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過去編
第一話 家族と修学旅行の帰り
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慣れぬ視界は余すことなく暗闇に覆い尽くされ、喉から鳴る甘ったるい音とともに急に視界が開け、「――ねぇ、ねぇってば!」眩い燦々とした光が差す傍らの視界の前面に押し出されたのは、こちら側とは異なる学生服を身に纏う、幼き少女であった。
「お兄ちゃん」
俺に妹などいない。
いや、今この瞬間に反応すべきは本当に実在した妹に溢れんばかりに一驚を喫するか、あるいは、これが先代の生み出した幻覚を見定めることだろう。
「重い、どいてくれ」
「もうっ! 遅刻しちゃうよ」
「遅刻? あぁ、そっか。今日は修学旅行か――」
その一言を皮切りに視界と時が颯と切り替わり、何と都合のいいことか、それは見知らぬ浴室へと。
蛇口の把手を手軽く撚れば、湯気であろう薄らとした白煙が刹那に立ち込め、霧雨を降り注がせた。
安価且つ何の危険性も無く、一定の安全が提供された切り替えの可能な画期的で便利な代物に早速、
俺は親近感とはまるでかけ離れた異常性を覚えた。
以前、石をも砕く魔術を用いた水鉄砲を程よく弱体化しても尚それは容赦なく自らを貫き、体中を穴塗れにした奴も同じことを考えていたのだろうか。
その後も東大国の一部の貴族のみが口にすることを許された最高級の朝食を極一般的な家庭の食卓に並べられ、「おはよう、父さん」と、弛んだ声色を含んだ一言で、椅子に腰下ろす父君に声を掛けた。
のだが「あぁ、おはよう」ただの凡夫であった。
「いただきます……」
「いただきまーす!」
「いただきます」
「はい、召し上がれ。じゃあ、お母さんもいただきます」
我々とは似て非なる両手を重ね合わせた祈りを皆で捧げて箸らしき物を手に取り、その側の床には吉兆の体現たる真っ黒な猫も共に餌を頬張っていた。
此処は余程、良き王が国を治めているのだろう。
さぞ立派で―― 黒々しい独りでに喋る機械に目と耳を傾ける少女が不思議そうに疑問を問い掛けた。
「総理が横領ってなに?」
「国の偉い人が国民の血税を悪びれもなく盗むこと」
「へぇ~」
そうでもなさそうだ。
突然、視界が霞に襲われ、再び光景が移ろいだ。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
「此処は車通りも多いから気をつけるんだぞ」
「まっ、待って! 私も!」
「急いでるから!」
堅牢無比なる見慣れぬ材質の扉を音も無く開き、煌々とした光に思わず眼前に掌を翳し、進みゆく。
視界に映る広がった全てが新鮮さを絶えず訴え、馬車の先を進んだ金属車やら二輪車が道路を通り、有象無象に過ぎぬ平民が薄い電子機器を持ち歩き、身に纏った衣服もやはり異骸の毛で作られていた。
だが、記憶に刻まれた流れゆく瞬間が過ぎる度に一瞬、理解が追い付かぬ程に長き時が進んでいく。
さながら怠慢なる者が日記の文に綴ったような、そんな節々が断片的な欠片で曖昧な物語であった。
それは不意に発動してしまった未来視が完全に体に適応していなかったからなのか、定かではない。
そして、淡い幾重にも重なる木の葉が戦ぐ影に覆われし森林を傍らに添えた道に歩みを進めていき、古風な国宝を思わす神社が視界の端に映り込んだ。
コルマットに似つかわしい銅像が二匹建てられ、無意識のうちに振り向き、再び中心を舞い戻した。
次の瞬間、何処からともなく現れた笠を被りし一人の僧侶に布切れを擦れ合わせて交差し、横切る。
心なしか黄金色の神々しいオーラを放って――。
何事もなく通り過ぎていったかと思われた矢先、硝子を彷彿とさせる鋭い音を大地に立てて落ち、流れるように踵を廻らせ、振り返った先にあるのは始まりの村で以前に先代が宿していた神眼であった。
「あ、あの! 落としましたよ」
足元にわざと落とされたであろう眼球を、その不気味さから拾い上げんとする手が僅かに躊躇しながらも潔く掴み取り、泰然と仁王立ちする僧侶へと歩み寄っていき、先代は徐に双方の間に差し出した。
「……」
「どうかされました?」
猛禽の如く鋭く輝かせた双眸が、片手の二指が摘んだ笠の隙間から垣間見えると同時に受け取った。
静寂。
緩慢に大地に突かせて響かす、錫杖の澄んだ音色。
気付けば、微かに鼓膜に谺する心地よい残響だけを残し、僧侶は忽然と跡形もなく姿を消していた。
そんな謎の余韻に浸るも間も無く、三度変わる。
それは激しく揺らぐ風変わりな車の中であった。
随分と広々としたスペースが一クラス分の生徒をたった一台に収め、長きに渡る眠りから醒めた先代は微睡んだ眼を擦って、ぼーっと窓の外を眺めた。
次なる欠片はかなりの空きを生んでいたせいで、天空に浮かぶのは黄昏色を帯びた空模様であった。
「おーい、いつまで寝てんだ?」
「あぁ、ごめん」
「うるせぇ教師が呼んでるぞ、早く行こうぜ」
「うん」
無数の生徒の背に並ぶ二人は淡々と言い連ねていく言葉に聞く耳を持たず、呆然とあくびをしていた。
その傍らの少年の姿は何処か――「以上! じゃあ一旦、教室戻ってから、各自帰宅してください」
「はーい!」
教師の終わりの一言に幾多もの甲高い声が轟き、其々が身勝手に目的の場所へと散っていった。
そして、与太話に花咲かす者の後に続かんと爪先を校舎に返らせんとした時、再び錫杖の音が響く。
「っ⁉︎」
眠気が吹き飛されて慌ただしく振り返ろうとも、その先に何もありはしない、ただの虚無が広がる。
「どうした?」
「今、何か聞こえなかった?」
「いや、何も聞いてないけど、何か聞こえたか?」
端正な顔立ちをした友人は不思議そうに小首を傾げ、真っ黒な瞳にするりと落ちていく前髪が掛かる。
「ううん、何でもない」
「行こうぜ」
「そう、だね」
中肉中背で均衡した肩を並べて足を運んでいく。
たった一つの異様な疑問を残し、己の教室へと。
「お兄ちゃん」
俺に妹などいない。
いや、今この瞬間に反応すべきは本当に実在した妹に溢れんばかりに一驚を喫するか、あるいは、これが先代の生み出した幻覚を見定めることだろう。
「重い、どいてくれ」
「もうっ! 遅刻しちゃうよ」
「遅刻? あぁ、そっか。今日は修学旅行か――」
その一言を皮切りに視界と時が颯と切り替わり、何と都合のいいことか、それは見知らぬ浴室へと。
蛇口の把手を手軽く撚れば、湯気であろう薄らとした白煙が刹那に立ち込め、霧雨を降り注がせた。
安価且つ何の危険性も無く、一定の安全が提供された切り替えの可能な画期的で便利な代物に早速、
俺は親近感とはまるでかけ離れた異常性を覚えた。
以前、石をも砕く魔術を用いた水鉄砲を程よく弱体化しても尚それは容赦なく自らを貫き、体中を穴塗れにした奴も同じことを考えていたのだろうか。
その後も東大国の一部の貴族のみが口にすることを許された最高級の朝食を極一般的な家庭の食卓に並べられ、「おはよう、父さん」と、弛んだ声色を含んだ一言で、椅子に腰下ろす父君に声を掛けた。
のだが「あぁ、おはよう」ただの凡夫であった。
「いただきます……」
「いただきまーす!」
「いただきます」
「はい、召し上がれ。じゃあ、お母さんもいただきます」
我々とは似て非なる両手を重ね合わせた祈りを皆で捧げて箸らしき物を手に取り、その側の床には吉兆の体現たる真っ黒な猫も共に餌を頬張っていた。
此処は余程、良き王が国を治めているのだろう。
さぞ立派で―― 黒々しい独りでに喋る機械に目と耳を傾ける少女が不思議そうに疑問を問い掛けた。
「総理が横領ってなに?」
「国の偉い人が国民の血税を悪びれもなく盗むこと」
「へぇ~」
そうでもなさそうだ。
突然、視界が霞に襲われ、再び光景が移ろいだ。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
「此処は車通りも多いから気をつけるんだぞ」
「まっ、待って! 私も!」
「急いでるから!」
堅牢無比なる見慣れぬ材質の扉を音も無く開き、煌々とした光に思わず眼前に掌を翳し、進みゆく。
視界に映る広がった全てが新鮮さを絶えず訴え、馬車の先を進んだ金属車やら二輪車が道路を通り、有象無象に過ぎぬ平民が薄い電子機器を持ち歩き、身に纏った衣服もやはり異骸の毛で作られていた。
だが、記憶に刻まれた流れゆく瞬間が過ぎる度に一瞬、理解が追い付かぬ程に長き時が進んでいく。
さながら怠慢なる者が日記の文に綴ったような、そんな節々が断片的な欠片で曖昧な物語であった。
それは不意に発動してしまった未来視が完全に体に適応していなかったからなのか、定かではない。
そして、淡い幾重にも重なる木の葉が戦ぐ影に覆われし森林を傍らに添えた道に歩みを進めていき、古風な国宝を思わす神社が視界の端に映り込んだ。
コルマットに似つかわしい銅像が二匹建てられ、無意識のうちに振り向き、再び中心を舞い戻した。
次の瞬間、何処からともなく現れた笠を被りし一人の僧侶に布切れを擦れ合わせて交差し、横切る。
心なしか黄金色の神々しいオーラを放って――。
何事もなく通り過ぎていったかと思われた矢先、硝子を彷彿とさせる鋭い音を大地に立てて落ち、流れるように踵を廻らせ、振り返った先にあるのは始まりの村で以前に先代が宿していた神眼であった。
「あ、あの! 落としましたよ」
足元にわざと落とされたであろう眼球を、その不気味さから拾い上げんとする手が僅かに躊躇しながらも潔く掴み取り、泰然と仁王立ちする僧侶へと歩み寄っていき、先代は徐に双方の間に差し出した。
「……」
「どうかされました?」
猛禽の如く鋭く輝かせた双眸が、片手の二指が摘んだ笠の隙間から垣間見えると同時に受け取った。
静寂。
緩慢に大地に突かせて響かす、錫杖の澄んだ音色。
気付けば、微かに鼓膜に谺する心地よい残響だけを残し、僧侶は忽然と跡形もなく姿を消していた。
そんな謎の余韻に浸るも間も無く、三度変わる。
それは激しく揺らぐ風変わりな車の中であった。
随分と広々としたスペースが一クラス分の生徒をたった一台に収め、長きに渡る眠りから醒めた先代は微睡んだ眼を擦って、ぼーっと窓の外を眺めた。
次なる欠片はかなりの空きを生んでいたせいで、天空に浮かぶのは黄昏色を帯びた空模様であった。
「おーい、いつまで寝てんだ?」
「あぁ、ごめん」
「うるせぇ教師が呼んでるぞ、早く行こうぜ」
「うん」
無数の生徒の背に並ぶ二人は淡々と言い連ねていく言葉に聞く耳を持たず、呆然とあくびをしていた。
その傍らの少年の姿は何処か――「以上! じゃあ一旦、教室戻ってから、各自帰宅してください」
「はーい!」
教師の終わりの一言に幾多もの甲高い声が轟き、其々が身勝手に目的の場所へと散っていった。
そして、与太話に花咲かす者の後に続かんと爪先を校舎に返らせんとした時、再び錫杖の音が響く。
「っ⁉︎」
眠気が吹き飛されて慌ただしく振り返ろうとも、その先に何もありはしない、ただの虚無が広がる。
「どうした?」
「今、何か聞こえなかった?」
「いや、何も聞いてないけど、何か聞こえたか?」
端正な顔立ちをした友人は不思議そうに小首を傾げ、真っ黒な瞳にするりと落ちていく前髪が掛かる。
「ううん、何でもない」
「行こうぜ」
「そう、だね」
中肉中背で均衡した肩を並べて足を運んでいく。
たった一つの異様な疑問を残し、己の教室へと。
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