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黄金卿編6日〜7日

第七十二話 敗走

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「は?」

「そう驚かれなくても、わかりきっていたことでしょう? 私はただ貴方方に罰を下しに来たのです」

「……」

【アサシンダガーを召喚】

 この勇者にすら匹敵する強敵を前にして、最早初見殺しの筆頭たる武器を握りしめても尚心許なく、状況把握に全神経を費やす10代目は鬼気迫る形相浮かべて、緩慢に氷灼の双剣の柄を手に添えていた。

 正直、今の俺と10代目二人で、やっとだろうか。

 新たに曇天から舞い降りし純白の装束を靡かせる信奉者と、かろうじて互角に渡り合えるのは――。

「今一度、問う。何故、此処へ来た?」

「ただ単に重罪に対する誅罰にしか過ぎませんよ」

「全ては帳消しに――」
「されてなどいない、何度もそう言ってるでしょう?」

「魔王の討伐か? それとも過去の東大国の……」

「貴方は世界の安寧と秩序を崩壊させたのですよ」

「西南北の勢力均衡崩壊と魔王の生存改造か……。だが、あれは半永久的に稼働するように作ったつ」

「あれが永久機関だと? 笑わせるなよ異邦人ッ‼︎ フローズ・クライスター様の作りし世界の理こそ、至高の存在にして究極の選択なのだ。絵空事に虹でも掛かっているような虚言で欺こうなど言語道断。それとも貴様の頭は楽園か? あるいは、己の誤った行いを抹消するべく咄嗟に吐き捨てた戯言か?」

「お前と俺で些か、齟齬が生じているようだな」

「ほう、では、聞かせてもらおうか、異邦人よ」

「その辺にしておけ」

「……。お喋りが過ぎたようだな」

 同じく好青年によりやや若々しい癇癪を起こす稚児に、俯瞰して静謐さを心に保つ御老人であった。

「貴様らには今此処で、世界の礎となってもらう」

「そうですね。もう少し皆様とお話ししたかったのですが、仕方ありません。では、消えて頂きます」

 どういうことだ? あれは不完全だったのか? 魔王の消滅に等しい浄化を発している筈なんだが。

 やはり俺だけでは、あれが限界なのか。

 せめて彼奴さえいれば、もっと良いものが……。

「先代!」

「っ!」

 唐突に飛ばされた怒号で、俺はふと天を仰いだ。其処には鈍色に染まりし大雲をも穿つ、十字架。真っ白と漆黒が織り混ざり、鮮血の如く刻まれた赤。

 理不尽を体現する神の十字架が天から降り注ぐ。

 それは、逃げ場など何処にもありはしなかった。

「流石はフローズ・クライスター。私一個人では遠く及びませんね、いえ比べるのさえ烏滸がましい」

「チッ‼︎」

「さぁ、どうされますか? この危機敵状況を勇者様方はどのように打開するのか、正に見物ですね」

「紫電一――」

 泰然と仁王立ちする好青年は徐に二指で印を結ぶ。それは不思議と身に覚えがある構えと詠唱で。

「解。残念ながら、雨は降りません」

【10代目の固有能力、紫電一閃が解除されました】

 あからさまに見知らぬ素振りで一驚を喫する傍ら、俺は本来の順序を省いて、片手で印を結んだ。

 そして、

「天照」

 そう唱えた。のだが、「解」再び、消え去った。

【謎の技によって、詠唱破棄が無効化されました】

「おぉ! 何と素晴らしい祈り! ですが、その神に対して不遜なる態度と雑な所作、我々の信仰の及ばぬ領域であったとしても、目に余る行為故――」

 アサシンダガーをすかさず放り投げんとしたが、

「痛みをもって、償いなさい」

 既に影が大地を覆い尽くし、頭上に迫っていた。

 ベリルらを庇う間も無く、それは大地に叩きつけられた。鼓膜を破らんばかりの囂々たる地響きに、差異たる瓦礫の篠突く横殴りの雨を注がせて、辺り一帯は全てを遮る無数の砂嵐が宙に舞い上がった。

 それでも紫紺の陣を眼下に張り巡らせて、跳ぶ。
微かな淡い緑光と一縷の煌々たる燈を放つ元へと。

 片手の幾多の感触だけが現状をひしひしと伝え、他に残るのは意識が朦朧とする激痛だけであった。

「無事……か」

「はっ、はい――レグルス様もご無事、あっ足が」

「これくらい気にするな。寧ろ運が良いくらいだ」

「い、今治します!」

「あぁ、頼むよ」

 未だに砂塵が渦巻いて視界の前面に押し出され、何処を見回しても10代目の影は見当たらなかった。

 だが、砂の息吹きに混ざった空を切り裂くスパーク音と幾重にも重なりし紫紺を帯びた光芒が迸る。

 そして、疾風迅雷の如く眼前へと跪いて、現れた。

 片腕から真っ赤な鮮血を滴り落としながら――。

「無事……じゃ、なさそうだな」

「えぇ、お互いに」

「無限牢の鎖獄」

 息も付かせぬ攻防が俺達を地獄へ突き落とした。

「貴方にとって此処はさぞ、居心地が悪いでしょうね。まるで絶望を描いたかのような鮮血の広がる屍に悲鳴響く場所、過去を彷彿とさせるでしょう?」

 おまけに赫赫たるマグマ熱が噴き上がる活火山。

「もう終わりですか?」

【固有結界――魔法及び魔術の使用が出来ません】

「では、清算と行きましょうか」

 お前の悪趣味の巣の中と言ったところだろうか。
こっちは起きているのでさえ、限界なんだがな。

「おや?」

 傍らの眩い光に視線を注ぐ信奉者の後を追えば、コルマットの麗しき一本角が神々しく輝き出した。

 そして、放たれる一撃。

 それは糸も容易く、固有結界の盾を打ち破った。
それと同時に俺たちの意識は完全に眠りに落ちた。
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