勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

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本編

勇者

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 至る所が欠けた鎧とともに煤と緋色に染め上げた外套を靡かせ、禍々しき右腕に握りしめた紫紺の剣を引き摺ながら、勇者は淡々と歩みを進めていく。

 その先、球体状の水に浮かぶ、一冊の古びた新しき本を平然と突き抜けていき、潰すように踏み締めた。

 そんな最中、懐から一輪の花が僅かな音もさえ立てずに、静かに床に臥す。

 勇者の視界に映るのは、虚ろな玉座に坐す魔王、ただ一人であった。

 聖水なる魔法瓶の蓋を徐に開けながら、確固たる決意が漲ったように思われる眼差しで、玉座の前に立ち止まった。

 静寂。

 勇者が緩慢に瓶を頭上に差し伸べていき、その中の液体を零さんとした瞬間。

 魔王は鈍い音を床に響かせ、崩れ落ちる。

 そして、むざむざと深々と首を垂れて、歔欷さながらに囁いた。

「頼む、殺してくれ」

 その一言に、魔法瓶に亀裂が走り、飛び散った聖水が、勇者の髪を本来の色へとさせた。

 紅き髪と、黄金色の髪が半々となって、瓶と剣を握りしめる両手が酷く震え始めていく。

 そして、遅れてキンッと、金属音を高らかに響かせて、黄金色の身分証が地に落ちる。

「ただいまを、ずっと…言いたかったんだ」

 一滴の雫が頬を伝う。

「でも、もう叶いそうにないや」

 その雫は小さな音を立てて、床に散った。

「よせ!!」

 ようやっと魔王城へと辿り着き、進んだ先、一輪の花を踏み躙り、一枚の花びらが虚しく宙に舞う。

「……!」
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