上 下
18 / 133
鎖国渡航編0日〜1日

第十四話 新たなる仲間

しおりを挟む
「ったく、危うく大惨事を招くところだったぞ!」

「大変、申し訳ありませんでした……。王直々からと云う定かではない呼び掛けに、長考もせずに応えてしまい、このような事態を招いてしまいました」

「面目ありません」

 長きに渡り守り抜いてきた国の名誉を踏み躙るような愚行である大通りの大袈裟な勇者パレードを、不満に思う者も少なくはなく、足元に落ちていた礫を徐に拾い上げて、考え無しに振りかぶる若人も。

 その瞬間、ウォリアが柄を握りしめて刃を払い、瞬く間にその者の眼前へと迫って剣を振るわんと、其に一切の躊躇もなく頭上に大きく振り翳したが、俺を含む多くの手練れが直様、その矛先を阻んだ。

「やり過ぎだ、馬鹿が」

 愚鈍にして独善的な青年は、その場に無様に尻餅を付いたまま、ただ茫然と俺たちを見上げていた。

 その全貌をただ手を拱く、10代目を除いて……。

 

 そんな妙に長く感じた肝を冷やす余興も終えて、俺たちは鎖国でしか味わえない料理も食わずに、その日の内に次の国へと歩みを進めようとしていた。

 燦々たる散歩日和の真昼時に正門で仁王立ちし、かろうじて一袋に収まりし金貨の山を徐に触れる。

 母なる大地の抱擁にも負けず劣らずの一抹の不安さえも掻き消してくれるずっしりとした安心感を、心の底からひしひしと感じながら、シオンに問う。

「忘れ物は無いか?」

「えぇ、俺には置いていく物などありませんから。それにしても……随分と路銀稼ぎに精が出ますね」

「金はあって越したことはないからな、まぁいずれ役立つ時が来るさ」

「だと、いいんですが」

 そんな旅立ちの間際、正門の奥から次第に鮮明になってゆく一つの小さな黒味を帯びた、乱れる影。

「ん?」

「また指弾でしょうか」

「かもな」

 子供の何気ない罵詈雑言でさえも心に深く傷つくというのに、意識して発せられた言葉ともなると、相当な精神的ダメージを負いそうでならないんだが。

 全力疾走で何かを大事そうに握りしめながら脈々と荒々しく息を切らし、俺たちの眼前まで迫ると、ガタガタと産まれたの羊のように震わす膝に手を置き、ゆっくりと呼吸を整えながら、声を弾ませる。

「ぁ、あ、あの……ハァハァ……」

 可愛らしく川のせせらぎのように心地の良い声色で続け様に翻訳者必至な言葉たちを零していくが、まぁ当然ながら、一向に聞き取れる気配がしない。

「少し落ち着いてくれないか、話はそれからだよ」

「ぁっ、はい」

 一呼吸終えて、無事に少女の顔が露わとなる。それは、あの時の奇妙な眼差しをした少女であった。

「君は確か……」

「何処かでお会いしました?」

 艶やかな前髪とともに不思議そうに小首を傾げて、仄かに淡く透き通った黄金色の瞳を眩く輝かせ、同性から嫌われてしまう程の端正な顔立ちに汗を滲ませて、珍しく気が利くシオンがそっと差し出した新品の手拭いを白皙なるか細い指先で掴み取り、何度も小突けば砕けそうな痩躯で深々と首を垂れる。

「それで、俺たちに何か御用でも?」

「あの! 私も旅に同行させてくれませんか‼︎」

 合格祈願で神社に参拝する受験生かの如く、全てを出し切った少女はただ只管に目一杯目を瞑って、俺たちのわかりきった応えを恐る恐る待ち受ける。

 そのわかりきったの意志の大半を占める10代目に徐に一瞥すれば、首を振った。勿論、駄目な方に。

「目を開けてくれ」

 俺の抑揚の死んだ声色に勘付いてしまったのか、少女は目を開けていくとともに表情を沈ませていく。

「はい……」

「私たちの旅路は急を要する上、想像を絶する程、危険なものなんだ。だから、君のような戦闘経験の無い少女を仲間に迎えている余裕は一切無いんだ」

「そ、そうなんですか。で、でも、あの!」

 周囲に悲痛な湿り気を与えるようなあからさまなしょんぽりとした雰囲気を漂わせたのも束の間、地に俯くかと思いきや、腰に携えていた何かを取り出して俺の前へと勢いよく差し出す。

「これは?」

「これ、ずっと私が色んなものを我慢して貯めてきた全財産なんです! このお金が無くなるまでの間だけでも、どうか一緒に居させてくださいっ‼︎」

 まるで臭い芝居だな。
 先程までの動揺や此処までの走りでの乱れをまるで感じさせない、噛まぬよう練習してきた台詞の数々……随分と流暢に話せるようになったものだ。

 それにしても、舐められたものだ。

「勇者がそんな矮小な存在に見えるのか?」

「えっ?」

「……」

「俺たちが勇者と知っての愚行だろう? それは。好きじゃないんだ――勇者という象徴を貶すのは」

「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」

 今度は小刻みに声と小さき体を酷く震わせ、さながら肉食獣に怯える被食者のような弱々しい姿に。

 無意識のうちに睨んでしまっていたらしい。

「ごめんごめん、冗談だよ」

「は、はい。気にしてませんから」

 徐に視線だけを所々にボロさが際立ち、純白なる色合いを失って汚れた布の貯金袋の中身に向ける。

 深淵に覆い隠されているせいで全体は朦朧としていたが、銅貨の山に金銀が疎らに散らばっていた。
鉄塊に等しい貯金袋で手をプルプルと震わせても、頑なに魔法瓶を握りしめる手で支えようとはせず、石貨に銅貨、黄銅貨、銀貨と金貨。錚々たるメンツが勢揃いし、硬貨の値順と量が綺麗に比例していた。

 俺は、不安な先行きに頻りにあらぬ方へと目を泳がす少女に、鋭い舌剣を突き立てる覚悟を決めて、魂まで零れ落ちてしまうため息を漏らすかの如く、嘆息混じりに思いやりの欠片もない言葉を馳せる。

「君は、本当に俺たちの旅に付いてくる覚悟があるのか?」

 筈だったのだが、気付けば不思議と口走っていた。

「は、はい!」

 覚悟。
 こんな華奢で可憐な少女の整った顔立ちに、そんな二文字がデカデカと張り付いているような気がした。そんな気がしてならない。全く強かな少女だ。

 少女の想いに完敗だ。

「リア隊長、我々はもうこの国を発ちます。どうかまた会うその日まで、五体満足でお過ごしください」

「あぁ、また何処かで」

「宜しいんですか? 此処で処理しなくて」

「10代目、余り相手の力量を見誤るな、悪い癖だ。万が一、今俺とお前が共に奴等と戦ったとしても、良くて相打ちが関の山だろう。未だに奴らの明確な目的は定まらないが……恐らく、次の地では二度とあんな愚行には走らないだろう。――そう急くな」

「では何故、あのような行為に走ったのですか?」

「まぁ大体の検討がつくんだが」

「貴方と出逢えて、余程興奮していたようですね」

「フッ、かもしれないな」

「あぁ、言い忘れていたことがありました」

 感動の別れを迎えるかと思いきや、流れるように大きく踏み出した一歩の踵を返して、駆け寄った。
この夏が終わってしまうかのような寂しさを返せ。
そう言ってやりたくなるのも束の間、不敵な笑みを浮かべた奴の異様な面差しに、思わず息を呑んだ。

「すみませんね、言い忘れていました。我々があの謁見の間から地下に落ちた時、其処には一国を滅ぼすのに造作もない量の魔力が充満しておりました」

「そうか」

「彼とはあまり仲もよろしくなさそうでしたので、念の為にご報告しておきます」

「助力、感謝する」

 無駄に張り詰めた神経を解こうと嘆息を漏らし、緩やかに振り返っていくウォリアの背を見つめる。

「あぁ、度々、申し訳ありません」

「今度はなんだ? またシオンが何かしたのか?」

「そんなんじゃありませんよ、ただね。ただ、貴方の御言葉を背負って生きる者としては、この事案を私が対処するには、些か的外れかと思いましてね」

 一瞥する。

 一言。

 まるで、虎視眈々とこの時を待っていたかと言わんばかりにさりげなく、悠然と台詞を吐き捨てて、限りなく淡白に告げる。

「先日のアイスウルフの魔物の巣の破壊作業の最中、アスター村付近で新たな魔物の巣を発見しました」

「は?」

「では、また後ほど」

 そう言い残して、ウォリアは後腐れなく泰然とした面持ちで団員を率いて、その場を去っていった。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...