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行ってきます

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 燻みを帯びた色をした無数の落ち葉を踏みしめて、サクサクと音を立てて進んでいく。

 紅葉色に染まった光景が、淡々と過ぎゆく時の流れを鮮明に教えてくれる。

 ふと思い返しては、あの場所へと足を運ぶ。

 一刹那も退屈なんてしない場所。

 けれど、段々と俺の足跡は減っていき、編みに綻びがあるけれど、暖かなマフラーを身に纏う頃には、もう指で数えるほどにまで少なくなっていた。

 桜の木陰に息を潜めて、己が身を隠す。

 降り積もった牡丹雪が辺り一面を真っ白に覆い隠し、雑音さえも途絶えた静かな場所。

 そんな最中にも、必死に生きている。

 そして、また、春が来る。

 あのすずめとの出逢いとは、少しだけ違った桜の舞い散る日が……。

「行くぞ、一成」

「あぁ、分かってるよ。父さん」

 相不変に、俺たちは狭苦しい玄関で犇めき合っていた。

 甲乙付け難い背比べをし、それぞれの目線が合わせなくても、自然とぶつかっていた。

 今まで決して届かぬと思っていた高さを、歳を、知能を、手にしたけれど、子供の頃と大してやっていることは変わっていない。

「俺も行くよ」

「?」

「ちょっと寄り道をば」

「ふざけてるのか?」

「今回は割と真面目かな」

 揺られる車の窓から移ろう光景が、まるであのすずめとの思い出が流れていくようで、

「あの場所か?」

 父の問いに、俺は静かに小さく頷いた。

「あの場所に駐輪しておく訳にもいかない、駐車場から歩いていくぞ」

「あぁ、うん。……ありがとう父さん」

「誠二。お前……最近楽しいか?」

 立て続け様に、物憂げな表情を浮かべた兄が、ちょっとばかり陰鬱とした声色で訊ねてきた。

「毎日が夢のよう……とまではいかないかな。でも、最近は結構楽しいよ、兄貴」

 兄の湿り気のある心を払拭せんとして、久々に面と向かって、微笑みを零した。

「そうか……」

 それは、自然と兄にも伝播する。

「そろそろ、着くぞ」

「あぁ、オッケー」

 存外悪い気のしないドライブを満喫した俺たちは、あの場所へと歩みを進めていく。

 道すがらに幾度となく弾んだ言葉を交わし、僅かに軽快となった脚で並木道に辿り着く。

 その瞬間、奇しくも掬い上げるような突風が吹き荒れる。

「ぉぉお!」

「ほう……」

「凄いな……」

 皆一同、その光景に息を呑む。
 
 この前は見損なってしまったほんの一瞬の、映画の一コマのような瞬間。

 連なる桜の淡いピンクの花びらが、花吹雪となって辺り一帯を覆い尽くしていた。

 天も地も家族でさえも、隠れてしまうほどに。

「綺麗だなぁ」

「花見……したかったな」

「こんな吹雪では、食事は出来んだろうがな」

「桜餅くらいは堪能できそうだけど……」

 そう言いながら、周囲に目を配った。

 もう場所も、うろ覚えになりつつある、あの桜の木を必死に一本づつ探していく。

 見つけた。

 緩やかによじ登るかのように、上へ上へと視線を持っていき、遂にその姿が目に映る。

「……兄貴、ほら!」

 兄の身をそっと肘で小突き、徐にすずめたちに指を差す。

「あっ!」

 兄は流れるように指した方へと目を向けて、一拍を置いて、瞠目した。

「大きく……なったな」

「親だよ」

「え?じゃあ、あいつは?」

「違うよ。あいつはもう、親になったんだ」

「……。そっか、そうか」

 そう言うと、兄貴は静かに微笑んだ。

「そろそろ時間だ」

 父の終わりを告げる一言に、兄は緩慢に振り返りながら、ゆったりと爪先を父へと向けた。

 もう二度とあの巣を、あいつの姿を共に、眺めることはできないかもしれない。

「誠二。行こう」

「いや、もう少し此処にいるよ。先に行っていいよ、俺は歩いて帰るからさ」

「そうか。じゃあ……行ってきます」

 兄は綻びを切るかのように顔を引き締めた。

 何だか、その様は少しばかり面白く、揶揄うようにして、つい微笑んでしまった。

「あぁ」

 これからは、たわいもない話で盛り上がることも、馬鹿な理由で喧嘩することもめっきり減っていく。

 まぁ、どちらかが赴けば、すぐに会えるのだろう。そう言い聞かせ、そっと胸に仕舞い込んだ。

 淡々と歩みを進めていった。

 段々と広々しく頼もしい背中が遠のいていく。

 いつからか、俺はあいつを兄ちゃんと呼ばなくなっていた。

 クラスの連中に揶揄われてから、言い慣れない言葉で度々、表していく内に自然と馴染んでいったけど、やっぱり今日だけは……。

 言いやすいかもしれない。

「兄ちゃん!」

 その言葉にピタリと歩みを止めて、視線だけでこちらを一瞥する。

「どうした?」

 言っておきたいことは、山のようにあったけど、きっと言葉が一番なのだろう。

「躓いても…泣くんじゃねえぞ」

「……。あぁ、お前もな!」

 その会話を最後に、兄は静かに花吹雪に紛れていった。

 そして、親のすずめは、子供の餌を求めて、小さくとも雄々しい両翼を際限なく続く大空へと羽撃かせ、飛び立っていった。

 ホッと胸を撫で下ろすと共に、なぜだか締め付けるような鋭い痛みが走った。

「行ってらっしゃい」
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