勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

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本編

新たなる案内人

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「勇者ァァッッ!!」

 一枚の紅き鱗を秘めた拳を握りしめ、勇者の元へと詰め寄っていく。

「お前の……!!」

 だが、大地に打ち拉がれるように蹲って、猛き咆哮の如く、呻き声を鈍く響かせる。

 右腕の掌を押さえ込んで、耐え難い苦痛に身悶える姿は死に際の獣さながらであった。
 
 そして、三度、葬り去ったアンデットと、幹部たちの肉体から禍々しき紫紺の魔素が、右の指先を中心に魔力が収束していき、幹部なる姿に変貌していく。

「ァァァッッ!!」

 それは鎧に収まりきらぬほどに……。

 あまりの有様に、ウェストラは怒気の籠る百万言を一瞬にして捨てて、徐に息を呑む。

 憤懣遣る方無く、ただ苦痛に顔を歪めて、やり場のない怒りを晴天なる空に吐き散らす。

「クソッタレがッッ!!」


 無数の火種が闇夜の漂う天に昇っていく。

「よく燃えるな」
 
 周囲の地に横たわっていた無数の亡骸を、紅き炎の糧とし其は燎原と燃え盛っていた。

 ウェストラは摘んでいた鱗を懐に仕舞い込んで、萎れた花冠を緩慢に火に放って、勇者は徽章を惜しげもなく焚べる。

 勇者の瞳には揺蕩う炎が映るばかりで、その虚ろな眼は先程までの潤いを失っていた。

 そんな姿を一瞥し、流れるように生まれ立ての子山羊の如く戦慄くエルフを注視する。

「……行くぞ」

 ウェストラは踵を廻らせた瞬間、忽然と黒霧が立ち込め、案内人が跪いて颯と姿を現す。

「……勇者様。私は此処までです。ご武運を」

 その一言を最後に霧散する。

「ハァ…やっと役立たずが消えたか。…?」

 だが、黒洞々たる闇から黒きローブを靡かせ、2本の妖刀を携えし案内人が姿を現す。

「なぁ、悪夢か?これは?」

 勇者の傍に立ち止まり、徐に跪いて深々と首を垂れると、忽ち、暗闇に紛れていった。

「夜が明ける前に次の国…いや村だろうが、まぁいい、それはいい。とにかくこんな所で、立ち止まっている場合じゃないだろう」

「あぁ」

「俺が全て用意する。すぐに馬車を直すから、お前たちはさっさと乗ってくれ」

「うん」

「ありがとう……」

 勇者は微かにエルフに聞こえる程度の小さな囁きを最後に、燃ゆる炎を背にした。

「……バイバイ」

 エルフもその後を続く。

 勇者たちは、土石の馬たちが引く、傷一つない馬車で次なる地へと段々と進んでいた。

「……」

 その雑音ばかりが行き交う道すがら、決して終わらぬ重苦しき沈黙を、エルフが破る。

「つ、次は誰が死ぬんだろうね」

「…」

 ウェストラは頬杖を突き、徐に一瞥する。

「やっぱり、みんな死んじゃう前にさ、ちゃんと自己紹介しておきたいな。はは、あれ、私何言ってるんだろ……」

 赤裸々に心情を吐露し、竦む両膝を抱え、小刻みに震わす体を必死に抑え込んでいた。

「俺はウェストラ、其処の馬鹿がヒスロアだ」

「私はね……アイシア。アイシア・ペリドットって言うの」

「そうか。もう時期、村が見えてくるぞ。少しくらい寝たらどうだ?」

「うん、でも寝れそうにないから、村に着いてからにするよ」

「それが叶えばいいんだがな」

「……え?」

「見えてきたぞ」

 そして、勇者一行は曇った表情を浮かべて幌から降り立った先にあったのは、静かなる歓迎であった。

 人一人さえ見当たらぬ村に、子供の影も、たわいもない言葉が飛び交う事も無く、妙な静寂に包まれた小さな村。

「何か、此処って肌を突き刺してくる感じがしない?」

「……。悪いが、共感は得られそうにない」

「あぁ、同感だ」

 それぞれが武器を携え、村の奥へ歩みを進めていく最中、周囲の喧騒を一挙に担う程の男らしき者が、誰かに怒号を飛ばしていた。

 すぐさまその音に駆け寄っていく勇者と、その後を必死に追っていくエルフだったが、ウェストラだけが歩みをピタリと止める。

 それは紛れもなく、一家から小さな呻き声のようでいて、啜り泣くような囁きが、己にのみ響いていたからに他ならない。

 魔導書を抱え込んで、慎重に踏み込めば、其処にいたのは……。

「助けて……」

 顔の大半がさながら醜悪なる魔物の姿となっていた少女であった。

「お願い……助けて」
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