勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

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本編

ノースドラゴン騎士団

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「何ですか?あれ?」

 長蛇の二列に隊列を組んだ戦士たち。

「北の冒険者集団だ。偉そうに騎士団などと掲げているが、実際は名ばかりの盗賊どもの集まりだ。だが、実力は粒揃いな上に、品性の欠片も無いことから余計にタチが悪い、一部なんかじゃ、逆襲者の群れとまで揶揄されているそうだ」

「へぇー」

「それにしても随分と大所帯での移動だな。まさか戦争でも起こす気じゃあるまいな?」

「何で北の冒険者が北の国と戦争を?」

「機関に属していない傭兵軍団だからな。当然、祖国の恩情とやらも奴らには全くない」

「大丈夫でしょうか……」

「なあに、心配には及ぶまい。世界屈指の実力者であらせられる勇者様もおるのだからな。我々はいつも通りに、平静を保っていればいい」

「そうですね。…でも、やっぱり少し怖いですね」

「あぁ、そうだな」

 国民たちの不安は次第に全体へと伝播してゆく。それは表情に、態度に、言葉に……。

 無造作な黒々とした無精髭と短髪をした、一人の男が鬼気迫る形相を浮かべる者たちの最前線に立ち、獰悪なる群衆を率いていた。

 その傍に仄かに白みを帯びた艶やかなる長髪を靡かせし凛々しき男が、怪訝に周囲の動向に目を配り、兵団員と瑣末にして低俗なる言葉を交わす。

さんよぉ、随分と険しい顔してなさんなぁ?」

「ハハッ。そんなに怖いお顔しなくたって、どうせ俺たちに敵う奴なんざ、いやしませんよ」

「うるせえぞ、テメェら!黙って行軍も出来ねぇ役立たずか!?あぁ!?」

「そんなカッカなさらないでくださいよ~」

「そら、ここ数日間、女にも酒にも飢えてんでね。身体中が湧き立って仕方ねぇや」

「そうだそうだ!こんなの終わらせて、さっさと酒場行かせてくだせえよ、団長!」

「国王陛下への挨拶が先だァ!それが終わった後は、思う存分、好きにやっていいぞ!」

「っしゃぁーー!!」
「っしゃぁーーー!」
「うぉぉ!!」

 品性の欠片も無き者たちの雄叫びに、酒場から身を乗り出して、動向を窺っていた兵士たちは、頬を引き攣らせて、得物に手を掛けんとしていた。

「下手な考えに走るなよ」

 そんな感情に踊らされつつあった兵士たちの心を宥めるように、座り込んだ勇者が鋭い釘を刺す。

「えぇ、分かっております。勇者殿」

「事を荒立てるには、時期尚早……ですね」

「お前たちは普段通りしていればいい。俺が、いやが速やかに順調に事を運ぶ」

 その重苦しい一言に、一人の兵士が僅かに眉根を寄せて、そそくさと酒場を後にした。

 そして……。

 高みの見物さながらにその様を見下ろし、物憂げに表情を沈ませていく者がいた。

 白皙な頬に蒼き眼をして、恰幅のいい身の上から、箔の付いた紅き外套を羽織って、着々と謁見の間に迫り来る騎士団たちから、目を逸らすかのように窓辺から身を離した。

 不相応に絢爛豪華なる王冠を輝かせて…。

「いよいよか……。執事!執事はおるか!」

 其々が得物を携え始めた兵舎では、人影の無き暗闇で、二人が湿った会話をしていた。

「酒場からたった今、戻った兵士からの伝令だ。お前は念の為に、勇者殿のお側に付け」

「ハッ。承知致しました」

「当然、分かっているな?」

「えぇ、『息を潜め、音を殺し、如何なる状況であっても平常心を失うな』でしょう?」

「検討を祈るぞ、ウォリンズ」

「御安心を。ローレル国の名に懸けて、この命は必ずや遂行させます」

 その一言を最後に、その者は音を消した。

 そして、その全てを高き門から見下ろす、二人の影。其れ等は淡白な言葉を並べ立てる。

「兵団員の数はざっと200って所だ」

 ウェストラは魔眼で周囲を見渡していた。

「団長、副団長を除いても、この国の兵力を大幅に上回るだろう」

「弱小国家に名を連ねるだけの事はあるな。兵は等間隔での配置で、いつ何時でも其々の動向を逐一見渡せるようにしてあるそうだ」

「国王陛下の御前での白昼堂々の襲撃は、万が一にもあり得ないだろうが、戦局を有利に進められては、瑣末ながらも困りものだな」

「不逞の輩を善良なる国民のために、拘束しましたってなら、問題無いんじゃないか?」

「牢に幽閉か。言うなれば、彼等に何処よりも安全な仮の宿屋を無償で提供したようなものだ。たとえ、一人であったとしても、脆弱な檻からの脱獄など造作もないだろう」

「だったら、どうするつもりだ?」

「兵士の募った不満を吐かせるに限る。奴等が逆襲者と揶揄される謂れを見せてやるのが楽な手法だ」

「指示を寄越せ」

「それぞれがいつ何時にも対応できるよう、等間隔で配置された兵士の気を一瞬逸らし、王の喉元に矛を突きつける」

「つまりは兵の錯乱と揺動が目的か?」

「あぁ」

「お誂え向きに己の得物に名を刻む阿呆がいるな。城からの位置どりも悪くないし、魔法仕掛けの投擲なら怪しくもない。だが……」

 紅き燃ゆる涙がとめどなく頬を伝うウェストラは、徐に仁王立ちする勇者を一瞥した。

「逆襲者と言えど、不自然過ぎるだろう」

「周囲の目撃者と事実だけが残せればいい」

「欲望の解放。か。最近はあまり使っていないから、

「その時までに、次の手を考えておこう」

「その旨、慎んでお受けした」

「頼むぞ」

「それで……国防会議には参加するのか?」

「無論だ。もう一人の勇者がな」

「ほう、

「あぁ。そうだ」

 勇者は赤裸々に豪語した。
 それは、口走ったウェストラ自身が気圧されて、本の僅かな猜疑心を抱かせるほどに。

「もし反乱を招いたら、どうする?」

「予め、傀儡を配備しておこう」

「……?なら、始めさせてもらうぞ」

「あぁ、頼むぞ」

「……何だ?」

 鋭い視線がウェストラを突き刺していた。

「心変わりが随分と早いように見えるが?」

「俺はあの竜擬きとは違う。利己的に物事進めようとする奴と一緒にするんじゃねえよ」

「そうか……」

「無事、達成したら、俺はどうなる?処分か?」

「追々沙汰を下す、それまでは不問だ。そして、失敗などあり得ない。俺がいる限りはな」

「そのお前が敵に寝返らないとも限らない」

「無いな。天地がひっくり返ろうとも」

「あぁ、そうかよ。ハァ……では後ほど」

 その一言を皮切りに飛び立った。

 

 それぞれの思惑が今、ぶつかろうとしていた。
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