4 / 133
襲来者編0日〜0日
第二話 ステータスブレイク
しおりを挟む
「ッ!」
ずっと眠っていた雑音が頭の中を埋め尽くしていく。どれだけ抑え付けても一縷の希望に必死に縋って、何度も目覚めては、またそれが叶う筈もない絶望と知って眠りにつく。
もう終わったんだ。黙れ、黙ってくれ。此処が、此処が俺の帰る場所なんだ。きっと、そうなんだ。そうじゃなければ、俺は……。
だがら、だから、お前は消えろ。今は、お前が心底嫌っていた殺し合いの最中なんだ。
次第に縦横無尽に飛び交っていた想いは、泡沫に跡形もなく消え去っていってくれた。
「異邦人!」
戦いの真っ只中にもかかわらず、聞かずとも饒舌に言い連ねる所為でこれから先の目的と進路が鮮明に開けてきそうだ。嘘八百の可能性も否めないが、勇者様に感謝しなければ。
「――俺たちも愛する人を置き去りにして、お前らの身勝手な事情でこんなふざけた異世界に呼び出されたんだぞっ! その上、魔王討伐などと馬鹿げた事を背負わされた。その結果、どれだけの者が死んだかわかるかぁ⁉︎」
互いの心情を赤裸々に吐露する場ではない。
そう内心では宥めつつもまるで過去の自分を見ているような感覚の前では、荒々しく波立てて、感情を露わにせざるを得なかった。
まるで過去の俺たちが死に場所を求めて剣を振るい、決して叶わぬ生き場所を追ってこの地に辿り着き、刃を捨てたようにまだ彼にも機会はある筈だ。でなければ、俺は――。
「所詮は、無価値な存在で築き上げた礎だ」
「そうやって、そうやって自分を騙し続けて、その先に何がある。何があるって言うんだ‼︎」
「其処へ辿り着けば、全てがわかるだろう」
「そうだな」
「……」
「……」
【MPの著しい減少を確認 自動的にアイテムボックスからMP全回復魔法瓶×1を召喚】そんな傍らで俺は徐に指で爪弾いて蓋を外し、飲み干す。【MPが全回復しました 残り×4のみ】
そして、
二指を揃えた片手を胸に翳し、印を結ぶ。
「身を切り裂いて、己を成せ」
「身を切り裂いて、己を成せ」
【魔術肉体多重強化 MP : 250×5 一人分の本人の分身を召喚 MP : 10000を消費 残りMP : 88747】
偽物の勇者の体から、瞬く間に淡い霞の揺蕩う者と瓜二つな一人の姿が切り裂かれ、蜃気楼は霧散した。全身の装備に光沢に加え、隅々までもが忠実に施され、その仏頂面さえも完全に再現されていた。同様に俺の意識も厄介な事に二つに割かれ、体は身軽となる。
幾千万年の時を超えた筈の大地は不思議と深淵たる闇夜に埋め尽くされる中で、露骨に一条の煌々とした光芒が俺の足元へと立ち所に迫っていくとともに、誰かの遺産であろう剣を折れそうな程に握りしめて、人権の剥奪された憐れな分身は猪突猛進に駆け出した。
一瞬、このほんの僅か数秒で決着が付く。
俺の分身には色鮮やかな濃い緑光を発しつつ即座に背後に下がらせ、心許ないながらも一番手に良く馴染んだ柄を掌に託してまだ何もありはしない虚無に向けて、刃を振るう。
【バウンド×150を召喚 総MP : 7500を消費】
一条の光芒以外の地面を覆い尽くさんとする勢いで、数百以上に掛けての大地を照らす紫紺を帯びた魔法陣を張り巡らせ、己の選択に決して迷うことなく、振り下ろしていく。
だが、分身はすかさず本体が巡らせるテレポートの刃で移動し、大地に深々と突き立てていた大剣を抜き去って、地面スレスレの低空飛行で飛び上がり、俺の懸命な努力を平然と打ち砕いて、脱兎かの如く跳び上がった。
それと同時に隙をついて掌に収めていた幾つかの礫を地に放り投げ、しっかりと踏ん張れる程度の土台を確保して、俺と剣戟を交わす。
互いの刃の間に幾度となく空を破らんばかりの金属音が響き渡り、一撃一撃が腕を捥ぐような重き斬撃をかろうじていなし続け、周囲に閃光に等しい燦々たる灯火を照らした。
次第に絶え間なく渾身を投じて振るう刃が血溜まりの如く鮮血を宙に舞い上がらせる。
ほんの僅かな綻びが垣間見え、下から叩き上げんとするように振るい、分身が身を浮かせる程に刃を弾くと同時に背に手を触れた。
【テレポート+肉体変換開始 計MP : 5000を消費】
【騎士の剣を譲渡 ゴーストナイフを譲渡】
片手で傀儡の首を躊躇なく、葉野菜をスッと切り裂くかの如く水平に刃を振るい、ナイフで己の分身の胸部ごと偽物の勇者を貫く。
筈だった。
分身の視界の前面に映ったのは、たった一枚の純白の布が全域を覆い隠す様であった。
マントを囮に⁉︎
思わず、息をするのさえ忘れてしまった。
…………。
勇者のアイデンティティたる外套を、平然と囮に使った攻撃に限りなく心が昂った。
何処に⁉︎
ひしゃげる外套ばかりに目が行っていたが、覆い隠された足元から垣間見える煌々たる白き魔法陣。
あれは囮じゃない。
そう慌ただしく振り返り終えると思った矢先、胸部に異物感が走った。外套に扮した本物の勇者が躊躇いもなく俺の心臓を貫いて、ようやっと刃を真っ赤な鮮血に染め上げた。
「残念、だったな……」
【肉体変換完了】
泡沫夢幻に消えゆく元本体の身体を雲に触れるように突き抜けていき、捕えた。ぶさけた野郎の襟らしき物を鷲掴みにし、振るう。
相手の勢いを殺さぬまま重心を低く保ち、双方の使い捨ての屍が霧散する方へと爪先と前部を廻らせていき、大地に限りなく強く、正に偽物の勇者を叩きつけた。
「外套をそんな風に扱うんじゃねぇェッッ‼︎」
それは、そんな使い方をする物じゃない。
「多くの勇士が紡いできた生き様だ!」
【騎士の剣を召喚】
俺は無防備な者を目掛けて、刃を振り下ろす。
また。
――京介、もう良いんだよ。
消え入りそうな一言で、あとほんの数センチでまた他人の命を奪っていた刃は、紅血が滴り落ちていく鋒は鼻先寸前を掠め、拳を酷く震わせながらも、その場に留まっていた。
刃は偽物の顔面には届かなかった。本当に此奴を見ていると頻りに既視感に襲われる。
一度も会ったことないと言うのに、何処か近く、とても遠い存在として感じてしまう。
「っ……!」
理性を砕かんとした激浪が引いていくとともに不意に駆り立てた好奇心が、無愛想だった此奴が浮かべる驚嘆の面差しを篤とこの目で見んと、殺しの道具を退けて、手を拱く。
あぁ良かった、この剣で人を殺さなくて。
でも、なんでこの剣じゃ、駄目なんだっけ。
いや、今考えるべきことじゃない――筈だ。
「その軌跡を踏み躙るような真似をするな」
「お前に、お前のような人間に何が解るッ‼︎」
「わかるさ。俺だって、勇者だったからな」
「⁉︎ ――9代目勇者、リア・イースト……」
「その名はもう捨てた」
これ以上真実を話してしまえば、心が張り裂けてしまいそうなくらいに一驚を喫した、何とも言い難く、笑えん姿に言葉を失った。
「嘘だ」
「いいや、現実だよ」
漣の余波が運ぶ、喉元にまで出掛かった幾多の言葉を呑み込んで、一度、たった一度でも雑に扱ってしまったら、一瞬で壊れてしまいそうなものを優しく触れるように、稚児の駄々さながらの現実逃避を強く掴み取った。
「俺は、だって」
「9代目勇者として東大国の王から仰せつかった、大切な任務だったんだ。俺が、俺たちが壊してしまった全てのものを再生する為に」
「東の王は異邦人の反逆者に殺されたって」
「あれは――」
淡々と身の毛のよだつ過去を掘り返しながら告げていた最中、突然、俺の視界を暗闇か覆った。いや大袈裟に言えばそうだろうが、実際には約半分もの、それも左眼のみの視野が綺麗に失われていた。まるで……それはまるで目玉がすっぽり抜け落ちたかのように。
「☆○⁉︎ &.&\〆」
あれ? 音が聞こえない。というか言葉が上手く入ってこないのか、それにさっきまで頗る落ち着いていた筈なのに、呼吸も酷く乱れ始め出して、体もふらつく。それどころかもう立つことさえままならずにいた。そして、そして前者の全てに呼応しているのか、もう片方の視界も次第に朧げになっていく。
最後の残された力を振り絞って周囲を見回せば、其処には真っ黒と思しきローブで全身を纏った、恐らく長躯であろう謎の襲来者が手に持った何かを目に強く押し込んで、自分自身の眼球を一切悶える事なく取り外した。
すると、こちらの視線に気付いたのか。緩やかに近づいてゆき、そっと欠けた視界の左目に触れた。
何かを失った、奪われた眼球代わりに心ばかりの気持ちの悪い異物感を頻りに訴えながらも、足掻く力さえ底の尽きた俺は、嫌々に大人しく、そっと一ピースを嵌め込まれた。
【最大値ステータスがリセットされました】
は?
意味がわからない。
けれど、不可解な現象の候補として上がった一つの可能性を裏付けるように、今まで彼女であった案内は、彼として俺に語りかける。
【最高値ステータスから初期値ステータスに変更。現在、使用出来るのは初級魔法、火球と氷塊のみ。魔術は7割MP不足です。特殊能力は強制的にシーフ専用に変更されました】
今までのやや荒っぽさが悪目立ちしていて、清濁を併せ飲んだ複雑さをとは異なる、とても朗らかに、無機質でいて中性的な仄かな男性らしさを感じ取れる声色をしていた。
「一体、何なんだ?」
突如、身体中から訴え出した不調の数々は綺麗に消えていき、欠けた視界も無事に復活してくれたのは良いもののの、絶望の淵に立たされた俺たちを後押しするように未だ謎に包まれた襲来者は容赦なく銃を突きつけた。
は?
だが、今までに映画や漫画で散々目にてきた物とはやや異なる形状をしており、自らが手掛けたのだと言わんばかりにロマンを強調し、歪に、不出来に、雑に仕上がっていた。
囂々とした銃声が鳴り響くとともに銃口から放たれた燦爛たる眩い火花が散らされる。
途端、異物感が脇腹を突き抜けていった。
ゆっくりと生温かな身に手を運び、恐る恐る触れ、それを目の当たりにすれば。俺の掌には真っ赤な鮮血が満遍なく広がっていた。
瞬間。
冷や汗が滝さながらに流れ始めて、再び、呼吸が荒々しく乱れ、心臓が早鐘を打った。
俺は此処で、死ぬのか? こんなあっさり訳もわからず、こんな場所で。これが報いか。
いやだ、まだ死にたくない。かえりたい、帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。絶対に、絶対。
家に帰らないと。
そうだ、帰ろう。
珍しく意見の一致をした俺たちは、この世を恨む程の力の抜けていく痛みと気持ち悪さに耐えて、仁王立ちの襲来者を睨みつけた。
もう用無しになったのか、そんな必死な訴えに見向きもせずに、未だに呆然と打ちひしがれた偽者のこめかみに銃口を向けていた。
静寂。
其を切り裂いたのは、小鳥の囀りだった。
心地いい羽音が鼓膜に響き渡り、無意識のうちに駆り立てて、朧げな意識が何度もふっつりと途切れてしまいそうになりながらも、ただ只管に既に壊れかけた馬鹿の覆い被さるように飛び出して、頭を地面に叩きつけた。
もう何発目かも分からぬ弾丸は、空間を抉り取るように運良く頭上を掠め、俺は装備一覧を眺めながら徐に立ち上がり、一瞥する。
▶︎韋駄天の大盾
ゴーストダスト
砂金の鉄塊
ダイヤモンドシールド
靡かす黒きローブの内側から、とても納めきれない大小様々な無数の金属片が零れ落ちると同時に独りでに異様な形を成していく。
それは辺り一帯を跡形もなく消し去るほどの、安定した砲台とともに黒き長方形のレールガンに等しい黒鉄の塊を目にも留まらぬ速さで作り終えると、銃口らしきそれは次第に淡い白さと青に黄金色の雷光を帯びていく。
たとえ手足を失おうとも、この戦いは、この戦いだけは負けられないんだ。そう豪語出来れば、きっと楽に天に召されるのに、俺は醜くも生き存えんとふと口走ってしまった。
「お前の目的は何なんだ?」
「……」
答えなど返ってくる筈もないのに。
「俺はただ……」
「……」
「ただ家に――帰りたい」
「……」
なんで、戦わなくちゃいけないんだ。なんで、命の奪い合いなんかしなくちゃならないんだ、なんで、僕はこんな場所で家族を残して、過ごしてるんだ。
違う。此処が俺の家だ。此処が俺の家なんだよ。帰る家はすぐ傍にあるんだ、手を伸ばしさえすれば、またきっと皆んなと一緒に平穏に過ごせるんだ。
俺は――僕は……。
「誰なんだ」
その一言を皮切りに金属片の一枚が独りでに剥がれ落ちてゆく。そして、それと同時に無意識に身体が地面に倒れた。卒爾に真っ暗闇が視界の端から覆い尽くしていき、まるで眠りにつくように音が遅れて消えていった。
もういいや。全部。全部、忘れてしまおう。
【日付が変わりました。月曜日 00 : 00】そう告げられ、戦いの幕は静かに下ろされた。
ずっと眠っていた雑音が頭の中を埋め尽くしていく。どれだけ抑え付けても一縷の希望に必死に縋って、何度も目覚めては、またそれが叶う筈もない絶望と知って眠りにつく。
もう終わったんだ。黙れ、黙ってくれ。此処が、此処が俺の帰る場所なんだ。きっと、そうなんだ。そうじゃなければ、俺は……。
だがら、だから、お前は消えろ。今は、お前が心底嫌っていた殺し合いの最中なんだ。
次第に縦横無尽に飛び交っていた想いは、泡沫に跡形もなく消え去っていってくれた。
「異邦人!」
戦いの真っ只中にもかかわらず、聞かずとも饒舌に言い連ねる所為でこれから先の目的と進路が鮮明に開けてきそうだ。嘘八百の可能性も否めないが、勇者様に感謝しなければ。
「――俺たちも愛する人を置き去りにして、お前らの身勝手な事情でこんなふざけた異世界に呼び出されたんだぞっ! その上、魔王討伐などと馬鹿げた事を背負わされた。その結果、どれだけの者が死んだかわかるかぁ⁉︎」
互いの心情を赤裸々に吐露する場ではない。
そう内心では宥めつつもまるで過去の自分を見ているような感覚の前では、荒々しく波立てて、感情を露わにせざるを得なかった。
まるで過去の俺たちが死に場所を求めて剣を振るい、決して叶わぬ生き場所を追ってこの地に辿り着き、刃を捨てたようにまだ彼にも機会はある筈だ。でなければ、俺は――。
「所詮は、無価値な存在で築き上げた礎だ」
「そうやって、そうやって自分を騙し続けて、その先に何がある。何があるって言うんだ‼︎」
「其処へ辿り着けば、全てがわかるだろう」
「そうだな」
「……」
「……」
【MPの著しい減少を確認 自動的にアイテムボックスからMP全回復魔法瓶×1を召喚】そんな傍らで俺は徐に指で爪弾いて蓋を外し、飲み干す。【MPが全回復しました 残り×4のみ】
そして、
二指を揃えた片手を胸に翳し、印を結ぶ。
「身を切り裂いて、己を成せ」
「身を切り裂いて、己を成せ」
【魔術肉体多重強化 MP : 250×5 一人分の本人の分身を召喚 MP : 10000を消費 残りMP : 88747】
偽物の勇者の体から、瞬く間に淡い霞の揺蕩う者と瓜二つな一人の姿が切り裂かれ、蜃気楼は霧散した。全身の装備に光沢に加え、隅々までもが忠実に施され、その仏頂面さえも完全に再現されていた。同様に俺の意識も厄介な事に二つに割かれ、体は身軽となる。
幾千万年の時を超えた筈の大地は不思議と深淵たる闇夜に埋め尽くされる中で、露骨に一条の煌々とした光芒が俺の足元へと立ち所に迫っていくとともに、誰かの遺産であろう剣を折れそうな程に握りしめて、人権の剥奪された憐れな分身は猪突猛進に駆け出した。
一瞬、このほんの僅か数秒で決着が付く。
俺の分身には色鮮やかな濃い緑光を発しつつ即座に背後に下がらせ、心許ないながらも一番手に良く馴染んだ柄を掌に託してまだ何もありはしない虚無に向けて、刃を振るう。
【バウンド×150を召喚 総MP : 7500を消費】
一条の光芒以外の地面を覆い尽くさんとする勢いで、数百以上に掛けての大地を照らす紫紺を帯びた魔法陣を張り巡らせ、己の選択に決して迷うことなく、振り下ろしていく。
だが、分身はすかさず本体が巡らせるテレポートの刃で移動し、大地に深々と突き立てていた大剣を抜き去って、地面スレスレの低空飛行で飛び上がり、俺の懸命な努力を平然と打ち砕いて、脱兎かの如く跳び上がった。
それと同時に隙をついて掌に収めていた幾つかの礫を地に放り投げ、しっかりと踏ん張れる程度の土台を確保して、俺と剣戟を交わす。
互いの刃の間に幾度となく空を破らんばかりの金属音が響き渡り、一撃一撃が腕を捥ぐような重き斬撃をかろうじていなし続け、周囲に閃光に等しい燦々たる灯火を照らした。
次第に絶え間なく渾身を投じて振るう刃が血溜まりの如く鮮血を宙に舞い上がらせる。
ほんの僅かな綻びが垣間見え、下から叩き上げんとするように振るい、分身が身を浮かせる程に刃を弾くと同時に背に手を触れた。
【テレポート+肉体変換開始 計MP : 5000を消費】
【騎士の剣を譲渡 ゴーストナイフを譲渡】
片手で傀儡の首を躊躇なく、葉野菜をスッと切り裂くかの如く水平に刃を振るい、ナイフで己の分身の胸部ごと偽物の勇者を貫く。
筈だった。
分身の視界の前面に映ったのは、たった一枚の純白の布が全域を覆い隠す様であった。
マントを囮に⁉︎
思わず、息をするのさえ忘れてしまった。
…………。
勇者のアイデンティティたる外套を、平然と囮に使った攻撃に限りなく心が昂った。
何処に⁉︎
ひしゃげる外套ばかりに目が行っていたが、覆い隠された足元から垣間見える煌々たる白き魔法陣。
あれは囮じゃない。
そう慌ただしく振り返り終えると思った矢先、胸部に異物感が走った。外套に扮した本物の勇者が躊躇いもなく俺の心臓を貫いて、ようやっと刃を真っ赤な鮮血に染め上げた。
「残念、だったな……」
【肉体変換完了】
泡沫夢幻に消えゆく元本体の身体を雲に触れるように突き抜けていき、捕えた。ぶさけた野郎の襟らしき物を鷲掴みにし、振るう。
相手の勢いを殺さぬまま重心を低く保ち、双方の使い捨ての屍が霧散する方へと爪先と前部を廻らせていき、大地に限りなく強く、正に偽物の勇者を叩きつけた。
「外套をそんな風に扱うんじゃねぇェッッ‼︎」
それは、そんな使い方をする物じゃない。
「多くの勇士が紡いできた生き様だ!」
【騎士の剣を召喚】
俺は無防備な者を目掛けて、刃を振り下ろす。
また。
――京介、もう良いんだよ。
消え入りそうな一言で、あとほんの数センチでまた他人の命を奪っていた刃は、紅血が滴り落ちていく鋒は鼻先寸前を掠め、拳を酷く震わせながらも、その場に留まっていた。
刃は偽物の顔面には届かなかった。本当に此奴を見ていると頻りに既視感に襲われる。
一度も会ったことないと言うのに、何処か近く、とても遠い存在として感じてしまう。
「っ……!」
理性を砕かんとした激浪が引いていくとともに不意に駆り立てた好奇心が、無愛想だった此奴が浮かべる驚嘆の面差しを篤とこの目で見んと、殺しの道具を退けて、手を拱く。
あぁ良かった、この剣で人を殺さなくて。
でも、なんでこの剣じゃ、駄目なんだっけ。
いや、今考えるべきことじゃない――筈だ。
「その軌跡を踏み躙るような真似をするな」
「お前に、お前のような人間に何が解るッ‼︎」
「わかるさ。俺だって、勇者だったからな」
「⁉︎ ――9代目勇者、リア・イースト……」
「その名はもう捨てた」
これ以上真実を話してしまえば、心が張り裂けてしまいそうなくらいに一驚を喫した、何とも言い難く、笑えん姿に言葉を失った。
「嘘だ」
「いいや、現実だよ」
漣の余波が運ぶ、喉元にまで出掛かった幾多の言葉を呑み込んで、一度、たった一度でも雑に扱ってしまったら、一瞬で壊れてしまいそうなものを優しく触れるように、稚児の駄々さながらの現実逃避を強く掴み取った。
「俺は、だって」
「9代目勇者として東大国の王から仰せつかった、大切な任務だったんだ。俺が、俺たちが壊してしまった全てのものを再生する為に」
「東の王は異邦人の反逆者に殺されたって」
「あれは――」
淡々と身の毛のよだつ過去を掘り返しながら告げていた最中、突然、俺の視界を暗闇か覆った。いや大袈裟に言えばそうだろうが、実際には約半分もの、それも左眼のみの視野が綺麗に失われていた。まるで……それはまるで目玉がすっぽり抜け落ちたかのように。
「☆○⁉︎ &.&\〆」
あれ? 音が聞こえない。というか言葉が上手く入ってこないのか、それにさっきまで頗る落ち着いていた筈なのに、呼吸も酷く乱れ始め出して、体もふらつく。それどころかもう立つことさえままならずにいた。そして、そして前者の全てに呼応しているのか、もう片方の視界も次第に朧げになっていく。
最後の残された力を振り絞って周囲を見回せば、其処には真っ黒と思しきローブで全身を纏った、恐らく長躯であろう謎の襲来者が手に持った何かを目に強く押し込んで、自分自身の眼球を一切悶える事なく取り外した。
すると、こちらの視線に気付いたのか。緩やかに近づいてゆき、そっと欠けた視界の左目に触れた。
何かを失った、奪われた眼球代わりに心ばかりの気持ちの悪い異物感を頻りに訴えながらも、足掻く力さえ底の尽きた俺は、嫌々に大人しく、そっと一ピースを嵌め込まれた。
【最大値ステータスがリセットされました】
は?
意味がわからない。
けれど、不可解な現象の候補として上がった一つの可能性を裏付けるように、今まで彼女であった案内は、彼として俺に語りかける。
【最高値ステータスから初期値ステータスに変更。現在、使用出来るのは初級魔法、火球と氷塊のみ。魔術は7割MP不足です。特殊能力は強制的にシーフ専用に変更されました】
今までのやや荒っぽさが悪目立ちしていて、清濁を併せ飲んだ複雑さをとは異なる、とても朗らかに、無機質でいて中性的な仄かな男性らしさを感じ取れる声色をしていた。
「一体、何なんだ?」
突如、身体中から訴え出した不調の数々は綺麗に消えていき、欠けた視界も無事に復活してくれたのは良いもののの、絶望の淵に立たされた俺たちを後押しするように未だ謎に包まれた襲来者は容赦なく銃を突きつけた。
は?
だが、今までに映画や漫画で散々目にてきた物とはやや異なる形状をしており、自らが手掛けたのだと言わんばかりにロマンを強調し、歪に、不出来に、雑に仕上がっていた。
囂々とした銃声が鳴り響くとともに銃口から放たれた燦爛たる眩い火花が散らされる。
途端、異物感が脇腹を突き抜けていった。
ゆっくりと生温かな身に手を運び、恐る恐る触れ、それを目の当たりにすれば。俺の掌には真っ赤な鮮血が満遍なく広がっていた。
瞬間。
冷や汗が滝さながらに流れ始めて、再び、呼吸が荒々しく乱れ、心臓が早鐘を打った。
俺は此処で、死ぬのか? こんなあっさり訳もわからず、こんな場所で。これが報いか。
いやだ、まだ死にたくない。かえりたい、帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。絶対に、絶対。
家に帰らないと。
そうだ、帰ろう。
珍しく意見の一致をした俺たちは、この世を恨む程の力の抜けていく痛みと気持ち悪さに耐えて、仁王立ちの襲来者を睨みつけた。
もう用無しになったのか、そんな必死な訴えに見向きもせずに、未だに呆然と打ちひしがれた偽者のこめかみに銃口を向けていた。
静寂。
其を切り裂いたのは、小鳥の囀りだった。
心地いい羽音が鼓膜に響き渡り、無意識のうちに駆り立てて、朧げな意識が何度もふっつりと途切れてしまいそうになりながらも、ただ只管に既に壊れかけた馬鹿の覆い被さるように飛び出して、頭を地面に叩きつけた。
もう何発目かも分からぬ弾丸は、空間を抉り取るように運良く頭上を掠め、俺は装備一覧を眺めながら徐に立ち上がり、一瞥する。
▶︎韋駄天の大盾
ゴーストダスト
砂金の鉄塊
ダイヤモンドシールド
靡かす黒きローブの内側から、とても納めきれない大小様々な無数の金属片が零れ落ちると同時に独りでに異様な形を成していく。
それは辺り一帯を跡形もなく消し去るほどの、安定した砲台とともに黒き長方形のレールガンに等しい黒鉄の塊を目にも留まらぬ速さで作り終えると、銃口らしきそれは次第に淡い白さと青に黄金色の雷光を帯びていく。
たとえ手足を失おうとも、この戦いは、この戦いだけは負けられないんだ。そう豪語出来れば、きっと楽に天に召されるのに、俺は醜くも生き存えんとふと口走ってしまった。
「お前の目的は何なんだ?」
「……」
答えなど返ってくる筈もないのに。
「俺はただ……」
「……」
「ただ家に――帰りたい」
「……」
なんで、戦わなくちゃいけないんだ。なんで、命の奪い合いなんかしなくちゃならないんだ、なんで、僕はこんな場所で家族を残して、過ごしてるんだ。
違う。此処が俺の家だ。此処が俺の家なんだよ。帰る家はすぐ傍にあるんだ、手を伸ばしさえすれば、またきっと皆んなと一緒に平穏に過ごせるんだ。
俺は――僕は……。
「誰なんだ」
その一言を皮切りに金属片の一枚が独りでに剥がれ落ちてゆく。そして、それと同時に無意識に身体が地面に倒れた。卒爾に真っ暗闇が視界の端から覆い尽くしていき、まるで眠りにつくように音が遅れて消えていった。
もういいや。全部。全部、忘れてしまおう。
【日付が変わりました。月曜日 00 : 00】そう告げられ、戦いの幕は静かに下ろされた。
31
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる
月風レイ
ファンタジー
あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。
周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。
そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。
それは突如現れた一枚の手紙だった。
その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。
どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。
突如、異世界の大草原に召喚される。
元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる