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本編

サンピラー

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 崩壊寸前の玉座の間。

 天井から崩れ落ちる瓦礫の雨が、地に臥した鎧たちに絶え間なく降り掛かった。

 玉座の鎧の上に、自らを覆い被さるように眠った鎧武者に、次第に募ってゆく瓦礫の山々が、俄かにその甲冑を歪ませていた。

 其の渦の中心には、魔導書を握りしめたウェストラが獣の咆哮たる叫びを上げていた。

「ァァァァッッ!!」

「まずいな」

「…アァ」

 皆が身を寄せ合い、樹木たる長杖から発する淡い緑光が勇者たちを包み込んでいる。

 そして、その行方を固唾を呑んで見守っていた。

「荷が重かったか」
「俺の実力不足だ。すまない」
「……ど、どうするの!?」

 エルフは崩れ落ちてゆく玉座の間を、キョロキョロと挙動不審に忙しなく見回す。

「エルフ、悪いが陣を描けるか?」
「陣って?」

「転送用の魔法陣だ。片割れは既にあの魔法使いが、刻んでいる。後は此処に最後の陣を描くだけだ」
「やったことないよ!!」

「なら、さっさと逃げろ」
「でも、まだ完全には……」 

 二人の傷が立ち所に癒えていくよりも僅かに早く、城塞はその体裁を瞬く間に崩していく。

「入り口が塞がるぞ!」

 疾くに振り返った先、瓦礫が積み上がりながらも、かろうじて大扉が姿を見せていた。

「この程度で死ぬのなら、俺は勇者になどなっていない」

 躊躇いを含んで立ち尽くす最中にも、時間は無情に過ぎてゆく。

 そして、遂に大扉に完全に塞がる。

「あっ……」

「……」

 だが、同時に勇者たちの深手であった傷も跡形もなく消えていた。

 勇者は手の握り解きを何度となく往復し、徐に懐に仕舞われた白の巾着袋から、黄金に輝く硬貨を取り出し、指先で爪弾く。

 キンッという音とともに弾かれたコインは円を描いて宙を舞い、地に臥した。

「すまないが、借りるぞ」

 硬貨の臥す地に掌を当てがい、瞬く間に放射線状に白き眩い刻印が広がっていく。

「全員離れるなよ」
「え!置いていくの!?」

「先も言っただろう。そう易々と死ぬ質ではないと」
「でも……」

「ウェストラッッ!!」

 カースの怒号が響き渡り、谺する。

 だが、囂々たる雑音が飛び交う所為か、ウェストラは呼び掛けに応える素振りさえも見せる事なく、牙城を崩し続けた。

「開《かい》」

 ウェストラを残し、一行は煌々たる眩い輝きに包み込まれ、光が収束すると共に卒爾に姿を消した。


 一行は住宅街前に舞い戻る。

「この迷宮はどうなるの?」

「守護者は息絶えた。いずれ、また地下深くに眠ることにだろう。また魔力が巡るまでの長きの間は」

「じゃあ早く地上に戻らないと!」

「何故、最初から地上に魔法陣を刻まない?」

「距離の差異によっては、五体満足で帰ることが望めない場合もある。まして此処は魔力の充満した迷宮だ。何が起こるかは未知数だろう」

「ならば、走るか?」

「案内人」
「此処に」

 勇者の眼前で呼び掛けに応える者。

 忽然と黒煙が立ち込めるとともに、黒きローブを纏い、跪いて現れる。

「頼めるか?」
「承知致しました」

 疾くに大地に両の掌を揃えて添える。

「我、大地の恵みを受けし者に今一度、この血肉を糧として扉の枷を解き放て、開!!」

 指先から滴り落ちる鮮血が、混凝土の大地に独りでに扉の形を成して陣を刻み始めた。

「迷宮入り口前に形成します」
「いいや、今は魔物の往来が激しいだろう。見渡しの良い場所に転送を頼む」

「ハッ!」

「魔物が外に出てるの!?」

「恐らくは」

「人を襲うんでしょ!」

「無論、策はある。だが久々の大技だ、成功するかは五分五分……と言った所だろう」

「……?」

「ウェストラは、……あいつはどうするつもりだ」

「自らの破滅を望むか、或いは自力で脱出し、弔い合戦の続きを為すだろう」

「……?」

「完了しました。皆様、どうか私の傍を離れぬように……。行きます!!」

「願くば、此処で消えてもらいたいがな」

 勇者は小さく囁く。

 誰にも聞こえぬほどに僅かな声量で。

 そして、三度、神々しい白光に包まれるとともに、忽然と姿を消した。

 
 勇者たちは五体満足で、やや隆起した見晴らしの良い場所に転送された。

 見上げても尚、視界に収まらぬほど聳え立っている古代迷宮の出入り口が、綺麗に映り込むほどに遥か遠くで迷宮を凝視していた。

「朝……。もう一日経ってたんだ」

「我、業火を司る者なり」

「何…やってるの?」

 勇者の唐突な独り言に、エルフは小首を傾げる。

「死して尚、雄々しき獣を棲まう左腕に、森林をも呑む紅蓮の焔を纏いて、獰悪なる者たちが巣食う迷宮に天から舞い降りし、柱を刺せ」

 徐に迷宮に燃ゆる掌を突き出して翳す。

 その鎧に包まれた左腕を支えるように、右手で肘辺りを握りしめる。

「ねぇ!!」

 エルフの甲高い叫びに耳を貸すことなく、詠唱を続け、立ち竦みながらも、必死に手を差し伸べる。

 だが、勇者の傍らに佇んでいた案内人が妨げた。

「どうか、お静かに」

 濃い緑葉の木々が生い茂る間から垣間見える、緩やかに昇りゆく朝日。

「日の出と共に馳せ……。サンピラーッッ!!」

 光芒一閃。

 古代迷宮の入り口に、燦々と曙色《あけぼのいろ》なる光芒が突き立てられた。

 精霊樹の森を焼き尽くさんとする業火の熱風が、遥か遠くに仁王立ちする勇者にまで、仄かに運ばれて紅き豪毛が僅かに靡いていた。

「ぁっ……」

 エルフの視界に燃ゆる炎が映り込む。

「精霊樹はただの森じゃない。魔力で生み出された焔でさえも、いずれは消えるだろう」

「……」

「今のは敵意を向けているように感じたが?」

 茂みの中から淡々と歩みを進めていく者。

「えっ?」

 徐に視線を声のする方へ向けた先、目に映るのは魔導書を抱えた白髪の青年であった。

「生きてたんだ。良かった……」

「そう易々と死んでたまるか」

 張り詰めた緊張の糸が切れたのか、ホッと胸を撫で下ろしながら、清澄なる涙が頬を伝う。


 王都への凱旋。

 無事に帰還した勇者一行は、馬車に揺られて王都へと舞い戻っていた。

 王都は空を破るほど賑わいを見せていた。

「ハッ、魔王討伐を成したかのような賑わいだな」

「それ程までに、この国はあの迷宮に手を焼いていたのだろう」

「ご馳走、食べられるかな」

「……」


 諸々を終え、闇夜の漂った王都の中心。

 幾重にも重なる机上には、数えきれないほどのご馳走がずらっと並べられていた。

 祝宴を上げる国民たちの中心には、困り顔ながらも微笑みを浮かべる勇者がいた。

 だが、同時に月明かりの照らす森林で、ただ一人、天を仰ぐ勇者がいた。

「この宴の主役ともあろう者が、このような場で夜に耽っていて宜しいので?」

「失せろ」

 ぞろぞろと白皚皚たるローブを纏った者たちが、闇夜の樹林から忽然と現れる。

「機嫌を損ねたのなら謝罪致します。ですが、我々にも役目がございます故」

「素材でも探しに来たのか?」

「えぇ、まぁそんなところですかな」

「布教は構わないが、この宴の興を冷ますような行いをすれば……解っているだろうな?」

「無論、そのつもりでございます」

 怪訝な表情を浮かべながらも、再び、徐に天を仰ぐ。

 緩やかに雲夜が揺蕩う。

 煌々たる黄金色の三日月を遮り、月明かりに照らされた勇者たちは、一瞬にして暗雲に覆われる。

「…。ハァ。お前たちに用があるのは勇者か?それとも俺にか?」

 勇者の顔が露骨に陰るとともに地に俯く。

「一応は、前者であります」

「ずっと視界の片隅に映っていると、不愉快極まりないんだ。俺の気が変わる前に去ね」

「ならば、一言だけ問うても?」

「……」

 勇者の承諾も無しに言い連ねる。

「先代様とはどのようなご関係で?」

「お前……此処で死ぬか?」

 徐に大剣を握りしめ、鬼気迫る形相を浮かべる。
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