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本編
次の地、ローレル小国へ
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激闘の末に、勝利を喫したのは、外套を仄かに黒く煤に染め上げ、赤き鮮血に変えた勇者であった。
勇者は悠然と手を拱く。
息を切らしながらも、瞬き一つせずに氷剣を握りしめ、霞んだ瞳をする二人を注視し続けている。
一人は茫然と星の浮かぶ夜空を見上げ、もう一人は血溜まりの水面に、遜色ない顔色を映していた。
「ふぅー。ハァァ……ハァ」
溜め息を零すように吐いた白息が、延々と漂う闇夜に立ち昇っていく。
「どうしたんだ……。一瞬の躊躇いが死へと繋がるんじゃなかったのか?さっさと殺れよ」
「貴様を……ッッ!殺……すっ!勇者ァ!」
辺り一帯は嵐に巻き込まれたように、無数の木々が薙ぎ払われ、幾重もの緑の濃い葉っぱたちが大地を覆い隠していた。
「もう時期、精霊が俺たちを闇へと誘うだろう。だが、お前らの情報は取っておく。魔王城から祖国に帰還したとき、お前らが居なくては勇者の名が廃ってしまうからな」
「ハッ、用意周到にも程があるな。その小賢しさには本当に頭が上がらねぇよ、全く」
「勝率を上げるためならば、何だってしよう。お前らが無益に剣を振るい、人の手に綴られた書物を読み漁る最中、俺は自らの足で戦地へ赴き、多くの者を殺し続けたように」
「それで卑劣で非人道的な殺戮者となったか。これじゃ勇者というよりも、魔王だな」
「あぁ、かもしれんな」
刃を振り翳した瞬間、緑黄のローブを纏った黄金の長髪の少女が、勇者を抱きしめる。
それは好意などと云う、甘い感情が突如として襲ってきた訳ではなく、ただ涙を止め処なく流し続けて、勇者の行手を遮っていた。
「お願い……やめて!」
小さく角ばった肩を大きく震わせて、強靭な胸部の鎧に押し込めるように顔を埋める。
「どけ、これは決闘と言っても変わりない。邪魔をすれば、お前も敵と見做す事になる」
「馬鹿が。大人しく晩餐会でも楽しんでりゃいいんだよ。そんな誰の助けにもならない善行はやめて、さっさと消えてくれよ、頼むから」
「嫌っ!!何でっ、こんなことになるの!」
「これが現実だ」
「失せろ!」
皆一同は、エルフに悪口雑言を浴びせる。
そんな中に、かろうじて強かに聳え立つ木々の内側から忽然と姿を現す。
淡い緑光を発し、進んでいった道のりには草花が一瞬にして芽吹き、茂っていく。
「穢れを運ぶ、悪しき者たちよ。本来ならば、光の届かぬ闇へと堕ちてしまっていたでしょう。ですが、貴方方はとても恵まれている」
それはまるで幻想のような存在。
煌々なる輝きを放ち、水面に載った一枚の葉のような瞳に、体躯を覆い隠した緑葉の衣服に纏っていた。
其処にいる全ての者が、直視せずにいた。
いや、正しくは出来ずにいた。
「こうも華麗で美しく、神聖な少女に慈しまれているのだから」
エルフの仄かに赤く腫れ上げた頬を、白皙な細々とした指先でそっと拭う。
「大丈夫です。私は貴方から何も奪いません」
そして、その夜に一行は静かに旅立った。
ローレル小国に辿り着いた勇者一行を真っ先に迎えたのは、相不変の手厚い歓迎であった。
正門前に居並ぶ長蛇の列。
空を裂くほどに響動めく国民とは裏腹に、馬車の中は静寂に包まれていた。
其々の傷は跡形もなく消え去り、勇者は隅で氷剣を携えて、静かに眠りについていた。
「……」
「最近のローレルでは、冒険者集団が問題となっていましてね……」
そんな間に耐え兼ねた御者が、重く湿った沈黙を破った。
「何せ、魔物が激減しているだとかで、付近の村々や国々を次々と襲っているようで……」
「数は?」
眠りこけていた勇者は思慮の念を露わにし、まるまった背に鋭い視線を突き刺した。
「え、えぇ、数百人は超えているとの事です」
「そうか……」
「それにしても、次第に質素に慎ましくなってるな」
「そう…だね」
だが、そんな一言も一瞬にして帰す。
それぞれは会話無きまま、自由気ままに、好き勝手に散り散りになっていき、勇者は兵士たちの溜まり場と化した酒場に赴いていた。
殺伐とした重苦しい空気が漂った静寂。
憔悴した兵士たちが大半を占め、梅雨時の一室のような湿り気の場に、戦慄が走った。
満身創痍さながらに草臥れて、死んだかのように椅子に全体重を預けて眠りこけていたが、一人の兵士の囁くような声に呼応し、次々と体に鞭を打たせて目を覚ましていく。
勇者が悠然と闊歩する様だけが響き渡り、一同の鋭い視線が一身に注がれていった。
徐に受付嬢の前に立ち止まる。
「こ、今回はどのようなご依頼を?」
「此処は酒場と繋がっていると聞いたが」
「は、はい!あちらのカウンターに!」
受付嬢は冷や汗を額に滲ませ、最大限の満面の笑みを浮かべながら、伸ばした掌を他の受付の元に差し示した。
「そうか」
掌の先へと勇者が歩みを進めていくのを、そっと片目を眇めて注視する。
「ご、ご注文は?」
「全部だ」
「へ?」
「今日は俺の奢りだ。好きに飲んでくれ!」
騒然としたのも束の間、皆一同が歓声を上げながら、高々と腕を突き上げた。
「ウォォォーー!!」
「ォォッッ!!」
「シャァァッッッ!!」
同国、某地にて。
雑多な色を帯びた花々が芽吹く地の上で、カースは一人寂しげに座禅を組んで、天を仰ぐ。
「ねぇ!」
まだ齢5つにも満たない黄金色の短髪少女が、上目遣いでカースを見上げていた。
「……何だ?」
「はなかんむりの作り方!教えて!」
勇者は悠然と手を拱く。
息を切らしながらも、瞬き一つせずに氷剣を握りしめ、霞んだ瞳をする二人を注視し続けている。
一人は茫然と星の浮かぶ夜空を見上げ、もう一人は血溜まりの水面に、遜色ない顔色を映していた。
「ふぅー。ハァァ……ハァ」
溜め息を零すように吐いた白息が、延々と漂う闇夜に立ち昇っていく。
「どうしたんだ……。一瞬の躊躇いが死へと繋がるんじゃなかったのか?さっさと殺れよ」
「貴様を……ッッ!殺……すっ!勇者ァ!」
辺り一帯は嵐に巻き込まれたように、無数の木々が薙ぎ払われ、幾重もの緑の濃い葉っぱたちが大地を覆い隠していた。
「もう時期、精霊が俺たちを闇へと誘うだろう。だが、お前らの情報は取っておく。魔王城から祖国に帰還したとき、お前らが居なくては勇者の名が廃ってしまうからな」
「ハッ、用意周到にも程があるな。その小賢しさには本当に頭が上がらねぇよ、全く」
「勝率を上げるためならば、何だってしよう。お前らが無益に剣を振るい、人の手に綴られた書物を読み漁る最中、俺は自らの足で戦地へ赴き、多くの者を殺し続けたように」
「それで卑劣で非人道的な殺戮者となったか。これじゃ勇者というよりも、魔王だな」
「あぁ、かもしれんな」
刃を振り翳した瞬間、緑黄のローブを纏った黄金の長髪の少女が、勇者を抱きしめる。
それは好意などと云う、甘い感情が突如として襲ってきた訳ではなく、ただ涙を止め処なく流し続けて、勇者の行手を遮っていた。
「お願い……やめて!」
小さく角ばった肩を大きく震わせて、強靭な胸部の鎧に押し込めるように顔を埋める。
「どけ、これは決闘と言っても変わりない。邪魔をすれば、お前も敵と見做す事になる」
「馬鹿が。大人しく晩餐会でも楽しんでりゃいいんだよ。そんな誰の助けにもならない善行はやめて、さっさと消えてくれよ、頼むから」
「嫌っ!!何でっ、こんなことになるの!」
「これが現実だ」
「失せろ!」
皆一同は、エルフに悪口雑言を浴びせる。
そんな中に、かろうじて強かに聳え立つ木々の内側から忽然と姿を現す。
淡い緑光を発し、進んでいった道のりには草花が一瞬にして芽吹き、茂っていく。
「穢れを運ぶ、悪しき者たちよ。本来ならば、光の届かぬ闇へと堕ちてしまっていたでしょう。ですが、貴方方はとても恵まれている」
それはまるで幻想のような存在。
煌々なる輝きを放ち、水面に載った一枚の葉のような瞳に、体躯を覆い隠した緑葉の衣服に纏っていた。
其処にいる全ての者が、直視せずにいた。
いや、正しくは出来ずにいた。
「こうも華麗で美しく、神聖な少女に慈しまれているのだから」
エルフの仄かに赤く腫れ上げた頬を、白皙な細々とした指先でそっと拭う。
「大丈夫です。私は貴方から何も奪いません」
そして、その夜に一行は静かに旅立った。
ローレル小国に辿り着いた勇者一行を真っ先に迎えたのは、相不変の手厚い歓迎であった。
正門前に居並ぶ長蛇の列。
空を裂くほどに響動めく国民とは裏腹に、馬車の中は静寂に包まれていた。
其々の傷は跡形もなく消え去り、勇者は隅で氷剣を携えて、静かに眠りについていた。
「……」
「最近のローレルでは、冒険者集団が問題となっていましてね……」
そんな間に耐え兼ねた御者が、重く湿った沈黙を破った。
「何せ、魔物が激減しているだとかで、付近の村々や国々を次々と襲っているようで……」
「数は?」
眠りこけていた勇者は思慮の念を露わにし、まるまった背に鋭い視線を突き刺した。
「え、えぇ、数百人は超えているとの事です」
「そうか……」
「それにしても、次第に質素に慎ましくなってるな」
「そう…だね」
だが、そんな一言も一瞬にして帰す。
それぞれは会話無きまま、自由気ままに、好き勝手に散り散りになっていき、勇者は兵士たちの溜まり場と化した酒場に赴いていた。
殺伐とした重苦しい空気が漂った静寂。
憔悴した兵士たちが大半を占め、梅雨時の一室のような湿り気の場に、戦慄が走った。
満身創痍さながらに草臥れて、死んだかのように椅子に全体重を預けて眠りこけていたが、一人の兵士の囁くような声に呼応し、次々と体に鞭を打たせて目を覚ましていく。
勇者が悠然と闊歩する様だけが響き渡り、一同の鋭い視線が一身に注がれていった。
徐に受付嬢の前に立ち止まる。
「こ、今回はどのようなご依頼を?」
「此処は酒場と繋がっていると聞いたが」
「は、はい!あちらのカウンターに!」
受付嬢は冷や汗を額に滲ませ、最大限の満面の笑みを浮かべながら、伸ばした掌を他の受付の元に差し示した。
「そうか」
掌の先へと勇者が歩みを進めていくのを、そっと片目を眇めて注視する。
「ご、ご注文は?」
「全部だ」
「へ?」
「今日は俺の奢りだ。好きに飲んでくれ!」
騒然としたのも束の間、皆一同が歓声を上げながら、高々と腕を突き上げた。
「ウォォォーー!!」
「ォォッッ!!」
「シャァァッッッ!!」
同国、某地にて。
雑多な色を帯びた花々が芽吹く地の上で、カースは一人寂しげに座禅を組んで、天を仰ぐ。
「ねぇ!」
まだ齢5つにも満たない黄金色の短髪少女が、上目遣いでカースを見上げていた。
「……何だ?」
「はなかんむりの作り方!教えて!」
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