければならないのです!」

 シカが尋ねたのを皮切りに、再び動物たちが騒ぎ始めた。
 次の言葉を告げるのに、白蛇はことの様子を確かめてから、言葉をつづった。

「みなが驚くのも無理はない。たしかに急なことだ。
 実は、この山に禍が近づいているのを私は感じ取ったのだ。山の地下の動きがおかしい。もしかしたら、山が火を噴くかもしれない」

「山が火を噴くだって!」

 動物たちは冷静さをかいて、その場で右往左往しだした。

「山が火を噴いたら、我々は住む場所を失ってしまう!」
「それどころか食べ物も水もなくなって、生きていられなくなるぞ!」
「子供たちはどうしたらいいの!」

 あちこちから声が聞こえて、黄平も胸がざわつくほどだった。あまりの慌てぶりに、収拾がつかないのではないかと思ったとき、
「静まれ!」
 と白蛇が一喝すると、あらゆる動物たちがピタッと石のように動かなくなった。

「話にはまだ続きがある。山があらぶっているのを感じた私は、山の神のもとまで出かけて、話しをすることにしたのだ。お前たちも知っていると思うが、近頃、人間たちが町を作るためにこの山の木を伐りまくっている。それで山を荒らされていると神が怒りを抑えられないようなのだ。

 どうしたら怒りは収まるのか聞いてみると、山の神はひとしきり考えて、「お前はこの山を救いたいか?」と問うてきた。なので私は「救いたい」と答えた。すると山の神は「お前の気持ちが本物ならば、お前の皮で太鼓を作ってその音を我に奉納せよ、と答えた。

しかもただ一刻の奉納ではない。ひと月の間、絶え間なく打ち続けなければならない。」

 一同はかたずをのんで、白蛇が次になにをいうか待った。
 白蛇の覚悟がひしひしと伝わり、それが全体に緊張感を生んでいた。

「私はこの山のみなのために死のうと思う。そして、黄平に太鼓を作ってもらい、その太鼓を打ってもらう。太鼓を作り、ひと月も太鼓を打つなど、鬼である黄平にしかできないことだ」

 白蛇はそういうと、黄平に目を向けた。その真剣な眼差しに飲み込まれるような気持になった。

「俺は……俺は……」

 黄平は答えかねた。確かに鬼は、毎晩酒盛りをして、そのたびに太鼓を叩く。そのため、太鼓を作ることもできれば叩くこともできる。悪さのできない黄平は、むしろその技術を仕込まれた方だった。しかし、生まれて初めて優しくしてくれた白蛇を殺して、ましてその皮で太鼓を作って叩くなど考えたくもなかった。

 動物たちから、すすり泣く声が聞こえはじめた。さきほどの騒動と打って変わって、急に通夜のようなつめたい雰囲気に変わった。

「頼む黄平」

 白蛇の真剣な眼差しから目をそらした。
(俺にできるはずなどない……)

 すると、動物たちが次々に涙交じりに声をあげた。
「黄平さん、お願いします。白蛇さまがこんなにも真剣に頼むのだからことは重大なのです」
「あなたが太鼓を叩かなければ、この山に住んでいる者たちはみんな死ぬしかないんです」

 そして最後に、白蛇がいった。

「優しいお前が心苦しいのはわかる。だが、この山が終わればみんな行くところがないのだ。私はこの命の代わりに、山が残り、みなが生き残れるのなら本望だ。それに私はこの山で五百年も生きた。もう生きることに未練などない」

 黄平は答えた。

「わかった。お前さんがそんなにも頼むなら俺はやる。ひと月だってふた月だって叩き続けてやる。だからそんな切羽詰まった目で俺をみないでくれ」

 と白蛇の覚悟を受け止めながら答えた。

 白蛇は嬉しそうに、

「そうか、やってくれるか。初めて会ったお前にこんなことを頼むのも申し訳ないが、よろしく頼む。私を殺して、皮をはぎ取ったら私の肉を食べるがいい。ひと月もつかわからないが、力がわいて長い間、太鼓を叩き続けられるはずだ。
 なに、わたしはもう500年もこの山で生きた。この山の恵みで生き続けたようなものだ。だから、山のために死ねるのなら本望なのだ」

 黄平は、本当はこの白蛇と山のなかで語らいながら、穏やかな時を過ごしたかった。それなのに、まさかその白蛇を殺して、ましてや太鼓を作り叩くことになろうとは思わなかった。

 白蛇は首を差し出し、「頼む」といった。それを合図に、黄平は刃のような爪をその首筋に掻き立てた。丸太のような白蛇の巨体から血が噴き出て、ケイレンをしてから間もなく絶命した。その顔は穏やかで、安らかな顔をしていた。
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