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襲来者編0日〜0日

第二話 ステータスブレイク

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「ッ!」

 ずっと眠っていた雑音が頭の中を埋め尽くしていく。どれだけ抑え付けても一縷の希望に必死に縋って、何度も目覚めては、またそれが叶う筈もない絶望と知って眠りにつく。

 もう終わったんだ。黙れ、黙ってくれ。此処が、此処が俺の帰る場所なんだ。きっと、そうなんだ。そうじゃなければ、俺は……。

 だがら、だから、お前は消えろ。今は、お前が心底嫌っていた殺し合いの最中なんだ。

 次第に縦横無尽に飛び交っていた想いは、泡沫に跡形もなく消え去っていってくれた。

「異邦人!」

 戦いの真っ只中にもかかわらず、聞かずとも饒舌に言い連ねる所為でこれから先の目的と進路が鮮明に開けてきそうだ。嘘八百の可能性も否めないが、勇者様に感謝しなければ。

「――俺たちも愛する人を置き去りにして、お前らの身勝手な事情でこんなふざけた異世界に呼び出されたんだぞっ! その上、魔王討伐などと馬鹿げた事を背負わされた。その結果、どれだけの者が死んだかわかるかぁ⁉︎」
互いの心情を赤裸々に吐露する場ではない。

 そう内心では宥めつつもまるで過去の自分を見ているような感覚の前では、荒々しく波立てて、感情を露わにせざるを得なかった。

 まるで過去の俺たちが死に場所を求めて剣を振るい、決して叶わぬ生き場所を追ってこの地に辿り着き、刃を捨てたようにまだ彼にも機会はある筈だ。でなければ、俺は――。

「所詮は、無価値な存在で築き上げた礎だ」

「そうやって、そうやって自分を騙し続けて、その先に何がある。何があるって言うんだ‼︎」

「其処へ辿り着けば、全てがわかるだろう」

「そうだな」

「……」

「……」

【MPの著しい減少を確認 自動的にアイテムボックスからMP全回復魔法瓶×1を召喚】そんな傍らで俺は徐に指で爪弾いて蓋を外し、飲み干す。【MPが全回復しました 残り×4のみ】

 そして、

 二指を揃えた片手を胸に翳し、印を結ぶ。

「身を切り裂いて、己を成せ」
「身を切り裂いて、己を成せ」

【魔術肉体多重強化 MP : 250×5  一人分の本人の分身を召喚 MP : 10000を消費 残りMP : 88747】

 偽物の勇者の体から、瞬く間に淡い霞の揺蕩う者と瓜二つな一人の姿が切り裂かれ、蜃気楼は霧散した。全身の装備に光沢に加え、隅々までもが忠実に施され、その仏頂面さえも完全に再現されていた。同様に俺の意識も厄介な事に二つに割かれ、体は身軽となる。

 幾千万年の時を超えた筈の大地は不思議と深淵たる闇夜に埋め尽くされる中で、露骨に一条の煌々とした光芒が俺の足元へと立ち所に迫っていくとともに、誰かの遺産であろう剣を折れそうな程に握りしめて、人権の剥奪された憐れな分身は猪突猛進に駆け出した。

 一瞬、このほんの僅か数秒で決着が付く。

 俺の分身には色鮮やかな濃い緑光を発しつつ即座に背後に下がらせ、心許ないながらも一番手に良く馴染んだ柄を掌に託してまだ何もありはしない虚無に向けて、刃を振るう。

【バウンド×150を召喚 総MP : 7500を消費】

 一条の光芒以外の地面を覆い尽くさんとする勢いで、数百以上に掛けての大地を照らす紫紺を帯びた魔法陣を張り巡らせ、己の選択に決して迷うことなく、振り下ろしていく。

 だが、分身はすかさず本体が巡らせるテレポートの刃で移動し、大地に深々と突き立てていた大剣を抜き去って、地面スレスレの低空飛行で飛び上がり、俺の懸命な努力を平然と打ち砕いて、脱兎かの如く跳び上がった。

 それと同時に隙をついて掌に収めていた幾つかの礫を地に放り投げ、しっかりと踏ん張れる程度の土台を確保して、俺と剣戟を交わす。

 互いの刃の間に幾度となく空を破らんばかりの金属音が響き渡り、一撃一撃が腕を捥ぐような重き斬撃をかろうじていなし続け、周囲に閃光に等しい燦々たる灯火を照らした。

 次第に絶え間なく渾身を投じて振るう刃が血溜まりの如く鮮血を宙に舞い上がらせる。

 ほんの僅かな綻びが垣間見え、下から叩き上げんとするように振るい、分身が身を浮かせる程に刃を弾くと同時に背に手を触れた。

【テレポート+肉体変換開始 計MP : 5000を消費】

【騎士の剣を譲渡 ゴーストナイフを譲渡】

 片手で傀儡の首を躊躇なく、葉野菜をスッと切り裂くかの如く水平に刃を振るい、ナイフで己の分身の胸部ごと偽物の勇者を貫く。

 筈だった。

 分身の視界の前面に映ったのは、たった一枚の純白の布が全域を覆い隠す様であった。

 マントを囮に⁉︎

 思わず、息をするのさえ忘れてしまった。

 …………。

 勇者のアイデンティティたる外套マントを、平然と囮に使った攻撃に限りなく心が昂った。

 何処に⁉︎

 ひしゃげる外套ばかりに目が行っていたが、覆い隠された足元から垣間見える煌々たる白き魔法陣。

 あれは囮じゃない。

 そう慌ただしく振り返り終えると思った矢先、胸部に異物感が走った。外套に扮した本物の勇者が躊躇いもなく俺の心臓を貫いて、ようやっと刃を真っ赤な鮮血に染め上げた。

「残念、だったな……」

【肉体変換完了】

 泡沫夢幻に消えゆく元本体の身体を雲に触れるように突き抜けていき、捕えた。ぶさけた野郎の襟らしき物を鷲掴みにし、振るう。

 相手の勢いを殺さぬまま重心を低く保ち、双方の使い捨ての屍が霧散する方へと爪先と前部を廻らせていき、大地に限りなく強く、正に偽物の勇者を叩きつけた。

外套それをそんな風に扱うんじゃねぇェッッ‼︎」

 それは、そんな使い方をする物じゃない。

「多くの勇士が紡いできた生き様だ!」

【騎士の剣を召喚】
俺は無防備な者を目掛けて、刃を振り下ろす。

 また。

 ――京介、もう良いんだよ。

 消え入りそうな一言で、あとほんの数センチでまた他人の命を奪っていた刃は、紅血が滴り落ちていく鋒は鼻先寸前を掠め、拳を酷く震わせながらも、その場に留まっていた。

 刃は偽物の顔面には届かなかった。本当に此奴を見ていると頻りに既視感に襲われる。

 一度も会ったことないと言うのに、何処か近く、とても遠い存在として感じてしまう。

「っ……!」

 理性を砕かんとした激浪が引いていくとともに不意に駆り立てた好奇心が、無愛想だった此奴が浮かべる驚嘆の面差しを篤とこの目で見んと、殺しの道具を退けて、手を拱く。

 あぁ良かった、この剣で人を殺さなくて。

 でも、なんでこの剣じゃ、駄目なんだっけ。

 いや、今考えるべきことじゃない――筈だ。

「その軌跡を踏み躙るような真似をするな」

「お前に、お前のような人間に何が解るッ‼︎」

「わかるさ。俺だって、勇者だったからな」

「⁉︎ ――9代目勇者、リア・イースト……」

「その名はもう捨てた」

 これ以上真実を話してしまえば、心が張り裂けてしまいそうなくらいに一驚を喫した、何とも言い難く、笑えん姿に言葉を失った。

「嘘だ」

「いいや、現実だよ」

 漣の余波が運ぶ、喉元にまで出掛かった幾多の言葉を呑み込んで、一度、たった一度でも雑に扱ってしまったら、一瞬で壊れてしまいそうなものを優しく触れるように、稚児の駄々さながらの現実逃避を強く掴み取った。

「俺は、だって」

「9代目勇者として東大国の王から仰せつかった、大切な任務だったんだ。俺が、俺たちが壊してしまった全てのものを再生する為に」

「東の王は異邦人の反逆者に殺されたって」

「あれは――」

 淡々と身の毛のよだつ過去を掘り返しながら告げていた最中、突然、俺の視界を暗闇か覆った。いや大袈裟に言えばそうだろうが、実際には約半分もの、それも左眼のみの視野が綺麗に失われていた。まるで……それはまるで目玉がすっぽり抜け落ちたかのように。

「☆○⁉︎ &.&\〆」

 あれ? 音が聞こえない。というか言葉が上手く入ってこないのか、それにさっきまで頗る落ち着いていた筈なのに、呼吸も酷く乱れ始め出して、体もふらつく。それどころかもう立つことさえままならずにいた。そして、そして前者の全てに呼応しているのか、もう片方の視界も次第に朧げになっていく。

 最後の残された力を振り絞って周囲を見回せば、其処には真っ黒と思しきローブで全身を纏った、恐らく長躯であろう謎の襲来者が手に持った何かを目に強く押し込んで、自分自身の眼球を一切悶える事なく取り外した。

 すると、こちらの視線に気付いたのか。緩やかに近づいてゆき、そっと欠けた視界の左目に触れた。

 何かを失った、奪われた眼球代わりに心ばかりの気持ちの悪い異物感を頻りに訴えながらも、足掻く力さえ底の尽きた俺は、嫌々に大人しく、そっと一ピースを嵌め込まれた。

【最大値ステータスがリセットされました】

 は?

 意味がわからない。

 けれど、不可解な現象の候補として上がった一つの可能性を裏付けるように、今まで彼女であった案内は、彼として俺に語りかける。

【最高値ステータスから初期値ステータスに変更。現在、使用出来るのは初級魔法、火球と氷塊のみ。魔術は7割MP不足です。特殊能力は強制的にシーフ専用に変更されました】

 今までのやや荒っぽさが悪目立ちしていて、清濁を併せ飲んだ複雑さをとは異なる、とても朗らかに、無機質でいて中性的な仄かな男性らしさを感じ取れる声色をしていた。

「一体、何なんだ?」

 突如、身体中から訴え出した不調の数々は綺麗に消えていき、欠けた視界も無事に復活してくれたのは良いもののの、絶望の淵に立たされた俺たちを後押しするように未だ謎に包まれた襲来者は容赦なく銃を突きつけた。

 は?

 だが、今までに映画や漫画で散々目にてきた物とはやや異なる形状をしており、自らが手掛けたのだと言わんばかりにロマンを強調し、歪に、不出来に、雑に仕上がっていた。

 囂々とした銃声が鳴り響くとともに銃口から放たれた燦爛たる眩い火花が散らされる。
 
 途端、異物感が脇腹を突き抜けていった。

 ゆっくりと生温かな身に手を運び、恐る恐る触れ、それを目の当たりにすれば。俺の掌には真っ赤な鮮血が満遍なく広がっていた。

 瞬間。

 冷や汗が滝さながらに流れ始めて、再び、呼吸が荒々しく乱れ、心臓が早鐘を打った。

 俺は此処で、死ぬのか? こんなあっさり訳もわからず、こんな場所で。これが報いか。

 いやだ、まだ死にたくない。かえりたい、帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。絶対に、絶対。

 家に帰らないと。

 そうだ、帰ろう。

 珍しく意見の一致をした俺たちは、この世を恨む程の力の抜けていく痛みと気持ち悪さに耐えて、仁王立ちの襲来者を睨みつけた。

 もう用無しになったのか、そんな必死な訴えに見向きもせずに、未だに呆然と打ちひしがれた偽者のこめかみに銃口を向けていた。

 静寂。

 其を切り裂いたのは、小鳥の囀りだった。

 心地いい羽音が鼓膜に響き渡り、無意識のうちに駆り立てて、朧げな意識が何度もふっつりと途切れてしまいそうになりながらも、ただ只管に既に壊れかけた馬鹿の覆い被さるように飛び出して、頭を地面に叩きつけた。

 もう何発目かも分からぬ弾丸は、空間を抉り取るように運良く頭上を掠め、俺は装備一覧を眺めながら徐に立ち上がり、一瞥する。

 ▶︎韋駄天の大盾
  ゴーストダスト
  砂金の鉄塊
  ダイヤモンドシールド

 靡かす黒きローブの内側から、とても納めきれない大小様々な無数の金属片が零れ落ちると同時に独りでに異様な形を成していく。

 それは辺り一帯を跡形もなく消し去るほどの、安定した砲台とともに黒き長方形のレールガンに等しい黒鉄の塊を目にも留まらぬ速さで作り終えると、銃口らしきそれは次第に淡い白さと青に黄金色の雷光を帯びていく。

 たとえ手足を失おうとも、この戦いは、この戦いだけは負けられないんだ。そう豪語出来れば、きっと楽に天に召されるのに、俺は醜くも生き存えんとふと口走ってしまった。

「お前の目的は何なんだ?」

「……」

 答えなど返ってくる筈もないのに。

「俺はただ……」

「……」

「ただ家に――帰りたい」

「……」

 なんで、戦わなくちゃいけないんだ。なんで、命の奪い合いなんかしなくちゃならないんだ、なんで、僕はこんな場所で家族を残して、過ごしてるんだ。

 違う。此処が俺の家だ。此処が俺の家なんだよ。帰る家はすぐ傍にあるんだ、手を伸ばしさえすれば、またきっと皆んなと一緒に平穏に過ごせるんだ。

 俺は――僕は……。

「誰なんだ」

 その一言を皮切りに金属片の一枚が独りでに剥がれ落ちてゆく。そして、それと同時に無意識に身体が地面に倒れた。卒爾に真っ暗闇が視界の端から覆い尽くしていき、まるで眠りにつくように音が遅れて消えていった。

 もういいや。全部。全部、忘れてしまおう。

【日付が変わりました。月曜日 00 : 00】そう告げられ、戦いの幕は静かに下ろされた。
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