最愛の敵

ルテラ

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エウダイモニア

65話 冷たい世界

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 公爵は勢いよく立ち上がる。
「公爵様!」
 公爵を落ち着かせようと公爵婦人が立ち上がるっと同時に手を伸ばす。すると近くにあったカップを倒してしまいそれが公爵にかかる。
「あっつ!何をする」
 公爵は公爵婦人を睨めつける。
 バシ
 公爵が婦人を払い除けると婦人は後ろに倒れる。婦人はお腹を庇い目を瞑る。
 ガシ
 婦人は何か包まれるような感覚を感じ目を開ける。えっ?、婦人は目を丸くする。婦人を抱えているのはラズリだった。
 公爵はハッとしたように我に帰る。
「お、お前が悪いぞ!私に熱いお茶をかけたのが悪い。何故そんなことをした!お前ら女はいつもそうだ。都合の良い時は媚びを売って、悪くなればすぐに手のひら返し。お前ら女は黙って子供を産んでればいいんだ!」
 婦人は恐怖のあまり涙を流し顔が真っ青になる。
「100、70」
 ラズリの突然の言葉に全員の頭の上にクエスチョンマークがつく。
「これらがが何の数字かわかるか?」
「知らん。クイズに付き合っている暇はない」
「100は年間で母親が自殺件数。70は母親が子供を殺した数です」
 全員に騒めきが走る。
「あんたは子は宝だと言った。ならその宝を育てているのに何故母親は死にたがる。暴力を振るう、殺す?子供は宝じゃない。寄生虫だ。都合の良い時だけ笑い。不機嫌になれば直ぐに泣く。その癖自分では何も出来ない無能だ。子供は産まれれば祝福される。だが子供を産んだ母親に与えられるには責任と世間からの冷たい目線」
 お前など産まなければよかった。
 ラズリ、君は人の温もりが苦痛に感じるだろう。だが今はそれでいい。
「子供を外に連れて行き泣けば睨まれる。子供が叫べば舌打ちされるのはいつだって母親。育児とは何と残酷なんだ。命を削ってまで産んだ代償がこれだ。母親だから仕方ない?ふざけるな!母親はその子供じゃない。その人はその人だ!何で部下に尻拭いをやらなければならない。何で部下のために頭を下げなければならない。全くよくそんな愚痴が恥もなく言えたものだ。仕事が忙しい?そんだけ宝石を買えるんだ。少しくらい収入が減ったからって何だっていうんだ。酒を飲める時間があるんだ。その時間を育児に当てればいい。初めてだから分からない?母親だって初めてだ。2人目、3人目だから大丈夫?ならお前達がやったらどうだ。男は外、女は家。誰がそんな常識を決めた。母親は育児をしながら家事もこなし夫が家に帰ってくれば夫の聞くに値しない愚痴を黙って聞いてるんだ。そんなに外が嫌なら妻と交代したらどうだ?いつまで女を無能扱いする」
 ラズリは一呼吸置く。
「子供を産むために命を張れる。子供のために頭を下げられる。それを誰にも言えず胸の中に隠す。そんな優しさ人達をお前らは石を投げた。そんなことをされたら母親は死にたくもなる、子供を殺したくもなる。なんて慈悲深いんだろうな。お前達が苦しめているのに自ら死んであげる。なんて愚かんなだろうな。だが死んだ母親にさえお前らは子育てを途中で放棄した無能扱い。子供を殺した冷酷な人間扱い。どっちが無能だ!どっちが冷酷な人間だ!何も知らない人間がほざくな!その無能で冷酷な人間からお前らは生まれた。子供を産むしか能がない?なら子供もすら産めないお前達は一体何の価値がある?世界は冷たい?当然だ、命が宿った者にする優しくできない世界に温かさなんてある訳ないだろう。諦めるな。母親がそれを諦めてしまへばそれが当たり前となりお前達の子供達もその犠牲者になるんだぞ考える続けろ!常に疑え常識を!」
 どれ程のものにこれが響いているだろうか?全員でなくてもいい。せめて泣いている者達には届いて欲しい。そう思うのは我儘だろうか?
「ふざけるな!それはお前の考えだろう。それを・・・」
「その言葉そのまま返す」
「陛下!こんなことが許されていいのでしょうか・・・」
「もうよい」
 今まで黙っていた皇帝が口を開く。
「公爵、我々は恋愛婚だ」
 突然の暴露に全員が混乱する。
「我は妻を手に入れるためあらゆる手段を使い。戦略婚に見せかけ結婚した。妻も知っている。何故戦略婚に見せかけたのか。それはそれしか許されなかったからだ。公爵、我はそなたの考えには賛同できぬ」
「な、なっ」
 何も言えず俯く公爵に皇帝が話を続ける。
「いい加減にせよ。いつまで過去に縋る。我々は民に正しいことを示さねばならない。今こそ問おう、そなたは幸せか?」
 
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