勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

文字の大きさ
上 下
17 / 52
本編

サンピラー

しおりを挟む
 崩壊寸前の玉座の間。

 天井から崩れ落ちる瓦礫の雨が、地に臥した鎧たちに絶え間なく降り掛かった。

 玉座の鎧の上に、自らを覆い被さるように眠った鎧武者に、次第に募ってゆく瓦礫の山々が、俄かにその甲冑を歪ませていた。

 其の渦の中心には、魔導書を握りしめたウェストラが獣の咆哮たる叫びを上げていた。

「ァァァァッッ!!」

「まずいな」

「…アァ」

 皆が身を寄せ合い、樹木たる長杖から発する淡い緑光が勇者たちを包み込んでいる。

 そして、その行方を固唾を呑んで見守っていた。

「荷が重かったか」
「俺の実力不足だ。すまない」
「……ど、どうするの!?」

 エルフは崩れ落ちてゆく玉座の間を、キョロキョロと挙動不審に忙しなく見回す。

「エルフ、悪いが陣を描けるか?」
「陣って?」

「転送用の魔法陣だ。片割れは既にあの魔法使いが、刻んでいる。後は此処に最後の陣を描くだけだ」
「やったことないよ!!」

「なら、さっさと逃げろ」
「でも、まだ完全には……」 

 二人の傷が立ち所に癒えていくよりも僅かに早く、城塞はその体裁を瞬く間に崩していく。

「入り口が塞がるぞ!」

 疾くに振り返った先、瓦礫が積み上がりながらも、かろうじて大扉が姿を見せていた。

「この程度で死ぬのなら、俺は勇者になどなっていない」

 躊躇いを含んで立ち尽くす最中にも、時間は無情に過ぎてゆく。

 そして、遂に大扉に完全に塞がる。

「あっ……」

「……」

 だが、同時に勇者たちの深手であった傷も跡形もなく消えていた。

 勇者は手の握り解きを何度となく往復し、徐に懐に仕舞われた白の巾着袋から、黄金に輝く硬貨を取り出し、指先で爪弾く。

 キンッという音とともに弾かれたコインは円を描いて宙を舞い、地に臥した。

「すまないが、借りるぞ」

 硬貨の臥す地に掌を当てがい、瞬く間に放射線状に白き眩い刻印が広がっていく。

「全員離れるなよ」
「え!置いていくの!?」

「先も言っただろう。そう易々と死ぬ質ではないと」
「でも……」

「ウェストラッッ!!」

 カースの怒号が響き渡り、谺する。

 だが、囂々たる雑音が飛び交う所為か、ウェストラは呼び掛けに応える素振りさえも見せる事なく、牙城を崩し続けた。

「開《かい》」

 ウェストラを残し、一行は煌々たる眩い輝きに包み込まれ、光が収束すると共に卒爾に姿を消した。


 一行は住宅街前に舞い戻る。

「この迷宮はどうなるの?」

「守護者は息絶えた。いずれ、また地下深くに眠ることにだろう。また魔力が巡るまでの長きの間は」

「じゃあ早く地上に戻らないと!」

「何故、最初から地上に魔法陣を刻まない?」

「距離の差異によっては、五体満足で帰ることが望めない場合もある。まして此処は魔力の充満した迷宮だ。何が起こるかは未知数だろう」

「ならば、走るか?」

「案内人」
「此処に」

 勇者の眼前で呼び掛けに応える者。

 忽然と黒煙が立ち込めるとともに、黒きローブを纏い、跪いて現れる。

「頼めるか?」
「承知致しました」

 疾くに大地に両の掌を揃えて添える。

「我、大地の恵みを受けし者に今一度、この血肉を糧として扉の枷を解き放て、開!!」

 指先から滴り落ちる鮮血が、混凝土の大地に独りでに扉の形を成して陣を刻み始めた。

「迷宮入り口前に形成します」
「いいや、今は魔物の往来が激しいだろう。見渡しの良い場所に転送を頼む」

「ハッ!」

「魔物が外に出てるの!?」

「恐らくは」

「人を襲うんでしょ!」

「無論、策はある。だが久々の大技だ、成功するかは五分五分……と言った所だろう」

「……?」

「ウェストラは、……あいつはどうするつもりだ」

「自らの破滅を望むか、或いは自力で脱出し、弔い合戦の続きを為すだろう」

「……?」

「完了しました。皆様、どうか私の傍を離れぬように……。行きます!!」

「願くば、此処で消えてもらいたいがな」

 勇者は小さく囁く。

 誰にも聞こえぬほどに僅かな声量で。

 そして、三度、神々しい白光に包まれるとともに、忽然と姿を消した。

 
 勇者たちは五体満足で、やや隆起した見晴らしの良い場所に転送された。

 見上げても尚、視界に収まらぬほど聳え立っている古代迷宮の出入り口が、綺麗に映り込むほどに遥か遠くで迷宮を凝視していた。

「朝……。もう一日経ってたんだ」

「我、業火を司る者なり」

「何…やってるの?」

 勇者の唐突な独り言に、エルフは小首を傾げる。

「死して尚、雄々しき獣を棲まう左腕に、森林をも呑む紅蓮の焔を纏いて、獰悪なる者たちが巣食う迷宮に天から舞い降りし、柱を刺せ」

 徐に迷宮に燃ゆる掌を突き出して翳す。

 その鎧に包まれた左腕を支えるように、右手で肘辺りを握りしめる。

「ねぇ!!」

 エルフの甲高い叫びに耳を貸すことなく、詠唱を続け、立ち竦みながらも、必死に手を差し伸べる。

 だが、勇者の傍らに佇んでいた案内人が妨げた。

「どうか、お静かに」

 濃い緑葉の木々が生い茂る間から垣間見える、緩やかに昇りゆく朝日。

「日の出と共に馳せ……。サンピラーッッ!!」

 光芒一閃。

 古代迷宮の入り口に、燦々と曙色《あけぼのいろ》なる光芒が突き立てられた。

 精霊樹の森を焼き尽くさんとする業火の熱風が、遥か遠くに仁王立ちする勇者にまで、仄かに運ばれて紅き豪毛が僅かに靡いていた。

「ぁっ……」

 エルフの視界に燃ゆる炎が映り込む。

「精霊樹はただの森じゃない。魔力で生み出された焔でさえも、いずれは消えるだろう」

「……」

「今のは敵意を向けているように感じたが?」

 茂みの中から淡々と歩みを進めていく者。

「えっ?」

 徐に視線を声のする方へ向けた先、目に映るのは魔導書を抱えた白髪の青年であった。

「生きてたんだ。良かった……」

「そう易々と死んでたまるか」

 張り詰めた緊張の糸が切れたのか、ホッと胸を撫で下ろしながら、清澄なる涙が頬を伝う。


 王都への凱旋。

 無事に帰還した勇者一行は、馬車に揺られて王都へと舞い戻っていた。

 王都は空を破るほど賑わいを見せていた。

「ハッ、魔王討伐を成したかのような賑わいだな」

「それ程までに、この国はあの迷宮に手を焼いていたのだろう」

「ご馳走、食べられるかな」

「……」


 諸々を終え、闇夜の漂った王都の中心。

 幾重にも重なる机上には、数えきれないほどのご馳走がずらっと並べられていた。

 祝宴を上げる国民たちの中心には、困り顔ながらも微笑みを浮かべる勇者がいた。

 だが、同時に月明かりの照らす森林で、ただ一人、天を仰ぐ勇者がいた。

「この宴の主役ともあろう者が、このような場で夜に耽っていて宜しいので?」

「失せろ」

 ぞろぞろと白皚皚たるローブを纏った者たちが、闇夜の樹林から忽然と現れる。

「機嫌を損ねたのなら謝罪致します。ですが、我々にも役目がございます故」

「素材でも探しに来たのか?」

「えぇ、まぁそんなところですかな」

「布教は構わないが、この宴の興を冷ますような行いをすれば……解っているだろうな?」

「無論、そのつもりでございます」

 怪訝な表情を浮かべながらも、再び、徐に天を仰ぐ。

 緩やかに雲夜が揺蕩う。

 煌々たる黄金色の三日月を遮り、月明かりに照らされた勇者たちは、一瞬にして暗雲に覆われる。

「…。ハァ。お前たちに用があるのは勇者か?それとも俺にか?」

 勇者の顔が露骨に陰るとともに地に俯く。

「一応は、前者であります」

「ずっと視界の片隅に映っていると、不愉快極まりないんだ。俺の気が変わる前に去ね」

「ならば、一言だけ問うても?」

「……」

 勇者の承諾も無しに言い連ねる。

「先代様とはどのようなご関係で?」

「お前……此処で死ぬか?」

 徐に大剣を握りしめ、鬼気迫る形相を浮かべる。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

魔王と勇者の最後の戦い

緑川 つきあかり
ファンタジー
勇者はただ一人、魔王城へと足を運ぶ。 ただ一人、玉座に坐す魔王の元へと。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

異世界転移した町民Aは普通の生活を所望します!!

コスモクイーンハート
ファンタジー
異世界転移してしまった女子高生の合田結菜はある高難度ダンジョンで一人放置されていた。そんな結菜を冒険者育成クラン《炎樹の森》の冒険者達が保護してくれる。ダンジョンの大きな狼さんをもふもふしたり、テイムしちゃったり……。 何気にチートな結菜だが、本人は普通の生活がしたかった。 本人の望み通りしばらくは普通の生活をすることができたが……。勇者に担がれて早朝に誘拐された日を境にそんな生活も終わりを告げる。 何で⁉私を誘拐してもいいことないよ⁉ 何だかんだ、半分無意識にチートっぷりを炸裂しながらも己の普通の生活の(自分が自由に行動できるようにする)ために今日も元気に異世界を爆走します‼ ※現代の知識活かしちゃいます‼料理と物作りで改革します‼←地球と比べてむっちゃ不便だから。 #更新は不定期になりそう #一話だいたい2000字をめどにして書いています(長くも短くもなるかも……) #感想お待ちしてます‼どしどしカモン‼(誹謗中傷はNGだよ?) #頑張るので、暖かく見守ってください笑 #誤字脱字があれば指摘お願いします! #いいなと思ったらお気に入り登録してくれると幸いです(〃∇〃) #チートがずっとあるわけではないです。(何気なく時たまありますが……。)普通にファンタジーです。

処理中です...