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本編
後始末
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槍を放って、半ば放心状態の槍使いは、傍らに佇んでいたもう一人の兵に緩慢に目を向ける。
「ち、違っ!」
胸部を鎧共々容易く貫く。
誤解を晴らすまでもなく、男の携えていた剣の刃は、槍使いの鮮血に染まっていた。
撒き散らされた血飛沫が宙に舞い上がり、その落下方向にいた少年へと振り掛かる。
「お、俺たちとも……っっ!」
最期の命乞いに等しき台詞を言い終える間も無く、剣を突き刺した骸は、地に臥した。
「ったく、……この屑がッッ!」
「ハァ……ハァハァ!」
少年は瞬く間に息を切らして、惨たらしい光景を竦む足とともに茫然と見上げていた。
「……チッ!」
男は徐に真っ赤に染まった刃を振り翳す。
「どうした!?」
その様を見ていた、別の兵団員二人組が、怪訝な形相を浮かべて、問う。
「やりやがったぞ!このクソ野郎が!!全部台無っ……」
「そうか、じゃあ…死ねや」
饒舌に怒号を飛ばす口元の一寸先には、既に二人組の内の一人の刃が振るわれていた。
「はっ?」
少年へと振り下ろさんとした剣を慌ただしく眼前へと戻すが、新たなる男の刃は、既に槍殺しの男の血飛沫を舞い上げて、空を切っていた。
不出来な生首が、宙に舞う。
グシャ、とそんな蠅が耳元で羽音を立てるかのような不快感を掻き立てる落下音がした頃には、既に男は空いた片手で、もう一人に向けて手振りを始めていた。
周囲の約8人の目撃者であろう者たちに流れるように指を差し、己に3本を、もう一人には、5本の指を立てた。
その所作に迷う事なく、男は小さく頷く。
そして、空を切った刃を少年に向ける。
が……。
「随分と忙しそうだな?手伝おうか?」
男の背には歪んだ空間が漂っていた。
「っっ!」
耳元に添えた剣を、疾くに背に振るう。
だが、当然の如く、そこに手応えはなく、鋒に触れるのは空気ばかりであった。
その傍らには不敵な笑みを浮かべて、徐々に明瞭に姿を現していくウェストラがいた。
二人組の直線状。
徐に掌を顔面へと差し伸べる。
「チェーン」
掌から忽然と鎖が迫り出して、僅かに見開く男の片目へと襲うが、間一髪の所を躱し、悠然と仁王立ちのウェストラに刃を向ける。
だが、微笑みは決して消えない。
眼前を過ぎた鎖は、民衆に駆け出していた男の頭骨へと繋がり、大蛇の如く、顔面に巻き付く。
「うっっ!!」
苦しみに悶えながら、むざむざと大地に這いつくばって、ウェストラの元へと引き摺られてゆき、ほんの僅かに男はそれに目を離していた。
少年の胸部に紫紺の魔法陣が輝く。
握りしめた短剣の柄頭を、少年の胸に押し当てて、勢いよく吹き飛ばすとともに、刃は槍殺しの喉笛へと突き立てる。
「やれ!」
その一言を最期に、血反吐を撒き散らして、緩やかに虚ろになっていく目を閉ざす。
そして、足元に辿り着く男は、鎖にしがみつきながらも、忙しなく片手を天に向ける。
「団長ッ!」
掌から忽如に紅き光弾が放たれた。
「……小賢しい真似しやがって、…解!」
打ち上げられんとした火花は、卒爾に火種へと変貌し、小さき火の粉となっていった。
「ん?」
家屋の隙間から黒き何かがひらりと靡き、物陰の暗闇へと姿を消していく。
「チッ!」
だが、退かせた筈の黒きローブ姿を、燦々と陽光降り注ぐ大地の下に、その身を現す。
身を浮かせ、胸部を刃で貫かれて……。
「……我が名はヴァファルド・ウォリンズ!西の精鋭様、ご助力感謝します!」
伏兵を突き刺した剣を持つ者は、その亡骸を容赦なく踏み躙って、淡々と進んでゆく。
「少しは腕が立つ野郎がいたか」
ウェストラは顔面が鎖に覆い隠された男に、鎖を解いて、紫紺の魔法陣を巡らしながら、背に目を配る。
黒きローブの者、再びの逃走。
「蛆虫のように湧いているな」
嘆息を吐いて、乗せる。陣へと。
粉砕音が響き渡ったと同時に、ローブの者の後を追っていく。その傍らには伏兵殺しの茶褐色の肌をした者の姿があった。
「付いてくるな、邪魔だ」
「これ以上は私共にお任せ下さい!貴方様は酒場にでも入られては如何ですか?」
「ジュースで釣られる馬鹿が何処にいる!?師団長かは定かじゃないが、指揮系統はお前のような人間が取るべきだろう」
瞬く間に新たなる伏兵に迫っていくが、二人の熱き会話は火花を散らし始めていった。
「西の精鋭様は、我々の城下の入り組んだ地形を理解してなさらない。よって、私以外は不要!!」
「勝率は高ければ高い方が良いだろう?俺にはお前の敗走姿がありありと目に浮かぶがな!!」
そんな中、伏兵は用水路へと逃げ込んだ。
天井に映し出された淡く澄んで波打つ水面が、揺らぐ三つの人影に覆い隠されていく。
清涼なるせせらぎが響き渡っていく中に、其々の異なった重さの足音が、混ざり合う。
「チッ!」
遂に追い詰められた伏兵だが、二人の会話は依然と、燃ゆる豪炎に包み込まれていた。
「失せろ!」
「其方こそ、そうなさっては如何です!?勇者様もお待ちでしょうから!」
「あの野郎は俺を捨て駒としか思ってねぇよ!!」
茫然と立ち尽くす伏兵を前にして、二人の鋭い眼差しは火花を散らしてぶつかり合う。
だが。
「……むしろ好都合か」
そう言い、黒きローブを宙に舞い上げて、飄々と脱ぎ捨てた。
ローブを被っていた者の姿が露わにし、凛々しい男が艶やかなる長髪を靡かせた。
「西の精鋭様よ、取引しねぇか?」
「あ?」
「は?」
それぞれの思惑《しせん》が交錯する。
その途端。
「……」
「……」
「……」
静寂。
ウォリンズが息を呑む。
その瞬間、金属音とともに火花が迸った。
それぞれの刃が交差する。
鬼気迫る形相にとめどなく汗が滴り落ちてゆく、ヴァファルド・ウォリンズを中心に。
「チィィ!!」
刃の迫り合いに気圧された二人は、互いを傍らに添えたまま、数十歩と距離を取った。
「……」
「……」
「鎖矢《さや》の繋ぎ」
忽然と手に弓を携え、鎖なる矢を番える。
「鎖?」
ウォリンズが僅かに小首を傾げると同時、伏兵が剣を振り翳した。
振り下ろした剣の投擲とともに放たれる。
泰然と眼前に迫った刃を弾き返し、目にも留まらぬ速さの鎖矢は、足元の地を射抜く。
「捕縛」
その一言が発せられると、途端に地面から一本の鎖が迫り出して、避けんと跳んだ片足を追うように絡み付き、その場に縛り付けた。
視線を眼下に移した瞬間に、ウェストラが巡らせたであろう伏兵の足元に、紫紺の陣が忽然と鈍い輝きを帯びる。
身をすり寄せ合って、再び刃の競り合い。
「瞳よ瞳、お前に映っているのは……」
伏兵の詠唱の背には、掌から霜が降りてゆくウェストラの姿があった。
「我、バッファルド・ウォ……」
「誰だ?」
詠唱を終え、僅かな静寂。
紫紺の陣に足を乗せながら氷剣を振るう。
二人の位置が入れ替わり、自らの前に盾たる刃を翳した伏兵を残して、ウォリンズの胴が、血飛沫と腑が、氷剣の破片が宙に舞う。
「売、こく……ど」
その一言に伏兵の頬に一切の変化さえも、ありはしなかった。
「……」
片割れの上体は水面に浮かび上がり、周囲を鮮血に染めながら、下流に沿って流されていく。
「さぁ、取り引きの答えを聞こうか」
「……」
「……」
「……?」
流されてゆくウォリンズの亡骸から、一羽の鳥が小さな羽音を立てて、羽撃いた。
それを、ウェストラだけが微かに視界の端に捉え、その行方に目を凝らしていた。
水路を抜け出た紅き鳥は、天高く飛んで、人々の往来が激しい兵舎へと向かっていた。
「……」
「……」
「どうなんだ?」
「少し黙れ」
静寂。
響き渡るのは川のせせらぎばかり。
「良いだろう。その話、乗らせてもらおう」
「フッ、交渉締結だ」
「そっちの遺体の後処理は任せたぞ」
「あぁ、流された方も片付けておこう」
伏兵が差し伸べた手を掴み取る事なく、ウェストラは悠然とその場を後にした。
「最後に一ついいか?」
「何だ?」
オルストラを尻目にし、怪訝な形相を浮かべて、ピタリと歩みを止めた。
「お前、出身は?」
「…北北東の果ての名も無いような辺境の村だ」
「……。そうか、じゃあな」
「ち、違っ!」
胸部を鎧共々容易く貫く。
誤解を晴らすまでもなく、男の携えていた剣の刃は、槍使いの鮮血に染まっていた。
撒き散らされた血飛沫が宙に舞い上がり、その落下方向にいた少年へと振り掛かる。
「お、俺たちとも……っっ!」
最期の命乞いに等しき台詞を言い終える間も無く、剣を突き刺した骸は、地に臥した。
「ったく、……この屑がッッ!」
「ハァ……ハァハァ!」
少年は瞬く間に息を切らして、惨たらしい光景を竦む足とともに茫然と見上げていた。
「……チッ!」
男は徐に真っ赤に染まった刃を振り翳す。
「どうした!?」
その様を見ていた、別の兵団員二人組が、怪訝な形相を浮かべて、問う。
「やりやがったぞ!このクソ野郎が!!全部台無っ……」
「そうか、じゃあ…死ねや」
饒舌に怒号を飛ばす口元の一寸先には、既に二人組の内の一人の刃が振るわれていた。
「はっ?」
少年へと振り下ろさんとした剣を慌ただしく眼前へと戻すが、新たなる男の刃は、既に槍殺しの男の血飛沫を舞い上げて、空を切っていた。
不出来な生首が、宙に舞う。
グシャ、とそんな蠅が耳元で羽音を立てるかのような不快感を掻き立てる落下音がした頃には、既に男は空いた片手で、もう一人に向けて手振りを始めていた。
周囲の約8人の目撃者であろう者たちに流れるように指を差し、己に3本を、もう一人には、5本の指を立てた。
その所作に迷う事なく、男は小さく頷く。
そして、空を切った刃を少年に向ける。
が……。
「随分と忙しそうだな?手伝おうか?」
男の背には歪んだ空間が漂っていた。
「っっ!」
耳元に添えた剣を、疾くに背に振るう。
だが、当然の如く、そこに手応えはなく、鋒に触れるのは空気ばかりであった。
その傍らには不敵な笑みを浮かべて、徐々に明瞭に姿を現していくウェストラがいた。
二人組の直線状。
徐に掌を顔面へと差し伸べる。
「チェーン」
掌から忽然と鎖が迫り出して、僅かに見開く男の片目へと襲うが、間一髪の所を躱し、悠然と仁王立ちのウェストラに刃を向ける。
だが、微笑みは決して消えない。
眼前を過ぎた鎖は、民衆に駆け出していた男の頭骨へと繋がり、大蛇の如く、顔面に巻き付く。
「うっっ!!」
苦しみに悶えながら、むざむざと大地に這いつくばって、ウェストラの元へと引き摺られてゆき、ほんの僅かに男はそれに目を離していた。
少年の胸部に紫紺の魔法陣が輝く。
握りしめた短剣の柄頭を、少年の胸に押し当てて、勢いよく吹き飛ばすとともに、刃は槍殺しの喉笛へと突き立てる。
「やれ!」
その一言を最期に、血反吐を撒き散らして、緩やかに虚ろになっていく目を閉ざす。
そして、足元に辿り着く男は、鎖にしがみつきながらも、忙しなく片手を天に向ける。
「団長ッ!」
掌から忽如に紅き光弾が放たれた。
「……小賢しい真似しやがって、…解!」
打ち上げられんとした火花は、卒爾に火種へと変貌し、小さき火の粉となっていった。
「ん?」
家屋の隙間から黒き何かがひらりと靡き、物陰の暗闇へと姿を消していく。
「チッ!」
だが、退かせた筈の黒きローブ姿を、燦々と陽光降り注ぐ大地の下に、その身を現す。
身を浮かせ、胸部を刃で貫かれて……。
「……我が名はヴァファルド・ウォリンズ!西の精鋭様、ご助力感謝します!」
伏兵を突き刺した剣を持つ者は、その亡骸を容赦なく踏み躙って、淡々と進んでゆく。
「少しは腕が立つ野郎がいたか」
ウェストラは顔面が鎖に覆い隠された男に、鎖を解いて、紫紺の魔法陣を巡らしながら、背に目を配る。
黒きローブの者、再びの逃走。
「蛆虫のように湧いているな」
嘆息を吐いて、乗せる。陣へと。
粉砕音が響き渡ったと同時に、ローブの者の後を追っていく。その傍らには伏兵殺しの茶褐色の肌をした者の姿があった。
「付いてくるな、邪魔だ」
「これ以上は私共にお任せ下さい!貴方様は酒場にでも入られては如何ですか?」
「ジュースで釣られる馬鹿が何処にいる!?師団長かは定かじゃないが、指揮系統はお前のような人間が取るべきだろう」
瞬く間に新たなる伏兵に迫っていくが、二人の熱き会話は火花を散らし始めていった。
「西の精鋭様は、我々の城下の入り組んだ地形を理解してなさらない。よって、私以外は不要!!」
「勝率は高ければ高い方が良いだろう?俺にはお前の敗走姿がありありと目に浮かぶがな!!」
そんな中、伏兵は用水路へと逃げ込んだ。
天井に映し出された淡く澄んで波打つ水面が、揺らぐ三つの人影に覆い隠されていく。
清涼なるせせらぎが響き渡っていく中に、其々の異なった重さの足音が、混ざり合う。
「チッ!」
遂に追い詰められた伏兵だが、二人の会話は依然と、燃ゆる豪炎に包み込まれていた。
「失せろ!」
「其方こそ、そうなさっては如何です!?勇者様もお待ちでしょうから!」
「あの野郎は俺を捨て駒としか思ってねぇよ!!」
茫然と立ち尽くす伏兵を前にして、二人の鋭い眼差しは火花を散らしてぶつかり合う。
だが。
「……むしろ好都合か」
そう言い、黒きローブを宙に舞い上げて、飄々と脱ぎ捨てた。
ローブを被っていた者の姿が露わにし、凛々しい男が艶やかなる長髪を靡かせた。
「西の精鋭様よ、取引しねぇか?」
「あ?」
「は?」
それぞれの思惑《しせん》が交錯する。
その途端。
「……」
「……」
「……」
静寂。
ウォリンズが息を呑む。
その瞬間、金属音とともに火花が迸った。
それぞれの刃が交差する。
鬼気迫る形相にとめどなく汗が滴り落ちてゆく、ヴァファルド・ウォリンズを中心に。
「チィィ!!」
刃の迫り合いに気圧された二人は、互いを傍らに添えたまま、数十歩と距離を取った。
「……」
「……」
「鎖矢《さや》の繋ぎ」
忽然と手に弓を携え、鎖なる矢を番える。
「鎖?」
ウォリンズが僅かに小首を傾げると同時、伏兵が剣を振り翳した。
振り下ろした剣の投擲とともに放たれる。
泰然と眼前に迫った刃を弾き返し、目にも留まらぬ速さの鎖矢は、足元の地を射抜く。
「捕縛」
その一言が発せられると、途端に地面から一本の鎖が迫り出して、避けんと跳んだ片足を追うように絡み付き、その場に縛り付けた。
視線を眼下に移した瞬間に、ウェストラが巡らせたであろう伏兵の足元に、紫紺の陣が忽然と鈍い輝きを帯びる。
身をすり寄せ合って、再び刃の競り合い。
「瞳よ瞳、お前に映っているのは……」
伏兵の詠唱の背には、掌から霜が降りてゆくウェストラの姿があった。
「我、バッファルド・ウォ……」
「誰だ?」
詠唱を終え、僅かな静寂。
紫紺の陣に足を乗せながら氷剣を振るう。
二人の位置が入れ替わり、自らの前に盾たる刃を翳した伏兵を残して、ウォリンズの胴が、血飛沫と腑が、氷剣の破片が宙に舞う。
「売、こく……ど」
その一言に伏兵の頬に一切の変化さえも、ありはしなかった。
「……」
片割れの上体は水面に浮かび上がり、周囲を鮮血に染めながら、下流に沿って流されていく。
「さぁ、取り引きの答えを聞こうか」
「……」
「……」
「……?」
流されてゆくウォリンズの亡骸から、一羽の鳥が小さな羽音を立てて、羽撃いた。
それを、ウェストラだけが微かに視界の端に捉え、その行方に目を凝らしていた。
水路を抜け出た紅き鳥は、天高く飛んで、人々の往来が激しい兵舎へと向かっていた。
「……」
「……」
「どうなんだ?」
「少し黙れ」
静寂。
響き渡るのは川のせせらぎばかり。
「良いだろう。その話、乗らせてもらおう」
「フッ、交渉締結だ」
「そっちの遺体の後処理は任せたぞ」
「あぁ、流された方も片付けておこう」
伏兵が差し伸べた手を掴み取る事なく、ウェストラは悠然とその場を後にした。
「最後に一ついいか?」
「何だ?」
オルストラを尻目にし、怪訝な形相を浮かべて、ピタリと歩みを止めた。
「お前、出身は?」
「…北北東の果ての名も無いような辺境の村だ」
「……。そうか、じゃあな」
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