ステータスブレイク〜レベル1でも勇者と真実の旅へ〜

緑川

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襲来者編0日〜0日

第五話 レグルスとアスター村の日常

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「レグルス! レグルス!」

「ん?」

 幸福の詰め過ぎでふくよかとしたホワイルさんが息を切らしながら、駆け寄ってきた。

「あっ、ホワイルさん。どうされたんです」

「また家の子が!」

 月一で開催される恒例行事にぶつかり、ため息を零しながらもあの子の元へ向かった。

 テラの果てしない好奇心のお陰で、ステータスが無くとも鑑識眼は衰えそうに無いな。

 片眼に重ね掛けで宿した【ズームアイ×クレアボヤンスを発動中 常時MP : 800×2を消費】し、際限なく見透した先、悍ましい紫根を纏った無数の菌が貪欲に暴れ回っていた。

「汚染水が原因です。薬を出しておきますね」

「だから、あれだけ『井戸水は沸騰させてから飲みなさい』と言っていたでしょうが!」

「だ、だってぇ~、喉が渇いてたんだもん」

【精霊の雫 残り×1を召喚】し、そっと怒り心頭中のお母様の傍らの丁度いい机に載せた。

「安静にしていれば直ぐに治りますから、あまり心配なさらずとも大丈夫ですよ。ただ薬が無くなるまで必ず、毎日飲んでくださいね」

 そう告げれば、またしても懲りずに嬉々として「ねぇ、今度俺にも剣の振り方教えてよ!」と……そろそろ灸を据えるべきかな。

「あぁ、わかった。でも、今はちゃんと安静にな」
 けれど、その屈託のない笑みを見ていると、どうしても甘くなってしまう自分がいた。

「何言ってんの! 病人は黙って寝てなさい!」

 テラは純粋無垢を通り越した小悪魔の笑みを浮かべながら次なる好奇心に駆り立てられていたが、更に怖い鬼の形相をしたキツイお叱りを受けて、布団の中に隠れてしまった。

「全くもう。レグルス、いつも家の子たちを見てもらって、ありがとうね。これはほんの御礼。今回もあんたのお陰で豊作だよ」籠一杯に載せた彩鮮やかな野菜を差し出された。

「いえ! 受け取れません」

「いいから、いいからっ。いつも世話になってるし、それにちゃんと体力付けないと! マリって案外、体力あるしさ。……それで、どうなんだい? 何処まで行ったんだい?」

 品性の欠片も無い話題に小躍りして首を突っ込む様に俺は自然と頬を歪めてしまった。

「俺も気になる!」

「子供はお黙り」

「じゃ、また何かあれば。直ぐに駆け付けますので!」そんな大悪魔の微笑みから目を背けるように踵を巡らせ、その場を後にする。

「あぁ、ちょっと!」

 つもりだったのだが、視界の端に入った仄かに桜を彷彿とさせる淡いピンク色の尻尾。それは家具の四隅にこっそりと隠れていた。

 ゆらゆらと揺らぐ、一縷の尻尾の丸い先端。

「ん?」

「……どうしたんだい?」

「いえ。テラ、お前家に何か隠してないか?」

「え? いやぁ~」

 その愚直さは何処までもか。

「例えば――魔物、とか」

「ウッ!」

 ガラ空きの丹田に殴打を受けたかの如く反応に、ホワイルさんは眉根を寄せて、囁く。

「あんた、また……」

「だ、だって! 独りぼっちだったからさ」

 四隅に掌を差し伸べ、【引力 中を発動 MP : 400を消費】し、手繰り寄せれば、「ギギッ!」とけたたましい咆哮を上げて、瞬く間に部屋を覆い尽くす程膨らんだが、その背に隠さんとする尻尾をすかさず鷲掴みにした。

「ッ!」

「お前の考えを否定するつもりは無いが、知識も力も持たない人間が感情的に魔物を飼ったり、触れたりしてはいけないんだ。これがもし、俺のいない時に暴走でもしたら――」

 宙ぶらりんで大人しいバルーンカフガルを掴んだまま口に手を当てる親へ視線を泳がす。

「いいな、もう二度とやるなよ」

「うん……」

 毛布より分厚いどんよりとした空気を覆い被さり、影に染まりながら俯いてしまった。

「じゃあ、これは駆除させてもらう」

「えっ」

「当然さね。もしこの凶悪な魔物のせいで、村に危害が加わったらどうするんだいッ!」

「でも、まだそんなに小さいのに」

「それに此奴等は主に群れで行動する魔物なんだ。その仲間が見当たらなかったのなら、どちらにせよ死ぬ運命にある。残念ながら」

「そんな……」

「では、失礼します」

「あぁ、気を付けるんだよ。魔物は危険だからね」

「えぇ、わかっています」

 家から視界が切れる瞬間に「テラ」と小さく呟き、ふと顔を上げると同時に微笑んだ。

 そのまま、先の眠る森林へと足を運んだ。

「ギュ!」
そっと前足から地に降ろし、鋭く凝視する。

【人畜無害の加護を付与 MP : 8000を消費】

「いいか。もし次、お前が此処の人達に危害を加えようとしたら、ただじゃおかないぞ」

「……」

 小さな小さな前足を浮かせて繋ぎ合わせ、丸い耳とともに不思議そうに小首を傾げた。

「いいな!」

「ギュ!」

「じゃ、行っていいよ」

「……」

「ほら、行けっ!」

「ギギュッ!」

 身を低く飛び上がらせ、しめやかに草花をサクサクと踏みしめてその姿は消えてゆく。

「ハァ……」

 わかってくれただろうか。まぁ、もう彼奴に人は襲えない体にしてしまったのだけど。それにしても、愛嬌だけは立派な魔物だな。

 無事に寝転がれるくらいの大地へと舞い戻れば、「おーい! レグルス」そんな既視感を覚える言葉が鼓膜に響き渡り、大きく手を振っている朧げな人影に歩み寄っていった。

 掌に収まってしまうくらいの矮躯は死屍累々の一歩手前にまで行き、徐にその獣に淡い緑光を発して、ひしゃげた身を持ってしても強かに微かな息吹きを放つ、鼠を忽ち元の愛しい姿に戻してゆき、完全復活を遂げた。

 そして、「よしっ、もう大丈夫だぞ。あっ」
機敏な足取りで稲へと飛び込んでしまった。

「いやーいつも、すまないね」

「いえ、彼らはとても大切な益獣ですから」

「こんなに小さいと中々、気付けなくてな」

「あまり魔力に強くない個体もいますので、気をつけてくださいね。特にヤカリネズミはそういった力にとても弱いですから」

「あぁ、本当にありがとう。レグルス」

「いえ」

「ん?」
 
 ふと天を仰げば、夕陽が落ち始めていた。

「もうこんな時間か、まだ冬の影が残ってるんだな。ん? それはホワイルさんのか?」

「あっ、はい。テラの御礼にと」

「ハッハッハッ、またあの坊主が何かしでかしたか。ったく、飽きもせずによくやるよ」

「えぇ、そんなところです」

「ま、斯く言う俺も子どもん頃はそう変わらなかったがな」

「はは、そうですね。俺もそんな感じです」

「だよな。んじゃ今日はもう遅いから明日家に来てくれないか。たっぷり御礼すっから」

「いえ、そんな」

「そうか? じゃあ時間あったら、寄るわ」

「あ、あの!」

「じゃ、アザミさんによろしく言っといて」

 そう立て続けに自分勝手に隙を突く暇さえ与えられずに言い連ね、手を振りながら去り行くコールさんは夜の影に呑まれていった。

「行ってしまった。まだ家に沢山あるのに」

 そんな余りに余った野菜のストックを追加をせんと抱えながらも、淡々と帰路に辿っていく最中、偶然にもアザミさんに出会した。

「お疲れ様です」

「あぁ」

「何方へ行かれてたんですか?」

「お前を言っていた隣村の件だ」
「どうでしたか?」食い気味に問い掛ける。

 冷ややかな眼差しに突き刺され、足並み揃えて共に歩んでいた距離を空けつつ「無事に魔物は消滅したそうだ」そう嫌々に告げた。

「そうですか、良かった。……ほんとうに」

 その時、ようやく胸の取っ掛かりが取れた気がした。

「お前のお陰だ」

 波の揺らがぬアザミさんはまるで心の籠ってない言葉を雑に大地に投げ捨てて、目のやり場に困ったままに野菜の籠に目を向けた。

「何だ? それは」

「ホワイルさんから頂きました」

「まだ有り余る程にあるだろう」

「えぇ、つい断りきれなくて。あ、明日もコールさんから貰える、かも……しれません」

「ハァ……」

「申し訳ないです」

「なら、スープにでも入れるか」

「はい。あはは」

「……」

「どうされました?」

「その服、やはり長持ちはしないようだな」

「あっ、ホントだ。さやり魔力を纏ってない分、ツーヴの毛はちょっとした衝撃で簡単に破れますから。もう時期、替え時ですかね」

「そうだな」

「どうしました」視線は頭上を差していた。

「――いい加減、髪を切ったらどうだ?」

「え、やっぱり変ですか?」

「それでは周囲からだらしなく見えるだろう。あまりパッとせんし、酷く弱々しいぞ」

「いやーついつい先延ばしにしてしまって」

「なら、明日にでも切った方がいい」

「えぇ、そうします」

 そして、今日は会話を途切れる事なく、光と香ばしい匂いを漂わせる我が家に着いた。

「あっ、僕が開けます」

「いや、必要ない。落とされては困るからな」

 立て付けの悪い扉を難なく開いた先、台所に居た二人が満面の笑みで出迎えてくれた。

「お帰りなさい」
「お帰りなさい!」

「あぁ、今戻った」

「ただいま…………戻りました」

 晴天なる大空に幾多の煌々とした星が浮かぶ頃、俺はマリの傍らの床に胡座をかいて、疲れきった体の芯まで染み渡る、温かなスープを人とは異なる持ち方で口に運んでいた。

 直そうとしても、つい癖でやってしまう。

 柔らかに口溶けする芋と、疾うに瑞々しい野菜の溶けた深みが口一杯に広がっていく。

「流石にパンも飽きてきたね」

 主張激しく乾いた歯応えが咀嚼を増やし、瞬く間にスープの水位を下げていった。

「それ以外は高くて敵わん」

「すみません。品種改良が上手くいかなくて」

「誰もお前のせいだとは言っとらん」

「うん、そうだよ。京介は今でも多くの人の役に立ってるんだからさ」

「はい」

 不思議と此処にいると心まで温まる。もう二度と、もう二度と何処にも行きたくない。

「どうだ?」

「えっ、何がですか?」

「……」マリの方へそっと視線を泳がせた。

「ぼちぼちですね」

「そうじゃない」

「あぁ、そうですね。まぁ、何と言いますか、節度を持ったお付き合いを……」

「ほう、今日も随分と親しげだったそうだが」

「もうお父さん!」

「あなた、あまり意地悪しないであげてください。京介もわかってるのよ。あぁ、それにしても早く孫の顔が見たいわー。男の子かしら、それとも女の子?」

「ははは、そ、その内ですかね……」

「子どもなんぞ、まだ早いぞ」

 常日頃から微笑みを忘れずにいるミラさんとは、まるで対照的な如何なる時に於いても厳かな面持ちを浮かべるアザミさんたちは、仲睦まじく互いの肩が触れ合う側に腰を下ろし、燦爛たる焚き火の紅焔にあたっていた。

 心なしか満更でもなく頻りにこちらに目を配るマリと時期尚早の課題に想像を膨らませるミラさん、そして、アザミさんはこんな話題には特に静かに苛立ちを含んだ眼差しで、睨みを効かせるとばかり思っていたが、真剣な表情でスープの水面を覗いていた。

「貴方たち、そろそろお風呂に入ったらどう?」

「マナは残り少ないから、貴重に使え」

【第三の目が侵入者を多数、発見しました】

 そんな矢先、第三の目がかろうじえ捉えたのは、襲来者のの闇に紛れた人影に小さな足音が大地に響く。その息を殺してゆっくりと忍び寄っていく存在に、徐に振り返りながら、容器をそっと地面に置いた。

「どうしたの?」

「全員、此処から逃げてください」

「もしかして、またあの人たちが?」

「いや恐らく、違う」

「だったら、私も!」

「駄目だ」食器を溢れ落としながら置いて、こちら側へ歩み寄ろうと取り乱したマリを直様、俺はただ睨みつけるように食い止めた。

「何で⁉︎」

「どうしても、駄目なんだ」

「男の人っていつもプライドばっかり大事にして」

 突き立てんとした舌剣の矛先を躱すように「違うんだ」そう、突き放すように逃れた。

 思わず心の底に眠っていた感情を漏らしてしまい、その場にいた弾んだ空気も、皆もいつもとは異なる面影に酷く目を疑っていた。

 とても悲壮に満ちた淀む空気を漂わせて。

 そんな息の詰まる静寂が続き、口走ってしまってから僅か数秒で颯と我に返り、今出来得る最大限の満面の笑みを顔面に見繕った。

「大丈夫ですよ、絶対に帰ってきますから」

 いつになく心にも無いことを躊躇なく口走って。
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