勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

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本編

古株戦士と若兵士の会話

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「最近の奴らは、プライドが高いのが多いから仕方ねぇよ。でもまぁ、その面倒な誤解が、未だ晴らせてねぇってのは、流石に俺たち被害者連中は報われねぇな」

「フッ、お前もそう変わらんだろう」

「女に興味なんざねぇよ。人並みの幸せを享受できれば、必要なもんはなーんもいらない。それに、俺はいつまでも爺さんに求婚中だからな」

「儂の秘技を知ろうなんぞ、10年早いわ若造が」

「なら、10年でも、20年でも喜んでお供しますよ、師団長殿」

 言葉を交わしながら、矮躯な翁の傍らに、緩やかに腰を下ろした。

「その頃には死んでおるわ」

「んじゃあ、棺の中から引き摺り出して、無理矢理にでも叩き起こして差し上げますよ」

「全く、老骨に鞭打ちおって。貴様ら若者連中は、もっと儂らを労わるべきじゃろうが」

「なら、さっさとこんな騎士団抜けて、悠々自適に隠居生活すれば良いんじゃねぇの?」

「儂らが消えてしまったら、この騎士団は、本当に逆襲者の一群になってしまうだろう」

「まぁ、最近の団長はちょっと甘いからな」

「過去の英雄たちがこの惨状を見てしまったら、さぞ悲しむだろう」

「過去の英雄?一体、何のことだ?」

「結成当初のノースドラゴン騎士団の兵たちは、他国からは龍の騎士として恐れられ、北諸国では神の使者と崇められておったのだ」

「騎士団って、かなり前からあったんだな。俺が入ったのが丁度2年ぐらい前だもんな?やっぱ、過去の騎士連中の方が強いのか?」

「当たり前だ。昔は良かったぞ。貴様のような品も無い者たちもおらず、本当に英雄だった」

「酷いことを平気で言うねぇ、最近のジジイは。じゃあよ、団長も今とは違ったのか?」

「当然だ。奴には到底制御できん、強者《つわもの》共の集まりだっからのう」

「まだ生きてんのか?」

「すぐ側におるだろう」

「え?何処に?ま、まさかオルストラか?」

「阿呆が。彼奴にこの任が務まるか。それこそ、全ての栄光が無に帰してしまうわい」

「まぁ、それもそうか。つーか焦らすなよ。結局の所、誰なんだ?」

「勇者だ」

「マジか!?」

「猛獣に等しい眼差しに、類い稀な強さと、威厳を持つ姿。あれこそ正しく、龍の子だ」

「へぇー、見る影もねぇな。つうか現に、俺たちに敵対的だったしよ」

「当たり前だ。騎士団の全てを託した者たちが、先代の誉に泥を塗っておっては、儂でさえ教え子たちに容赦なく刃を振り下ろすわ」

「まぁ、それはそうかもしれねえけど……。ちょっとは優しさを見せてもねぇ?」

「アクア、ヒリュウ、エルフ、ドワーフのあらゆる種族とも分け隔てなく平等に接し、法を侵す者には容赦なく、裁きを下す男だった」

「平等ってのも時に厳しいもんだね。…で、今の団長とどっちの方が良かったんだ?」

「五分五分じゃな。どちらも偏り過ぎておった」

「万能超人とはいかないもんなんだな。やっぱ、今の団長よりも強かったのか?」

「あぁ。比べる事さえ烏滸がましいほどに」

「へぇー。俺たち総出でもキツいのか?」

「今の彼奴は全盛期の十分の一にも満たんだろうが、儂らをこかすことなんぞ、朝飯前だろう」

「じゃあ魔王討伐も楽勝だな」

「さて、それはどうだろうな。結果など、誰にも分かりはせんよ」

「そういうもんかね」

「お前も十分、弁えているだろう」

「戦闘には何が起こるか分からない。だろ?まぁ、でも世界最強の勇者様なら、そんなの幾らでもねじ伏せるだろ、多分」

「精々、期待しておこう」

「随分と懐疑的だな。……つーか、勇者ってずっとあの鎧着てんのか?何か臭そうだな」

「儂が騎士団に入団した頃から、ずーっと、あの姿だったぞ」

「うえ、マジかよ。じゃああの鎧ん中には十数年分の汚れが、溜まってんのかよ」

「いいや。あれは北諸国が創り出した鎧だ。そんな利便性に欠く代物を造るなど、決してあり得んよ」

「北諸国?あれって非売品だったんだ」

「あの鎧は勇者の数多くの功績を讃え、北諸国自らの意志で、其々の品質を競り合い、生み出された、最高品質の全身装備の鎧だ」

「兜はどうしたんだ?まさか落としたのか?」

「虹龍との戦闘で壊れてしまったらしい」

「マジか。でも、凄えな。俺もいつかはそんな風になりてぇなぁ!!」

「お前じゃ一生掛かっても、無理だろうな」

「んだよ、やってみなきゃ分かんねえだろ。俺の内なる才能が今にも開花の時を……!」

「ほう、そりゃ大層な夢物語だな」

「夢ってのは大きい方が良いだろ?」

「ハッ、そうかもしれんな」

 翁は静かに笑みを零した。



 そして、水浴びを終えたエルフが艶やかな長髪を靡かせて、木陰の幹に凭れ掛かって眠りにつく、勇者にゆっくりと歩み寄っていた。

「何か用か?」

 徐に目を開き、エルフを見つめる。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「いいや、元から起きていた。それで、用があるならば、手短に済ませてくれ」

「いや、水浴びしないのかなって」

「不要だ」

「どうして?実は隠れてお風呂に入ってるの?」

「いいや、この鎧には魔法が施されている」

「……?」

 エルフは不思議そうに小首を傾げる。

「食事、睡眠、排泄、入浴、あらゆる面においての健康状態を維持する保護魔法だ」

「じゃ、じゃあ全く寝てないの?」

「あぁ」

「どれくらい?」

「この鎧を身に付けたのが、約8年前の戴冠式での事だから、恐らくその頃からだろう」

「そんなに。眠いとか、お腹減ったとか、そんな感覚にならないの?」

「もう慣れたよ、耐え忍ぶのは」

「我慢しなくていいのに」

「いつ何時、襲撃が来るやもしれん。そう思っていると、眠ってしまう方が、怖いんだ」

「それじゃあまるで、人形みたい」

「かもしれんな」

 しょぼくれたエルフに天啓が授かったかの如く、晴天なる陽気な表情に変わっていく。

「ねぇ!せっかくだから」

「断る。食も同様に不要だ。俺は此処に居る。用があれば、直ぐに来い」

「……うん、分かった」

 再び、面差しは曇天に包み込まれ、両脚を引き摺りながら、その場を去っていった。

「もう時期、夜更けだ」

 ランタン片手に天を仰ぐ。

「英雄気取り様は何処にでもいやがるな。なぁ、オルストラよぉ、本当にやんのか?」

「あぁ、野郎の情報を手引きする者がいる。その情報によれば、周囲の者と精鋭3人に、そして、彼奴の傍に居るのが最後。合計5だ」

「で、あの勇者様はどうやって引き離す?」

「それも考えてあるから、お前らは黙って配置に付いてろ。決行は皆が寝静まった頃だ」

「へいへい」

「ったく、仲間殺しとは落魄れたもんだぜ」

「まぁ、あの野郎が首領になったのが、全ての元凶。そう思えば、俺たちは被害者みたいもんだ。きっちり責任取って貰わなきゃな」

 燃ゆる炎がパチパチと乾いた音を立てて、無数の火種が空へと昇っていく。

 そんな焚き火を囲う団長と勇者。

「全てはお前の不始末だ。

「えぇ、仰る通りです。恩師殿」

 そんな中、一つの小さな足音が近づく。

 暗闇から姿を現したのは、怪訝な形相を浮かべたウェストラであった。

「話がある、付いて来い」

 その一言に僅かに足に力を込めたアルベルトを視界に入れず、勇者が徐に立ち上がった。

「すぐ終わる。筈だ」

「あぁ、分かった。では、失礼する」

 勇者はリューズを鋭く一瞥する。

 その所作に小さく頷き、勇者はウェストラとともに深き暗闇へと紛れていった。

「ハァ……いよいよか」

 古びた地図を両膝に載せ、物憂げに呟く。
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