勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

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本編

ヒスロアと先代勇者一行

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 真っ暗闇に覆われた地下の隧道で、パチパチと乾いた音を立てて、燃ゆる焚き火を皆で囲っていた。

「ようやっと8階層か。此処まで辿り着くのに思いの外、時間が掛かったな」

「えぇ、ヒスロア君が居なければ、危うく我々全員、命を落としていましたよ」

 まだまだ軽くて、俺の半身にも満たぬ矮躯の全体重なる身を俺に預けて眠りこけてしまったヒロと、たわいもない会話をする二人。

 願わくば、もう少しだけ声量を下げてもらいたいものだが、その想いに相反する形で、次第に双方共に熱量を上げていく。

「それは俺に対する侮蔑か、何かか?」

「いえいえ、とんでもありません。ただ、何度も最前線にばかり立たれていると、治癒魔法に一瞬の遅れが生じると言っただけです」

「常時、光の庇護を纏っているような奴に、そんな説教を垂れてほしくないんだがな」

「私ではなく、二人にとっては重要なんです。アーサーは問題無いとしても、ウォリアさんには死活問題!貴方の身勝手な行動が、人の命を落とす原因になると言ってるんです!」

「優しいんだね、お気遣いありがとう。でもね、私はヒロさえ居てくれれば、平気だよ」

「彼女はこう言っていますが、魔王討伐にはヒスロア君は付いて行けませんので、貴方が自重してくださらないと、全員困るんです」

 ウォリアとサクスは妙に距離が近く、ウェストは相変わらず、皆から距離を取っていた。

「あぁ、いずれ治すとしよう」

「次の戦闘までには顧みてください」

「全く、煩わしい僧侶だ」

「何か言いましたか?」

「聞こえなかったか?ならば、もう一度…」

「その辺にしてくれないか。ヒロが起きるだろ」

「も、申し訳ありません」

「こんな戦場の真っ只中で、よく呑気に寝ていられるものだ」

「きっと疲れていたんでしょうね」

「私たちは彼にばかり頼っていますからね。静かにしてくださいね、クレアーレさん」

「貴様が口を噤めば、済む話なんだがな」

「いえ、貴方の方に問題点が……」

「はいはい、喧嘩はもうおしまい」

「チッ……」

「……」

 不満を顔に露わにしながらも矛を収めた二人と、ニヤニヤ顔を終始浮かべるウォリア。

 ようやっと静寂が訪れたかと思ったら、遂にヒロが目を擦りながら、起きてしまった。

「あーあ。起きちゃった」

「だから、あれ程、静かにしてくれと……」

「だとさ、今すぐ跪いて詫びたらどうだ?」

「わ、私だけの問題ではありませんよ!」

「謝罪の意すら無いのか、貴様には」

「えぇ、いやそうではなくてですね、つまりも、ヒスロア君、起こしてしまい申し訳ありませんでした」

「別にいいよ」

「よし。ヒロも起きた事だし、そろそろ次の階層に行こうか」

「二人に感謝しろよ、僧侶」

「……ハァ。貴方といると疲れます」

「よし、ヒロ。いつまでも寝惚けてないで、支度しろよ。お前はいつも遅いんだからな」

「うん、分かってるよ」

 凍てつく心の芯さえも熱する温もりが、口元を拭きながら離れてゆき、支度を始める。

 俺たちは周囲の荷物を颯と纏めて、徐に立ち上がり、次の道行きに爪先を向けていた。

「では、火を消しますね」

 サクスが焚き火に掌を差し伸べていくと、ヒロがパンパンに詰まったバックに最後の衣服をようやっと仕舞い込んで、立ち上がる。

「よし!あ、ちょっと待って」

「遅過ぎる。いつまでやってるつもりだ?」

「違うよ、サラマンダー。食べていいよ」

「ギャウ!」

 ヒロの肩に乗ったサラマンダーが紅き焔を引き寄せるように吸い込んで、ペロリと平らげてしまった。

「便利な奴だな」

「では後始末は私がやりますね。それにしても随分とヒロ君に懐いていますね、その子」

「余程、長い付き合いだったんだろう?」

「あぁ、それは」

「お前は保護者じゃないだろ?俺は、ヒロに訊いているんだ」

「うん。この子は兄さんの使役していた赤竜の子供なんだ。普通の龍より成長が遅くて、俺の相棒にピッタリだって、勧めてきてさ」

「いつ頃くらいからだ?」

「確か、三年くらい……?」

 そう言いながら、こちらに小首を傾げて、俺は静かに小さく頷いた。

「前!だったと思う」

「三年前か。俺が丁度、この馬鹿僧侶と出逢ってしまったぐらいの時だな」

「まるで望んでいなかったかのような口ぶりですね」

「こいつには手を焼いているからな。東の国には、こんな僧侶はいなかったのか?」

「すみませんね、面倒な僧侶で」

「減らず口の叩く癖は治して欲しいものだ」

「貴方だって、戦いでの失敗を他人に押し付けるのを辞めてもらいたいですね!!」

「さぁ、なんのことやら」

「口喧嘩は歩きながらやってくれ」

 そして、最深部へと歩みを進めていった。

「そんな昔からの付き合いなのに、こんなに仲が悪いんだね」

「えぇ、仕方なく傍にいるだけですからね。ウォリアさんはその、一年後でしたよね?」

「うん、そうだね。面白い二人が言い合いしてて、気付いたら付いていっちゃってたって感じだったかな?」

「ペット感覚でいきなりメンバーが増えた時は、流石に困惑させられたぞ。それをすんなり了承するお前にもな」

「身寄りがいないと言われてしまったんですから、あれは不可抗力でしょう」

「冒険者集団にでも付いていけばいいだろ」

「あんまり規則に縛られるの好きじゃないんだよねー。自由人なのかなぁ?私って」

「無職の間違いだろう。奔放な戦士なんて、居てたまるか」

「私はそんな戦士が一人くらい居ても良いと思いますがね」

「言い訳ないだろ、全く。……で、お前たちがその更に一年後だったな?」

「あぁ、そうだったな」

「初めは変な兄弟に絡まれたなくらいにしか思っていなかったが、まさかこうして、共に旅をする仲になるとはな」
 
「そうだねぇ……」

 道すがら、口の淋しくなったウェストと、俺は徐に魔法瓶を口へと運んでいった。

「ん?何それ?」

 不思議そうに、仄かに目をキラキラと輝かせて、瓶の中身をじっと見つめていた。

「これか?これはな、聖水だよ。飲むか?」

「透き通ってるね、綺麗……」

「これは聖水の中でも純度の高い方だからな。ちょっと刺激が強いけど、美味しいぞ」

「ねぇ、ちょっと頂戴!」

「ヒロには、まだ早いかなぁ」

「そうやっていつまでもお前が甘やかしているから、ヒロも成長できないんじゃないか?現に、魔物の一匹も狩れていないだろう?」

「うん……」

「回復専門の彼にその言葉は些か理不尽過ぎるんじゃありませんか?」

「その前提が問題だと言っている。魔物を殺せぬようではこれから先、たった一人で苦労するぞ」

「……」

「第一、その聖水って此処のですよね?」

「それがどうした?」

「迷宮内の物を口にするのはどうかと……」

「水質など調べたが、特に問題無かったぞ」

「効力が強力過ぎると、死んでしまっても、その魂は永遠に生き続けてしまうんですよ」

「不死の魂か。フッ、それもまた一興だな」

「何を呑気なことを仰ってるんです!貴方のような強大な魔力を持つ者がアンデットに、成りでもしたら大災害を招くんですよ!?」

「俺ごときに遅れを取る筈もなかろう。四大国には備えも保険も十分にあるだろうから、杞憂なんぞに頭を悩ます必要無いだろ」

「私の言っている事を理解していますか?」

「あぁ、十二分にな。だからいい加減黙ってくれないか?これでは興が削がれるだろう」

「何故、このような方が精鋭候補などに…」

「実力と性格は必ずしも比例しないからね。まぁ、仕方ないんじゃない?」

「全く、先行きが不安で仕方ありませんよ」

 ウェストの毒舌に、表情を沈ませながら俯いていくヒロの肩にそっと手を添える。

「あまり気にするな。お前は俺たちの危機を何度も救ってきただろう?」

「でも、もっとちゃんと皆んなの役に立ちたい……」

「今のままでも……」

「俺はちゃんと魔物をたくさん倒して、兄ちゃんみたいに多くの人の役に立ちたいんだ」

「お前にはまだ……!!」

「そうでもないぞ、アーサー」

 嫌な奴が会話に割り込んできてしまった。

「お前の素質は確かだ。俺が認めよう」

「悪いけど、少し黙ってくれないか?今こっちだけの話しをしてるんだ」

「それは悪かったな。ただ利己的な意思で、才能を殺すのを見るのは、良心が痛んでな」

「貴方にもあったんですね、そんなものが」

「お前、此処で死ぬか?」

「フフッ、誰にでもそれくらいあるよ。ねぇ?」

「よし、其処に並べ。焼き尽くしてやろう」

「わー怖い」

「そんなんだから、いつまでも親しい友人を作れないんですよ」

「作れないのではなく、作らないだけだ!!その意味を履き違えるなよ、説教僧侶が」

「それは大変失礼致しました、魔法使い様。では自らの意思で、孤独をお選びになったと申されるんですね?」

「あぁ、精鋭に友など不要だ」

「では、我々は今日から貴方の事を精鋭様とお呼びにしても宜しいでしょうかね?」

「は?」

「んーめんどくさいけど、精鋭様が望むなら、まぁ仕方ないよね~」

「チッ!好きにしろ!」

 瑣末な事柄に会話を膨らませる一方で、ヒロは儚く消え入りそうな声色で、俺に問う。

「ねぇ、兄ちゃん」

 歔欷さながらに囁く。

「ん?」

「この旅が終わったら行っちゃうんでしょ?」

「あぁ、ごめんな。でも、帰ってくるよ。絶対に生きて、帰ってくるから……」

 疾くに服で目の縁を拭って、俺の前に立ちはだかる。

「大丈夫だよ!俺が兄ちゃんの分まで、ううん。きっと兄ちゃんよりも強くなって、皆んなを絶対に守るから!!」

「あぁ」

 燦々たる陽光降り注ぐ大樹の前に、立ち塞がるように突き刺されし紫紺の長剣。

「ねぇ!あれなんだろ?」

「恐らく、魔除けの類だろう。元々ここは、地下都市建設の為の施設だったからな」

「それが却って、強い魔物たちを引き寄せるアイテムと成り代わってしまいましたがね」

 嬉々として、弾んだ足取りで進んでゆく。

「ねぇねぇ!この剣さ!俺にちょうだい!!これさえあれば、俺もきっと皆んなみたいに戦えるからさ!」

 皆が笑みを浮かべる最中、俺だけが静かに、暗雲立ち込めんと雰囲気に沈んでいた。

 本来ならば、その道への歩みに、俺がいの一番に祝福するべきなのだろう。

 けれど、愛おしく屈託のない満面の笑みなるヒロの姿に、漠然とした恐怖が頻りに襲う。

 そして、手に握り締めて、その刃を抜く。

 肌を突き刺すような禍々しい紫紺の刃は、清澄なる瞳が静かに、僅かに、深き底に澱んでいくのを俺は、俺だけが見逃さなかった。
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