勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

文字の大きさ
上 下
30 / 52
本編

旅立ちと水浴び

しおりを挟む
「凄まじいな」

「あぁ、世界最強を謳うだけの事はある」

「一夜にして、この有様とは恐れ入ったよ」

 ローレル小国の門前から数里、数千の魔物の亡骸と土泥が、大地を埋め尽くしていた。

「まぁ、後始末は我々の役目だがな」

 一人の兵が、不安げに周囲に目を配る。

「……ウォリンズはどうした?」

「恐らく、まだ兵舎に居るのかと思います」

「私も今朝から奴の姿を目にしていません」

「あいつは人一倍愛国心の強い奴だからな。こんな惨状を放り出す訳、無いんだが……」

 数十名の兵士が、数千の魔物の死体処理に悪戦苦闘する最中、ウォリンズも、冒険者たちも、勇者一行の姿さえも見当たらない。

 激しく揺らいだ馬車の中で、エルフが煩慮の念を周囲の者たちに漏らしていた。

「あのままにしちゃって、大丈夫かなぁ?」

「さぁな、急に勇者の野郎が我儘言い出したんだから、俺たちは付いて行く他ないだろ」

「でも、何であんなこと言い出したんだろ」

「知らん。本人に聞け」

 勇者一行は、騎士団とともに新たなる地へと、数十の馬車を並べ、歩みを進めていた。

「ねぇねぇ!」

「はいはい、何でしょうか?」

「ノースドラゴンってどういう意味?」

 同じ馬車に同席する一人の兵団員に問う。

「ったく切り替え早いな、お前って」

「あぁ、それはですね。団長の恩師の名前から授かったものなんですよ」

「へぇー!」

 相不変に、エルフは眼を炯々と輝かせる。

「まんまだな」

「あとさ、騎士団ってことは、階級があるんだよね?どう、決めてるっていうか、その~分かりやすく見せてるの?」

「それはですね、これが表してるんです」

 胸に付けた羽根らしき徽章を取り外して、二人の前に差し出した。

「……羽根?」

「竜の鱗にも見えるが」

「これは竜の鱗で翼を模して造られた物です。羽根の数によって階級付けされており、団長が5枚、師団長が3枚、我々一般兵が1枚、となっているんです」

「お前たちは余程、竜が好きなんだな」
「えぇ!そりゃあ!もう!」

 言葉を被せて食い気味に言い放って、目を眩いほどに輝かせながら、顔をすり寄せた。

「近付くんじゃねえよ、変態」

「あぁ、すみません!好きなモノにはつい、興奮しちゃいまして……ははは」

「勇者様の腕を見たら、腰抜かしちゃうね。きっと」

「腕?腕に何かあるんですか?」

「うん、それがさぁ、腕が……」

 誰かが、口走ったエルフのブーツを足蹴にする。

 疾くにその先に目を向ければ、鋭い視線と鬼気迫る形相を浮かべたウェストラがいた。

「っ!な、なんでもない」

「はぁ……?そうですか」

 勇者と長が居並ぶ最前線の馬車にて、徐に籠手を外すと、団長は瞬く間に瞳孔を開く。

「あ、あぁ。これが、流石は恩師殿。成すことが我々の考える範疇を遥かに上回ります」

「意図してやった訳じゃないがな」

「だとしても、やはり因果か何かの糸に繋がれているのでしょうな。羨ましい限りです」

「フッ、そうか……。懐かしいな」

「……?」

「昔もこうやって、馬鹿な話に花を咲かせていただろう?」

「……馬鹿ではありませんが、そうですね。あの頃は、全てが新鮮で毎日興奮してばかりで、とても寝付きが悪かったんですよね」

「よく言うな。お前のいびきの悪さと、眠りの深さには、何度、手を焼いたことか」

「ハッハッハッ!そうでしたかな!」

「もう時期、全てが終わる。そうしたらまた、お前たちを連れて何処かに行くのも、ありかもしれんな」

「その時は、地の果てだろうが、地獄の底だろうが、喜んでお供しますよ」

 両者の会話は他の誰よりも弾んでいたが、団長は決して己の得物の鞘を手放さず、勇者は常に右手を空けていた。

「野営地展は決めているのか?」

「えぇ、此処の地理に詳しい者がおりまして。その通りに行きますと、あと一刻も経たずに、水浴びもできる森林に着くでしょう」

「そうか」

 アルベルトはそっと一瞥する。

 煌々たる鎧を纏った、勇者の体躯を。

「何だ?何か付いていたか?」

「いえ、ただ匂わないな。と、思いまして」

 不思議そうにボソッと囁く。

「…?」

 勇者はアルベルトの囁きに小首を傾げながらも、次なる地に向かう前に視線を移した。

 波乱が巻き起こるであろう夜が、緩やかにその光の絶たれた影が漂い始めるまで……。

 全ての者たちは笑みを浮かべていた。

 そして、村程度の森林に足を踏み入れる。

「よし、馬は補給場を確保して休ませ、念のために、全ての荷馬車に結界魔法を張り巡らせておけ!もう時期、夜だ。女から順に水浴びに入ってくれ。男連中は、もう一仕事こなしてから、酒浴びだ!!」

「ォォ!!」
「オォッッ!!」
「シャァァッッ!!」

 辿り着いた一行は、それぞれの残された仕事に着手し始め、ウェストラとオルストラの二人と勇者たちは、ひっそりと身を隠した。

「精鋭様!」

「ん?」

 騎士団の女一群が微笑んで、忙しない兵団員たちを眺めていたエルフに、語り掛ける。

「宜しければ、ご一緒に如何ですか?」

「良いの?」

「是非!」

「……うん!」

 その笑みに呼応し、その者たちとともに、茂みの中へと身を潜めていった。



「……へへ!ようやっとか!」

「馬鹿が、静かにしろ!」

 水浴びに戯れる緑地へと、足音を忍ばせ、慎重に歩みを進めていく二人の兵団員たち。

 醜悪なる笑みを浮かべ、無駄話に花を咲かせながらも、決して周囲の人影に対する警戒だけは、決して怠らずにいた。

「何のつもりだ?」

「あ?」

 だが、花冠を大事そうに持ったカースが、あと少しの所だった二人の元に立ち塞がる。

 坐禅を組んで、暗愚な逆襲者たちに、龍の如く、鋭い眼差しを突き刺した。

 静寂。

 一人の兵士が息を呑んで、緩やかに得物に手を掛けんとする。

「……チッ!」

 だが。

「行くぞ!」

「あ?あぁ、でもよぉ」

「いいから、黙って来い!」

 二人は目的地を前にして渋々踵を返して、往来の激しき荷馬車に歩みを戻していった。

「あのような不逞の輩のせいで、我々騎士団の誉が廃っていってしまうのだ」

「まーた愚痴垂れてんなぁ、爺さんよ!」

 若き兵士が酒瓶片手に、木陰の幹に背を凭れ掛け、静かに目を閉ざして潜んだ、翁へと近づいていく。

「元はと言えば、村の連中との金品と食料の交換の最中、奴等が愚行に走ったせいで、このような事態を招いてしまったのだぞ」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

魔王と勇者の最後の戦い

緑川 つきあかり
ファンタジー
勇者はただ一人、魔王城へと足を運ぶ。 ただ一人、玉座に坐す魔王の元へと。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

処理中です...