勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

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本編

傀儡と新たなる幹部

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「ねぇ、なにぃ?もういい夢見てたのにぃ」

 エルフがボサボサの頭で目を擦りながら、嬉々として広々とした地に進みゆくウェストラの背に、文句を垂れ流して付いていく。

「お前のに相応しい練習相手を見つけた」

「えぇ!?今から訓練するの?」

「当たり前だ。お前は誰よりも弱い上に、東の精鋭だ。少しは自覚を持ってもらわなくては、困るからな」

「……?」

「此処らでいいだろう」

「何が?」

 徐に屈んで、大地に手を当てがった。

「我、世界の覇者に君臨せし英雄の誕生に、今一度、現世の召喚に応じよ」

 詠唱を終えるとともに、大地が盛り上がってゆき、人の形を成す岩や石が形成される。

 それは、段々と凹凸を生み出し、身に付けられし衣服や武器、装飾までもが顕現する。

「これって……」

「あぁ、そうだ」

 傀儡たる勇者の爆誕。

「凄い……」

「これからお前の練習相手はコイツだ。騎士団の連中くらいに上達するまで仲良くしろ」

「うん…」

 ウェストラは傀儡を残して、去っていく。

 恐る恐る、歩み寄っていく。

 茫然と立ち尽くす物言わぬ人形へと。

 そして、草食動物のような角の取れたエルフの眼を、鋭い眼差しが突き刺した。

「あぁ、言い忘れていたが、ソイツに傷を付けない限り、一生追いかけて来るぞ」

「え?」

 その一言に目を逸らす傍らで、土の剣が、頭上に振り下ろされる。

「あっ……」

 緩やかにその先に目を向け、瞳には眼前に迫った刃が映り込む。

「もう朝か」

 ウェストラは、一心不乱に逃げ回るエルフを尻目に、憂慮の念を脳裏に巡らせていた。

「まぁ精々、頑張れよ」

 それぞれが夜明けを迎えて、次第に喧騒が賑わい始める元へと、歩みを進めていった。



「またご一緒してもよろしいですか?」

 先日の同席していた兵士が、出立間際のウェストラたちに、物腰柔らかに問い掛ける。

「うん、良いよ」

「好きにしろ」

「ありがとうございます!」

 嬉々として、身を浮かすように馬車へと、乗り込んでゆく最中、再び、最前列の馬車に腰を下ろしていた勇者と団長だったが、末尾には、地面に項垂れたカースが乗っていた。

「……外しましょうか?」

「構わない、此処にいろ」

「ヒスロア・ノースドラゴン。だったな」

「……あぁ、そうだが」

 僅かに気怠げそうな眼で一瞥する。

「生き残った俺は、お前の僅かな情報を頼りに、栄光の代わりに情報提供を約束した南の精鋭として勇者の旅路に加わった理由だ。もっとも、その目的の相手がすぐ側に居たとは、思いも寄らなかったがな」

「要件だけを述べたらどうだ?」

 その辟易した勇者の愚鈍なる一言とともに、馬車は緩やかに進み出していく。

「……」

 あまりの舌剣さに、手を拱くアルベルトでさえも、勇者に怪訝な形相を浮かべていた。

「あぁ、そうだな。…お前は一度でも、敵国の者の想いに耳を傾けたことはあるのか?」

「無いな。敵に同情すれば、僅かな隙が生じ、敗北の確率が上がってしまうだろう」

「ならば、お前は人として見ているか?俺たちを、他国の民を、北諸国の住民たちを」

「む……」

 勇者が一瞬の躊躇いもなく口走ろうとした瞬間、全ての馬車が眩い閃光に包まれた。

「全員、避けろっっ!!」

 アルベルトの必死の警告より僅かに早く、全ての馬車は内側から爆ぜるように、粉々に砕け散った。

 その数メートル先、詠唱を終えて、黒々と禍々しい足を踏み出したのは、まごうことなき新たなる幹部であった。

 翁の傍らに座っていた若造だけが、馬車から吹き飛ばされてゆき、大地に降り立った。

「なんで、俺なんかのために……ジジイ!」

 本来の姿が見る影もなく、粉々になった馬車から大量の粉塵が舞い上がり、僅かに朦朧と無数の人影が浮かび上がって、揺蕩った。

 その影に歩み寄ろうと、若造が強張った頬を緩ませながら、大きく一歩を踏み出す。

「やめておけ!」

 それを止めたのは勇者の傍に仁王立ちし、物憂げな表情を浮かべた団長であった。

「な、何故です!?」

「よく見ろ」

 やがて粉塵が霧散していき、その曖昧な影の容姿の全貌が明らかになっていく。

「な、はっ!?」

「アンデットか」

 逃れる事のできなかった兵団員たちは、一人残らず、幹部同様の醜悪なる姿に変えられ、終わりを彷徨う亡霊のように、その道連れとせんとする生者たちに、のろのろとした歩みで向かっていく。

 その先には、ウェストラたちがいた。

「た、助かりました」

「礼はいい。さっさと戦闘体制に入れ」

「アンデットなら私が……っ!!」

 そう言い放ち、足竦むエルフは杖を構えながら、アンデットたちに距離を詰めていく。

「やめておけ、高等魔法の中でもリスクの高い大技だ。不用意に扱えば、お前の命も危うくなるんだぞ」

「でも!」

「幹部の仕組んだ魔法なら尚の事、此処は、慎重に動いた方が得策だろう」

 そんな忠告に歩みをピタリと止めて振り返ったエルフとは裏腹に、愚直な程に救われた兵はアンデットの群れに、走り出していた。

「よせ!」

「捕縛」

 鈍色の一本の鎖が忽然と掌からせり出し、瞬く間に蛇の如く、螺旋を描いて巻き付く。

 だが、そのアンデットは紅き光を帯びて、内側から燃ゆる焔が吹き荒れて、爆散した。

 そして、兵士諸共囂々たる爆炎とともに、幾多の肉片が爆ぜる。

 僅かな黒煙が俄かに立ち昇ってゆくが、間近に居た兵士の肉体を焦がすのには、容易なまでの爆発に、エルフはハッと我に帰ったとともに、長杖を向けて、詠唱を唱え出した。

「ヒール!」

 草花が生い茂った大地に、兵士は堕ちた。
 それは焼け焦げた肉塊寸前の肉体を、立ち所に修復し、元あった傷さえも癒すほどであったが、兵士が目を覚さすことはなかった。

「ねぇ!大丈夫!!」

「もう死んでる、近付くな!」

「な、何で!?ちゃんと魔法を」

「少し遅かったようだ、魂が抜け出ている。もうそれはただの抜け殻だ。もう諦めろ」

「そ、そんな……」

「それよりも、ヤバいな……」

 ウェストラが額に冷や汗を滲ませ、僅かに武者震いをしていたのは、無数のアンデットの先、謎のステッキを携えた僧侶であった。

「なんで、先代の東の精鋭……サクス・ミリテリアスが此処にいんだよ」

 黒々と禍々しき新たなる幹部は、割れた黄金を帯びた楕円の金貨らしき物を握りしめ、獣の咆哮かのような叫びを上げた。

「ウァァォォォッッ!!」
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