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怒涛の東大国編4日〜6日 

第五十二話 懺悔と後悔

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 文句無しの設備と持て成しが用意された客の間。

 窓の外では巡回する数十人もの兵士同士の呼び掛けが飛び交い、正に暗雲を立ち込めている空模様から、荒々しい突風が小突くように窓を叩いていた。

「――問題無いか!」

「はい、侵入者は今のところ確認されていません」

 先代勇者専用部屋と聞こえのいいフレーズで欺き、完全に連絡手段を絶たれて孤立した俺は不気味な空気を漂わせる間で異様な静寂に包まれていた。

「居るか?」

「はい」

 囁くような呼ぶ一言に瞬く間に反応したメイド姿の獣人が、緩慢に煩わしい軋みを上げて扉を開き、「すまないが、外に出たいんだが」と、告げれば、「しょ、少々お待ちください。勇者様の希望です」と怪しげな怒号を飛ばして、慌てて兵士が訪れる。

「何様ですか?」

 張り詰めた表情に震わす拳に槍を携えていて、俺の視線を瞬く事はなく目を逸らすことはなかった。

「単なる外出希望だよ」

 そう言うも厳かな面持ちで傍らの兵士らに刹那に目を配り、「申し訳ありませんが、王の命令がない限り、安全なる此処からは出ないように願います」などと戯言を並べて、一向に出す気配が無かった。

「あぁ、わかった。消えろ」

「ハッ!」

 再びの重苦しき沈黙が訪れてしまい、徐に天を仰ぎながらため息を零せば、小窓に騒音が鳴り響く。

「何故、こうなる……」

 最悪、強行突破も視野に入れなければならないな。

「……」

 だが、それは自然が運んできたものでは無かった。明らかに外から俺に伝えんと礫を投擲する者。
そっとカーテンを開いて、隙間から顔を覗かせる。

 其処には思いがけず、御者の姿があった。

「……⁉︎」

 嬉々とした御者を横目に咄嗟に周囲を見回せば、塀の前に何食わぬ顔で警備兵らが仁王立ちし、あからさまな侵入者の気配にさえ気付いていなかった。

 そのまま流れるようにキールに目を舞い戻せば、薄らと淡い透明マントの切れ端がそよ風に靡いた。

 そういうことか。

 そういえば、生き急ぐ兵隊のせいで、あのまま回収出来ず終いだったもんな。――けど、あれには確か、魔力の波が見えた筈……【残滓の羽根。効果 周囲の魔力の視認を無効化します】あぁなるほど。

 放浪者ならではの緑のハットに飾られし純白の羽根。それは淡い白光の鱗粉を周囲へと放っていた。

 皆の視線が方々に分散する瞬間に音を立てぬよう突風に乗じて無駄に騒々しい窓を勢いよく全開にし、徐に2階から足を下ろさんとするが、キールは慌ただしく懐から鉤縄付きのロープを差し出し、こっちの意に介すことなくそのまま放り投げてしまう。

 それは窓ガラスを突き破らんとする速さで眼前に迫り来るが、無防備な右手を犠牲にして掴み取り、掌に駆け巡っていく鋭い痛みと鮮血が滴る鉤爪を、限りなく静かでいて、強固な場所へと引っ掛けた。

 もっと他にやり方があったんじゃないか?

【ドレインタッチを発動しますか?】

 自然と口角を下げる一言が躊躇なく告げられる。

 いいや、良いよ。必要無い。

 俺は……他人を信用出来ないのだろうか。

 重き体で鈍い摩擦音を立てて壁際にしなるロープをそっと足で押さえる片手間で、そんな暗き物思いに耽りながら、【国枝京介の模倣を開始】させた。

「も、申し訳ありません……もっと早く着ければ良かったのですが、我々にも監視の目がありまして」

「気にするな、来てくれただけで十分だ。本当に」

 無事に摩耗した壁を音も無く登り終えたキールは、透明マントをその身から払いながら手渡した。

 そして、徐に立ち上がり、苦痛に顔を歪めたまま床に付いてしまう程に深々と首を垂れて、告げる。
 
「利私の己的な意志で勇者様を踏み躙ってしまい、誠に申し訳御座いませんでした。どのような罰だろうともこのキール、甘んじて受け入れる覚悟です」

「そんな大声を出すな。罰ならもう受けただろう」

「何故、それ程まで寛大な御心を私なんかに……」

「時間が無い。これ以上の無駄話は後にしろ。今、お前の知る全ての情報を明かしてもらえるか」

「はい。現在、先代勇者様の幽閉される場所から北へ数キロ先の客の間に私共は身を置いており、先代様の助力に馳せ参じる際に当代様はと言い放ち、何処かへ行ってしまいました」

「そうか、ベリル達は無事なんだな」

「はい、恐らくは寝室で眠っているかと」

「周囲を巡回する兵士の数と配置は?」

「此処に来るまで数百名ほど見掛けましたが、以前目にした者達の姿は、一つも目にしておりません」

【模倣準備、完了】

「仕事を頼めるか?」

「何なりとお申し付けください」

「では、此処で俺に成り変わり、これから先の一件が終わるまで、誰にも本体を明かさずにいてくれ」

「承知致しました」

 そっと肩に触れ、【模倣を開始 完全なる肉体の共鳴を開始】と、次第に俺と瓜二つになっていく。

「万が一、俺が命を落とした場合、あの少女の求める場所まで連れて行ってやってくれないか?」

「そ、それは」

「頼む」

「はい」

 キールは驚嘆する顔に暗闇なる影を広げつつも、渋々小さく頷いた。

「ありがとう。じゃあ後は託すぞ」

「ハッ! どうかご武運を」

「あ、透明マント、返してくれるか?」

「わ、忘れていました」

 元祖とはややベクトルのズレた薄汚れた絹のような透明マントを受け取り、ボックスへと収納した。

 奇しくも体に触れても気付けない程度の小雨が降り注ぎ始め、辺り一帯は淡い霧に包まれていった。
そして、遥か彼方では空を破るような雷鳴が轟き、ほんの僅かに視線が逸れた刹那に颯と飛び降りる。

 両足にジンジンとした鈍い痛みが走り抜けて、【煤汚れた黒のローブを召喚】し、身に纏いながらぎこちない歩みを進めていくが、視線が交差する。

 兵士と。
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